夢生獣大戦争14
フラウニ=ベルクーダは待望の増援戦力であり、アイシスやエルマと出自を同じとするユメミールの聖士である。彼女も今後鉄邸へ身を置くともなれば同居人が一人増えると言う事で、当然部屋も与えそしてなにより食費が一人分増加する。戦力としては有り難いが、鉄家の財政としては致命傷にもなりかねない自体であった。そんな心配も余所に、フラウニは少々不満げな目を正宗へと向けている。
「……しかし、未婚の身で殿方と一つ屋根の下で暮らすとなると、女王選抜に影響を与えかねますわね」
「ならばここを出て森でまた暮らすのですか??冗談じゃないありませんよ!!今私達はこっちの戸籍や住民票だってないんですよ、どこか借家を借りて私達だけで生活するなんて夢のまた夢!!第一お金はどうするんです!?今のパートに加えて日雇い工事のアルバイトとか探してやるんですか!?それとも夢生獣を狩り終えるまで野宿を続けると!?私はそんなの嫌ですよっ!!」
フラウニの不服そうな一言に、アイシスは切り捨てるように吐いてそれを拒絶した。
「あらアイシスさん、ではあなた女王選抜についてはもうどうでもよろしくて??」
「私はこっちにきて気づいたのですっ!!あんなもの最早どうでもいいっ!!私はもっと静かに、そして穏やかに生きたいんですっ!!」
フラウニの挑発にも、アイシスは横を向いて嫌々するだけだ。筆頭女王候補である事を自信としていたアイシスの様変わりした姿に、エルマは驚きを隠せずエルマの方を向いた。
「……一体全体、どうされましたの??あのアイシスさんがこのようになるなんて……」
「アイちゃんも色々あったわけですよー。ですのでなんだったらフラちゃんが女王になっても全然問題ないですよー」
「……貴方も、ですの??」
鋭い視線を向けるフラウニだが、エルマもどこ吹く風でニコニコしているだけである。他の聖士も周りに居るような訓練や遠征、そんな環境とは程遠い衣食住も不安定で聖力回復もままならない土地での孤独で引くに引けない戦いの連続。それは思った以上にアイシス達の負担となっていた。無論、女王ともなれば一身にユメミールや他の世界に対する責任を負う。しかし周囲には相談も出来る側近もいれば、孤独というわけでもない。比べられる物ではないが、今のアイシス達からするとそんな重圧よりも折角生まれた事を謳歌したい気持ちの方が勝るのだ。常に世界の重責を感じつついつ死ぬかも知れない孤独な闘いの渦中にいる、そんなプレッシャーから解放されたくなる程精神が疲弊するのもわからなくわない。
「まぁいいですわ。ですが、わたくしの評価に傷がつくのは勘弁願いたいものですわ」
そう言ってフラウニは厳しい視線を正宗に向けた。それは完全に侮蔑的な視線であった。当然フラウニがそんな態度に至ってしまうのには理由があるのだが、流石にそれをしらない正宗がそんな態度を取られ、なおもフラウニの居住を許可する度量は彼にはない。彼は狭量なのだ。
「よしっ!!文句があるということでアンタ出禁なっ!!」
貼り付けたかのような笑顔でフラウニに返す正宗。予想外の、見下していた相手からの唐突な反撃に面食らうのはフラウニの方である。
「……え??アナタ、男の癖に一体何を……」
「なんでお前ここにいんの??不法侵入だぞ??早く出てけよ。お前達の同僚だろ??戦力も増えて良かったじゃないかっ!!さぁ、さっさと荷物を纏めてくれないかな??」
笑顔の正宗が横のポッコルに視線を向ける。それを受けたポッコルはヤレヤレしょうがない奴等とばかりに重い腰を上げた。
「オラァ!!さっさと出て行くポよこの新参があっ!!大家がそう言ってるポッ!!大家の意見は絶対なんだポッ!!けどポッコルは別行動を取らせて貰うポ。ポッコルは大家に従順ポ。だからポッコルはでていかなくともいいポ」
「えっ!!その、……何をおっしゃてますの!?あの……ポッコルさん!?」
自身の方が追い出されるとは思いもしてなかったフラウニが戸惑いを上げる。即座に包帯だらけのアイシスがフラフラと立ち上がり、エルマもそれに続いた。
「そうだ!!文句があるなら出ていけフラウニ!!あったかい布団も、気持ちの良いお風呂も、普通な味の食事も没収だ!!」
「さっき使ったお風呂代とご飯代置いてけーコラー!!こっちでただ飯食らえると思うなよーフラちゃんー」
ワーギャーと攻め立てられ、土下座せんばかりに追い詰められるフラウニ。彼女も、また再び孤独なサバイバル生活に戻るのか??と考え、更にはポッコルの協力も得られないともなれば法衣も励起する事は適わない。「何の為にこの地にいるのか??」という存在理由すら疑いかねない考えにたどり着き、必死になって謝り倒し事なきを得た。しかしながら、
(雨露しのげる家屋のためとはいえ、仲間を平気で切り捨てるとは……やはりこいつ等信用ならん……)
正宗は懐疑的な視線をアイシス達に向ける。
(危うく人間的尊厳を護れる生活環境を手放さねばいけないところでした、フラウニのバカめ!!)
