夢生獣大戦争5
まぁ正直な所、既に撒き込まれてしまった以上アイシス達に協力しない以外、正宗にはこれといった手立てがない。トンテッキになにやら臭いでばれたように、カッサーナが唐突に教室に現れたように、正宗の存在はなにかしら夢生獣の注目を集めてしまうのではないだろうか。だとするのであれば、アイシス達に保護して貰う、或いは協力して事に当たるのが最善策なのではないのか??そういう考えに至る程度には、正宗自身も嫌々ながら現状を理解しているのだ。
「──だがそれはそれ、というかやっていい事と悪い事があるだろうがっ!!一般人を無理矢理戦わせようとすんなっ!!」
「そうは言いますけどね正宗っ!!正直私達は貴方に見放されたらやっていける自身がありませんっ!!」
「この女、実に情けないことを言い始めたポよ??」
あまりに開き直ったアイシスの言葉に流石のポッコルも呆れた様子を見せた。そんな痛烈な突っ込みをされても臆することなく、逆に鋭い目つきで睨み返すアイシス。
「黙りなさいクソ妖精っ!!誰がなんと言おうと私はもう公園でダンボールにくるまって過ごしたり、漫喫で人目を気にしながら寝たり、牛丼屋の前で他人が食べてる牛丼を羨ましそうに眺めたり、風呂やシャワーも満足に使えない日々へと戻ることなんて勘弁御免なんですっ!!」
「あー……戦力云々の前に、やはり日々の生活、人としての尊厳ですよねぇー……」
エルマもその意見には満更ではないようであった。伝手も金もない見知らぬ異世界の異国での、孤立無援なゲリラ活動的生活はアイシスの心に深い傷を残したようであった。アイシスは一度咳払いをし深く息を吐いて落ち着くと、半眼で正宗を見ながら言葉を続ける。
「そりゃあまあ、正宗にはアレだけの力があるのです、……私とてそれをみすみす手放したくない気持ちはあります。正直な所、今も尚私は全力でまともに戦えませんしね、得難い戦力ではあるのです。まぁ??それでも??たとえ私だけだとしても夢生獣ごときに後れを取るつもりはまったくありませんがっ!!」
「以前全裸になってもう国に帰る~とか呪詛吐いてたヤツの言葉とは思えんな」
「あの時のアイちゃんは相当に凹んでましたからねー」
「……その無駄に凄い自信はどこから来るポ。メンタル弱いくせによく言うポよ」
散々叩かれるがアイシスとしては事実なだけにグゥの音も上げられない。顔を引きつらせつつもそれらの指摘は無視して続ける。
「そんな事よりも先の陛下からの情報について、です。貴方達も聞いてましたよね??」
「あー。確かにフラちゃんがどうの言ってましたねー」
エルマにも聞こえていたようで、彼女もウンウンと頷いている。確かに女王陛下が人物名らしきものを口にしていたようであるが、ユメミール人に知り合いもいない正宗にはさっぱりな話題だ。しかし、その人物がこちらの世界に来ているというのであれば話は別であった。ユメミール人、それ即ち貴重な戦力である。
「そのフラちゃんってのは知り合いなのか??」
「アイシス達の同期ポ。同じ聖士で夢聖士でもあるし女王候補の一人ポよ。序列はエルマより上ポ」
正宗の問いにポッコルが机の上に寝転がりながら返答した。そんな自堕落なぬいぐるみにアイシスも視線を向ける。
「確かにフラウニも夢聖士ですから再封印部隊に編成されてました。しかしあのタイミングでの夢生獣による妨害術式の展開、アレを潜り抜けれる速度での術式構築と励起行使が間に合うのは私達だけと思っていたのですが……どうなんです??」
「さぁ??ポッコルも女王から宝珠を突然預けられたから、そちらに注視していたポ。他の子達まで注意は向けられなかったポよ」
ポッコルが両手を広げ首を振る。結局は解らずじまいというわけだ。
「しかしそれならおかしいんじゃないか??俺でもお前等が他所で戦っている時、因夢空間の発生を感じてたんだぞ??こっちに来ているのならもう合流していてもおかしくない筈だろ??」
因夢空間の展開、それは夢生獣の活動、或いはソレ等とアイシス達夢聖士との戦いを意味する筈である。であるのだから、夢聖士たる者がこちらの世界に来ているのなら、合流なりして夢生獣に立ち向かわない筈が無い。そりゃあ境遇は最初の頃のアイシス達と同じなのであろうから、金や食料などはそれ程持っていなかったであろう。しかし、彼女らは聖士であり聖力使いなのだ。聖法衣を展開すれば走るなり飛ぶなりするだけで都市間の移動などは苦でもない筈だ。であるのなら、これだけの日数が経過しているのに未だ合流できていない筈が無い。そういった意味で問うたのであるが、アイシスとエルマは顔を見合わせ微妙な表情をしていた。
