龍獅子相搏つ10
レオライガーが居候を始めたことで状況は一変した。レオライガーがまずした事はコンゴリへの警戒であった。その為鉄家の内部に眷属を徘徊させ警戒に当たらせたのだ。下手に介入してくるのならこっちもやる気だぞ??と訴えかけているのである。正宗達としても夢生獣側の不意な強襲を恐れていただけに、見回り警備員の存在は生活に安堵をもたらしていた。たとえば今、正宗とエルマの前を会釈しながら譲る四足動物の存在である。
「おっさん顔の四足動物が徘徊しているのは違和感しかないっ!!」
「正直ー、夜中不意に鉢合わせしたらチビッちゃいそうですねー」
正宗の心からの叫びに同意を示すエルマ。
「大丈夫です、自分達役割わかってますんで……」
そう流暢な日本語で挨拶すると、再び頭を下げまた巡回に戻り去っていくおっさん顔の四足動物。
「マンティコアはー人語を理解する知能の高い魔物ですからー」
「おっさん顔なのに声が女子みたく甲高いのも違和感しかないっ!!」
見送るエルマの解説に正宗は嘆きを漏らす。マンティコアが歩いていった廊下の先からアイシスが現れ、その接近する影にビクッと距離をとると互いにお辞儀をし合いすれ違っていた。マンティコアが過ぎ去っていく先をじっと見ていたアイシスは一息吐くと、正宗達へと寄ってくる。
「……し、心臓が止まるかと思いました」
「出会い頭におっさんの顔は結構ビビるよな??」
「あれでも幼体なんですよ。成体ともなるとこの室内には収まりませんから」
「何メートルもあるおっさん顔で甲高い少女声の四足動物なんて最悪だなマンティコアッ!!」
「ま……まー、意思疎通できるということは非常に有用といいますかー、こうして警邏をしてくれているわけですしー」
レオライガーは眷属達を使い外部からの攻勢に備えてくれているのだ。いかなコンゴリとはいえその警戒網を掻い潜っての介入や画策は中々に難しいはずである。特にレオライガーの眷属達はその属性から狩人達が多い。つまり、鼻が効くのだ。
「マンティコアの警邏もですが、あちらはもっと凄いことになってます」
アイシスにつられ、正宗達も居間へと向かう。長袖でも肌寒い廊下を抜け、ドアをくぐればそこは別世界のごとく暖かい。
「これは……これは実に極楽レオ~」
そこにはコタツに両手も突っ込んで机の上へと突っ伏すレオライガーの姿があった。レオライガーの身体が巨体なだけにコタツが小さく見える。兎も角、筋肉隆々の怪物が手足をコタツに突っ込み気だるそうに突っ伏しているのだ。そんな姿を見たアイシスが、残念そうに溜息をつく。
「……まるでコタツで丸くなるネコですね」
「なんとっ!!失敬レオッ!!レオライガーはペットではないレオよっ!!崇高で孤高な戦士レオッ!!──が、いかんせんこの誘惑には抗い難いっ!!その失言は聞かなかった事にするレオ~」
「わかりますぞ、確かにこれは素晴らしいものですな」
アイシスの呆れ声にも動じないレオライガー、クロノもその向かいに座りのんびりとお茶を飲んでいる。両者共に野性味が強いだけにやはりそういった暖房器具に弱いのだろうか??彼等の横ではつけっ放しのTVの中でリポーターが暮れの街中の取材を行っていた。年の瀬という事で話題は御節や正月飾りなど迎春ムードの量販店の話題で持ちきりだ。その空気が部屋内まで来てるとも言えよう。寒い冬の外に比べ、エアコンとコタツによる暖かさは緊張すら忘れさせ、気だるさと弛緩した心持ちにさせてくれる。しかしアイシスの視線は彼等とは別方向に向けられるのだ。そこには疲れた表情を見せながら座るフラウニの姿があった。
「あの、そろそろどいて欲しいのですけれど??」
フラウニが膝の上に乗っていた物体を退ける。すると、別の個体がスルリと変わりに彼女の膝の上に陣取っていく。退けられた個体も一鳴き抗議すると、構わずフラウニの肩に飛び乗って身を寄せるように頬へと顔を擦り付けた。
「はわわわわ……」
「……フラちゃんは相変わらず色んな生物に好かれますねー」
羨ましそうなアイシスの吐息を聞きながらエルマは溜息混じりに状況を見る。フラウニに擦り寄っていっているのは猫の様な生き物だ。彼等が猫と違うところはその尾の数であろう。二股に分かれた尾を立てた猫達がフラウニに群がっているのである。
「あれで本当に役立っているんか??」
「そのようですー。マンティコアが警邏しつつー、猫又がー警戒網を敷く。あの子達はレーダー役のような物ですねー」
正宗の問いかけにエルマは頷いて見せた。波長がいいのか猫又達はフラウニに群がってはいるが、その髭と尾は常にピクピクと細かく動いている。それ等を使い鉄家周囲の監視をしているらしかった。
「眷属を使う夢生獣か。確かにこうりゃもう軍隊で一国家戦力だな」
