始まりの物語3
魂が抜けたような顔、目の前の顔はそういうものなのだろう。死んだように呆然と虚空を見つめる二人の少女。ファミレスということもあり、正宗は夕食はそこで済ますつもりであった為に店員に注文をした。呆然と死んだような二人を前にして、正宗は配膳されてきたハンバーグ定食を食べ始める。鉄板に焼かれた肉のいい香り……そして鳴り響くのは壮大な腹の音。
「…………」
「「…………」」
視線を向ければ真っ赤になったアイシスが腹を抑えながら顔を伏していた。横のエルマに至っては涎がダラダラと垂れている。まるで餌を前に「待て」で待たされた大型犬のようだ。正宗が見るに、向かいの彼女達はフライドポテトとドリンクバーを頼み、それを二人で共有しているようであった。
「……お金、無いんですか??」
「そうなんです!!もう漫喫暮らしは嫌なんですっ!!」
アイシスが机に突っ伏して泣きじゃくり始めた。
「先程も言いました通りー、私達だけでなんとかこちらにたどり着きましたからー。……本隊や支援隊の皆様は来ることも出来ずー手持ちのお金なんて当然にしてありませんですしー……」
「こっちの世界、冒険者ギルドとか無いじゃないですか!!働くのにも住所とか判子とか良くわからない物ばかりです!!賃貸借りるのも住民票や外国人登録証明書とかいう物の提示を求められてどうにもならないんですよ!!」
「仕方が無いのでー、手持ちの金貨とかをリサイクルショップとかで何とか売ってー……もちろん大手じゃないですよー!!大手さんは身分証確認とか厳しいですからーっ!!……おかげで安値で買い叩かれましたぁー」
「スン、それを元手にエルマがパチンコで頑張って……私達は……、スン、漫喫で寝泊りして。時々パチンコ店系列の銭湯で身体洗って……、スン、もうこんな生活嫌なんだぁ……」
項垂れるエルマとアイシスは泣きじゃくりまくっている。言われてみれば、少々臭う。
「ほんとはここに来る前に鉄君の素性もちゃんと調べ上げてー……“君の名前、鉄正宗君だよね??どうして知っているかだって??君の素性なら全て知っていますー、ですからわたし達に協力して下さいー”……とかドヤ顔したかったんですけどー」
「そんな……スン……伝手も情報網も、あとお金も無いし……」
「異世界召喚ってもっと凄いイージーモードじゃないんですかー??召喚された近くにもの凄い高価な物がゴロゴロ落ちてるとかー!!チート能力で異世界無双とかじゃないんですかー!!」
アイシスが嘆き、エルマにも最後には泣きが入っていた。彼女達が仕入れた知識は定番であるが、この地球の日本という異世界ではそうも行かなかったらしい。確かに魔物が闊歩しておらず、冒険者ギルドもない。降り立った周囲に油田やダイヤモンドや金等の高価な価値のある物がゴロゴロ転がっている……と言う事もなかった。魔法による冒険者カードはなく、あるのは書類と判子、FAXの飛び交う紙文化である。磁気カードやメモリーチップと言った物は魔法みたいなものと相性も良くなく、ローテクの人力による書類をPCに入力し管理するという現代日本の方式では改竄偽造するのにリスクを負いすぎるのだとか。さらに管理社会のためその情報が様々な情報と密接に絡んでいる。住民票の有無やビザ、地方に逃げた所でそれ等から逃れる術もなく、異世界のように田舎に行って身分を隠しスローライフ……とも行かなかったようであった。
「なんにせよー、先立つ物がありませんですしー……」
放心しているアイシスとエルマ。確かにバイトも出来なきゃ金の稼ぎようがない。この日本の地に魔物に対する護衛任務はないし魔物の討伐依頼に素材を買ってくれる所も、と言うか魔物自体がいない。仮にリサイクルショップにドラゴンの鱗を持って行っても何かの生物の鱗程度にしか思われず二束三文にしかならないであろう。そうなると、手っ取り早いのは確かにギャンブルといえた。外国と違い、こと日本ではそれに困る事はない。
「パチンコって言ってたけど年齢確認とかどうしてんの??」
「え??あー、こんななりなんでホーリーシットとかマイガッって言ってれば何とかなるんですよー」
エルマが照れくさそうに頭を掻く。成る程、外国人のフリで突破しているわけである。英語ペラペラの日本人はそういない。ましてパチンコ屋のバイトなら尚のことだ。言葉が通じないというのはトラブルの元にもなるし、その結果外国人ってだけで結構尻込みするものなのだ。携帯の通訳アプリ等を使ってなんとかコミュニケーションを図ろうとしてくるが、訳のわからない外国語をベラベラ並べられたらもう作り笑いを浮かべ続けるしかない。つまり、正確なコミュニケーションが取れない為に年齢制限なども文字に不慣れということで大目に見られたりするわけだ。大っぴらには言えないが、店側としてはとりあえず金を使って何事もなく退店してくれるだけなら万々歳なのだ。その点を付いた見事(?)な作戦である。
「……それにしても日本語流暢過ぎるだろ??」
「こっちの言語はこちらに来て睡眠学習で身につけたんです。昨今の流行から何気ないギャグまでバッチリいけます!!」
ちょっと自慢げなアイシスの本当に流暢な言葉に驚愕する。夢でまで勉強とか堪ったものじゃない……とも思ったが、彼女の話を聞いて彼女達が置かれている現在の境遇については、なんとなくだが容易に想像でき納得がいった。正宗も生活柄それをよく自覚しているからである。
(まー、確かに不法滞在者が大っぴらに生きるのには……難しいよなぁ……)
不法滞在の為の後ろ盾があれば話は別であるが、何の後ろ盾も無しで普通に賃貸や仕事などの契約をしようとしたらそりゃあ手続きで足踏みすることになる。正宗も一人暮らしをしている生活上、役所に手続きや書類の提出や受け取りに行ったりする事もありそれは理解出来たのだ。
「……そこでアイちゃんと話し合ってー……夢生獣に襲われてる君の話を聞きましたからー……護衛に雇ってもらえたならお金が手に入るじゃないですかー。それでなくても最悪住む所だけでもーって、高校生相手に無理言ってるのはわかりますけどー……」
「……っていうか、こっちの政府とかにパイプとか無いんですか??なんか繋がりとか、先行して作っておいた隠れ支部とか無いんですか??第一こっちの世界の危機なんでしょう??そういった正当な機関との繋がりとか、普通はあるでしょうが??」
正宗は不思議そうに問いただす、が、エルマは首を横に振った。
「わたし達が言ってるのは夢の中の話ですよー??実体験も無しに一体どれだけの政府関係者が信じてくれると思いますかー??現に鉄君だってまだ疑心暗鬼なわけじゃないですかー」
(確かに!!)
