深海の大決闘5
正宗は溜息をつく。身体も精神も少々消耗しているからだ。一日の学業を終えてからの残業だ。やる気が無くなるのも仕方があるまい。何せまだ帰宅後の洗濯など家事が残っているのだ。だというのに……ジャンクフード片手に人気のない港街の隅で待機している自分がいる。
(正直帰りたいな……)
めんどくさいので後はアイシス達にお任せして帰りたい気分なのであるが、そうも言っていられないというのが現状であった。そんな正宗を余所にアイシス達は気を張り詰め周囲を警戒していた。
「それで、どうなんですかポッコル」
「ビンゴポよアイシス。なかなかに気配が高まってきてるポっ!!今日で当たりのようだポねっ!!」
「それはありがたいな。正直何日も何日も張込みって話になっていたら気が滅入るところだった」
聞き耳を立てていた正宗の正直な感想にアイシスは顔をしかめる。
「正宗、もっと気を引き締めてないと、いらぬ怪我をしますよ??」
「まーまーアイちゃんー。マー君はもともと関係ないんですからしかたがありませんよー」
「しかしですね……」
間を取り持つエルマに食って掛かるアイシスだがその次の言葉は飲み込まれ、彼女は夜空を仰ぎ見た。エルマ達も釣られて顔を上げれば、確かに前兆が夜空に浮かび上がり始めている。うっすらと見え始めた天を覆う世界時計。そしてノイズのように広がるモザイクタイル。
「ポッコルっ!!」
「キタキタキタポよっ!!あっちポっ!!」
アイシスの言葉よりもはやく反応し、その先を指示すポッコル。その姿を見て、アイシスとエルマは頷きあった。
「聖力全開っ!!解錠要請っ!!チェンジモードパラディンっ!!」
「ラブリーエナジーフルパワーっ!!ラブリーアイシスモードパラディンッポー!!」
「聖力全開ー!!解錠要請ー!!……変身っ!!エルマイールっ!!」
「プリティーチャージマキシマイズ!!プリティーinエルマイールッポーっ!!」
「うおっ!!まぶしっ!!」
アイシスとエルマが変身を開始し、ポッコルによる解錠と共に眩い輝きに身を包む。夜を割く光は彼女達を彩り法衣と化して行く。輝きの中から現れた二人がそれを呆然と見ている正宗の前でキリッとしたポーズを取った。
「ラブリーアイシスモードパラディン!!愛の名の下に……浄化しますっ!!」
「プリティーエンジェルエルマイール、貴方の夢とハートをお守りしますー」
「「…………」」
無言で正宗とポッコルに見続けられ、ラブリーアイシスとエルマイールは膝から崩れ落ちた。
「何度やっても死にたくなります」
「ちょー恥ずかしいですー」
心に出来たカサブタを再び引き剥がされたかのように、また新しい傷となって彼女達の何かを抉っていくのだ。それでも、涙ながら立ち上がりこの世界の為に働かねばならなかった。
「当然だが前衛で私が出ます。エルマイールは後方からの支援を頼みます」
「了解ですー」
そうしてラブリーアイシスが飛び出していく。人気のない夜の港へ魔法少女のコスプレをして飛び出しているJK。
(かなりシュールな画だな……)
(正直同じような絵図等をしていると思うとー……心にくるものがありますー)
それぞれの感想を胸に正宗とエルマイールも後に続いた。向かった先は広場であった。その先の堤防の向こうには海が広がり湾となっており、見える水平線はうっすらとだがまだ夕日のオレンジを残していた。街灯もない広場は見晴らしがよく無い、月明かりと星の瞬きだけがその暗闇を裂いて瞬いていた。その広場の真ん中にラブリーアイシスが立ち、その後方、木陰からエルマイール達は行く末を見守る構えを取っている。
<ラブリージュエルの法衣正常稼動……良好ー!!いつでもいけますよー!!>
「来ますよっ!!」
ラブリーアイシスがその剣を構えれば、その先……堤防の向こうから這い寄る暗き陰。ズチャズチャと湿った音を奏で上げ、その異様を皆の前に露わにする。
「マジ……かよ……」
その姿に正宗は絶句する。それは見るからに魚、そう!!魚であった。しかし、魚の姿から四肢が出ているのだ。肌色の人の形をした両手足。幼稚園児が書くような典型的な魚人間。はだしの足には脛毛が生えており、がに股気味の歩き方はまるでおっさんのようだ。
「ギョギョ!!夢聖士諸君、このカッサーナの因夢空間へようこそギョ!!」
諸手を挙げて踊りだすカッサーナという魚類(?)。
「ラブリィフラッシュッ!!」
そこへ先手上等のラブリーアイシスが有無を言わさずラブリーフラッシュをたたきつけた。フラッシュの直撃を受け弾け跳んだカッサーナは堤防に激突し、ハート型の光の中で焼き尽くされていく。
「ギョギョギョオオオオオオオオオ!!」
光が散れば強烈な焼き魚の臭いと共にカッサーナは倒れ込む。既に陸揚された魚の状態だ。
「ギョギョ、鰓呼吸できず苦しいこの状況で容赦のないあぶり焼きの刑……正直、嫌いじゃない」
「ラブリィフラッシュッ!!」
「ギョガギョウオギョオオオオオオオオオ!!」
膝を付き起き上がりかけたカッサーナに二発目のラブリーフラッシュが直撃する。再度全身から煙を上げ倒れ込んだカッサーナはいい焼き目をつけて香ばしい臭いを漂わせている。
(正直いい匂いすぎる)
思ったが最後、正宗の腹が盛大になった。
「正宗、時と場合を考えるポよ」
