始まりの物語13
「あーっ!!聖力の流入量がーっ!!待って待ってっ!!そんな流量流れたら術式が焼ききれちゃうー!!」
エルマイールの周囲を囲む幾何学的な紋様達。それはラブリーアイシスのラブリージュエルからの情報であり、エルマイールが行なう彼女の仕事でもあった。アイシスの聖力は次期女王候補だけあり絶大である。故に彼女が纏う聖法具にかかる負荷もまた絶大であったのだ。今までは安全マージンを取った調整での運用であった為問題はなかったが、現在のセッティングはアイシスの本来の力量をかなり発揮できるセッティングとなっている。現状その力も合間って金剛魔導夢想兵装体ビッグトンテッキを押してはいるが、その実、聖法衣の根幹となるラブリージュエルの方も限界ギリギリであったのだ。
「……バイパス増加、流入量抑制……あああー、無理やりこじ開けないでーっ!!放出口の拡大──はこれ以上やると強度がもたないーうううー……」
必至に周囲の幾何学文様を操作してラブリージュエルの安定化……いや、今は術式の崩壊抑制に入っていた。途端、幾つもの紋様エンブレムが赤く点灯する。
「あーっ!!あああーっ!!」
<ラブリーパワーマキシマムッ!!ラブリー…ハートフル──>
半球ドームのようにエルマイールの周囲を包んでいた紋様が、次々にその領域を赤に染めていく。激情を鍵盤に乗せるピアノ演奏者のように、エルノイールがキーボードクラッシャーのごとく激しく紋様を叩く!!新しいラインを引き文様を描き──赤く侵食され、赤い紋様を円を描くように操作し青に戻し──再び赤く点灯し、
「ああああーっ!!もおーっ!!ラブリーアイシスの馬鹿っ!!アホっ!!間抜けっ!!ああああーああーっ!!」
<──ボンバアッ!!>
ついにエルマイールの制御を越え、赤い侵食が……決壊した。
「あー……終ったー……終ったわー……」
エルマイールが放心したように天を仰ぎ空中でダラーと浮いている。遠くから強烈な破壊音が響いてくるが、後はもうどれだけもつかわからなかった。視界に映る半透明のドームは真っ赤かだ。最早術式は自壊をはじめ時期に聖法衣も瓦解するであろう。
(アイちゃん考えなさ過ぎですー……)
眼も覆いたくなるような状況である。はたしてそれまでにトンテッキを討てるのか。
「エルマイールっ!!エルマイール!!助けてポっ!!」
声に気づき下を見れば、ポッコルが壁を伝い屋上に這い上がって来ていた。慌てて降下してポッコルのもとへと向かう。
「ポッコルー、なんでここにー……鉄君はどうしたのー!!」
「一緒に来たポよ??」
そう言ってポッコルは後ろを振り返る。が、無論壁伝いに人間が登って来る等不可能で……、
「しっまったポ!!おいてきたポよっ!!」
焦ったようにエルマイールと共に物見台みたくなったビルの下を覗けば……、
「ゲェ!!トンテッキポー!!」
数体の豚が倒れた原付を囲んでいた。それに眼を見張るエルマイール。
「アレはー……」
「分体ポーっ!!ラブリーアイシスに追い込まれたトンテッキは端末分体を用意し裏でエネルギー回収に回っていたポよっ!!」
ポッコルの言葉に顔を上げ、ビル群……いや、レンガ造りの街並みの向こうへ視線をやるエルマイール。
(だとするとー、この決着はー……)
エルマイールの危惧したことは現実となり、空から全裸のアイシスが振ってきた。
「変身……解けてしまったっ!!どうなってるんですエルマイール!!」
羞恥に顔を赤くして、手で大事な部分を隠しながら文句を上げるアイシスの姿。エルマイールは手で自身の顔を覆った。
「やっぱこうなっちゃいましたかー……。だから言ったじゃないですかーっ!!出力上昇はさせましたけど必要以上の高出力は出さないようにってえーっ!!」
「うう……申し訳ありません。兎も角直に直して欲しいのですが……」
ラブリージュエルの調整を済まされた後に確かにそう聞いていたアイシスは、詫び入れてジュエルを差し出した。
「無理ですよーっ!!崩壊前に出力を下げての変身解除したなら兎も角、無理矢理の高出力排出により内部術式がズタズタの状態なんですよー!!直の修復なんて絶望的なんですよーっ!!」
エルマイールが怒声を含めた声色で言う。それを聞いてアイシスの顔色が悪くなっていく。エルマイールの忠告を聞いてラブリーアイシスでの戦闘に固執せず、予定通りのプランで攻めればこんな事態は招かなかったのだ。
「夢生獣トンテッキはラブリーアイシスと戦いながらも裏では魔力回収に手を廻していましたー!!戦いが優勢に進められているとラブリーアイシスに思わせつつ、その実逆転のための力を貯めていたのですー……」
完全に相手の力量を見誤っていた。いまだ成長途中の夢生獣であればなんとかできると踏んでいたアイシスが浅はかだったのである。
「屋上の鍵を開けて連れて来たポよ」
「やっぱり非常口ってのは開いてないんだな……非常時にどうしろっていうんだ??」
ポッコルに連れられ正宗が合流する。外見はもとより内部まで作り換わったビル群達。戸惑いつつも屋上に上がるべく階段を駆け上ったが、その出入り口は施錠されており途方にくれていたのである。そこにポッコルがやってきて木製扉の閂を外してくれたのだ。そんな正宗だが、まず目に入るのが、
