深海の大決闘9
それは白い狼。30メートルはあろう鋼鉄の白狼である。細身ながら荘厳なフォルム、王の気品を持つ孤高の牙、それこそがラブリーアイシスの駆る金剛聖導夢想兵装ウルフェンであった。
「……狼、というか、それでも二足歩行で人型してるのな??」
「はいー。人が扱う以上その方が動かしやすいですからー。でもウルフェンは変形して四足高機動モードにもなれるんですよー」
「変形かっ!!すげーなっ!!……え??その場合はどう操作すんの??アイシスが四つん這いになるのか??」
離れた場所でラブリーアイシスの金導夢兵装を見ながら正宗は感嘆と疑問の声を上げていた。トンテッキのロボットは見たが、アルヴァジオンへとなっていた時などは自身の姿なぞ見ている余裕は無かった。それよりも、生での巨大ロボット同士の戦いという出し物に何故か興味をそそられてしまう──男子の業というものなのだろうか??それにしても両者のシルエットは実に対照的である。スリムでヒロイックな姿のウルフェンに対し、カッサーナの金剛魔導夢想兵装は自身の姿をそのまま巨大化させたようなコミカルチックな外見であった。同じく30メートルはあろう巨大さ、そしてその外皮は銀色の装甲というか鱗に護られて、秋刀魚や太刀魚のような鋼の輝きを放っている。
「この距離でも危険で危ないポよっ!!もっともっと離れて見学するポ!!」
呆然と眺めていた正宗が声に気を取られそちらを見れば、エルマイール達の下へとポッコルが走り寄って来る。
「ポッコルー、お勤めご苦労様ー」
「お疲れさん。それで、やっぱりそんなに危険なものなのか??あのロボット同士のぶつかり合い」
「知らないポ。ただどんなことがあってもポッコルは絶対に巻き込まれたくないだけポ」
ポッコルの自己中心的な理由に軽蔑を示す正宗だが、
(お前、どこにいたとしても召喚されたら終わりだろうに……)
横でエルマイールと言い合いをしているポッコルを不憫そうに見る。いや、その事についてはあえて触れてやるまいと正宗が気を利かせていると、流石のポッコルもその視線には気付いたみたいだ。
「なんだポ!!なんか文句があるポ!?ポッコル自身の身の安全を考えて何が悪──」
「巻き込まれるも何も、お前召喚されたら終わりじゃね??」
聞かれたので思わずはっきりと返球を返してしまう正宗。
「是非もなしポーッ!!」
当たり前の現実に真っ白になって固まっているポッコルを見てエルマイールも合掌する。その向こうで、ついに白狼と巨大魚の激闘の火蓋が切られた。ウルフェンはその手に紫電の剣を、ケーニッヒカッサーナは両手に蒼穹の槍を持って互いが武勇を競うべく火花を散らす。双方の得物が激突する度に鳴り響く轟音と散る火花。一見すれば先程の再来であるが、その破壊範囲は先程までの比ではない。剣より放たれる紫電は地を割り焼き払い、槍を振るえば水弾が飛び空を抉った。
「……これが夢生獣と夢聖士の戦いか」
正宗はそれをエルマイールとポッコルの張る障壁の中から見つめている。確かに人知を超えた壮絶な戦いであった。30メータークラスのロボット同士の衝突は迫力からして半端ではない。重厚なクレーン同士のぶつかり合い……いやいや、そんなものより一層激しく感ぜられる。それもその筈、人体を模したその機体の動きは機敏かつ重厚、その操者の意思をそのまま反映させられるだけの運動能力を持っているのだ。金導夢兵装というものが着ぐるみの延長と言っていたのも頷ける。それは現代科学でも成し得ない高機動巨大兵器と、それを操縦者の意のままに操れるという操作性の両立。30メートルの機体が人体のように、それこそ格闘家そのものの機敏な動作で動くのだ。重量のある機体同士の激突は暴風を生み嵐を作る。ぶつかり合う金属音はその重さと頑強さを想像させ、一合一合に衝撃波が生まれ周囲を突き抜け破壊する。砂塵は舞い草木が千切れ飛び、並べてあったコンテナが砕け建造物が粉砕された。瞬く間にその戦闘領域は拡大して行き、周囲を焦土と化すように破壊し崩壊させて行く。その力に、正宗はごくりと唾を飲み込んだ。
「こんなの、まだまだ序の口ですよー」
