始まりの物語2
「おう、お疲れー」
「また明日なー」
実に何事もなく日が落ちる。夕暮れ時になって見れば、日中のあの事件に関してはまさに夢の話であったかのようである。教師も学友も誰かもが何も疑問に思っていないようで、自分一人だけが頭がいかれて夢でも見ていたのだろうか??と混乱してくる。剣道部の部活を終えてみたが、やはり武道場も、部室も、何もかもまったく異常のない状態であった。潰された備品、踏み砕かれた道場、全て元の無傷のまま……何事もない日常がそこにあった。だからこそ、考えれば考える程に疑心暗鬼がやってくる。
(……ヤバイぞ…ついに妄想と現実の区別がつかなくなったってヤツかぁ!?)
よくニュースキャスターやコメンテーターが言う「ゲームやアニメとの区別がつかなくなった」……アレである。実際問題はそんな事考えるヤツの方が区別つかなくなっているだろう??とか思っていたが、いざ自分がそうなってみるとわからなくなってくる物だと痛感する。だってゲームはゲーム、アニメはアニメだ。ゲームやアニメは仮想だから好き勝手出来て楽しいのであって、それをリアルで辛い現実にあえて持ち込もうとするのはあり得ない話と考えていたからだ。消沈する気分に頭を振りつつ溜息を吐き気を落ち着かせる。作り笑いを浮かべながら同じ剣道部員に挨拶を投げ、そのまま自転車置き場へと向かって帰宅する事にした。校門を後にして自転車を漕ぎだし、気分を切り替えるため鼻歌交じりにのんびりと帰途へと着く。家までは大分かかる。それでも夕暮れの道を一人自転車で走るのも悪くはなく……、
「……んー??」
なにか声が聞こえるので振り返ってみれば、ダッシュで追いかけてくる人影が見えた。何か叫びながら走って来る様は狂気を感じさせるに十分で、狙った獲物を追いかけているような強烈な圧力を感じられた。
(うわっ!!不審者かよっ!!コワッ!!)
髪を振り乱し叫びをあげ、正宗目掛けて走り寄ってくるのだ、恐怖と驚きに気圧されペダルを漕ぐ脚に力を込める。スピードを上げればそれでも尚、その人影は叫び追いかけて来るではないかっ!!離れない、いや、逆に距離を詰めてきているっ!!
(昨日の今日だぞっ!?昼にあんな事があって帰りはコレかっ!!)
これもまた自分が生み出した幻想幻聴なのではないかっ!!と更に疑心暗鬼を深めつつ、不審者を振り切るように全開漕ぎへとスピードを上げれば、それでもまだ追走して来る気配。それはもう、人間離れした走破スピードと根性だと感心する程に。だがそれはそれとして、ペダルを激漕ぎする正宗としても必死であった。されど相手も然る者、尚も食らいつき距離を詰めてきて、いや、ここにきて一気に加速してきた。とても人間の脚力とは思えないっ!!
(マジかっ!!ここで殺られるんかっ!!)
息が上がり激漕ぎの代償に足も動かなくなってきた。もう駄目だ!!とあきらめかけた時……脚をもつれさせ後ろの影が盛大にコケる音がした。ブレーキを効かせ、恐る恐る後ろを振り返る。夕暮れに照らされポニテの女性が潰れたヒキガエルのように倒れているではないか。
「……んー??」
しかし、よくよく見てみれば、どこかで見たかのような姿。
「ま゛っでー、ま゛っでぐだざいー……加速しないでー……ううう、お腹がすいて力が出ない」
引かれたゾンビのような死体が泣きながら顔を上げた。その顔に、
「あっ!!昼間のコスプレ戦士っ!!」
「コスプレって言うなあっ!!」
正宗の突っ込みに怒声で返すアイシス。涙ぐみながら転んだ埃を払い起き上がれば、息を整えながらのそのそと寄ってくる。涙を拭き転んだ際の埃をはたき落とし……身だしなみをそこそこ取り繕えば、一端咳払いした後、笑顔で話しかけてきた。
「初めまして……ではないですね。私はアイシス=ニール=ダイキス、お昼の事で少々お話したいのですけれど……お時間貰えますか??」
「……ええ、……まぁ、……はぁ」
美少女からの屈託のない笑顔で言われてはそう返すしか選択肢は無い。しかし既に情けない涙を含んだ苦悶の表情を見ているだけにどうあっても締まらないのだが、彼女にはそれが伝わっていない。とりあえず近くのファミレスに連れを待たせてあるという話なので、自転車の荷台に彼女を乗せてペダルを漕ぐ。道交法違反だが仕方がない。5分もママチャリを走らせればファミレスに着いたのだが、その間後ろに乗ったアイシスは実に楽しそうであった。付き合っているような彼女などいない正宗としたら“憧れた高校生活”の夢の一つが叶った時であると言えた。美少女を後ろに乗せて夕暮れの中、自転車を漕ぐ……どこの漫画やアニメ、青春ドラマの中の話なのか??