深海の大決闘14
昼下がりなのにあまり人手のない道をエルマは借りた自転車に乗って走っていた。高くなり始めた太陽と、そしてじっとりと粘りつき始めた気候によりサイクリングをしていると汗ばんでいく。本格的ではないが、少し早い夏の洗礼にユメミールの住人であるエルマは閉口せずにはいられなかった。
(暑いですー。こっちの世界の気候は頭悪いですー)
つばの広い帽子をかぶりヒーヒーと息を吐く。鞄と一緒にカゴに入れられ直射日光が直当たりしているポッコルなぞはぐったりとしていて身じろぎもしなかった。横を通り過ぎていく大型トラックにビビリながらもそのペダリングは軽快に回っていた。周囲の大きな施設からは何かの駆動音等々が鳴り響いている。この街の港は工業港といった意味合いが近い。特に自動車の輸入輸出を主とした外国ディーラーの工場などが隣接していたりする。そんな中を自転車で走り何をしているかと言えば、先の作戦で決めた罠の設置に出ているわけである。正宗から借りた自転車に乗り随分と走ったわけで、口酸っぱく言われた通りちょくちょく日陰に入り給水は怠らない。今も日陰で休憩タイムなのだが、それでもじっとりとした暑さはぬぐいがたく、カゴの中の鞄から冷やされたタオルを取り出すと、それを顔に当てやっと少し生き返った気分となった。
「ふぃー、疲れましたー。やっぱりキツイですねぇー」
「焦げそうポ。でも正宗曰くこれでねまだ序の口らしいポよ??」
「ホントですかー!?この国の夏という季節は地獄のようですねー」
「ユメミールからすれば考えられないような気候ポね」
頷きながらエルマはペットボトルのスポーツ飲料で喉を潤した。常に春の様に穏やかで暖かい気候のユメミールとはワケが違う。しかしながらだからこそ、肌で自分が異世界にいるのだと実感できているのであった。
「それど結局のところどうポ??」
「どうってー??」
「設置術式の事ポ。それエルマの開発した新術式ポ??」
日陰で一休みするエルマにポッコルも気になっていた事を問いかけた。確かにその術式が金導夢兵装に有効であるかと問われれば二つ返事で返答できるものではない。ただ、相手が夢生獣本体であるのなら度肝を抜く程度は出来るのではないかという期待はあった。
「今回が実地テストってところですねー」
「ぶっつけ本番もいいところポ。まぁ失敗しても何もしてないよりかはましポ」
「その位に考えていますよー」
金導夢兵装はユメミールのある元の世界に置ける最強を誇る戦闘兵装である。その装甲を抜くことなど容易に出来るものではない。仮に金導夢兵装体を相手取ることになったとしても、眼くらまし程度にでもなれば正宗の戦闘を少しでも優位に進められるだけの可能性もあった。役立つ可能性があるのなら、一度は試してみるに限る。
(聖力消費と回復に少し余裕ができたとは言えー、あまり無理は出来ませんけどー)
防光システムのおかげでアイシス達の生活も少し楽になったとはいえ、攻撃術式の設置ともなれば聖力消費は半端ではない。それでも、実戦に投入し効果の程を知らなくては今後も使えるかの判断が出来なかった。
「それにしたってー、わたし達だけで術式を設置していくのはホネですーっ!!」
「仕方がないポ??アイシスは朝からレジ打ちのパートぽ。正宗は学校行ってるポ」
「その間にカッサーナが現出したらどーするんですかー!?後手後手の後手を踏むんですよー!?」
「ポッコルにいわれても困るポよっ!!」
「因夢空間が展開されてー、アイちゃんがマー君を迎えに行ってー、アイちゃんとマー君が現着してー、術式展開してー、タイムラグがあってからの突貫ー……」
「元々無理があるポよ。正直夢生獣達がこの国以外に現出したらどうするポ??」
ポッコルの言わんとしている事にエルマは深く息を吐いた。
「海なんかは最悪飛んで行けばいいとしても……また衣食住にお金も……。それもまだ隣国程度ならいいですけど遠い国となるともうお手上げなんじゃないですかー??」
はっきり言って無理である。夢生獣はこの星のあらゆる場所に現出できるのであろうが、エルマ達はそうも行かない。聖力に溢れているユメミールであれば跳躍術式などの使用も考えられたが、現状ではそれ等も全てアイシス頼りとなってしまう。移動も戦いも、全てをアイシスの聖力頼りとしたのではアイシスへの負担が大きすぎるのだ。それではいずれ擦り切れてしまうのは明白であった。
