深海の大決闘6
部屋の隅からすすり泣く声が聞こえてくる。正直そちらへ向きたくない、陰鬱な気配に塗れている。
(正直不意打ちに近い一撃だったからな……)
正宗がそちらを見やれば体育座りをして落ち込むアイシスの姿があった。予想もしなかったありえない方向からの一撃に不覚を取ったのが余程こたえているようだ。
(つーかコイツ相変わらずメンタル弱いな……)
こんなのに世界の命運を預けて本当に大丈夫なのだろうか??と改めて心配になる。さて、そういう正宗も今は上半身裸で椅子に座らされているご身分であった。椅子はクルリと旋回し、エルマが手をかざし紋様を描き出す。
「うーん……はいー、結構ですー。問題ありませんねー」
エルマは手元の紙に記入しながらそう告げた。その言を持って正宗も脇に置いておいたTシャツを着衣する。
「問題ないってのは異常がないって事でいいのか??」
「そーですねー。わたしとしてはちょっと不思議で仕方が無いのですがー」
エルマがボールペンで頭を掻きながら言った。その表情は実に不服そうである。
「トンテッキ戦においてアレだけの高出力の聖力を出したのですからー何かしらの影響があると思ったのですがー……相変わらず何も問題はありませんねー」
「残念そうに言うな。健康ならそれに越したことはねーだろ」
「しかしですねー??実のところ言えばこちらの人にも聖力はあるのですよー。ただ私達に比べれば本当に些細な量でしかないので誤差程度にしかならないのですがー……」
「ふむ、というと??」
エルマは手元にあったコップを置いた。特に何の変哲もないガラス製のコップだ。
「こちらの人の聖力量をこのコップ一杯としますとー、ユメミール住民の聖力量はー……そうですねー、ユニットバス一杯くらいはあるでしょうかー」
その容量の差は歴然、何倍どころの話ではない。魔力などがある世界と無い世界、その差の表れであった。
「それに対してわたし達夢聖士は銭湯なんかの大浴場位の容量があるのですよー」
「それはまた、結構な差があるんだな」
「イメージ的な話ですよー??数値にしたところでマー君にはそれがどれだけ凄いのか等はわからないでしょー??」
それはその通りであった。正宗には感知も把握も出来ないのだから、数字上の差を並べられてもそれがどの程度なのかわかりようもないのだ。
「ちなみにー、ウチの女王候補筆頭であるアイちゃんは25メータープール程の容量があるんですけどー」
それは凄い……と正宗がアイシスに視線をやれば、そこには鼻水をたらして消沈しているアイシスの姿がある、決して凄いヤツには見えない。
「そりゃあわたし達夢聖士が扱う聖力量ですからねー。ですがもし仮にー、こっちの人がそんな量の聖力を扱ったのならー……」
そう言いながらエルマは正宗を見た。彼女が言いたいのは正宗による金剛聖導夢想兵装の励起の事である。それはつまり、正宗が夢聖士並の聖力を扱ったと言う事だ。
「普通なら何かしらの影響はある筈ってことだよな??」
「……そうなんですよー、体調異常ー或いは何かしらのー……」
「まぁしかし、異常がないならやっぱそれにこした事はないだろ??それで、もう一方のほうは??」
「……はいー、ではこちらをご覧くださいねー。アイちゃんもホラ切り替えて切り替えてー」
エルマがそういって紋様の刻まれたコースターを置く。そして手元に紋様を浮かび上がらせ操作すれば、コースターの上に様々なデータが立体映像のように表示された。
「今回の敵、夢生獣カッサーナですー」
カッサーナの立体映像が中空でクルクルと回転している。相変わらずふざけたフォルムである。のそのそと起き上がってきたアイシスが正宗の横に並ぶ。
「アイちゃんのラブリーフラッシュをあれだけ受けても内包している魔力数値には微塵も影響が見られませんでしたー」
「……姿に見合わず、相当な量の力を貯めていたようです、厄介な」
アイシスが恨めしそうにカッサーナの映像を見ている。
「問題はそれだけじゃないポよ??お前らもヤツの脱皮を覚えているポ??」
エルマのベッドの上で転がっていたポッコルが指摘をする。確かにカッサーナは脱皮にてアイシスの攻撃から身を護っていた。
「それがどうかしたのか??」
「魚が脱皮をするなんて事ないポよね??」
「いや、脱皮をする魚もいるぞ??」
