始まりの物語5
違和感を覚えた……と言っていい。なんだかだんだんと摩訶不思議に慣れてきたようである。体育の時間校庭を走っていれば、世界にノイズが奔ったのだ。所謂砂嵐のよう……とは言い難く、まさにモザイクが奔るような奇っ怪な現象が訪れた。長距離走の足を止めてみれば、確かに皆時が止まっているようである。走っている格好で微動だにしないクラスメイトは、なんだかとっても滑稽な姿に見えた。必見なのは両足が地から離れている状態で止まっている者がいる事である。
「はぁ、……マジで時が止まっているんだなぁ……」
息を整えながら不思議そうにそれを眺め触れてみる。気になって浮いている田中君を押してみたら、まるで物のように田中君が地面の上に頭部を激突させ転がり落ちてしまった。
「…………」
猛烈に頭から倒れ凄い音がしたのだが、果たして大丈夫なのか……超絶不安になっていると、空から粒子が振ってくる。やがてそれは塊となし、そして遂にピンク色したコミカル豚がその姿を現した。決めポーズの後、華麗に片足を引き優雅な会釈するコミカル豚。
「トンテッキ参上ブヒ~。で、登場と同時に、いただくブヒーっ!!」
グオッと大口を上げたトンテッキが正宗目掛け飛びついてくる。それをサッと避ければトンテッキは地面へと食いつき、そのまま転がっていた田中君をも飲み込んで行ってしまう。
「なかなか逃げ足が速いブヒ」
「早々食われてたまるかっての!!」
正宗とて心構えがあればある程度の対応は出来る。アイシスとエルマとポッコルと出会う事で摩訶不思議にはある程度耐性を付いてきたのだ、動揺も最小にトンテッキに対応して見せている。意を決して一気に距離を取るべく走りだせば、トンテッキはこちらの動きを気にもせず他のクラスメート達を次々に口の中に入れていくだけだ。しかし、そうする事でその身体を一回り程巨大化させている。正宗は構わずに靴箱へと走る。急ぎ自身の靴入れの中に隠された物を手に取り、そしてまた校庭へと舞い戻った。
「ブヒー、そろそろメインディッシュと行くブヒ!!」
待ちかねたように正宗に視線を向けるトンテッキ。
「まぁ待て、こっちには助っ人がいる。お前の相手はウチの夢聖士さんだ!!覚悟しろ!!」
そうして正宗は空に向かいライトもどきを点灯させた。光が空へと昇れば、忽ちにして聖法陣を描き弾けさせて見せた。
「ほうっ!!ということはこの間の奴ブヒね!?借りを返す時がこうも速くやってくるとは、暁光ブヒ!!」
そうしてトンテッキは不敵に笑う。しかしそれは正宗も同じである。早々にこの馬鹿げたゲームから開放して貰わねばたまらない。こんな事に付き合うのは正直ごめんなのだ。そうして……無言で空を見上げる二人。待つ、待つのだが……、
「…………来ない、ブヒね」
「そう……だな??……なにやってんだアイツ等??」
正宗とトンテッキが空を見上げながら言う。されど空は高く、うっすらと見える巨大な機械時計が天を覆っていた。
~5分経過~
「本当に呼んだブヒか??お前かつがれてんじゃないブヒか??」
「嘘だろうっ!?これ偽物だっていうんかよ!!」
トンテッキに指摘され手元の懐中電灯のような物を見る。エルマに渡された簡易聖法具で、実にピンク色したファンシーなデザインだ。ミラーボールのようなジュエルが先端についおり、そこから照射された聖法術が空に咲けば、それがアイシスに届き彼女が急ぎ駆けつける……と聞かされていたのである。
「ちょっとソレ、見せてみるブヒ」
「……ああ」
トンテッキに手渡してみれば、その豚足でどう扱っているのかわからないがガチャガチャといじりジロジロと見回した後、トンテッキも空に向かって光を撃ち放って見せていた。花火のように空で聖法陣が弾け跳ぶ。
「んー……ちゃんと呼び出しの術式のようブヒ」
「ならなんで来ないんだよ!?なめとんのかアイツわっ!!」
しょうがないのでトンテッキと共に座って待つ事とした。
~~10分経過~~
「お前に粋な知らせを伝えてやるブヒ」
トンテッキの言葉に顔を向ける正宗。
「お前のクラスメイトは全員腹の中ブヒ。それは知ってるブヒ??」
「まぁ、見てたからな」
そう言えばトンテッキは自慢するように胸を叩いてみせる。
「トンテッキは食べた物の全てを把握する事が出来るブヒ!!その結果……」
「その結果??」
トンテッキはクワッと目を見開き正宗に向けて言い放った。
「このクラスメイトの中にお前に恋心を抱いている者が二名程いるブヒ!!」
「マジかっ!!」
正宗は思わず立ち上がっていた。クラスメイトの女子の顔を思い出す。
(吉田さん……いやいや、片桐さんだろうか!!)