(わたしはこっちでー、TV見ながらネットしてー、気ままな生活している方が楽しいのですよーっ!!フッフッフッー)
(この世界の娯楽と食い物は最高ポッ!!いざとなったらポッコルだけひっそり妖精界へと帰ればいいだけポしね!!)
それぞれがそれぞれの思惑を思い浮かべ、笑みを作っている。結果としてフラウニもちゃんと部屋を与えられ雨も風も、夏の熱も気にしなくて良い環境を手に出来るのだ、渋々折れる形となったのは仕方が無いといえた。
「それにしても、なんでわたくしが男性なんかに頭を下げねばならないのですの??」
「あー、やっぱそうなりますよねー」
ぼそぼそと文句を言うフラウニにエルマが苦笑を見せる。
「どういうことだ??」
「えーと、なんといいますかー。ユメミールでは女性の方が圧倒的に立場が上な世界なのですよー」
エルマの話にびっくりする正宗。アイシスの方を向けば、彼女も肯定の意味を込めて頷いていた。
「聖士、夢聖士は全員女ですし、国のトップも女王ですし。男性は聖力が弱いのでどうしても立場が弱くなってしまう世界なんです」
「これは私見ですがー、女性は子供を宿したりお乳を与えたりーと、基本“何かを生み出す能力”が高いでしょうー??そういった意味からも考えられるように女性と男性の聖力を作り出す能力には雲泥の差があるようなのですよー」
聖力を身体に漲らせることで筋肉量以上の力を発揮するのはユメミールでは力強さという点でも女性に軍配が上がる。内燃機関のような物が無く、個人の聖力出力により各種導具などを起動させるともなれば聖力重視の目線となる事は当たり前のことであった。つまり総合的な“力”という分野において男性は弱者、或いは保護対象となってしまうわけであった。だから先程フラウニが正宗に侮蔑的な視線を向けたのは仕方がないとも言えるのだ。何せユメミールは完全女性上位の世界で、フラウニは睡眠学習で地球の倫理観などをすり込み勉強したとは言え、サバイバル生活で人との接触を極力してこなかったのだ。どうしてもユメミール感覚が抜けきらなかったのであろう。
「それでこの間ユメミールと通信した時も黄色い声しか聞こえなかったのかっ!!」
「多分あっちでは大揉めしてるじゃないですかね??なにせこっちでの協力者が男性で、しかもその正宗がユメミールの至宝である魔導大全の書に認められたって言うのですからっ!!宰相なんかは頭を抱えているに違いない筈ですよ」
アイシスが意地悪そうな笑みを浮かべている。女王もそんな反応はおくびも見せていなかった、宰相とて同じなはずである。政治的役割的にも彼女達は別の世界との交流が多くその辺りはしっかりと理解しているのだ。だが一般聖士や世界を知らない貴族などは話は別だ。宰相は「男がユメミールの途方を手にしているなんてありえない」というような突き上げを、多くの部下や貴族達からされているはずである。
「まー、こっちに来た当初のアイちゃんなら同じようなことを言ったでしょうがー」
「あの頃はまだ貴族令嬢気質全開だったからポね。そんな天狗の鼻が折れに折れて……いまではこんな有様ポ」
いろんな事に絶望し辟易し、その上でこちらの文化に触れて慣れた結果こんな事となってしまった。無論、そのなかには正宗も入るのだ。居心地が悪くなりとりあえずアイシスに頭を下げる正宗。
「正直、その一端を担った者として謝罪する」
「やめてくださいっ!!私をそんな眼で見ないで下さいっ!!私は……私はおかしくなんてなってませんっ!!人として当たり前の事を理解しただけですっ!!」
そんな正宗とは違いアイシスが狂乱の気配を見せる。明らかに目線と息づかいがおかしくなっていた。
「まぁー女性が強いという特色はー、自然界では結構見られる傾向とも言えますけどねー」
苦笑するエルマの補足に正宗もそのような生物達の生態を思い出した。例えばカマキリなどは雌の個体の方が大きく、場合によって交尾後雄は雌に食べられてしまう事もあるという。ライオンだって狩りは雌が行うらしいし、蟻や蜂に至っては言わずもがな女王制の組織である。確かに自然界などでは女性の方が強い、或いは立場が上と言う事は良くあり得ることなのだろう。
