夢生獣大戦争1
やっと許可が下りた包帯をスルスルと外していく。正直に言って頭は痒いし身体は少し臭い、すぐにでも風呂に入りたくて仕方がなかった。それを我慢して椅子に座り診察を受け続ける正宗。そんな彼の細部を真剣にチェックするのはエルマである。彼女は自身の眼前に展開していた術式映像を消去させるとウンウンと頷き視線を正宗に移した。
「違和感などはありますかー、状態を見る限りでは問題無さそうなのですがー、どうですかねー??」
「特にないな、兎も角今は風呂に入りたい。頭洗いたい」
文句だけは一丁前の正宗を再度診るエルマ。身体の各部には紋様の描かれたコースターのような物と符が張りつけられており、彼女は両手の中に術式を展開してそこに描き出される情報を確認していく。
(ふむふむー、確かに滲み出て来るような聖力の漏れもなくなっていますねー)
正直ユメミールの人々とは違い、こちらの世界の人々は圧倒的に聖力量が低い。特に正宗などは普段からしてほぼほぼその聖力を観測することが困難な程である。エルマはその奥に、彼の中にダムのように強固で分厚い水門があり、その門の向こうに莫大量の聖力が貯水されるが如く潜んでいるのではないか、そう推察しているのである。が、今のところ気配すら感じられず、その取っ掛かりすら掴めていない現状であった。
(そうでなければあの聖力量を説明できませんー)
それはさて置き、先日の戦闘の末に正宗は状態を悪くし聖力を垂れ流してしまうような状態へと陥っていた。ユメミールを立つ際持参して来た応急手当用の外的拘束と術式による補助でその漏れを止めた訳であるが、どうやら上手くいったようである。
(最悪は薬を飲んでもらうことも考慮しましたがー、何とかなってよかったですー)
流石にエルマもその事には躊躇があったのだ。ユメミールで効果のある薬だからと言って、こちらの人間にも同様に作用するとは限らないためだ。拒絶反応や想定外の副作用などを起こす可能性は十分にある。緊急性があれば踏み切ったが、そうせずにすんでホッとした所があった。事実、現状ですら正宗の健康維持には手探りの状態なのだ。本当に正宗が回復しているかは正確には未知数であるのだ。診察による診断も、検査結果も問題ないと告げている……ユメミール人であれば。だが、地球人の日本人にはエルマにも発見できない問題が生じている可能性は、ある。だからこそエルマは慎重に慎重を重ねた上で改めで情報を見直して、正宗におよそ問題はないであろうと告げた。
「マジか??」
「大丈夫ですよー、完治と言って良いでしょー」
聞き返す正宗を一笑いする。担当医であるエルマから回復したと太鼓判が出たのだ、正宗は喜び急いで風呂場へと向かっていった。あれから5日経過し、アイシス達の消耗具合も十分に回復してきた所である。この期間に次の夢生獣が攻勢を仕掛けてきたのであれば、かなりの劣勢……いや、それ以上に敵に押し切られていたであろう。だが、アイシスの身体に鞭打った警邏活動によりそれはなんとか免れれる事ができたようであった。正宗達が夢生獣達の状態や出方を確かめられないように、夢生獣側も正宗達の様子を見るのには困難があるようで、中々手に取るようにとはいかないようであった。そうしている間にもラブリージュエルの術式再構築、そしてカッサーナ戦で受けた傷もやっと回復した事で、なんとか次戦への体制が整いつつあるのだ。身体を泡でガシガシ洗い、至福のようにお湯にその身を沈める正宗。その湯も水道代すらかかってないという、なんとも家計にも優しい仕様となった鉄邸。そんな風呂の極楽具合を確かめていれば、ポキュポキュといったファンシーな足音が引き戸の前まで聞こえて来た。