これでは興奮で夜も眠れまい。そんな正宗にトンテッキは言う。
「でも女子にはいないブヒ!!」
「なん……だと!?」
衝撃の発言に正宗の動きが止まる。それは……それはつまり……。
~~~15分経過~~~
「それ本当かよ!!」
「本当ブヒよっ!!全裸ブヒ!!」
「ちょっと楽しみになってきた!!」
「だろブヒ!?……それにしても遅いブヒねぇ」
いい加減に飽きてきた正宗とトンテッキ。すると空を走る流星がある。
「…おお……おおっ!!来たブヒよっ!!」
「やっとかよ!!ホント待たせすぎだろうが……」
腰を上げ尻の埃を払い落とす。そうしていれば空からアイシスが降りてきた。いつものYシャツにGパン姿だ。ストンと地に足を付ければ、
「す……すまなかった!!ちょっと……その、うたた寝してて……」
恥ずかしそうに言うアイシス。正宗は有無を言わさず顔面を鷲づかみにする。ギリギリと万力の如く力を込めればアイシスが苦悶の表情を上げながらその手を握りしめてきた。顔面ロックを外そうともがくが正宗の握力がそれを許さないっ!!
「ウギアアアア!!ギブ……ギブですっ!!すまな……すいませんでしたああ!!」
「お前ふっざけんなよ!!お前何のために住まわせてんだ!!もう出てけお前!!」
「オグ…オグッ……それだけは……それだけは堪忍してくださいぃ!!」
頭部を破壊されん締め付けに暴れるアイシス。
「まぁまぁ……そのへんにするブヒ、とりあえず言い訳を聞いてみるブヒ」
トンテッキの仲裁で手を離した正宗が、顎でアイシスに即した。アイシスはオーバーアクションで自分の非の無さを訴える。
「その!!エルマが鉄君の年頃の子はみんな性欲の権化だからって!!絶対夜這いに来るからって!!住まわせてくける事を条件にその……か、か、身体を要求してくるからって!!それで私夜緊張して寝れなくて!!ここのところ寝不足で!!だから鉄君が学校に行ってる間にちょっと……」
「あのアマああああっ!!お前もそんな口車に乗っててんじゃねーぞっ!!護衛が護衛対象と離れてる時に気を抜いて悠長に寝ててどーすんだっ!!」
「ぎやああああああああ……」
再び両手でアイシスの頭を鷲づかみにし締め上げる。一通り折檻が終わった所でその尻を叩いてトンテッキに向け押し出した。
「ホラっ!!お前待ってたんだから早くしろっ!!」
「お尻叩かないでくだい!!……クソ、痛いなぁもお」
涙目になりながらトンテッキと向かい合うアイシス。そうして首もとからネックレスを取り出せば……、
「あの……鉄君。ちょっと目を反らしていて貰いたいのですが……」
アイシスが赤面しながらソワソワし始めていた。正宗はトンテッキの横に並びアイシスを正面から見つめている。
「いや、俺に気をつかわずどうぞ」
「早く変身するブヒ。こっちも暇じゃないブヒよ!?」
即す正宗とトンテッキ。
「なんでだ!!何で仲良く二人して待ってるんだっ!!く、鉄君はこっち側だろう!!」
「お構いなく」
「~~っ!!」
アイシスは顔を真っ赤にしながら抗議するが、正宗もトンテッキもそんなアイシスを見守って行くだけである。
「あ……あとで折檻だからな!!鉄君っ!!」
「それはそれでご褒美だ」
ブレない正宗に怒りと羞恥で真っ赤になりつつも、アイシスはしかたなく決心するのであった。