彼女等の話が確かなら、夢生獣達が改変した後ではそれが正常な世界となってしまう為に最早手遅れ。しかし、今日のようにその改変を阻止して世界を目覚めさせたのであれば、何も変わっていないのだから彼女達の言ってることは戯言にしか捉えられないであろう。
(コミカル豚に先生が食われて、襲い掛かられ逃げ回りました──って、先生に言っても、なに言ってんだお前頭大丈夫か??……で終っちまう話だよなぁ)
正宗はしばし考える。確かに眉唾な話であるが、実際体感した本人からすれば嘘でない、それは本当の話なのだと実感できてくる。ただ、それでも一概に彼女達を信用するというのも不安があるというものである。
「……その夢生獣達はなんで一気に改変させて世界を起さないんだ??そうした方が話は早いだろう??」
「んん??ああー、それはですねー。流石に夢生獣といえど大きな改変には大きな力が必要なわけなんですよー」
「君も見た通り、夢生獣達は夢の中で人や物を取り込んで力を貯めていく。それを貯めて貯めて、蓄積した力を解放することで大きく進化する。だから普通はコツコツと力を溜めながら夢と現実をごっちゃにさせて侵食を進めていくんだ」
「更に言うのでしたらー、夢生獣達はいままで封印されていましたからー……つまり今は非常に弱っているのですよー」
正宗は思い出す。確かにトンテッキは先生やクラスメイトを丸呑みしていた。仮に今回の件が相手側の思惑通りに行ったとして、警察や国は集団蒸発として扱い、それはニュースや難事件として扱われる筈である。ただ、それは序の口であり、夢生獣達が力を付ければもっと大きな改変が可能であろう……と、彼女達は言う。そこまで行けば国などに働きかける事も可能かも知れないが、その場合は既に手遅れとなる場合も多いとか。なにせ、相手は夢の世界で現実世界に干渉してくるのだから……防ぎようも手立ても現実世界側は持ち合わせていないのだ。
「そこで見つけたのがー鉄君ですねー。正にレア食材だから今後も狙って来ると思いますよー」
「馬鹿エルマっ!!間違っても食材とか、人に向かって言う言葉じゃないっ!!」
窘めるアイシスを視界に入れながらも、その説明には一応の納得が行った。
(確かにレア食材だ。……ゲームで言うなら多くの経験値を期待できるモンスターって所か、俺は)
「しかしですねー、夢生獣は10体の逃亡を確認しておりましてー、全部の捕縛封印にはどうしても暫らくのお時間がかかりそうなのですー」
「ウッウッ……たった一ヶ月でコレなのにっ!!……この先どうやって生活していけばいいんですかね……」
夢生獣達は夢の中で力を蓄え、トンテッキのように現出するまで大分時間が掛かるということであった。そしてかつての力に至るまでも時間が掛かるであろう、と。ただ、現出してからの成長速度は速く、そしてより強大になっていくというのがエルマ達の話である。
「……く……鉄君ー、せめてどこか格安でー、身辺事情関係なく住まわせてくれる物件知りませんかー!?」
「そんな物件あるはずないだろう!!結局私達は公園のダンボールハウスで生きていく運命なんだ!!もうこうなったら警察に捕まり収監されるのもありですね。それなら食べ物も出るし寝るところも用意してくれる。ハハハ……やはり犯罪に走るしか手は無いのですよ……」
アイシスの思考回路はかなりまずい方向に向いているようである。顔も美人が台無しになる程に視線が宙を漂っている。
「……んー、ないこともないけど……」
「…………は??……え??……マジですかー??……マジですかーっ!!そ、その情報っ!!詳しくー!!ホラ、アイちゃんのパンツあげますからー!!」
「え??それ!!私の最後の替えのパンツなんですけどっ!?」
「いえ、こんなものいらないですけど……」
突き出された赤いパンツを嫌そうにつき返す正宗。アイシスの眼からドッと涙が溢れ出た。
「パンツ……突き返された……酷いぃぃ……別に汚くないのにぃぃぃ……これでも毎日洗ってるのにぃぃ……」
「そんなことよりーっ!!どこどこどこですかーっ!!是非っ!!なんとかご紹介の程を……」
蝿のように手をこすり合わせるエルマ、正宗は立ち上がり会計に向かった。着いて来いというジェスチャーに抱き合って喜ぶアイシス達。しかし、
「あっ!!…………まー、……そう……だよねー」
「うう、ポテトにドリンクバー……痛い出費です」
もちろん、会計は個別清算であった。
仕事も生活も上手くいかず現実逃避で「そうだ、小説でも書いてみよう」と書き始めました。ですので小説書きの「イロハ」も知りませんので間違った事していても暖かい目でお願いします。
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