深海の大決闘2
「あらためましてー、只今帰りましたー」
「ただいま」
居間で向かい合いお辞儀をする正宗とアイシスとエルマ。アイシス達は流石にサッパリとした感じで、お風呂上りでフローラルな香りを漂わせている。青春真っただ中な正宗にはいささか刺激が強い状況だ。なんといっても外見だけは二人とも抜群なのだ。一端心を落ち着かせるべく咳払いをして問いかける。
「……それで、首尾はどうだったんだ??」
正宗がそう訪ねれば、アイシスが自慢げに黄緑色のボールを取り出した。それを正宗に見せつけるように突き出してくる。
「これを見て下さい、何も問題ありません!!夢生獣トットリッキーは撃破、こうして封印しましたっ!!」
「わたし達ー、頑張りましたよー!!」
高潮した顔で誇らしげに胸を張るアイシスと同じくして、してやったり顔のエルマ。その取り出されたボールを見て素直に二人に拍手を送る正宗。トンテッキの時もそうであったが、このボールこそが夢生獣を閉じ込めておく封印聖法具らしい。本来白いソレ、染まったモノがここにあると言う事は封印に成功したと言う事である。
「四回ほど因夢空間を体感したから頑張っているなーとは思ってたんだが、捕縛できたならよかったよかった」
この一ヶ月、アイシスとエルマは別の県へと出張っていた。出現傾向を見せた夢生獣の気配を追い、退治のため遠征していたのである。その間に正宗も4回の因夢空間を体感していた。他県で戦闘が起ころうと、世界全体が因夢空間へと突入する。唐突に突入する因夢空間には甚だ迷惑したが、それでも世界滅亡よりかはマシと言うものであろう。しかし、今はそれよりも聞かねばならないことがある。
「──それで、軍資金は??」
正宗のその言葉を聴いて二人はビクリと身体を硬直させた。知らない土地で生活、"衣"はまだしも"食と住"には金がかかる。しかも相手がどこにいるのか見当も付かず、いつ現れるのか、そしていつ解決するのかもわからない。そんな状態で賃貸を借りるなどかなりの冒険だ。そりゃ溢れんばかりに資金があるのならそれこそ毎日ホテル暮らしとかで過ごせばいいのであろうが、なにぶん後ろ盾も何もない状況なのだ。夢生獣の現界を感知した二人だが、移動に関しては夜な夜な空を飛んだりして交通費を節約したりしていた。しかし不眠では戦えないし、空腹では生きられない。そこで正宗に縋りつき軍資金を出してもらったわけなのであるが……、
「残金はー、これだけになりますー」
そうして、がま口からエルマが出したお金は634円であった。
「マジか……」
正宗は震え上がり涙を堪える。なけなしの金だ。はっきり言って緊急用に貯蓄していた15万であった。
「これでも頑張ったんですー!!頑張って節約はしたんですーっ!!」
「そうなんです!!また漫喫で寝泊りして……エルマも毎度の事ながら微妙に儲けたりしてやりくりした結果なんです!!」
必至にいいわけをする二人であるが金は返ってこないのだ。正宗としては泣きたくてしょうがない。ただ、正直な話として15万で二人で30日生活……住を含めて、だ。確かに頑張ったのではないだろうか?満喫生活でシャワーも頻度は少なく、食費も押さえなんとかしたのである。だが、
「ぶっちゃけ頑張ったのはわかる。……わかる、が、ウチとしても手痛い出費すぎるっ!!次に何かあっても最早支援は出来ない状況だ!!」
落ち込んだ正宗の言葉にアイシスとエルマが顔を見合わせる。それは……死活問題であり、任務の失敗であり、この世界の終わりでもあるのだ。つまり、次からは野宿によるサバイバル生活が待っているという事で、それで30日生活とか……想像したのかアイシスの顔が青く、いやドス黒くなっていく。
「な、なんとかしましょう!!……で、どうすればいいと思います??」
アイシスが他人便りで二人に意見を求めている。しかし、単純且つ簡単にお金を用意する方法など、ないっ!!これがよくある転生モノ異世界であれば胡椒や塩で荒稼ぎしたり、マヨネーズや和食で一発あてたりして資金ウハウハモードであっただろう。だが現実はそんなに甘くないのだっ!!仮に、仮にアイシス達が胡椒や塩に似た異世界の食材を持っていたとして、果たして誰が高値で買い取ってくれるというのかっ!!となれば残るのはただ一つ、やはり労働しかないっ!!
