深海の大決闘11
「酷い内容の戦いでしたねー」
双眼鏡のような聖法具で覗きつつエルマイールが言う。ウルフェンとケーニッヒカッサーナの闘いは壮絶でありながら、なんとも
言い難い結果で幕を閉じた。
「と言っても結局アイシスの全力を出し切れていないポ。……やっぱりラブリージュエルの限界ポね」
「そうなのか??」
「アイシスは次期女王候補No1の逸材ポよ。その聖力にしろ実力にしろ半端ないポ。ただそれ故にそれを活かせる聖法具がないのが
目下の問題となっているんだポ。元々の実力を発揮できるのであれば、夢生獣にも遅れなんてとらないポよ……きっと」
最後の一言で急激にその信憑性が失われたのは言うまでもない。ポッコル達のいままでの言い分を聞く限り、夢生獣というのはい
かに優秀な夢聖士と言えど、それこそ人間種であるかぎり容易に打倒できるような存在ではないということなのだ。
「と言っても、糞にやられるヤツだからなぁ」
「まみれてましたねー」
「正直えんがちょポ」
三者三様、双眼鏡聖法具を手にしての総評であった。金導夢兵装同士の戦闘は実に激しい。その為にエルマイール含め正宗達は彼
方まで距離をとっての観戦であった。戦闘中はエルマイールも遊んでいたわけではない。本来単身戦う金導夢兵装戦においても、
エルマイールには関係ないらしく補佐としての夢聖士の力をいかんなく発揮していた。ただ、最後の場面ではそれでも防ぎきれな
かったというべきなのだろう。ケーニッヒカッサーナの用いたポワソン爆導策はその見た目に反して凶悪な性能であった。ウルフ
ェンの右肩周りが大破したのは序の口で、その実内部に浸透した呪印が毒のように機体を犯していく仕様であったのだ。
「まぁー、あれ以上は難しかったですからねぇー」
最後ラブリーアイシスの聖力を受け止められずにラブリー法衣が持たなかったのは、結局の所ジュエルの耐久性が無かった事に他
ならない。エルマイールがどれだけ調整・改良しようとも、宝玉の限界以上の力を引き出す事はできないからだ。
「せめてアイちゃんがもう少し力を発揮できる宝玉があればいいのですがー」
「……そうでなくとも、正宗とエルマイールによる金剛聖導夢想兵装の運用、共闘によるサポートの話はどーなったのですか」
声の方を向けば、ラブリーアイシスが上空から降下して来る。
「アレの助けがあればこんな苦労をしなくて済んだんです!!一体どうだったんですか??」
不名誉極まりない痛み分けと言う事は本人も感じているようであった。その鬱憤を晴らすかの如くポッコル達に詰め寄るラブリー
アイシス。
「それポ!!ポッコルは頑張ったポよ!!でも、聖魔導大全の書がウンともスンともいわないポよ」
ポッコルが必至に自分には非はないと訴えかける。エルマイールと正宗はそれを否定し、“自分達は”と訂正した。
「呪文てーの??それも思い浮かばなかったし、一語一句覚えてたエルマの言うとおり唱えてみても反応無いし」
「何か条件が足りないのかもしれませんー」
困った様に首を傾げつつ、そしてラブリーアイシスの方を見るエルマイール。
「それでー……そっちの方はやっぱりといいますかー、大丈夫ではなさそうですねぇー」
「……どうやらそのようです」
エルマイールの声に応えるラブリーアイシスのラブリー法衣はいたるところが破け、かつ煙を立ち昇らせている。
「プー!!焦げてるポ!!」
「ああ、焦げ“臭い”な」
「わ、笑うなっ!!」
爆笑するポッコルを握りつぶし、正宗をキツイ目線で黙らせるラブリーアイシス。その間にもエルマイールは直視下で法衣の具合
を細部までチェックを入れていた。
「……正直ー、これはオーバーホールしないと無理っぽいですねぇー」
「トットリッキーとカッサーナ、二体続けての戦闘だけでここまで負荷がかかるとは思いませんでした」
「まぁー金導夢兵装とアイちゃんの聖力とー、両者からの負荷がかかる一番キツイところがアダプター代わりとなるラブリージュ
