深海の大決闘12
問題は山積みである。結局のところラブリージュエルはやはり限界であり早急のメンテナンス、いや、オーバーホールが必要であるという結論に達していた。そうなるともう正宗達に戦力はないわけで……。
「終わったー……詰んだー……」
エルマは机の上に突っ伏している。未だユメミールとは連絡すら取れない状況で、追加戦力も全く期待できない……瀬戸際なのは相変わらず。そうなると残る手段は一つしかない。
「やはり正宗が頑張るしかないポ」
突っ伏しているエルマの横でそれを眺めていたポッコルがそう結論付けた。しかし、正宗としては「では頑張ります」と安請け合いできるものではない。世界の運命が……いやこの際世界の運命はどうでもよく、自身の命が掛かっているのである。世界が夢生獣に乗っ取られたとしても、地球に住まう人類は一蓮托生。それなら納得できるが、自分だけが不利益を被るのだけは避けたいのである。
(なんという器の小さい男ポ)
(最低な考えですね)
(なんとか頑張って貰わないと困るんですけどー)
熱弁する正宗にポッコルを含めドン引きするアイシスとエルマ。
「いいですか正宗!!戦士であるなら名誉と誇り、正義の為に戦いなさい!!」
「ふざけんなよお前!!俺は戦士でもなければ聖士でもねえっ!!だいたい本来お前等の不手際だろうが!!お前も戦士なら一般市民に生死をかけた戦いに行かせるなっ!!市民を護り戦うのがお前の仕事だろうが!!」
「あ……スミマセ……イダイイダイイダイ!!頭を掴ないで下さいぃ!!」
正宗が怒鳴り返しながらアイシスの頭部を鷲掴む。アイシスも暫らくはもがき耐えていたが、次第にその抵抗は緩慢になって行き、最後には必死にその腕を三回タップしていた。だがその頭部を粉砕しようとせん圧力は依然として緩まず、遂には泡を拭き始めるアイシス。
「まー……マー君の言い分も解るんですけどねー。それでもーわたし達には選択肢が最早ないのですよー」
「そうポよ正宗!!いよいよ勇者になるときが来たポ!!」
困りがおのエルマに続いたポッコルが金色の珠を取り出し机の上に置く。それをみて嫌そうに顔を顰める正宗。
「迫り来る悪!!追い詰められ、そして覚醒する超パワーッ!!男子なら誰もが憧れる主人公展開ポよっ!!」
「しかしだなぁ、カッサーナとの戦いの時は全く無意味だったじゃねーか。以前変身できたのはトンテッキの時限定だったんじゃねーのか??それか俺が原因じゃない……??」
正宗はそう愚痴りながら金色の珠を手に取った。が、その不思議な感覚に眉を寄せる。
「どうしたポ??」
「……いや、なんか今はいけそうな気がするんだけど??」
ポッコルの問いに手元の珠を見ながら言う正宗。
「またまたー、そうやすやすと話が転ぶはずないポよ」
「別段マー君にかわった様子はありませんがー」
正宗の語句を吹聴だと流そうとするぬいぐるみに対し、エルマは興味津々となっている。しかし当の正宗は手の中にある金珠に釘付けとなっていた。
「マジだって、呪文も頭に浮かぶし」
「ホントポか??」
「だからマジだって、リヒカバイフィ=ニショケミューコン=カインゼロイカ=ユメソウサ……ホラ、ちゃんと言えてるだろ??」
そう正宗が漏らした瞬間、彼の部屋着が下着もろとも弾け飛ぶ。粉と化していくそれ等だが一同に声は無い……いや、
「……うううう……なんで私の服まで……おまけになんかまた聖力がごっそりなくなりましたし……」
アイアンクローでへたっていたアイシスが声を震わせ、色々隠しながら嘆き倒れ込んだ。
「――……それだああー!!」
唐突にエルマが興奮したように声を荒げた。走り寄り、床に転がるアイシスを観察するエルマ。視姦するような目つきに怯えるのはアイシスの方であった。
「どういうことポ??」
「およそあの金導夢兵装の術式展開には呼び水が必要だったってことですよー。マー君はわたし達と違って聖力をもってませんー。いや、厳密には持っているのでしょうが-、それを感じ取れないほどに弱々しいものと考えられますー。ですから術式を励起させることが不可能だったのですー」
興奮しながらエルマが自前の紋様を眼前に展開し、アイシスと正宗から詳細なデータを取っていく。その数値を追う眼は爛々と輝いていた。しかしエルマの解説にポッコルは首を傾げている。