「しかたがねーだろっ!!バーガーだけじゃ足りなかったんだ!!こちとら育ち盛りで運動部なんだぞっ!!」
「二人ともうるさいですよーっ!!」
外野でドンちゃんしているのに閉口しながらも、ラブリーアイシスは正面の夢生獣からは眼を逸らさない。ガクガクと足を震わせながら、それでも立ち上がる焼き魚。
「さて、夢生獣カッサーナっ!!何故貴方はこの地へと来たんです??」
「ギョギョ??小生がこの地へ来ては問題がおありかな??」
フーフーと荒い息をつきながらカッサーナがニヒルに言う。それはラブリーアイシスのラブリーフラッシュが効いている様にも見え、はたまた興奮しているだけにも見えた。
「ギョギョッ!!夢聖士諸君は朋友トンテッキを打ち倒し封印したであろう??」
「それがどうかしたのですか??それに次は貴方の番なのですが??」
カッサーナの言動にラブリーアイシスは聖力を高めていく。ラブリーアイシスの感覚では……カッサーナは全く弱っていない。
「ギョギョ??わかるであろう!!小生の身体を見よ。小生は海に生きるモノである!!」
「??」
話の脈絡がわからずラブリーアイシスが首を捻る。
「ギョギョ、海に生きるモノと豚の接点、わかるであろう??」
「????」
「いや、海豚は魚類じゃねーだろ!!っていうかお前等漢字に詳しすぎるだろっ!!っていうかそれがどーしたっ!!」
思わず声に出してしまった正宗。イルカの漢字が海豚だから、どうして夢生獣の豚と魚が同じ地にやってくる理由となるのかさっぱりわからない。
「ギョー!!猿の尺度で魚をきめるな!!」
「肺呼吸と鰓呼吸じゃ違いすぎるだろうがっ!!」
「ギョギョオ、海に生きるものは全て魚だギョオオオオオ!!」
「そりゃ暴論過ぎるだろうがっ!!貝や海月も魚扱いかよっ!!」
「ギョー!!ギョー!!そんなのはお前らの理屈ギョっ!!カッサーナにはカッサーナの理屈と尺度があるんだギョオオ!!」
正宗との口論に地団駄を踏むカッサーナ。
「じゃあなんでココにに来たんだ??」
「ギョ??だからいったであろう??海豚つながりであると。イルカが海の豚である以上、豚たるヤツもまた海のモノの一部であるギョ」
カッサーナが何を言っているのかわからない。横を見てみればエルマイールも眉間に皺を寄せている。だが、ポッコルは手を打ってなるほどと感心をしていた。
「……いや、漢字では海豚になるからって……それこそ人間の尺度じゃねーの??」
「ギョッ!!」
「第一それ日本語だし。漢字じゃなけりゃ関係ないだろう??」
正宗の言い分にカッサーナは全身を震え上がらせ、
「ブッコロスギョッ!!」
怒髪天を突いたようであった。
「ラブリィフラッシュッ!!」
「ぐえああああギョエエッ!!」
怒気迫るカッサーナにアイシスのラブリーフラッシュが三度炸裂する。煙を上げバタンと倒れるカッサーナは黒焦げだ。
「これ勝ったんじゃねーか??」
「待って下さいー!!夢生獣の魔力反応は健在ですー」
楽観する正宗を諌めるエルマ。彼女は自身の前に展開した紋様を注意深く観測している。正宗がカッサーナを見やれば真っ黒焦げの焼き魚なのだが、存外にしてなかなかの強敵ではあるらしい。それを体現すべく、黒焦げカッサーナがモゾリと身体を震わせた。
「ギョギョ、危なかったギョ。魚が脱皮する生き物じゃなかったら死んでるところだったギョ」
カッサーナの背中がバックリ割れて中から綺麗なカッサーナが現れた。よいしょと薄い自身の皮膜を脱ぎつつ汗を拭っている。
「キモ……っていうかっ!!魚は脱皮なんてしないですよ!!貴方一体何者ですかっ!!」
「ギョギョ!!何言うかっ!!魚だぞ??脱皮するに決まってるであろうがっ!!」
ドン引きするアイシスに反論するカッサーナ。意見が対立した二人が正宗を見た。
「いや、ウチの世界でも基本魚は脱皮はしねーよ」
正宗の言葉にショックを受け膝を笑わすカッサーナ。いや、だが……、
(さっきのアイツの理論で言えば海の生物は全部魚分類……)
正宗は頭を捻るとカッサーナへ救済の一言を投げかけた。
「お前の理論……海に生きるものは皆魚っていうのなら確かにモリモリ脱皮するヤツ等はいる」
「ギョー!!ギョー!!それそれっ!!それを待っていた!!」
「確かに蟹や海老などの甲殻……」
「あんなヤツ等は魚じゃないギョー!!殻を脱ぐとか虫かっ!!ふざけんなギョー!!」
自身の抜け殻を投げ捨てながらカッサーナは怒鳴り散らしていた。
「マー君、わたしにはアレの魚の基準がわからないんですがー」
「そうか??しかし俺もなんだ」
呆然とする正宗達なのだが、カッサーナはペタペタと歩いて海のほうへ向かっていく。流石に気付いたラブリーアイシスが襲い掛かった。
「何そのまま帰ろうとしてるんですかっ!!貴方はここで封印しますっ!!」
「ギョギョッ!!そういうわけにもいかんギョッ!!喰らえッ!!亜空間タックルッ!!」
カッサーナが身体を捻り、グイッと勢い良くタックルの仕草をした。途端、飛び出したラブリーアイシスが別方向からの謎の力に叩きのめされ大地に激突しバウンドする。
「なっ!!」
「ギョギョ、今宵はこれにて失礼するギョ」
地面をはいずるラブリーアイシスを一笑し、カッサーナは自身が砕いた堤防の破砕部から闇夜の海へと帰っていくのであった。