エルですからねー」
エルマイールは眼前に展開したラブリー法衣のデータを確認しつつも首を振った。表面で見る以上に法衣の内部構造はズタズタの
ようである。その表情に、ポッコルが眉をひそめる。
「エルマイール、結局のところ次のカッサーナの襲撃には間に合うポか??」
「んー……正直に言えばこれはキツイですねー。無理をすればー、つまり突貫修理をすればやれないことはないかと思えますがー
、最悪ラブリージュエル自体が壊れかねないですしー、なによりそんな状態では金導夢兵装の展開、まして戦闘機動など不可能で
しょうしー」
現状からの回復は難しいと考えるエルマイール。金導夢兵装に至っては展開出来るかもしれないが戦闘機動は無理であろうと判断
した。立っているだけの案山子ならば、まだ法衣の状態で戦った方がマシというものである。ただ、その法衣状態でも現状では出
力ダウンは否めない、つまり今日展開された闘いのレベルにはついて行けない事となる。
「そうなるとやはり、次の一手を想定しておかないといけないポね」
ポッコルはそう言いつつ正宗を見た。
「そうですねー、余剰戦力がない以上持ち得る手札を活用しないとですねー」
チラリと正宗を見るエルマイール。
「……スミマセン、迷惑を掛けます、正む――」
「ちょっと待て!!俺の何に期待を寄せているっ!!」
頭を下げようとするラブリーアイシスを止める正宗。ラブリーアイシス達は顔を見合わせ、苦笑しながら正宗に言うだけだ。
「そんなの、わかりきってるだろう??」
「あれポよっ!!アルヴァジオンッポ!!あれをモノにできれば戦闘も容易、いやっ!!それこそユメミールをも……グヘヘ」
「検証ーっ!!検証ですよーっ!!是非ともデータをとりつつ術式の発動条件を絞り込みませんとーっ!!」
ラブリーアイシス以外は邪な私欲が混ざっているように感じられる。
「ふざけんなっ!!なんで俺が命賭けなきゃならんっ!!これはお前らの仕事だろうがっ!!」
「しょうがないじゃないですか!!私達だって好きで貴方にまかせるワケじゃないんですよ!!他に手がないんですよ!!」
「そうポよっ!!世界平和、この世界の為ポよっ!!誰もが知らずとも、ポッコル達はお前の善行を見届けるポっ!!」
「そうですー!!上手く事が済めばわたしもマー君の協力をお母様に申し上げますんでー!!褒賞とかなんかでるよう取り計らうんで
ー!!」
絡み付いてくる魔法少女ルック共を引き剥がそうとする正宗。だが法衣に身を包んだ彼女等は常人の肉体能力など遥かに凌駕して
いる。圧倒的不利を自覚した正宗は時間稼ぎと交渉を試みることに方向転換する。
「わかったっ!!一度一考し、話し合おうっ!!帰ってからだなっ!!まずはこの因夢空間をなんとかしないとなっ!!」
その提案に不服そうにするも了承するラブリーアイシス達。そうしてラブリーアイシスは通常空間に戻そうとするのだが、やはり
法衣の調子が悪いらしい。法術を展開しようとすると法衣のいたるところから火花が上がる。
「わかりましたー、わたしが補佐しますー」
「じゃあ、いく――」
「ああーっ!!待ったーっ!!待った待った!!たしか通常空間には30秒で戻っちまうんだろ??」
正宗が問いかければラブリーアイシスはコクリと頷いた。しかし正宗は振り返る。
「ここからどう走っても学校に戻って、教室に行くのに30秒じゃ全く足りない。おまけに……」
その視線の先の学校は半分大地の中に埋没するように沈んでいた。さらに校舎が半壊しているのは先程の戦闘の余波で壊れた為だ
。沈み込んでしまったのはどっかの魚人の影響だ。
「……どうやって戻れって言うんだ……」
膝を突く正宗。
「ほ……ほらー、トイレ行ってましたーとかいって教室に戻ればー」
「テストの最中だったんだぞ??」
「あー……」
最悪答案は埋めてあるので回収されれば赤点等はないだろう。しかし、テスト中に忽然と人が消えるのはあきらかに異常だし、そ