「つまりアイシスの聖力を借りて術式を起動させたポ??」
「そーいうことですねー。先程言ったように呼び水というか、スタート時に必要な爆発力を得るための着火材みたいなものなのでしょー」
「でも、昼間の時はポッコルもエルマもいたポ??ポッコル達は吸われなかったポよ??」
そう疑問視してアイシスを見るポッコル。その視線に身をくねらせてアイシスは戸惑いの声を上げた。
「そんなっ!!わ……私が選ばれたなんて……べ、別に私と正宗はそういう関係ではないですよ??あっ、別に正宗が相手なのが嫌だと言っているわけじゃないんですよ!!ただ……そうっ!!ただまだ私達はそういった関係になるのは時期尚早なのではないかと思うだけでっ!!もっとこう……じっくりと清い関係を培ってからそういった――」
「コイツは駄目ポ。箱入り貴族娘特有の純情乙女回路全開で役に立たないポ」
「アイちゃんはほかっておくとしましてー、アイちゃんの聖力の消費量からするとわたしやポッコルの聖力量では起爆剤にならなそうなのですよー。ホントかなり、ごっそり持っていかれてますねー。わたしやポッコルが吸われたら干からびちゃうんじゃないですかねー」
精神が逝ってしまったアイシスを他所に、エルマは情報収集に余念がない。
「…………」
「この全裸マンも、唐突のキャストオフに殻に閉じこもってしまったポ。肉体は兎も角、精神的には大ダメージを負っているポね」
体育座りで塞ぎこむ正宗を、居た堪れない眼差しで眺めるポッコルであるが……、
「――ちょっと待つポ」
唐突にその事実に気付いてしまったのだ。
「どうしたんですーポッコ」
「――術式が正式にちゃんと励起して、更に正宗の服が弾けんとで全裸になったということはポ、その後には金導夢兵装体の現出が行なわれるんじゃないポか??」
「……あー!!!!」
前回、対トンテッキ戦の時はそうであったのだ。ポッコルの言う通りタイムラグがあってから正宗を包んでいた衣服をベースとして、そのうち衣服から装甲へと情報が書き換えられていく筈だ。
「ま……まずいですよーっ!!このままじゃマー君家が内部から崩壊ですーっ!!」
「というかポっ!!通常空間であんな巨大メカドラゴンが出現して誰かに見られでもしたらマズイポよーっ!!」
聖力や魔力といった概念のないこの世界で、それを流布するような行為はご法度である。それらはこの世界の者達には感知も制御も出来ず、そしてそれはこの世界の常識や文化、様々なパワーバランスを塗り替え秩序すら崩壊しかねないからであった。サンプルをもとめ戦争が行なわれる可能性もあり、そしてサンプル達は謎の力と技術の調査と立証の為にモルモットとされる可能性は高かった。そうなれば、ユメミールとしてもこの世界と戦わねばならず、あるいはこの世界から手を引かねばならなくなる。行き着く先は夢生獣による改変された世界であり、結果としてユメミールの落ち度によって一つの世界をグチャグチャにして崩壊させただけとなってしまうからだ。
「家が壊れるのは勘弁して欲しいんだけどっ!!どーすりゃいいんだっ!!」
家の大破、日常生活の崩壊が掛かってくるとなると正宗も現実に帰ってこずにはいられない、
「そ、外に出る……いや、根本解決にはならないポ。結局メカドラゴンを見られるポ。……そ、そうポっ!!因夢空間を展開するポ!!夢の世界でなら問題ないポよっ!!」
「なにいってるのーっ!!昼間あれだけ因夢空間が展開されたんですよー!!世界だってそんなに直に眠くなるはずないじゃないですかー!!」
取り乱すポッコルとエルマ。
「因夢空間ってそういうもんなのか!?」
「そもそも因夢空間は世界が見る夢を利用した特殊空間。結局の所ベースが夢なのですからそうそう創り出せる空間ではないんだ。因夢空間内で制限時間があるのを覚えているだろう??あれは世界が夢から、つまり眠りから覚めるてしまう事が主な理由ですから」
一人ぼやいた正宗に返答したのはアイシスであったが、先程の自分の世界に入ったやり取りに頬を紅潮させつつ、そして全裸の正宗をその視界に入れまいとして目線をあらぬ方向へと向けていた。