「フラちゃんの名誉のために言っておきますがー、彼女は実に優秀な聖士なのですよー」
「それは私も保証します。……ただフラウニには欠点がありまして、そのせいで序列において損をしているんですよね」
神妙な顔でそういうアイシスとエルマ。正宗としては眉を捻るしかない。
「どういうことよ??」
「その……ですね、フラウニは……」
「アレの欠点は妖精召喚術が出来ないことポよ正宗」
口ごもるアイシスをよそにポッコルがあっさりと言った。妖精召喚術……アイシスがよくやるアレだ。如何なる場所でも、契約妖精をその手の中に召喚できるあの術こそアイシス達が言う妖精召喚術であった。聖士達はその聖法衣の使用に基づき妖精族による封印解錠を必要としている。聖法衣というものはそれだけ強力な兵装なのだ。一聖士の勝手な判断だけでは容易に使用できないようにしてある安全措置だ。
「つーことはなんだ、そのフラちゃんはこっちにきても変身できないわけか??」
正宗の率直な回答に、アイシス達は三者同時に頷いた。妖精を呼べないということは、そういうことであった。いかな肉体に聖力を流し補強したとして、生身の肉体それだけでは長距離移動するのも一苦労であろう。エルマのように術式構築や練成に精通していれば話は違ってくるのだろうが、アイシスのように戦闘職系に部類するのであれば平時に使用できる聖法術にも大きな制限が掛かる。きっと聖法衣や宝玉に内包されている術式が使えずヤキモキしているに違いない。その上で生活基盤がないのだ、精神的にも肉体的にもお辛いであろうということはアイシス達を見ても容易に想像できた。
「後はー、到着ポイントがどこかでその苦労度合いが変わりますよねー」
エルマが小首を傾げながら言う。一纏めになって転移してきたアイシス達とは違い、フラウニは個別に転移してきたと想像できる。世界間という航路を移動してきただけに、その到着ポイントも誤差だけで大きくズレてもおかしくはない。最悪別の国に到着している可能性すらあるのだ。孤立無援でサバイバル生活というのであれば、迂闊な浪費の大移動などは難しいであろう。
「それだけじゃないですよ。私達は一旦別の県で夢生獣と戦ってましたから……。フラウニが合流しようにも振り回されてしまった可能性すらあります」
連絡手段も無いとなるとそれも致し方がない。
「最悪この世界まで辿り着けなかった可能性もあるポね」
「……あながちあり得る話なだけにー、一概に否定は出来ないですねー」
ポッコルの一言に顔を青くしながら言うエルマ。夢生獣の妨害を直前で駆け抜けてきた彼女達だが、それでも世界間を繋げる航路内は影響を受け荒れ始めていたのだ。仮にフラウニの足が遅かったのなら、妨害による航路攪拌に巻き込まれたということも無い話ではない。
「しかし、探すなり呼び寄せるなりしないわけにもいかんだろ?」
「それはその通りです正宗。合流出来れば戦力的にも大きくアップしますし。……しますが、いいのですか??」
申し訳なさそうに正宗を覗き込むアイシス。彼女の言いたい事は理解できた。
「まだまだ部屋は空いてるからな。光熱費はエルマの尽力により大幅削減できたし、問題なのは食費だけだ。そいつが来たならそいつにも働いてもらうさ」
事情が事情なだけに正宗とて否はない。そのあきらめの浮かんだ表情をみつつアイシスとエルマはホッとしつつ頷き合う。
「わかりましたー。わたしの方で何か手段を考えて見ますねー」
エルマの言葉に頷いてみせる一同、そして互いに視線を見合わせた。
「ん、こんなところか??」
「ええ、こんなところですね。兎に角、私達は怒られず、逆に陛下からからお褒め理言葉を頂きましたっ!!」
「そして食い扶持は増えそうですがー、戦力アップは期待できるきちょーな情報を得ましたーっ!!」
「これは最早勝利と言って過言ではないポ??」
そうっ!!叱責や批難すら予想していただけにこの結果は上々過ぎる結果である。いうならば確かに勝利と言っても過言ではなかった。