「確かにわたくしの感覚がまだ慣れていない事は認めますわ」
アイシスの惨状にフラウニは本当に「この者達の元に厄介になって大丈夫なのだろうか」と身震いさせる。
「それで??対価は何なのですの??わたくしとて睡眠学習で得た知識はありますが、そういったエロス的要求でしたらいくらなん──」
「ふざけるなよこのチビ平原胸の新米がっ!!こんな奴等にどう欲情しろっていうんだっ!!」
平原といわれフラウニは震える眼で自身の胸を見下ろし、アイシスとエルマの方を向いた。身体を隠すアイシスに対し見せ付けるように胸を張るエルマ。そこにはフラウニとの間に連峰と平原なみの差が横たわっている。フラウニからすれば十分以上に成長している彼女達だが、そんな彼女達ですら住まわせる対価として身体は要求されていないらしい。
「ですがっ!!アナタねぇっ、言っていいことと悪いことがありますわよっ!!これまでの期間一度もそういったご関係が無かったと!?若い女男が一つ屋根の下で生活を共にして、これまでの期間一切合財何も無かったと!!襲い掛かるまでの魅力すらないとっ!!」
「な、何気に下げられ酷いことを言われてないか私達」
「庇うと見せかけたーとんでもないフレンドリーファイヤですねー」
顔を引きつらせているアイシスとエルマを置き、フラウニと正宗の議論は白熱している。
「当たり前だっ!!顔やスタイルは置いとくとしても、人として!!この駄目さ加減だぞっ!!一人は食っちゃ寝する脳筋だしもう一人は役にはたつが頭のおかしいマッドサイエンティストだっ!!その上でお前等は異世界人なんだぞっ!!」
正宗は全身を震わせながら己の身体を抱き怯えてみせる。
「そんな行為に至ってみろ??謎の菌で俺のが腐り落ちたりしたらどうする!?お前等俺を殺す気かっ!!」
一方的な罵詈雑言をこれでもかと言い放った正宗に、笑顔の聖士三人が立ち上がる。
「言いたい事はそれだけですかっ!!こっちから願い下げですこの陰キャ野郎っ!!」
「住まわせていることを良い事にマウントとるなーこのヘタレー!!戦闘なんかいつもおんぶに抱っこじゃないかー!!」
「正宗とかキラキラネームのくせに生意気ですわっ!!」
すぐさま取っ組み合いに発展した。しかして単純武力では正宗に勝ち目は無い。それでも、
「キラキラネーム言うなっ!!生きる上で立ちはだかる様々な困難も、名刀の如く切り開いていけという崇高な思いが込められてつけられた名前なんだぞっ!!」
「知るか馬鹿っ!!本当のことを言えっ!!その顔は嘘ついているときの顔でしょうがっ!!」
「あーあーそうですよっ!!母さんがその時刀剣にハマっていてノリでつけたらしいですよっ!!父さんは止めたらしいですよ!!文句あるかっ!!」
「想像していたよりリアルに重い話でしたの、少し同情しますわっ!!」
泣きながら抵抗する正宗にフラウニも視線を逸らす。
「わたし達を異世界の病原菌扱いー、それでーいつも食器を念入りに洗ったり、わたし達に執拗に風呂を勧めたりしてきたんだねーっ!!病原菌扱いはあまりに酷くないですかー!!」
「事実として住んでた世界が違うんだぞ!?同じ人型だからと内臓器官も構造も一緒、免疫から細菌に至るまで全て一緒と考える方がおかしいだろうがっ!!いうならばお前等の体内は小規模な異世界だっ!!その上でお前等全員初対面で臭いんだぞっ!!衛生面から見てもそれらを欠如していると考えて何が悪い!!」
「ヤバイ、それを言われてはグゥの音もでませんわっ!!」
正宗が出会ったユメミール人は全員、初対面において全身から汗や腐臭を漂わせていた。それは端から見ればユメミールという世界の者達そのものが、衛生観念に乏しいのではないかという疑問に繋がってしまうことは仕方のないことだ。だがいかな腐臭の民とは言え、戦力が増えることにはかわりない。正宗が平穏な生活を送る為には彼女等を切り捨てるわけにはいかないのだ。アイシスの下に屈しながらも正宗の抵抗の意志は折れていない。
「よしっ!!兎に角俺達の戦いはこれからだっ!!」
「打ち切りポね」
正宗達の士気は上昇(?)するのであった。