(クソお嬢様がっ!!お前が働けやっ!!)
そう言ってやりたいのを我慢する正宗──だが我慢できずに無表情でアイシスに指令を出した。
「アイシス……お前、バイトしろや」
「ウエ!!……いや、私はいつでも戦いに向かえ……」
有無を言わさない正宗の眼圧にしどろもどろになり、
「ほ……ホラっ!!前言ってた通りなんかビザとか滞在証明書とかないですし??それに──」
「うるせえ!!日本語ペラペラなんだし国籍は日本ってことにしておけっ!!お前は鉄アイシス、母親が外国人なだけのバリバリの日本生まれの日本育ち!!住所はココっ!!これならあやしまれねーっ!!国籍日本ならコンビニやスーパーのバイト程度でそこまで詳しく調べねえよっ!!履歴書見て、面接して終了だっ!!」
「えええ!!それって警察に見つかったら……」
「その時は……夢操作でなかったことにする、どうだろう??」
正宗が緊張した面持ちでエルマを見る。アイシスは慌てて、
「だ……駄目ですよね!?私利私欲による改変など……ユメミール法どころか世界間協定等に違反するし……」
「うるせー、ここはユメミールじゃねえっ!!そのユメミールのせいでいろいろ滅亡しそうになってんだからゴチャゴチャ言うなっ!!第一金がなけりゃ話にならねーじゃねーか」
机の上の残された634円を見る。数県跨いだだけでコレなのだ。夢生獣が日本以外の国に現れたとして……いや、その場合はもう無理と諦めるほかない。
「まー現状ですがー、本国からの支援もないですしーしかたないですよねー。それにその程度の改変であればあまり影響は出ないでしょうしー、最悪その手で行きましょー」
エルマは悩んだ顔をしたが直に了承して見せた。だが彼女の物言いには引っかかるところがあった。
(影響??……やっぱり世界の改変ってのにはなんらかのリスクなりがつくんだろうか??)
でなければ彼女達がそれを利用しない筈がない。世界を改変させ十分な衣食住を用意し、さらにはユメミールとの経路も正してつなげてみせればいいからだ。逆に言えば、それを苦も無くやってしまえる夢生獣という存在は、想像しているよりも危険なものともいえるのだが。正宗が思案している横でアイシスは未だショックを受けているようで、「ゴブリン退治とかがよかった」的なことを言っているが、最早生活費的にも形振り構っていられないというのが本音である。スーパーのレジ係でもなんでもやってもらうほかない。
「わたしはーいつも通りちょこちょこ稼ぎながらココの魔改造に着手しますー」
改造といわれ正宗の眼が少し鋭くなる。この家……正確にはホテルの方であるが、亡き母と父親が出会ったという思い出の場所なのだ。それが採算が合わなくなり、ホテル経営を手放され解体される予定であった物件を父が買い取ったのである。父は亡くなった母との思い出を残したかったのかもしれない……しかし、そういう経緯で今は鉄家となっている。だからこその苦労もあるが、そんな父の心意気を知っているし、下手に改造されて水道局や電力会社などに目をつけられてはたまったものではない。アイシスやエルマは異世界人だから帰ればいいが、正宗には今後の生活もあるのである。その為にも下手に改造には許可を出せない、エルマにはその旨を伝えてあるのだが──、
「大丈夫ですよー。家はそのままの方向で行きますのでー」
自身ありげに言うエルマ。
(というか好き勝手に改造されて、乗っ取られやしないか……ってのが一番不安なんだが)
二人には言っていないが正宗はそれを一番危惧していた。異世界風に改造され、聖力のない正宗では生活に支障が出るようになる……つまり、なし崩し的に異世界人に家を乗っ取られ奪われるパターン。アイシス達は拠点を欲している、なりふり構わずそうされたら抵抗のしようもない。戦闘力で負けるのは既に周知の事実なのだから。それをひた隠しにしながら正宗は続ける事にした。