「「「……」」」
正宗の言に一同の視線が集まった。皆、コイツは何を言っているんだという顔をしている。
「いや、実際に脱皮している姿が水族館で観測……」
「それでポね、アレは所謂操作力の強さポよ。カッサーナは力をつけている分、因夢空間での夢操作力が高まっているんだポよ」
「成る程、一理ありますね……」
正宗の話は両断され、ポッコルの主張にアイシスが納得を示している。つまり、カッサーナはラブリーアイシスの放ったラブリーフラッシュのダメージをすべて、魚は脱皮するというイメージで外皮に押し付け脱ぎ捨てた……そう言っているのである。
「んー、こちらから打って出たくともー……大海を棲家とされては観測の手も届き難いでいすからねー」
エルマの視線にポッコルは首を振る。海は魚の領域、だからこそ妖精の力に縋りたいのであったが……、
「流石に海の中では妖精の感覚も鈍るポよ。魚介といった栄養の豊富な海で力をつけているとしたら、相当厄介な相手ポよ??実のところノロノロ陸に上がってきてくれたこの間が封印する最大のチャンスだった可能性すらあるポよ」
ポッコルの指摘にはぐうの音も出ない。横で聞いていたアイシスにはその一言が深手であったようだ、胸を押さえて倒れ込んでいる。
「とりあえずは次の機会、全力で当たる以外ないですねー」
「そうは言いますが、ジュエルの出力が安定してません!!これでは全力を出せないですよ」
エルマの意見にアイシスは転がりながら不満を漏らす。アイシスの力は強いのだが、それを十分に生かせる機材がないのだ。
「はいー、ですので出来るだけの最前手でいきたいと思いますー」
そういって取り出したのは一本の綺麗な剣であった。狼の意匠に飾られたその剣を見てアイシスが顔を上げる。
「ウルフェンの剣、修理完了したのですか!?」
「はいー一応。ですので次は出せる全力で当たれますー。ただ、相手も金導夢兵装体に変体できる可能性は考慮しておきましょうー」
「は?ロボットに変態できる性癖のヤツがいるのか??」
「違うっ!!変体!!変わるカラダの体です!!夢生獣が金剛魔導夢想兵装を着込むことをそう言っているんですよ!!」
エルマの言葉に流石夢生獣の性癖は違うなと思った正宗であるが、アイシスの必至の修正で勘違いを訂正できた。エルマは短く息を吐くと今後の方針をサッと決める。
「ポッコルは引き続きカッサーナの現出感知に勤めてくださいー」
「了解ポ!!」
ポッコルの返事を見てエルマが頷き返す。そして視線を正宗に向けた。
「さてー……残るはマー君なんですがー……」
「えっ??俺??」
「そーですー。マー君はカッサーナの逆鱗に触れてしまったようですからー」
「はあ!?」
思い返してみる。確かにカッサーナの漢字に固執する様につっこみを入れた気がする。
「アレかっ!!」
「ソレですー。そして必然的にカッサーナの粛清対象に見事にマー君も選ばれたのですー!!……多分ですけどー」
嬉々とするエルマ。即座にその場から離脱しようとしたぬいぐるみがあるのだが、それを一瞬で握りこんだ者が居る。
「グエエエエエ……中身が……ワタがでるポ……」
「……やっぱり巻き込まれたじゃねーかっ!!どっかの誰かが見学しろとか言ったせいだよな??」
「違うポよっ!!どっかの誰かが静観もせず相手を小ばかにしたように突っ込んだからポーっ!!」
「グッ……」
そう言われてしまうと正宗としても手は出せない。確かにその通りだったのだ、その正宗の様子を見て調子に乗ったポッコルは雄弁に語る。
「大体ポね??ポッコルが汗水たらして働いているのに下賎な正宗が暢気にお姫様気分で護られていること自体が問題ポ。正宗は下賎なら下賎らしく必死になってポッコル達の為に働けばいいポ。ホラホラ、トンテッキを下したあの時の力をさっさと出すポ。ポッコル達の尖兵として有効的に……」
正宗はポッコルの両足を引っ張った。
「アアアアアアアアア!!ビッていった……ビッていったポよお!!裂けた!!ゼッテー裂けたポよ!!」
股間を両手で押さえるポッコル。正宗は無慈悲な視線でそれを見下ろしていた。
「……エルマに縫ってもらえこの糞ぬいぐるみがっ!!」
「……えーと、超絶嫌なんですけどー……」
その後、股を抑えるポッコルを、誰も救おうとはしなかった。