「なら正宗に頼むポ。金導夢兵装状態なら跳ぶことは可能ポ??」
「マー君どうするんですー??学校あるんですよー??長期にわたる滞在なんて不可能じゃないですかー。送ってくれたとして、マー君が帰るとなったらアイちゃんも同時に帰ることになっちゃうじゃないですかー」
残念なことに正宗のアルヴァジオンはタンデム搭乗である。アイシスだけ現場に置いておくことは出来ないのだ。
「構わないポよ??因夢空間が展開されたその都度行って倒してこればいいだけポ……あっ!!」
「そうですよー。それだとさっきとほぼ同じ工程を踏むのですよー。仮にわたしならー、因夢空間が展開されてーアイちゃんがマー君を迎えに行ってー術式展開してータイムラグがあって金導夢兵装になってからアイちゃんとマー君が現着してー……と、その間にやることやって撤退しますねー」
エルマの言葉にポッコルも唸るしかない。邪魔者の登場が常にある程度の時間を置いてやってくるのであれば、その時間の間にやることをやってしまえばよいだけなのだ。いずれ十分に力を蓄えてから、十全の体制を持って迎え撃ってやればいいのである。
「その為ならばー、こちらの世界とわたし達が協力するのを防ぐ為にちょっとちょっとの改変を世界に認識させていくという手は使わないでしょうねー」
邪魔者……つまりアイシス達が来るまでに時間を有するというのであれば、ある程度自身からの影響力を与えたところで世界の眼を覚ますという戦法も使えるのである。徐々にその改変領域を拡大していく戦法だ。ただそうした場合、世界が裏側から何者かに改変させられているという事実を白日の下に晒す事となり、それはこちらの世界と夢生獣達に対抗しうるアイシス達との結び付きを招きかねない。摩訶不思議が白日の下にさらされた以上、両者は手を取って夢生獣に対抗しようとすると考えられるからだ。はたしてユメミールの支援を受け入れ始めたこちらの世界がどのように変化し脅威となるのかは夢生獣達にも未知数である。夢聖士という夢世界でも戦える者達が実際に居るのだ……その可能性を呼び起こすのは得策ではない。その危険性を孕まない為にも、夢生獣達はそうした小出しの改変はしないだろうとエルマは読んだ。つまり、夢生獣はアイシス達が来るまでに食えるだけ食って力を溜め逃げるという手だ。無駄足を食ったアイシス達には疲労と徒労感が溜まっていくというおまけ付き、いい作戦である。
「いずれにせよ後手を踏むのは確実ポ。何かいい手はないポかねー」
(そもそも……アイちゃんが常に出撃できる状況でないのが問題なのですよねー)
エルマは高く青い空を見上げる。途方にくれなくとも原因は解っている、ようは金である。金欠が事態を悪い方に転がしている。物資や人員もそうであるが兎にも角にも軍資金不足……この一点が決定的であった。
(お金があればアイちゃんがパートに出なくて済みますしー、マー君にも生活費を工面できもっとよいサポート等をおねがいできるのですけどー)
しかしその考えは考えるだけ無駄なのだ。無い袖は触れない……。ユメミールと連絡すら取れない現状では支援を期待するだけ無駄だ。アイシスの力を相当量消費しても良いのであれば或いはそれも可能なのかもしれないが……、
(いずれにせよー、現状では博打でしかありませんねー。それに夢生獣現出に対応する為にはやはりアイちゃんの力は出来るだけ温存しておきたいですしー……ユメミール側から何とかしてもらうかー、それか聖力変換蓄積機に期待するしかありませんねー)
前途多難な現状に溜息を吐く。
「えらい深刻そうポね??しかしなるようにしかならないポよ??」
「それもーそうですねー。しかしー、この一件が終ったのならマー君はどうするのでしょう??」
エルマの呟きにポッコルも頭を捻る。
「うーん、流石にこちらから申し出た協力関係ポ。女王もそれ相応の褒美は約束してくれるんじゃないポか??」
「ですがー、マー君は聖魔導大全の書に使用者として認められてるんですよー」
エルマの言葉にポッコルもそれもそうだと相槌を打った。そんな重要人物をみすみす手放すというのであろうか??