「正宗~、今後について作戦会議するらしいからさっさと出てくるポよ??」
ガラリと戸を開け放ちながら言うぬいぐるみ。その頭身からは考えられないパワー。だが配慮もマナーも感じさせないその行動に正宗も応戦を持って返すことにする。
「久々の風呂なんだから少しはゆったり入らせてくれよー」
「そんなのまた後にしてさっさと出るポよ、もう十分サッパリしたポ??」
朝から何のんびりしているんだとばかりにポッコルが言う。確かにここ数日は体調のこともありゆっくりのんびりしていたわけだが、いつまた夢生獣が現れるとも限らないのだ。十分に話し合い、情報を刷り合わせて今後の対策を練っておくことは重要であった。方向性が決まっていれば、仮に不測の事態が訪れても対応策が取れるやもしれないのだ。今後の方針などを知っておくことは一般人である正宗にとっても大事なことなのである。
「解った……よっ!!」
「うわっ!!なにをするポっ!!重くなるっ!!水を吸って重くなるポっ!!」
手を合わせて繰り出した水鉄砲の一撃に、ポッコルはたまらずに退散していった。追い払った事に満足しもう一度深く湯船に体を沈め顔を洗う。深く息を吐きだせば実に気分が解放され、大いにリラックスできた。その名残惜しさを置き去りに、次に向けて湯船から身体を引き上げるのであった。
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「きましたか正宗」
「さっぱり出来たようで何よりですー」
居間へと向かえばアイシスとエルマが麦茶を飲みながら机について準備している。タオルで髪を拭きながら正宗も彼女等に習って座る。流れるように眼前に置かれる麦茶にエルマに向かってお礼を言う正宗。
「待たせた」
「そんな事ありません。では今後について話し合いましょう」
アイシス主導で今後へ向けた会議は開始された。主な議題はやはり夢生獣対策である。
「ラブリージュエルの修繕改修も終了し私の力も少しは発揮出来るようになってきます。そして正宗とアルヴァジオンに関しての検証、起動条件などがある程度判明してきた事は大きな成果です」
「ですねー。あの機体のポテンシャルはー、夢生獣としても無視は出来ないものかと思われますー」
「私もそう思う……そう嫌な顔をするな、正宗」
正宗としては戦闘に巻き込まれることがたまらなく嫌なのだ。なんといってもこの数回の戦いで実感したことは、“まさに命がけ”という点にあったからだ。普通の一般人の思考回路では拒絶するのが当然だし、平和な日本に生まれてきた正宗には到底許容できる物ではない。ただ、奇しくも生身のやり取りというものではない点からゲーム感覚に近いものがあるのは事実で、その為になんとか精神的には持ちこたえている部分もある。
「しかし油断は出来ない。トンテッキに続きカッサーナも正宗に直接接触を試みています。偶然……と言いたい所ですが、夢生獣側に貴方の存在が知られている可能性、あるいは探り当てる手段があるのやも知れません」
「ああ、それはそうかもな」
「マー君はこちらの住人ですのにー、因夢空間で活動できるイレギュラーな存在ですからねー。動物的嗅覚ー、あるいはなんらかの違和感みたいのを感じ取ることができるのでしょうかー??」
「結局のところ、正宗は夢生獣にとっても未知の存在ポ。それは気づかれているかは謎ポだけど、きっとアルヴァジオンのキー的存在という事も関係してくるポよ」
ポッコルが机の上に座り、ボリボリと菓子を食べながら言う。それはその通りであった。もし正宗がアルヴァジオンを動かしている本人であると夢生獣達に深く認知されたのなら、奴等の一番目標として狙われる存在となるのは明白なのだ。何故ならば奴らが自分達の同胞を打ち破ってきたアルヴァジオンを警戒しないわけがない。そして、生身の正宗では到底にして夢生獣とはやりあえないからだ。
