深海の大決闘22
エルマの眼がこれでもかと開かれ吐息が荒くなっている。彼女の持つ非凡な知識欲が大いに刺激されようとしているのだ、無理もない。
「アイちゃんっ!!是非ともその術式をーっ!!」
「それ、それだよっ!!それがあれば今後オレが戦う必要性はなくなるってことだろっ!!」
当然にして正宗も便乗する。なにせ自身が表立って戦うことから解放される可能性があるのだ。その可能性に直結するだけに無関心でいられるはずもない。
「神剣ウルフェンを使っての聖法衣っ!!それが出来たとなれば快挙ポ!!……まぁ、ポッコルこそがラブリーアイシス付きの妖精であるポ、つまりそれはポッコルの手柄であるということポ」
「あさましいなっ!!これだから打算的な人間はっ!!」
急に活気付いた面子に不快感を露わにするアイシス。エルマはその知的欲求に、正宗は身の保身から、ポッコルに至っては功名心からその利益に預かろうとしている。汚いどす黒いものを見た気分なのだから仕方が無い。
「……とはいえ、さっきも言った通りあれは一時的なものでした。一時だけ聖法衣術式のように働く使い捨て術式、純粋な構成術式でないのだから長時間は維持できないし、そんな高度な使い捨て用の術式ですよ??一瞬で理解、記憶して覚えていられるわけないでしょうがっ!!」
「チィィ!!つかえねー女ポっ!!」
「ホントだ全くっ!!ぬか喜びさせるんじゃねーよっ!!」
「アイちゃんのアホーっ!!」
「貴様ら全員ぶっ殺してやるっ!!」
一気に掌を返した一同に涙目で掴みかかるアイシス。兎も角、聖魔導大全の書から術式を供与されたアイシスはそれを用いてその場限りの聖法衣術式を展開、カッサーナへと肉薄し見事に撃破封印したわけである。
「とまぁなんとか夢生獣の封印には成功したわけですがー、課題も山積みとなってますー」
アイシスに殴られボロボロになりつつ、エルマは立ち上がりテレビの電源をつけた。何事かと喧嘩の手を止め、一同はその映像に釘付けとなる。軽くザッピングしただけでも、朝のワイドショー番組達はこぞってその話題を取り上げているものが多く見られた。テレビの中で現場へと取材に向かったレポーターが声を上げているのが見て取れる。
<──ご覧下さいっ!!こちらに打ち揚げられているものは全て魚の死骸となっております。一体何故これだけの魚が打ち上げられたのか、現在原因は全く分かっておりません。専門家の見解では──>
レポーターは海岸沿いを歩きながら浜辺を埋める魚達の亡骸の山を指し、事態の異常さを事細かに視聴者へと訴えかけていく。それを見ている正宗達の顔は固い。
「これって、もしかしなくても??」
「ええ、私達の戦闘による余波……ですね」
自身のつぶやきにアイシスが申し訳無さそうに応えたのを見て、再び視線をテレビに戻す正宗。
「夢生獣には勝利しましたがー、同時にこちらの海洋産物にも多大な被害をもたらしてしまいましたー。きっと打ち上げられていないものも沢山ある筈ですー」
「これが金導夢兵装同士の戦闘と言うものポよ。今回は戦場が海だったから被害を受けたのは魚だったポが……」
「ええ、これが陸地であったのなら……並んでいるのは人の亡骸でしたでしょうね」
アイシスの言葉を聴きながら映像を見つめる正宗。そして想像できたものは……地獄でしかなかった。
「ですのでー、やはりなんとしても因夢空間で決着をつけることを前提にしませんとー。犠牲となったお魚さん達には申し訳ないのですがー、実際に受ける被害を想像、想定できるようになっただけ今回は収穫があったと思うしかありませんー」
「ならやっぱり作戦自体が間違いだったんじゃないのか??無理にこっちに来てまで戦ったからこうなったんだろ??」
「しかし、そうしなければ、あのままであったなら……今頃この地は海の下に沈み、世界の改変は始まっていたんだぞ」
正宗の言を一刀両断するアイシス。そう、あの場では他に選択肢がなかったのだ。
「何を言ってもたられば、言い訳ですしー、今回のことを教訓に改めて気を引き締めていくしかありませんー。わたし達も想定が甘すぎましたー。アルヴァジオンへの変体について、もっと詳しく調べておくべきでしたー。マー君も、これでわかったと思いますが一歩間違えば多くのこちらの方々が被害を受けるのですー」
エルマの言葉に頷きを返す正宗。それは頭の片隅にでも置いておかねばならないことであった。夢生獣のせいとか、逃がしたユメミールのせいとかじゃなく、現実問題としてもう既に夢生獣達はこちらの世界に来て活動してしまっているのである。日常を、明日の日々を護るためにもその光景は眼に焼き付けとかなくてはいけなかった。
「ま、それをいかに減らしていくかが今後の課題ポね。それは兎も角として、無生獣三匹め封印おめでとうポよっ!!」