「その……と……とりあえず私達は服を着ないといけませんよね??」
「いやっ!!今はそれどころじゃねー!!」
「そうポよっ!!とにかく空間展開出来るか出来ないか計測してみるポっ!!エルマっ!!」
「もうやってますよー、えーと……あー、……10分っ!!修復修正の時間を抜いて、10分程度であれば因夢空間展開可能ですーっ!!」
「ちょっと待つポよ、アイシスの力を使って励起させているのなら、アイシスが別口へと聖力を消費させればよくないポ??アイシスの聖力量をガッツリ消費させれば少しは励起を遅らせる事が……」
「それは意味が無さそうですー!!アイちゃんの聖力は起爆剤にしただけでー、術式自体は既に独自展開をはじめ自律して発現励起準備中ですー」
「「っ!!」」
そのエルマの言葉にポッコルとアイシスが驚愕を示す。術式が術者の制御無しに自律制御稼動するなぞ聞いた事も無かったからだ。だが今は深く追求している間はなかった。
「あっ!!なんだかスースーしてきたぞっ!!」
正宗が大事なところを隠しながら身悶える。部屋の中に微かに正宗から起こる風の流れが吹き始めていた。
「よしっ!!では因夢空間展開術式を……やばい、なんか……いろいろ正宗に引き寄せられてい――」
アイシスは術式を撃ち上げようとするのだが、途端に正宗に向かい引き寄せられ始めそれどころではなくなってきていた。いよいよ正宗の展開した術式が励起され始めた、その影響であろう。咄嗟に構築し聖力を注ぎ込んだ紋様術式をエルマに向けて突き出す。アイシスの顔を見ただけで、エルマも承知したようにアイシスの持つ紋様に向けて手を突き出した。
「じゅじゅじゅじゅ術式権限をエルマに譲渡する!!」
「権限、受け取りましたー!!って、アイちゃんの力強すぎるーっ!!」
羞恥にテンパリ始めたアイシスと違い、術式を受け取ったエルマではあるがアイシスの込めた聖力制御に四苦八苦している。その間にも部屋内の風は強くなってきており、いよいよ予断を許さない状況になって来ていた。
「さて……と、ポッコルは急用を思い出したポ。ちょっと可燃物ゴミ置き場に行ってくるポよ」
ポッコルが「ヤレヤレ」と肩をすくめ部屋から退避しようと腰を上げる。しかし、
「逃がすかこの糞妖精!!」
「離すポ!!アイシスっ!!今はそれどころじゃないポよっ!!」
床に這うように粘る全裸アイシスが逃げるポッコルを掴みあげた。ズリズリと正宗に向けて引き寄せられていく中、アイシスはポッコルを握ったまま抵抗を試みる。ポッコルを杭の様にして床に押し付け耐えているが、踏ん張るポッコルごと吸い寄せられては意味を成さない。
「擦れるっ!!引きちぎれるポ!!」
「エルマっ!!は……早く……」
いつまでも変わらない吸引力以前に、より凶悪化する吸引力の正宗に無我夢中で抵抗するアイシス。アイシスが抵抗すればその分だけ時間は稼げているような気がしていた……が、それもいつまで持つかはわからない程状況は切迫している。しかしながらもその間にアイシスの残した聖力制御に唸りつつも、術式に介入し強制的に言う事を聞かせていくエルマ。瞬きもせずその紋様を凝視して、脂汗を流しながら発現させるための作業を正確に進めていく。その甲斐あってか両手の中にかざされた紋様は輝きを増し、
「……もう……駄目ですっ!!」
瞬間、アイシスは吹っ飛ぶように正宗に引き寄せられた。二人が接触した間際、金色の風は唸りを上げ鉄家を内部から粉砕していく。渦を巻く金の風ば繭となり、それに更に風が纏わりつき姿を現す金の卵。瞬く間に出来上がったその卵とは対象に、見る影もなく粉砕されたのは鉄家。
「し……死ぬかと思ったポ」
「なんとか間に合いましたー」
崩れ落ちた瓦礫の中から這い出るポッコルとエルマ。エルマは術式の励起をギリギリで間に合わせていた。おかげで崩れた鉄家も何とかなりそうである。が、安堵も束の間、再び起こり始めた暴風に二人は金色の卵を仰ぎ見る。金色の粒子の乱流が吹きあがり、今まさに殻を剥がし落とさんと猛威を振るい始めたのだ。
「うわっ!!爆ぜるポよっ!!エルマ、逃げるポよ」
「せわしないですねぇー!!」
脇目も振らず走り出せば、時の止まった空間に生れ落ちた竜の咆哮が響くのであった。