……そう思ってはいたが、いざ叶ってみると実に……大したことでもない、感動も微妙であった。これが意中の彼女であったのなら話は別なのだろうが、いかな美少女とはいえ後ろに乗っていたのはよく知らない不審者なのだ。それはもう戸惑いと不安しか感じなかったのである。ファミレスに着いてみれば店内の隅の隅で大きく手を振っているこれまた美少女がいる。金髪におっとりした顔のグラマラスな女性であってどうやら彼女がアイシスの連れのようであった。アイシスと共にそのまま大きく手招きしている彼女のもとへと向かい、アイシスは彼女の横に、正宗は対面に座った。……この構図、どう見てもインターネットビジネス、あるいは怪しい宗教への勧誘とかじゃないだろうか??
「どうもー、初めましてー。わたしはエルマ=マーナ=リトールといいますー」
「どうも、鉄正宗です」
ニコニコしている女性が間延びしたような挨拶をし、それに戸惑いながらも返す正宗。視線をササッと左右に走らせ、店内に女性達の仲間らしき人影がいないのか一応確認する。
(……やはり、どっからどう考えてみても変なビジネスや怪しい宗教勧誘としか考えられない。やっぱり、かつがれてんじゃねーのか!?)
正宗が様々な状況を想定し緊張している間に、エルマはのんびりと話し始めた。
「昼の事はーアイちゃんに言われて存じておりますー。そこでですねー、とりあえず説明をー……と思いましてー。まさか因夢空間の中で動ける方がこちらに存在するとは思わなかったのでー」
そうエルマが告げれば、横でアイシスがコクコクと頷いていた。
「淫夢空間……」
果たしてただならない貞操の危機を感じる語感である。冷たい汗を掻きながら問えば、エルマは頷いて見せていた。
「はいー、正確には因果律改変夢幻空間と言いますー。要はこの世界が見ている夢の話ですー」
「……夢??」
「そうですー。鉄君は因夢空間の中で夢生獣と出会いましたよねー」
「夢精獣……」
コミカル豚を思い出し、頷き返す正宗。きっと夢精獣とはアレの事であろう。名前からして思春期男子の夢の中にだけ現れる怪物なのだろうか??そう考えていると、エルマはそのまま話を続けていく。
「あのトンテッキは夢生獣といいましてー、いわゆる夢の中で可能性生成を成しえる強力な魔の怪物なんですー」
(かのうせいせいせい??なんのこっちゃ??)
正宗は話の端を折らないように頷くだけだ。
「お恥ずかしい話ー、わたし共のユメミール国はサイワルサーという悪人集団に襲撃されましてー、封印されていた夢生獣達が世に放たれてしまったのですよー」
既に理解を越えてしまった。ユメミールなんて国も知らないし聞いた事もない。やはり壮大なドッキリなのだろうかと疑いたくなる話だ。
「あっ!!ユメミールていうのはこの世界の話ではないんですー!!所謂……異世界ですよー!!」
(はい、来ました異世界。異世界に転生や召喚されるんじゃなく、異世界の方からやってきましたよー)
異世界に行った者なら、目の前に広がるその別世界に直ぐに「異世界スゲー」とか「ステータスオープン」とか言っちゃうわけであるが、異世界の方からやってこられたらどう反応すればいいのか良く解らないのだ。当然のことながら精神病や妄想癖といわれたほうが納得できる話になってしまう。
「……その、異世界のユメミールとやらから逃げた夢精獣とやらがなんでまたこの日本で暴れる事に??」
良く解らないが疑問を投げかけておくことにした。
「それは、この世界と私達の世界が非常に密接しつつ、且つ普通なら逃げ込まない無警戒な場所だったからなんです」
「ユメミールでは強力な聖力を持つ者が多いためー追っ手による再捕縛が予想されたのでしょー。封印で弱っている夢生獣達はー、本来わたし達の世界の住人では活動するのに支障の出るこの界域ー、あー……世界域であるこの世界に逃げ込んだわけですー」
「強い精力を持つんだ……」
「違います!!きっと貴方が想像している物とは違いますっ!!聖なる力と書いて聖力!!決して、せ、精力の話をしてるんじゃないですよ!!」
バンッと机を叩きながら叫ぶアイシス。デカイ声で精力精力いっていれば勿論注目を浴びる。周囲の視線を集め、それに気づくと彼女は顔を両手で覆い、耳まで真っ赤にしながら直ぐさま着座した。
「夢生獣はー世界に夢を見させその中で悪さしますー。世界は夢を見ている状態ですからーそれはそれはやりたい放題ですー」
その話に正宗はスマホの秒針を思い出していた。0と1を行き来する秒針……世界がうたた寝をしていたというのであれば、アレがその世界なのだろうか??