「けれども正宗は異世界人ポ。ユメミールの為に正宗に移住しろ……とも言えないポよ??」
「はいー。ですからお母様は超高待遇での引き抜きを提示するのではないかーと、思うのですよー」
所謂ヘッドハンティングである。アイシスをも遙かに凌駕する金導夢兵装……その使い手。敵にすれば厄介極まりないが、懐に抱え込んで置けるならこれ以上の戦力はない。
「金はこちらでも価値はあるようですし、鉱石類も高く売れそうですー」
ユメミールにおける鉱石……特にこちらにで宝石と呼ばれる類の石にはあまり価値が無い。無論聖力増強などに利用できなくも無いが、それよりももっと強い聖力などを帯びた力石……所謂こちらの世界で言う魔石の類、以前にも使用した“聖石”の方が重要視され価値が勝るからである。特にチンニチシ石、こちらではダイヤと呼ばれる石などはクズ石として扱われている。理由としては聖力保有には優れず、その強度も魔物の素材の方が強いものがあるためだ。それなりに硬く加工に少々手間が掛かるめんどくさい石……それがユメミールでのダイヤの評価であった。その優れた光の屈折率も、分散率の高さも、評価項目の中では高位に値しないのだ。だがそれはユメミールでの話、ことこちらの世界ではその硬度と希少性もあり価値は高い。
「特産品による交易ポねっ!!ポッコルゲームで知ったポよっ!!確かにユメミールでは価値のないものもこちらでは高価で取引されているものはあるポね、報酬としては十二分ポ」
「その上で、マー君が“就職先”が見つかったのならーと、学校生活を辞めてくれたのならー……万事上手く解決するんですけどねー」
就職先とは勿論ユメミールで夢聖士として働いてもらうことである。つまりは異世界生活だ。
「まー……そう上手く行かないポ??聞けばこっちの学校というものは士官の為とか生活の為の戦闘技術を獲得する為とか……そういった意味合い以外のものが多いポ??」
「はいー。ですので現状がこうだからと言って学校を辞めてもらうとか言う話は別になるのですよー」
エルマも睡眠勉強知識として知っている。特にこの国では同年代のつながり……友達や知人といった者達と、多感な成長期時代を共に謳歌するという意味合いも多段に含まれている。更に言えば集団生活をさせることで他者と協調する術を、或いは他者と並ぶことで自分の良し悪しや立ち位置を見定めさせるのであろう。
「……いずれにせよー、今は目の前のことに集中ですー」
問題は山積み、エルマはそう言ってペットボトルのスポーツ飲料を飲み干した。
「あといくつ設置するポ??」
「えー……と四箇所ですねー」
「……これポッコルは必要ないポよね??帰っていいポか??」
エルマは無言でポッコルをカゴに放り込むと、再びペダルに力を込め日陰から走り出していく。
「暑っ!!ムシムシだポよっ!!」
苦情には一切耳を傾けなかった。