「……やっと三匹、ですかぁ」
話題を切り替えたのはいいが、突きつけられた現実に溜息を吐くアイシス。まだ半数以下、されどその疲労感は尋常ではない。
「全部で十匹逃げたんだっけか??」
「その通りです。夢生獣等の転移渡航を迅速に感じ取ってコチラも急ぎ追撃態勢に入りました。しかし、私達が転移した直後にヤツ等に航路をメチャメチャにされて……今はこのザマです」
「気付いて追撃できただけアイシス達は優秀と思うポよ。実際正規聖士達誰一人としてこちらに来れてないポ。アイシス達がいなかったら既にこの地は夢生獣の手の内に落ちているところポよ」
「言われてみればそうだな。なんとかこっちに来てくれたアイシス達には感謝しなくちゃならんな」
たった二人と一匹だが、その戦力が来てくれたおかげで世界の改変を防いだどころか、膠着……いや、既に三匹も撃破封印しているのである。そこは素直に感謝せねば筋が通らない。なにせ邪魔者がいなかったのならば、世界は数ヶ月前に夢生獣達にメチャメチャにされていた筈なのだ。
「そ、そんなのは聖士として当然のことですし」
「えへへー。ちょっと頑張りましたからー」
顔を赤らめそっぽを向くアイシスと照れ笑いを浮かべるエルマ。
「そこでー、ちょっと浮かれているわたし達に更なる朗報がありますーっ!!」
両手を挙げアピールするエルマに一同の視線が集中する。見ればアイシスもポッコルも知らされていないようで、何事かという顔をしている。改めて咳払いをし、エルマが大々的に発表を始めた。
「えー、カッサーナ戦に移る前に鉄家での暮らし改善の為にいろいろ行なったのを覚えておいででしょうかー??」
「ああ、アレだろ??水道代とか易く上げる為にオール聖力化に向けて改良したんだよな??」
「防光のことポね??」
「その略し方をやめろ糞妖精っ。私が山の中を走り回って基点に転送術式を施してきたアレですよね」
周囲の地脈のパワースポットから地球の力を借り受けて聖力変換する装置を設置したのである。
「思った以上に上手く行っていると聞いているポ。ポッコル的にはもっと高出力を出せるようにして欲しいポよ。妖精族としては聖力浴…つまり聖浴をたまにはしたいポからね」
「無駄に略すな変態妖精っ!!……大体貴方達の種族が卑猥な響きの語呂を当てるから……」
「ちょっとだまってろよアイシス!!それで??あの機構がどうかしたのか??」
正宗がぬいぐるみを叩き潰すアイシスを黙らせるとエルマに続きを即した。
「いえー。問題が発生したというわけではありませんー。ポッコルの言った通り想定よりも変換効率がよく思った以上の聖力を毎時蓄積できておりますー」
まさに重畳であった。そのおかげというべきか、水道だけでなく電力に置いてもかなりの部分を聖力から変換された電力によって補われているという。これからのシーズンクーラーが必須になってくるだけにそれはありがたい朗報といえるであろう。しかし、話の核は別にあるようで、
「で、ですねー。えー……、もう少しでなんとー、聖力通信機が完成いたしますー。数分間であればユメミールとの交信が可能となりそうですー」
「「「おお、おおおおおっ!!」」」
「まぁ交信できたところでーどうというわけではありませんがー」
エルマが苦笑しながら言う。確かにそれはそうで、現実的に一番いいのは援軍が来てくれることである。援軍と補給があるのであれば事態は大きく好転する事は間違いないのであるが、それが依然来ていないということは現状ではまだユメミール側からそれらを送ることすら出来ない状況なのであろう。つまり通信出来ようが援軍や支援物資等々には期待できないのである。
「いや、基本方針や作戦を相談できるだけでも意味はあると思えます。アチラの進捗状況の確認も出来るし、なにより出来なかったことが出来るようになると言うことは、希望が持てるようになりますからっ!!」
アイシスの言葉は尤もで、孤軍奮闘ではない、事態を共に思案してくれる仲間がいるだけで少しは気が楽になるものである。それは背水に追い詰められているアイシス達にとっては……そう縋る想い……逃げなのかもしれないが、しかし確かに希望をも感じさせられる朗報でもあったのだ。
「というかあの女王の事ポ。まだ事態収拾もできていないのかーと怒られる可能性もあるポよ??」
「いやいや、流石にそれはねーだろ??」
ポッコルの一言に正宗が苦笑しながら反論するが、
「……どうした、二人とも??」
「えー……有り得ないこともー……」
「いや、有り得ますよね。……マジどうしましょう……」
顔を青くする二人に絶句するのであった。