「やっぱり少しは警戒しないといけないよなぁ」
正宗が溜息をつきながら言えば、アイシスは少し考えながら口にした。
「……正宗、率直に言いますが、学校辞めませんか??」
そう口にした時には正宗の手がアイシスの顔面を鷲掴みにしていた。あまりの早業に反応が遅れたアイシスがその手を引きはがそうとするが次第に増す圧力に悲鳴だけが漏れていく。
「イダ、イダダ!!……待て、待って下さい正宗!!ふざけているわけじゃないんです!!ちゃんとした理由があるんですっ!!これは現状の打破の為でもありスカウトでもありますっ!!」
「ちゃんとした理由があるんだな??」
やっとこさ離れた正宗の手に息を吐くアイシス。ジト目で睨んだ後咳払いをし、真剣な顔をして正宗に向いた。
「貴方の才能、あのアルヴァジオンの戦力ははっきり言えば現時点でも十分引き抜きに値するもの、という事です。実際聖魔導大全の書に認められた者など私やポッコルが言った通り今までユメミールの歴史の中にいなかったのですから、その一点だけでも声をかける価値があるというものなのです」
そのアイシスの言葉にはエルマもポッコルも頷いていた。
「確かにその通りですねー。実際問題としてー、マー君は将来やりたいことでもあるのですかー??就きたい職業ですとかー??」
「いや、そう言われると……」
正宗は既に将来を見据えている程今後の人生展望を持っているわけではない。ただ無為に自身の学力に合う大学を受験するのだろう……位にしか考えていないのだ。やりたい仕事、就きたい職業、目指す夢があるわけではない。
「で、あるのなら、ポッコル達に引き抜かれれば好待遇で雇うポよ??夢生獣の金導夢兵装体をも下すその戦闘力、ユメミール人ではないポから正規聖士とはいかなくとも、破格の条件で雇い入れること間違いなしポよ~!!」
自分の預かり知らない所である道の圧倒的才能があると発覚してしまったのなら、それを仕事にした方が幸せ、或いは人生は楽なのかもしれない。実際正宗は社会に出たことがなく、その中で稼ぎ生きていく難しさをまだ知らないのだ。
「しかし……そうなると異世界に就職するって事だろ??」
「違うポよ正宗。就職先が異世界だった……ただそれだけポ。外国か異世界かの違いでしかないポ、深く考えすぎポよ」
ポッコルが何気なく言う。いやいや、そんな単純な話ではないはずだ。この世界、通貨が通用する、言葉が通用する、常識が通用する、それは絶対的に重大なファクターである筈なのだ。しかし、
「ですがー、確かに日本と外国での差異があるのと同じようにー、世界間での差異があるだけなのですよー。それは学び体感すれば埋められるものとわたし達は思うのですよー。現にわたしやアイちゃんはこちらの生活に慣れているわけですからー」
「そういわれると……確かに。世界間……いままで身近になかったから感じなかっただけで、実はそうなのかな??」
「まぁ、直ぐにという訳では……いや、即戦力という意味では直ぐにでも学校を辞めてもらってこちらに集中してもらった方が有難いのですが。いずれにせよ正宗の力は私達にとっても是非とも味方に付けたいものなのです」
「ですですー。なので是非とも一考してほしいですねー」
アイシス達の言葉に「確かに」と正宗は考えた。今のまま卒業したとして、ただ平凡なサラリーマンとなっていくに違いない。それはそれで幸せなのだろうが、果たして自分の実力を生かせる職を蹴ってまでなりたいものなのだろうか??更に言えば異世界という未知を知ったのにもかかわらず、目を逸らしていけるものなのだろうか?