エルマイールの前に表示されている紋様の数が増大している。ラブリーアイシスが金導夢兵装モードへと移り変わることでその情報量は格段にアップしているようであった。こまめにそれらを制御していくエルマイール。
「序の口……っていうと??」
「今は両者ともただ打ち合っているだけですからー、様子見の段階ですー。マー君も知っている通り金導夢兵装の真価はそこではありませんー」
「金導夢兵装の価値は夢操作にこそあるポからね」
ポッコル達の言いたことは正宗にも理解できた。殴り蹴り合い、武器をぶつけ合う。確かにアレ等の力の真価は今の状況ではない。怪奇の豚がファンシーな世界を創り上げたように、人をオークへと変えたように、世界を己の色へと塗り替える。
(夢操作……改変能力……)
それこそが金導夢兵装の真の価値。“夢なのだからこんなことも可能っ!!”それをぶつけ合うのが金導夢兵装の戦いなのだ。妄想、イメージ、空想、可能性、仮想、虚言、それら夢想を現実化させる兵器。故に、夢の中で金導夢兵装に相対すのならば、金導夢兵装で対抗する以外考えられない。
「さてー、ここで一手打ってでてー、カッサーナの不意を突きましょうー!!」
「んー??エルマイール、なんか作戦があるポ??」
突拍子なエルマイールの声、ポッコルの返しに自信ありげな顔を見せる。彼女は正宗達に向き直るとVサインを見せた。
「もちのろんですー!!ここはー、わたし達の最大の利点を生かすのですよー!!」
「最大の、利点??」
「なんだポそれ??……そうポ、わかったポ、そういう事ポね!!」
エルマイールの言葉に頭を捻っていた正宗とポッコルだが、ポッコルの方は感づいたようである。エルマイールはウンウンと頷くと、力強く胸を張る。
「それは最強の妖精ポッ──」
「そうですー!!わたし達の最大の利点は一人ではなーい!!ということなのですー」
ポッコルが何かを言いかけたがエルマイールが被せてしまった。
「それは最強──」
「どういうことだ??仲間がいるって??非戦闘員の俺等がいても足しにならんだろ??」
「そーでもありませんよー」
正宗の指摘に首を振るエルマイール。そして、その指を正宗に向けた。指し示された事に疑問を持つ正宗。
「──俺??」
「そうー!!マー君の存在ですーっ!!わたし達にはもう一体、金導夢兵装があるわけですーっ!!」
言わずもがな、エルマイールの言うもう一体の金導夢兵装とはアルヴァジオンの事を指していた。
「夢生獣はその特性、生態、性格ゆえにー、一個体一個体での活動を基本としていますー。しかしですねー、それに合わせてわたし達まで一対一で挑まねばならない謂れはないのですよー」
それは確かに理屈であった。しかしそれは正宗も戦闘に参加することを意味している。その事には流石の正宗も難色を示すしかない。あからさまに嫌そうな顔へとなっていく正宗、だがエルマイールは引き下がらない。
「ですがー、考えても見てくださいー。マー君があの金導夢兵装を操れば戦局はグッとー、それこそ圧倒的にこちら側へと傾きますー。なにせ二対一なんですからー。今後の勝率もきっと格段に上がる筈ですよー」
「むぅ……」
エルマイールのその誘いには一考の価値があった。確かに負ければそこで終了の戦いなのだ。怖い、危ないからと指を咥えていてはそれこそ取替えしがつかない事になってしまうかもしれない。ラブリーアイシスがいくら優秀とはいえ常に勝つ、連戦常勝の存在とは限らないだろう、……現に以前全裸となってピンチを作るというポカをしているわけでもあるし。仮に今回のカッサーナを取り押さえたとして、間をおかずに次の夢生獣が現出したらどうであろうか??消耗しているラブリーアイシスの駆るウルフェンの勝率はガクリと減ってしまうに違いない。ともなれば、危険でもラブリーアイシスと共闘して二対一の構図をつくり、より確実かつ消耗を少なくして夢生獣に勝利する!!……その案は今打てる中でもかなり良策の部類に入るのではないか??と容易に想像できた。
「まぁ……一理あるな。だがアレはタンデム機だったぞ??俺に聖力制御ってのは出来ないからな」