「鉄君は-、明晰夢……というものを知っていますかー??」
エルマの問いかけに頷き返す正宗。明晰夢とは、“これは夢である”と自覚しながら見る夢の事である。しかしながら夢であるため、自覚のある本人にはコントロールできる事もあるらしく、その場合では空を飛んだり生身で深海まで潜ったりと夢のようなことを夢の中で体験できる夢の話である。
「それなら結構ー。もし……もしですよー??あのトンテッキが明晰夢みたいなのを利用しつつ暴れてー、その惨状のまま世界が眼を覚ましたとしたら……明晰夢の事態をそのまま現実と認識してしまったのならー、どうなると思いますかー??」
「えっ!?今日みたいに戻るんじゃないんですか??」
正宗の解答にエルマが首を振る。
「今日はーアイちゃんが改変された事象を戻して眼を覚まさせた為にー、世界は夢の中の話を“夢”で済ませれたのですー。しかしー、夢生獣の怖い所はその好き勝手した状態のまま世界を覚醒させられる所なのですよー。要は明晰夢の内容を世界に“それは本物なのだー”と認識させるのですー。夢の状態を現実と捉える事ー、それはつまり──」
「──その惨状のままに現実へと反映される、事象が現実として確定されてしまうって事なんです」
持ち直したアイシスがそう繋いだ。美味しい所を持って行かれエルマがアイシスをポカポカと殴る。だが正宗としたらそれどころではなかった。もし……もしも…だ、あの時アイシスが来なかったのなら、先生は食われ校舎は大破したまま……それが現実となってしまっていた、そういう話であった。
(……なんて……こった……)
話を全て鵜呑みにするわけではないが、そう言った感想しか出てこない。が、思案している正宗を他所に二人はどうでもいい言い合いを続けている。
「……本当にやるんですか??というか、思いっきりハズすんじゃないんですか??」
「大丈夫ですー!!調べた結果ではこの国なら大半は通用するネタという触れ込みですー!!」
「……??」
その様子に思考から醒め視線を上げる正宗。それに気づいたアイシスが恥ずかしそうに咳払いをすれば、
「ゆ……夢だけど……」
「夢じゃなかったー」
「…………」
両手を挙げながら彼女等は言う。しかし、無言で見続けられることに焦るアイシス、その脇をエルマが肘でつつく。
「夢だけど!!」
「夢じゃなかったー!!」
「…………」
いたたまれない空気がテーブルを包んだ。
「……とどのつまり、あの空間での話が現実になるってことだろう??」
「っ!!そ……そう!!そう言いたかったんです!!」
正宗のフォローに食いつくように反応するアイシス。
「えっへんっ!!それをさせないためにーユメミールからやってきたのがわたしエルマとー、このアイちゃんなのですー!!」
「っていうかアイちゃんっていうのやめてほしいんですけどエルマ。面識のない人を前に……恥ずかしいじゃないですかっ!!」
「いやいや……アンタ等何を偉そうに胸を張ってんのさっ!!封印解かれたのそのユメミール??ってアンタ等の国の不始末なんだからそれをアンタ等がなんとかするのは当たり前の話だろうっ!!」
二人を怒鳴りつける正宗と縮こまるアイシスとエルマ。今度は男の方が怒声を上げたので再び注目を集め、ひそひそ話しされる正宗達。
「お客様、申し訳御座いませんがもう少しお静かに、お願い致します」
「「「ホントすみません」」」
案の定店員が注意に来るわけで、素直に謝罪する三人。去っていく店員を見送りつつ、
「だ、大丈夫ですよー、アイちゃんは次期女王候補ですから!!きっちりこの苦難も治めてくれるはずですー」
「女王候補??」
エルマに言われ正宗が顔を向ければ、照れているアイシスの顔がある。それをみて頷くエルマ。
「我等ユメミールは世襲制ではなく実力制なのですー。アイちゃんは聖力トップの夢聖士ですからー」
「精力トップの無精子……」
「違うっ!!君の考えている字面じゃないですからっ!!聖なるの聖に騎士とかの士と書いて聖士、つまり聖なる力の聖力を使って闘う者の事を聖なるの聖に騎士の士で聖士と呼ぶんです!!」
「そうなのですー。その中でも、因夢空間の中で闘える実力者の事を“夢聖士”と呼ぶのですよー」
「夢の聖なる騎士で夢聖士だから!!決して精子皆無って事じゃないからっ!!」
(成る程……実力者なら安心……なのか??)