「まぁ、頭の隅にでも置いておいてくれ」
アイシスの提案に頷いて見せる正宗。
「……兎も角、今後は正宗も十分注意せねばならない、相手に正宗こそがアルヴァジオンのキーパーソンであると知られている可能性があるからだ。そういった意味でも、学校を辞めてもらった方が警護しやすい」
「今後は夢生獣もー、マー君を危険視して直接狙ってくる危険性が増えたって事ですからー」
確かにそれは大問題だ。実際トンテッキには学校内で追いかけられ追い詰められたこともあり、正宗では太刀打ちできる相手達ではないと実感もしている。かといって聖力の乏しい正宗がユメミールの術式を扱えるわけもなく、それを修めるだけの学があるわけでもない。自衛がキツイというのであれば、学校生活は危険以外の何者でもなかった。だが、かといって学校を辞めるとなると……。
「ふむ、この話はとりあえず保留ということで。それでも、いざという時の為訓練をしておいた方がいいには違いないありません。明日から正宗は私の訓練に付き合うように」
「うえっ!?マジかぁ~」
アイシスの提案に嫌な顔をする正宗。
「それはアリポねー。正宗の動きはアルヴァジオンでの動きでもあるのだから、しっかり鍛えてもらうのがいいポよ~」
ポッコルが嫌味ったらしく笑いながら言う。そのことにはエルマも同意のようで、鍛錬による身体作りや経験などは正宗の自衛や護身に繋がりつつ、同時にアルヴァジオンでの戦闘能力向上にも繋がるからであった。更に運動する事で健康にもなるともなれば一石三鳥、否定する方が難しい。
「…………わかった、つきあうよ」
しぶしぶ了承する正宗。それにとって代わるように今度はエルマが手を挙げた。
「さてー、次はわたしの方ですがー……いよいよ完成いたしましたー!!世界間通信機ですー!!」
「「「おおおおおおおおおおお」」」
アイシスと正宗とポッコルが称賛の声を浴びせる。それは紛れもなく朗報で、それによってやっとユメミール側の状態把握などを知る事が出来るのだ。机の上に拡げられた物はPCボックスや電話機など様々な物が並んでいる。それを組み上げ結線することで世界間通信機となるのだと説明を受ける。
「と、申しましてもー、やはり聖力消費量が大きいため駆動にはアイちゃんの力が必要ですー」
「勿論、その程度構いません!!それでどうするんです??直ぐにユメミールへと繋げるのですか!?」
アイシスが逸りながらエルマに詰め寄った。現状彼女は夢生獣の侵攻を食い止めるための主戦力なのだ。負けられない戦いということは一つの世界の命運を背負っているという事。それらは思った以上に彼女へのプレッシャーとなっているに違いなかった。だからこそ少しでもその圧力から解放されたくて、ユメミールからの指示を受けられる世界間通信機に頼りたいのであろう。
「少々待ってくださいー。今直ぐ……という訳には行けませんー。わたし達の準備はよくともユメミール側の準備ができていないという事もありますからー。それにアイちゃんが動かすとはいえおよそ数分の通信が限界でしょうしー、前もって本通信する時間を指定して送ってあるんですよー」
その程度ならエルマの聖力でも可能ということである。そうして通信を行う時間を予め伝えておくことで、ユメミール側も準備を整えておく事が出来るのである。あと、やはり通信強度などはその時の世界間航路の荒れ具合に左右されるらしい。エルマの話では明日の正午に通信を開始するという話であった。機材も資材も乏しい為世界間航路の状況観測は難しかったのだが、エルマは苦心しながらもそれを実解して見せたのだ。
「ここのところの界間航路の状態を観測をした結果ー、その時間帯が一番状態が良いと予測致しましたー」
その隙をつかねば世界間での通信は難しい。無論、状態が良いといっても部隊などが渡れるレベルではないという話だ。
「……という事は、ポッコル達も覚悟を決めておいたほうがよさそうポね」
消沈した声色でポッコルが呟く。いや、そのぬいぐるみの顔は真っ青になっている。
「……た、確かに不安でたまりません。自分としては精一杯は尽くしたつもりなのですが……果たして女王は何というでしょうか……」
「大丈夫ですよーっ!!お母様も状況は分かっていらっしゃるでしょうからー、対応の是非などでグダグダ言って時間を潰す事はしないでしょうー。それに小言が来たとしてー、通信時間の限界はせいぜい数分ですからその間だけの辛抱ですー」
自分達の味方との通信が確立するという盛り上がる話だったのだが、いつの間にか暗く思い雰囲気に包まれるアイシス達であった。