「わたしがいるじゃないですかーっ!!わたしは金導夢兵装を使用できませんがーサポートなら自信ありますー。単体で金導夢兵装を運用できるラブリーアイシス、それに加え兵装運用はできないけどサポートは可能なわたしと操者のマー君でもう1機ー。丁度よい人数ですよー」
「ポ、ポッコルが入ってないポよっ!!」
「うーん、不安も一杯だが……兎も角やってみる価値はありそうだな、ポッコル」
「ポ??」
「48の……なんだっけ??殺人金玉??出してくれ」
「違いますよマー君、四十八手の金剛玉ですよー」
「四十八手って何言ってるポ??頭どうかしたポかエルマイールは??……あー、聖魔導大全の書ポね」
「…………」
腹からゴロリと宝玉を取り出すポッコルを絞め殺すような眼で見ているエルマイール。いや、実際絞め殺そうとしている……。
「せ、聖魔導大全の書??」
「そうポ。ユメミールの国宝の一つポよ。向こうを出るときに女王から預かったポ」
「適当に言ったのは名前の方だったのですねー!!しかしー、これがあの“聖魔導大全の書”なのですかー??書なんてついてますから書物だとずっと思ってましたー」
ポッコルの取り出した宝玉を手に様々な方向から観察をするエルマイール。擦ったり、各部を押したりしている。どうやら興味津々のようであった。いや、実際の所は持って帰って詳細な研究をしたそうな顔をしている。
「前から思ってたんだがその聖と魔、つまり聖力と魔力ってどう違うんだ??」
「それはですねー、生体エネルギーの波長の違い……と考えられていますー。所謂プラスとマイナスを想像してみて下さいー。一般的に人が扱える生体エネルギーを聖力ー、そして魔物や夢生獣などが扱う力が魔力であると言われていますー。聖力波長帯は特に持続力に優れておりー、魔力波長帯は瞬発力に優れていると言われていますねー」
生体エネルギーを扱えない正宗には感じ取ることも出来ないが、エルマイールの説明でなんとなく理解は出来た。
(持続力が優れている……という事は、人の扱う聖力は低出力ながら省エネ向きで、瞬発力の優れている魔力ってのは攻撃、破壊力に富む、といったものなのだろうな)
勝手ながらそう想像する正宗。
「ただー、魔力というものはわたし達の方でもまだちゃんとした観測の出来ていない未知の力なのですー。夢生獣やモンスター達が非常に強力なのは魔力の為であるというのが定説でしてー、その謎の解明こそが今後のわたし達の発展に多きな影響を与えていくと予想されていますー。彼等の出力をわたし達が感じ取られるのもー、主にその根幹が聖力と同じだから……だといわれていますー。……ですけどー……」
「ですけど??なんなん??」
「いろいろな研究結果やデータを見る限りー……わたしには両者の違いが未だわからないのですよー。何かしら違いがあるとは思うのですがー。……今後の課題の一つですねー」
「などと言っているポが、実のところ本当に何も変わらないポよ??」
エルマイールの話をそんなものなんだと聞いていた正宗であるが、ポッコルのその一言でその思考は停止した。エルマイールも初耳なのか衝撃の内容だった為なのか、首がガクガクと動きポッコルを見つめる。
「……どういう事なんだ??」
「どうもこうも、人が使っている生体エネルギーも、夢生獣やモンスター達が使っている生体エネルギーも、まったく同じものポよ」
ポッコルはやれやれと首を振ってそう告げた。
「えー!!……わたし達今まで違うとそう教えられてー……先達達も妖精族の言葉を信じて必死になって精査研究してー……っ!!」
「それ、嘘ポよ。ほら、聖とか言ったほうがかっこよくて良い者っぽいポ。敵と同じ力じゃなんかアレなんで相手の魔物達の方には反対に魔とかつけたポ。魔とか悪役ぽいポ??昔人間に聞かれた妖精族が適当こいた嘘ポよソレ」
「──は??はあああああーっ!!」
今日一番の顔面崩壊を起こしポッコルに詰め寄るエルマイール。今まで信じてきたものがまたも妖精族の嘘、適当な戯れ言であったために精神喪失を起こしかけ……起こしている。
「じゃあー、じゃあ夢生獣やモンスター達が強力なのはーっ!!」
「た、ただ単に生物としての構造と生体エネルギー量が違うだけポ。人と動物ですら運動能力などに違いはあるポよ??それと同じポ!!」