「……と、言うと??具体的にはどんな風にしていくんだ??」
「以前言ったとおりですよー、この家の水道光熱費改善から手をつけて行きましょー」
「水道光熱費……どこでも蛇口みたく聖力を利用するって事か??それだと俺が使えないのだが……」
聖力を使って水を生み出したりするのは知っているが、正宗は聖力を使えないのでそれでは困るのだ。しかしエルマには考えがあるようで正宗のスマホを借りると鉄家周辺の地図を表示させた。
「相変わらず凄いなエルマは。もうスマホっての使いこなしてる」
正宗のスマホをスイスイ使ってみせるエルマに驚愕しているアイシス。彼女は未だ家電製品を使うのにおっかなびっくりしている程なのだ。そんなアイシスとは対照にエルマは地図アプリを使い数箇所をポイントして見せる。そこは鉄家がある山と周囲の山などの山林のど真ん中数カ所である。
「わたしが観測した結果ー、ココとココ、あとココのポイントに周囲の“気脈たまり”がありますー。そこからエネルギーを抽出してフィルターをかけて聖力変調し、鉄家の隅に貯める形で利用したいなーと考えていますー」
そう説明すれば、今度は魔法陣のような紋様の描かれた……コースターのようなものを机の上に置いた。その上に手をかざせば立体映像のように幾つかの機材の設計図のようなものが表示される。そのサイバー感溢れる聖法具に興奮する正宗。落ち着かせるように咳払いして再びエルマへ視線を戻す。
「……つまり、聖力貯蔵タンクみたいなのを造ってそこに聖力を貯め、そこから家中に聖力供給して利用する……って事か??」
「はいー、端的に言えばそうなりますねー」
そう頷けば、エルマは干してあるポッコルを仰ぎ見た。
「ポッコルー。聖力蓄積用の宝玉ー、持ってますよねー」
エルマに言われポッコルが洗濯ばさみの拘束を弾き飛ばす。かっこよくヒーロー着地で机の上に降り立てば、脇の下から光る球を取り出した。
「これポね。これは“光丸”、聖力を多量に蓄積できる貴重な聖石だポ」
「な、名前の変更を要求しますっ!!」
酷い名前の光る球をポッコルが紹介すれば、アイシスが顔を赤らめて抗議した。
「ん??しかしそんな施設をウチの敷地内に作ったとして……だ、あの夢生獣達に感知とかされないのか??他より高い聖力が観測されたから攻撃されました──とか冗談じゃないぞ??他県に行くのがメンドクサイからこの家を餌にして、夢生獣をこの地におびき寄せようとしてるんなら──」
正宗のその視線と表情にポッコルとエルマが顔を青くして後ずさる。
「だ……大丈夫ですよーっ!!ちゃんと感知されないよう聖力防御壁を作りますからー!!」
「そうそうポよっ!!こう、光丸を入れた機材を囲う防御甲壁、通称“防甲”ポ」
「略すなこの変態妖精共っ!!ああああ何て酷い名前なんだ」
耳まで真っ赤にしたアイシスがついにポッコルを締め上げた。
「聖力供給ラインは屋根裏等通しますしー、蛇口ユニット等は取り外しできるようにしますからー、後々元に戻すことも可能ですー。これなら要望にも応えられる仕様となるかとー」
悶絶するポッコルを他所にエルマの説明を受け、光熱費などが抑えられ、それでいて設備も現状復帰できるのであるという話にメリットを感じる正宗。特に水道代などは確かに長期的に見ても有益と言えるのだ。部材制作の為に資材購入でいくらかかる程度以外にデメリットなどを感じられない。
「よしっ!!とりあえずはそれで行こう、行ってみようっ!!なんにせよ、このままでは金がない!!毎日モヤシだけでもいいか!!」
「それは嫌です!!」
「俺も嫌だ。お前らの為に俺の食生活を台無しにしたくない」
「異論なしですよー」
「よし、なら頑張るぞ!!なんとかしてひもじい生活から脱出するんだっ!!」
「「おおー」」
アイシスは少々不安そうだが、こうして一致団結し金銭難に対して挑むこととなったのであった。