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ここではない、夢と現実の狭間。そこは人の住む世界ではなく、異形の者達が辛うじて身を潜めている空間である。その一画の一室には下界……つまるところ地球の各地の映像を垂れ流しているテレビが設置されており、それを見ながらおやつ片手に貪り食う巨体の姿があった。
「ゾウ。しかしこれはまた参ったゾウ」
モサモサと野菜を口に入れながら正直な感想を漏らす。覗き見ていたのは自身と存在を同じくしていた夢生獣カッサーナと金龍の戦い。はっきり言えばそのバケモノっぷりに怒声を上げて不正だと殴りこみたい気分であった。
「チート過ぎるゾウっ!!あんなのに一体、どう勝てというつもりだゾウっ!!」
いまだ動きは素人感が否めないが、それを補う以上のスペックを見せ付けた金龍。トットリッキーの討伐の際には姿を見せなかったわけであるが、トンテッキに続きカッサーナまでもが金龍に破れたとあっては自身達の最大の敵はあの金龍とみて間違いない。だが、その馬鹿げたスペックは夢生獣として恐れられる自身達を軽く凌駕していた。
「正面からぶつかったら負けるゾウ」
その事実に夢生獣ゾウールは頭を抱える。
「いっそここは諦めて違う世界を探すゾウか??いやいや、他で監視の少なく容易に改変侵略できそうな世界なんてそうそうないんだゾウ」
バケモノの相手はスルーして他世界への転移も考えたのであるが、そこでも戦いは必至であろうしなによりもそれはとどのつまり“逃げ”である。勝てそうもないから余所へと逃げる、夢生獣としてのプライド的にもその選択は微妙といえた。
「まだ戦闘に慣れていない今のうちに仕掛けるゾウか??いやいや、こちらの戦力的に次期早々。しかしチンタラしていたらそれこそ手のつけられないバケモノになってしまうゾウ……」
ゾウールが天を仰ぎながら愚痴る。長い鼻をブラブラさせて思考に走るがそうも簡単には最良の手など思い浮かぶはずもない。と、ブルブルと怪音を発生させながらスマホが鳴る。器用にそれを象の手に取るとなれた手つきで着信を取る。
「もしもし??……うん今は暇だゾウ。…………うん、……うん、わかった、今繋げるゾウ」
ゾウールは通話を切るとテレビの入力を切り替え、同時にテレビの上のカメラユニットの電源を入れた。映し出された映像は十の枠に区切られており、その中の三つに×印が付いている。同時に他の枠にゾウールに加え、あとニ枠に見覚えのある顔が映し出され始めた。
「おお来た来たクマーッ!!緊急であるが夢生獣会議を始めたいクマーッ!!」
「……ちょっと待つワニ。……この画面映り、推理漫画やドラマにある殺人事件の登場人物一覧のようで不吉ワニ」
「待て待て、ということは次の犠牲者はオラ達ということになるゾウ??」
三者は一通り笑った後真顔になった。
「いや、正直言って笑い話じゃないゾウっ!?お前等もアレ見たからコレに参加したんだゾウ??」
「見たクマー。正直言っていいクマ??ありゃ話にならんクマよ??」
「……個別で戦ったら敗色濃厚ワニ。……そこでワニ、我等の流儀を一旦横に置き、共闘を訴えるために今回呼びかけたワニ」
そのワニゲータの提案に一旦黙考するゾウール。
「他の面子はどうしたゾウ??」
「提案をしてはみたが、反応ないクマー。まぁ、もともと我等夢生獣はあまり群れないクマ。それもいたしかたないクマ」
「ふむ、ではオラ達の勝利の後はどうするゾウ??漁夫の利を持っていかれるのはシャクだゾウ」
問題はそこに在る。撃破封印された三匹、自分達三匹を除けば……まだ夢生獣は四匹残っている。残りの彼等が徒党を組み、金龍に勝利後を掻っ攫われては元も子もない。
「……そこは安心するワニ。……あのバケモノを撃破したとして、その欠片でも取り込めば我等のステージは一段上がっているワニ。……その後に改めて、我等三者のうちで勝敗を決すればいいワニ」
なかなかどうして……確かにこの共闘に乗れなかった者達が改めて徒党を組むのも確かに難しい。夢生獣は良くも悪くもボッチ気質なのだ。他者とともにあることよりもオンリーワンッ!!自分ファーストッ!!的な者達ばかりである。故に、一度二の足を踏めば次の機会ではもっと意固地になるのは眼に見えていた。それを曲げての今回の共闘。確かにあの金龍を撃破し取り込めればそれは他者を出し抜く決め手となるっ!!……だがその為には勝たねばならず、そして個体での真っ向勝負での勝ちは難しいというのが現状であるのだ。
「その提案、オラには異論がないゾウ」
「ゾウールよくいったクマ。このベクマーも申し出を受けるクマ」
「……よし、ここに我ワニゲータとベクマー、そしてゾウールによる夢生獣同盟が結成されたワニっ!!」
確実に勝利する……その為に、夢生獣達も動き出していた……。