「……な、……なんで全裸なん??」
しゃがみ込んだ全裸らしきアイシスの姿であった。
「う~っ!!ううう~っ!!見ないでください~っ!!」
「……アイちゃんヘタこいて高出力出しすぎて自滅しちゃったんですー……」
「ただの露出魔っポよねー」
その肢体から眼の離せなかった年頃の正宗であったが、エルマイールの言葉がやっと頭に回ってきてとりあえず上着のシャツをアイシスに貸してやる。アイシスは弱々しく感謝を述べるとそれを羽織った。裸Yシャツレベルのエロい肢体がそこに完成したのだが、兎も角視線を魔法少女姿のエルマイールに向けた。
「アイシスさんがこんなだとすると、俺等の戦力は!?」
「……最早壊滅状態ですー……」
「短い付き合いだったポね。ポッコルは妖精界に帰らせてもらうポよ」
踵を返すぬいぐるみを即座に正宗が踏みつけ拘束する。
「ぐえぇ……ワタが!!ワタが出ちゃうポよおお!!」
「うるせーっ!!……しかし、どうなんだ!?アイシスさんが駄目なら……」
正宗が期待の眼をエルマイールに向けた。ニッコリと笑みを返すエルマイール。
「詰みましたー、なす術無しですー、投了ですー」
青ざめながら笑うエルマイールに表情の固まる正宗。
「うわあああ!!下手こいたああ!!私はこれから掴まって、くっ!!殺せっ!!ってトンテッキを罵って相手の自尊心を満足させる為だけの人形にされるんだああ!!」
裸Yシャツの痴女アイシスが突っ伏して泣き喚く。アイシスが下手こいた故、もう未来は決まったと言っていい。いずれこの街だけでなく日本という国もトンテッキのオーク帝国は飲み込んでいくのだろう……。
「いや、流石にそんな陳腐なことはしないんじゃないか??」
正宗がアイシスに訂正を求める。
「そーですよー!!いくら夢生獣とはいえ、そんな生産性のない事はしませんよー」
エルマイールも否定した。アイシスは蹲りながら怒声で反論する。
「嘘じゃなんです!!あの豚自らそう言ってきたんです!!野望だってっ!!」
「そりゃあ……薄い本やエロゲーではそういった展開が待っているだろうけど、現実問題としてそんな事してくると思うか??」
「いいえー。クッ殺せ!!……なんてゲームや漫画の中の話でしょうー??」
「エロゲーのやりすぎポよアイシス」
「クソォ!!お前達なんて大嫌いだあ!!」
メンタルの弱い貴族令嬢はまた大粒の涙を垂らして鳴き始めた。ともあれこのままでは確かに日本は終わりであろう。
「しかし、海外に逃げれば……。いや、そんな事になったら外国や国連が核ミサイルをぶち込んでくるかも……」
「そうなったところで無駄ですよー。核兵器なんて因夢空間の中では意味を成しませんしー、この銀河系を支配して力をつけ、トンテッキたちはやがてユメミールにまで復讐の手を伸ばすかもしれませんー」
ガックリ項垂れながらエルマイールが言う。因夢空間は夢の世界、その中では現実は意味を成さず、そして何もかもが確定ではないのだ。たとえ地球を破壊するような超巨大隕石が振ってきたとして、トンテッキが因夢空間を発生させれば話が変わるのだ。「そんなに大きくない、実は小粒程度の氷である」とトンテッキが望めば、忽ちにして超巨大隕石は小粒の氷へと変わってしまう。物質も、法則も、因果律すら変更し望む形に書き換えてしまう世界、それが因夢空間であり、それを操るものこそ夢生獣達なのである。
「そう!!緊急の事態ポよっ!!だからこそこのポッコルが一人危険を顧みず単身ユメミールに戻るポよっ!!早く拘束を解くポよーっ!!」
ジタバタ足の下で暴れるポッコル。正宗は一層体重をかけた。
「……な、なんか他に手は!?アイシスさんがもう一度変身して戦えば……」
正宗の提案だが、エルマイールは首を横に振った。
「ラブリージュエルだけが唯一アイシスに対応できた宝玉だったんですー。それが内部術式の破損で今は使い物になりませんー……おてあげなんですよー」
「他ので代用できないんですか??ホラ!!この間剣が何とかって言ってたじゃないですか!?」
正宗の視線に気付いた亀のようになっているアイシスは力なく答えた。
「ウルフェンの剣のことですか??あれは聖法衣込みで考えられているものだから無理なんです……」
「なんだ!?じゃあ手立てがあったのに下手こいて使い物にならなくしたのかこの貴族のご令嬢様は!!」
「…………はい、その通り……であります」
正宗の心ない一言にアイシスは再びふさぎ込んだ。
「じゃあ他は!?他のアイシスさんの力に耐えられる変身道具とかは……」
表情の引きつった正宗がエルマイールへと視線を向ければ、彼女も眉をひそめながら正宗の足の下で潰れるポッコルを見た。しかしその姿を、正宗もアイシスも……凝視する。
「そんな見つめられても何も無いポよ。最早手の打ち様がないポ」
両手を広げ、首をすくめるポッコル。
「……いや、な、ポッコル。貴方なんか光ってるんですけど??」
アイシスの言葉に正宗もエルマイールも頷いた。正宗が足をどかすと立ち上がり、身体の埃を叩き落とすポッコル。そして自らの全身を嘗め回すように見て……、
「何だコレーっ!!なんか光ってるポオオオオ!!!!」
ぬいぐるみの絶叫が響いた。