「よっしっ!!じゃあ今日は勝利を祝って、久々に肉にしようっ!!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
正宗の提案に残りの面子の目の色が輝く。鉄家の財政事情は現在かなり厳しい状況なのだ。その為普段は実に質素な食生活に留められていた。しかし今日は勝った日。あるいは戦力増加の期待が望める希望の日となったのだ、ならば流石に財布の紐も緩むというもの。
「これからまだ暑くなるからな。しっかり食べて体力をつけていかなきゃならん」
正宗の言葉にエルマが顔を顰める。アイシスなどは顔を青くしている。
「えーっ!!この上まだ暑くなるのですかーっ!!」
「最近の夏の暑さは頭おかしいレベルだからな。炎天下で無茶すれば冗談じゃなく死ねるレベルなんだ。黒の車のボンネットの上に生卵落とすとマジで焼けるんだぞ??おかしいだろう……」
「あわわ、なんという国に来てしまったのだ私達はっ!!」
正直な所アイシス達は益々暑くなる日本の気候に辟易していたのだ。過ごし易い春のような気候が一年中続くユメミールからすれば、現在の日本の四季……特に夏に至っては灼熱地獄に放り込まれたように感じるのである。かつての日本の夏は窓を開け夜風を取り入れ、扇風機と団扇で過ごせたと言うのだが……今の日本でそんな事をすれば熱中症であの世に行きかねない。最早クーラー必須の危険な気候と化しているわけで、流石に夏のない気候の土地から来た者には堪えるのは当然といえた。
「だからしっかり食って体力をつけておかなきゃな」
「そうですね。……ところで正宗、肉はやはりスーパーサトウですか??」
スーパーサトウはアイシスがレジパートをしている地元密着型のスーパーマーケットである。あまり安いわけではないが、近場ということで重宝しているのは確かだ。正宗はアイシスに金を渡し買ってこさせる事にする。社員価格、それは流石に無理でも何かしらのサービスやいい部位が手に入るかもしれないという打算的期待を込めてだ。当然の事ながらアイシスだけでは心配なのでエルマをアドバイザーにつけることにした。大貴族のご令嬢に庶民の肉の買い物が勤まるとは思えなかったのだ。
「肉といえば、ユメミールではやっぱり狩りとかしたりしてたのか??」
「ん??狩りはしてましたよ。無論捌いたり解体するのは専門職の者でしたが、聖士になるにはサバイバルの技術も必須科目ですからね」
アイシスの返答に、正宗としては是非とも聞いたみたかった事があった。
「なら、“ドラゴン肉”とかも??」
ラノベなどでは高級で超絶美味い肉として定番であるドラゴン肉。正宗としても食えるのであれば一度食べてみたい食材なのだ。
「……ドラゴン肉……ですか」
「あー、アレですかぁー」
「アレは食えたものじゃないポよ正宗」
苦笑するアイシスとエルマ、そして首を横に振るポッコルがそう語る。それがどういう意味なのか正宗としては理解が及ばない。
「不味いのか??」
「美味いか不味いかじゃないポよ正宗。ドラゴンは言わずもがな最強生物の一画ポ。だから少し考えてみればわかるポよ。その肉はまさに人類の咀嚼レベルでは歯がたたない肉質ポよ。鱗にしろ筋肉にしろ、鋼のような強靭さがドラゴンポよ??食肉用に改良、畜産した牛肉や豚肉達とはワケが違うポ」
「聖力でー、顎とか超超強化してー、必死になれば食いちぎれないこともないのですがー、胃の中にはいっても中々消化しきれずに残ったりとあまり人の身体には優しくないのですよー」
胃酸でも溶けないというドラゴン肉。いわれて見れば確かに納得がいく話であった。レアな生態だからその肉もまた極上……と考えるのは早計である。硬い鱗を越えたとして、容易にその強靭な肉を切り裂けると言うのか??……否である。ドラゴンとはそういう生物なのだ。その肉は鋭い切れ味の武器、鋼鉄を持ってして初めて切り裂けられる強度や弾力を誇るのだ。……それをただの人の顎の力で食いちぎれるのか、消化吸収できるのか??という話なのだ。
「調理法や聖法術などを駆使しても、そんな簡単に柔らかくなるというものじゃない。なんせドラゴンは一級の魔物ですからね、その程度で変質する耐性じゃないわけですよ」