握りつぶされながらポッコルが語る。人のもつ高度な知能などは他の動物は持っていない。高い知能を持つ猿や海豚なども鉄を精製し武器を作り、船を作り飛行機を飛ばすなどは不可能だ。しかしそれとは別に、人も犬のような嗅覚は持ち得ず、蝙蝠やイルカ、シャチのように超音波を知覚したりする能力ももっていない。それと同じく、夢生獣やモンスター達は生まれながらにしてその生体エネルギー生成量と貯蔵量が、生まれ持った能力が違うだけなのだという。ポッコルは彼女の拳の中から何とか抜け出すと二人を見上げて言う。
「だいたい夢生獣を見てみれば解るポ??ヤツ等が使用しているのもポッコル達と同じ法陣術式ポ」
「それはー……確かにー……そうなんー……ですけどー……」
「モンスター達はその身その物が術式に近いからエネルギーを通すだけで術式を通すのと同等の効果を発揮し、故に術式展開せずとも力を行使できるにすぎないポ」
中には体内に因夢空間に近い物を作り出し、その結果をブレスのように口外などに吐き出すモノもいるという。
「その点において人のエネルギー使用方法、法陣術式、いわゆる聖法術式は遅く効率が悪いポ。でもそんなのは生物の間では当たり前のことポ??正宗がゴリラに筋肉量で勝てないのと同じように、生体エネルギーの使い方にはモンスターよりも後れを取っているというだけポ」
肉体を使う、それイコール聖法や魔法の発動と同等の超常を引き起こせるのがモンスター達の強みという。
「ただ、術式による励起はそれ以上に汎用性に富むポ。術式次第で様々な効果を発揮できるからポ。これはモンスター達にはない強みポよ??」
「なるほど、攻撃にも回復にも支援にも変容できる。火、水、風、属性効果もお手の物、確かに汎用性は高いな」
限定仕様に特化しているか、万能さを求めるのか、その差でしかないと言う。
「そういう意味でも、モンスターのような生体エネルギー生成量と貯蔵量を持ち、汎用性を扱える知能を持つ夢生獣は非常に厄介ポ」
「確かに。法陣術式が持つ高い汎用性を活かせるパワーリソースもあるって事だからな。出力があるなら高威力且つ多目的化は目指せるし、そこに至れる知識も技術も併せ持つって事か」
正宗の言葉に頷くポッコル。
「そりゃもう人も妖精も霞むポ。──で、先人の妖精達はムカツクから人と妖精の扱う力を“聖”とし、それ以外を見下すことで自尊心を支えようとして奴等や魔獣達の使う力を“魔”としたわけポ」
「なんとも言いがたい、実にショボイ理由だな」
ちらりとエルマイールの方を見るが、余程ショックだったのか……既に死んだように表情が暗い。あまりの事に現実を直視できないでいるようだ。
「ではやはりー……普通に聖力測定して観測していた生体エネルギー量であっていたんですねー……。なのにさらに有りもしないその上で魔力と言う特色を無意味に探していた、とー??……ですけどー、在るのだと、そう信じられてきましたからねー……」
「魔力の謎の力がどうであれ、そのエネルギー量を感じ取れないと避けるにしろ防ぐにしろ戦闘では危険ポ??だから嘘着いた妖精族が助言して聖力観測をそのまま使うようにしていたポよ。実際はそんな謎の部分なども無くて全く同じ物ポね~」
酷い話である。同質な物であるのに謎の部分があると長年空回りの研究を続けてきたと言うのだ。
「そんな魔力のよた話を信じてユメミールの人間達はそのまま伝えてきたわけか??どっかで気づけそうなもんだろ??実際エルマイールもなんとなく感づいていたんだろ??」
「そうなんですけどー……、そこに在ると言われればそれを信じてデスねー……あああ……」
「様々な研究者達が必死になって探す様は実に滑稽で面白かったポ。最初にそれを人に広めた妖精なんか魔力の不可思議を探し理論を作る人の様を見て笑い転げて死んだそうポよ」
「お前等ーっ!!お前等クソ妖精共大概にしろよこのー!!ブッ殺してやるー!!」
「なんでポ!!ポッコルは悪くないポよねっ!!そいつのせいで、なんでポッコルが殺されなきゃならないんだポっ!!」
(おまえら種族の悪癖が原因だろうが……)
身から出た錆であろうと正宗は思うのであった。