れに対するいいわけなど思いつくものでもない。
「ホラ!!まだ因夢空間中だっ!!お前らで学校を持ち上げられないのか??」
カッサーナが地盤を液体化し、そのせいで沈んだのだから同じように地面を柔らかくし持ち上げられないかと提案する。
「法衣が万全であったのならなんとかなったのですが……残念です」
「現状では難しいですねー」
あっさりと正宗の希望を蹴り飛ばしたラブリーアイシス達にショックを受ける正宗。
「とりあえず学校まで行って見るポよ」
「行くなら早くして下さい正宗。あまり時間はありません、あと五分ほどで因夢空間が限界に達しますから」
ポッコルの提案を受け足どり重く歩き出す正宗だが、ラブリーアイシスが空を見上げながら告げた補足にその危機感を募らせ足早
に進んだ。学校へと近づけば、半壊した校舎の一部が飛び出ている。
「あそこ、あそこから入って通常空間に戻るのを待つポ。その後はダッシュで教室に向かえば、何とかなるんじゃないポか??」
「んー……視聴覚室から出て渡り廊下渡って……30秒か、やって見るわ。合図するから待っててくれ」
ポッコルの提案を受け沈んだ校舎の壁面を昇り始める正宗。しかしいくら斜めになっているとはいえ45度ほどの斜度は怖すぎる
、上に登るなど不可能であった。仕方なくラブリーアイシスに掴まりぶら下がりながら運んでもらう形をとった。半壊した窓から
侵入し、ズリズリと斜めになった教室内へと這い降りる。
(ん……いきなり問題が発生した……)
正宗は校舎から出る際に靴箱へと室内用のスリッパを置いてきている。靴箱のある玄関口は地中に埋まっているので今から取りに
行くことは不可能だ。
(……いたしかたない)
後でスリッパは取りに行くとして、現状この後全速を出すために靴下を脱いでおく。廊下を走るにしろ靴下では滑るのだ。靴下を
ポケットに入れ大きく息を吐けば、
「こっちはいつでもいいぞー」
正宗は声を上げた。それを受け、正宗を空中から見下ろしていたラブリーアイシスが横のエルマイールを見る。エルマイールは意
図を理解して頷くと、
「ではいきますー!!術式構成ー、展開ー!!」
「目覚めの時よっ!!因夢は散り、正しき夢へと戻りなさい……そして時は動き出すっ!!」
エルマイールが頭上に術式を展開させ、ラブリーアイシスがパラディンソードをそれに突き刺し聖力を込め力を励起させる。しか
しその負荷に耐えきれなかったのか、ラブリー法衣がいよいよ黒煙を上げてオシャカとなった。それでも発現した光は天に昇り、
世界を震わし多量のモザイクを発生させて夢の出来事を元へと戻していった。正宗の通う学校もノイズへと埋まり、気付けば忽ち
元の姿を取り戻し、正宗もまた水平の教室の中何気なく座っている……と、
「ぉぉぉおおおおお!!」
正宗の勝負が始まった。視聴覚室は特別教室で鍵がかかっており、
「開かないっ!!」
ドアが内部からも開けられなかった。鍵をガチャガチャするが上手く行かず咄嗟に廊下に面した窓に向かい、今度は窓の鍵を開け
窓から廊下へと躍り出る。即ダッシュへと移行し階段を目指し数段飛ばし気味に駆け上がれば、次は渡り廊下を激走し校舎間を移
動する。つるりとした高校の廊下も裸足ならば問題ない。圧倒的なグリップとトルクで蹴り上げ猛然と加速する。渡り廊下を抜け
再び別棟の校舎に入ればその勢いのまま曲がり教室前の廊下を爆走し、自身の教室をひたすらに目指した。ドアを投げるように開
け、即自分の椅子へと座れば――、
「「「「っ!!」」」」
テスト中に突如としてガタンッと大きな音を立て、ハァハァと洗い息をつく男子生徒の姿がある。周囲の学友達が「何事!?」と視
線を向けるのは当たり前であった。教師も不思議そうに視線を向けている。
(……だが、間に合った!!)
ガッツポーズをとる正宗。結果として、テストの点数は思いの外振るわなかった。一体何故なのだろうと正宗は嘆くのであった。