必死に言い訳をするアイシスを余所に、正宗は思考に深ける。相当の実力者であるというのなら大丈夫なのか、と。非常に引っかかる所である。そんな相手の話を一方的に信じるだけでは新聞や怪しい勧誘販売に騙される昨今の世の中だ。とりあえずは気になったところから訪ねることにした。
「つまり、トップエースはあんたなんだな??それで、アンタ達の他にはどれだけの戦力が居るんだ??」
「え゛っ!!……えーとそのー、他の戦力……です……かぁー……」
「そのぅ、私と、エルマと……あとポッコルっていう妖精……のみ……です」
エルマとアイシスの声がどんどん小さく縮こまっていく。最後の最後は最早聞き取れないほどである。
(…………いや……聞き間違いなんだろうか??)
それを聞いた正宗は目頭を押さえながらもう一度問いただした。
「うn??ちょっと待って下さい??つまり相手はこの世界がみる夢の世界を使って好き勝手にやった結果、現実をその通りに改変しちまうような凄いヤバイヤツ等で──」
ウンウンと頷くエルマ。
「──それに対して封印解かれちゃって、捕縛なりなんなりしないといけない重大な責任のあるユメミール国さんの提供してきた戦力はお二人と??妖精??一匹……それだけだと??」
「……う゛う゛……その……通りです」
実に申し訳なさそうに頷くアイシス。
「お前等、俺等の世界舐めとんのかっ!!」
「「ヒェッ……」」
机を叩けば二人が縮み上がる。いや、カウンターの向こう側の店員さんの顔つきがヤバイ、素早く謝罪の会釈を入れ座り直す。深呼吸しながら落ち着き改めて姿勢を正した。
「なんでそんな少数だけなんですか、おかしいでしょ??話の内容では俺等の世界に多大な被害が出る可能性があるのでは??片手間落ちなんですか??」
「けけけ決してそのような事はないんですっ!!私達も最善は尽くしたい、のですが……」
「世界を渡るのは凄いエネルギーが必要でしてー……ユメミールでもわたし達を含め精鋭部隊を送る手筈だったのですー……でもーそのー、ですねー……」
エルマが説明するに異世界に行くのには物凄いエネルギーが必要であり、先行し逃亡した夢生獣達が世界を渡る為の通路を荒らした上に妨害もているので戦力を送り込めなくなってしまっているらしい。
「おかげでわたし達も苦労しているんですーっ!!ほらー!!アイちゃん」
「ええーっ!!私がお願いするのかっ!?ううぅぅ……」
背中を叩かれたアイシスがもじもじと身体を捩っている。チラチラと視線を向けながら、意を決したようにその口をあけた。
「わ、私の名はアイシス!!く……鉄さんは今、夢生獣に狙われているっ!!そこで、です!!そこで……そこ……そこでぇー、わ、私達を護衛として雇ってはくれないでしょうかっ!!」
「お断りしますっ!!」
即決であった。
仕事も生活も上手くいかず現実逃避で「そうだ、小説でも書いてみよう」と書き始めました。ですので小説書きの「イロハ」も知りませんので間違った事していても暖かい目でお願いします。
誤字脱字、特に設定の矛盾など色々あるでしょうがご了承下さい。