アイシスが首を振りながら言う。ヨーグルトに浸けておけば酵素で柔らかく……いやいや、怪物であるが故にドラゴンのその耐性は一級品。それをちょっとした調理などで簡単に覆せる筈がない。筋を斬って肉を柔らかく……いや、その筋を切ることすら困難なのがドラゴンという生物だ。口に入れた肉の筋がゴムのように噛み切れず四苦八苦したことはあるだろう、ドラゴン肉はそんなものをもっと凄くした物なのだ。
「それにー、魔力……まぁ聖力と同じらしいですがー、つまり理力保有量が桁違いなんですー。ヘタに食べるとそのエネルギー量で死んでしまいますよー」
エルマの話にカロリーを思い浮かべる正宗。確かに肉一切れに何万キロカロリーとかあったりしたのなら、それを摂取したのならどうなってしまうのか。いや、カロリーでは死なないかもしれないが、その肉に強烈な薬効作用などがあったらどうだろうか??身体に活力を与えるニンニク。しかしそのニンニクも一度に大量に摂取したりすれば強い殺菌作用などから嘔吐や眩暈を起こすことはある。それを消化吸収できれば確かに肉体は大幅な活力を得る、レベルアップなりするかもしれないが、ふつうの人間には無理な話だ。
「味もとんでもないですよ??私が食べた物はどちらかといえば劇薬に近い衝撃の味で非常に薬品くさい感じでしたね。野性味がもの凄く強いですしえぐ味も強烈なんですよ。美味しいと感じる者には美味しいと言えるのでしょうけど、その旨味も並の人間の舌の限界を超えてますから……もはや刺激でしかありません」
アイシスの意見は更に気分を下げる物だった。よく漫画とかで食材の美味さの比喩である“蜂蜜の数百倍の甘さ”と言かわれても、現実では甘すぎてクドイだけだあろう。仮にハニーミルクを作るのに同量のその甘さ数百倍の蜜を用いたのなら、ミルクの味など消し飛ぶほどに甘ったるい何かになるのに違いない。それを口に含んだとして、果たして人は美味しいと思うのだろうか??辛さなどは想像しやすいと思う。一定の辛さを越えたのなら一般人にとってソレは刺激物でしか無く、辛みによる本当の美味さや刺激とはかけ離れたものになってしまうのと同じだ。
「さらに言うと処理に失敗すれば口の中が裂けるポよ??焼いた肉とか冷めると脂が固まるポ??ドラゴンのそれはもはや金属ポ。最悪ドリップが出てると終るポ。血とか固まったてたら歯の方が折れるポよ」
ドリップや肉汁などは冷えれば確かに硬くなる。その強度なども類を見ないものとなるのだという。ならば熱すればそれが溶けるというか?いやいや、炎吐くドラゴンは耐熱性においても群を抜いている。もともと焼くにしても鉄板焼き如きの火力などでは不可能なのだ。
「さっき言ってた通り下手すると胃酸でとけずに胃の中に残っちまうポ……そうなったなら……」
そう言い身体を震わせるポッコル。その結果を容易に想像できたために正宗も顔を青くした。
「そうですね、角や爪、牙とか凝固した血とか鱗とか、兎に角砕いて削って、その削りカスをふりかけたり粉薬みたいにして飲んだりするなら……それならどうです??」
「アイちゃんー、それやってその細かな粒子で内蔵をズタズタに傷つけたっていう事例があるのですよー??アイちゃんクラスの聖力を含んだ強力な胃散があれば何とかなるんでしょうけどー、部下とかに強制しないでくださいよー??」
「固まってない血や体液飲むのはどうポ??」
「直飲みして龍血の力に負けて体内から溶けたーって事例はあるみたいですよー」
「もういいやめてくれっ!!これ以上俺の夢を壊さないでくれっ!!」
三人に見守られながら正宗が崩れ落ちる。憧れの超絶美味いドラゴン肉……ラノベでよく見る定番のソレが異世界人によって率直に否定されていくのだ。それはもはや夢を壊されているといっても過言ではない。
「やはり食肉用に改良されたA5牛の方が美味しいと思いますよ私的には」
「ですよねー。魔物肉はやっぱり処理を気にしないといけない分大変ですしー」
「折角旨いもの食ってるのに贅沢言う物じゃないポよ正宗」
ドラゴンなどは全身が貴重素材であると言われている。それは武具などにしようするための鉱物として、或いは錬金術に用いる触媒などとして、そしてその身に宿す強力な魔力と様々な耐性を持つ神秘を用いた付与や薬剤の素材としては優秀であるとも言えるのだが、食用に関して言及するのであればとことん向いてない素材と言えた。日本の食文化に敬意を持てと諭され、夢を打ち砕かれた正宗は唸るだけであった。