正宗が足元に近寄ってきた猫又を掬い上げる。喉を擦ってやればゴロゴロと鳴らし始めていた。それを高潮した顔で眺めているアイシス。ジリジリ間合いを詰め、ついでに圧も強めてくる彼女に猫又の髭がピクピクと動き、逆にその毛を逆立てていた。
「私にも少し……」
「ニャッ!!」
撫でようと伸ばしたアイシスのその手をバシッと猫パンチで弾き飛ばすと、猫又は音もなく正宗の腕の中から飛び降りてフラウニの方へと歩いていった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「そうなのですよー、只でさえ夢生獣だけでも厄介なのにそれを補佐する眷属達ー。その眷属達はー、この子達のように強力な魔物でもありますしー、その数は計り知れませんー。夢生獣相手にー世界規模で挑む理由はそこにもあるのですよー」
夢生獣はその力で眷属達を生み出せる。力を取り戻した夢生獣は正に大多数の眷属を従えた王なのだ。人などより遥かに強力な猛獣や魔獣を従えて、いまある世界を彼等色に塗り替えて、彼等だけの王国を築き上げる王。王と数多の配下、それはある意味一つの国であり、それは最早一つの世界であるとも言えるのだ。そう、そうして夢生獣は世界を跨ぎ、そしてまた蹂躙し、侵食し、築き上げ、己達の理想郷へと染め上げ勢力を拡げていくのである。
「……そんな危険なのなんで封印なんかしてんだ??さっさと滅しちまえば良かったんじゃないか??」
「そうもいかないんですよー!!夢生獣はただでさえ強力ですから撃破封印するだけでも困難なのはマー君だってわかるでしょー??仮にその上で滅する方法があったとしてー、その場合どうなるのかは未だ未知数なんですよー。あんなワケの分からない物体ですからー……」
殺せる方法があったとして、その夢生獣の中に溜まっていた悪意が解放される……或いはその夢生獣の力が拡散してそこらかしこに眷属が乱立発生する……、考えられないことではない。どんな損害被害が生まれるかは想像できない。完全消滅などアルヴァジオンの超常的な力でならいざ知れず、ユメミールでもそれだけの大火力は保有していないのだ。下手に刺激する位ならば封印しておけばよいとなるのは当然といえた。そこでユメミールがとった方法が封じつつ長い時間を掛けて力を奪い続けていく……やがて力を失い消えるかもしれないし、封印状態での消滅であれば力の拡散の予防できるという物であった。結果、各異世界に対し影響の強い世界であるユメミールがその封印体を一挙に預かり、封印監視する構造が出来上がったのだ。
「ユメミールも大変なんだな」
「お母様は上手く運営してくれていましたー。近年では過去一で力をつけたといえるでしょー。ですがーっ!!わたしは継ぐつもりはありませーんっ!!」
この地球での戦いに相当疲労しているのだろう、エルマはこの件が終ったら政務や使命といった物から逃げる気満々であると公言していた。聖士称号を返上し、一市井としてのんびり今後を過ごすのだと日々愚痴のようにこぼしている。
「ん??どういたしましたの??」
そんなフラウニの戸惑いの声に意識と視線を彼女に向ける一同。すると、フラウニに群がる猫又達、いや、部屋にいる全ての猫又達が一方向を凝視している。
「ムッ!!どうやら猫又達が何かを感じ取っているレオ、何かが接近してきているレオよっ!!」
レオライガーもその身を起き上がらせる。その言葉に正宗達に緊張が走った。この現状、迫り来る脅威と言えばコンゴリ以外にありはしない。ともなれば相応の戦いは覚悟しなければならないのだ。しかし、そんな正宗達とは別に、居間に突入してきた人影がある。
「ど、どうした??親父!?」
顔を青くして今に飛び込んできた忠典の切羽詰った表情に、正宗達の意識は集中され視線を集めていく。
「け、警察から今電話があった。家の外、庭にユキヒョウらしき姿を見たって通報があった……って。だから再度の連絡があるまで外出はせずに出入り口の施錠をしてじっとしていろ……って」
息を切らしながら絞り出したその忠典の言葉に、正宗達の視線がレオライガーへと移る。レオライガーは明後日の方向を向いて視線を合わせようとはしなかった。
「何考えてんだっ!!そんなのが庭にいたら通報されるに決まってるだろうが!!」
「警護っ!!警護のつもりだったレオッ!!流石に魔獣や妖怪はまずいと思ったレオから現実味の在る脅威として門番に指定したレオッ!!この寒さだから寒地に強い眷属にしたレオよっ!!」
「まったくのありがた迷惑だなっ!!ってことはなんだ、今こっちに接近してるヤツってのは警察車両とかかっ!?」
動物園の職員や猟友会の者達と一緒に警察車両が向かっているのだろう。最悪マスコミも一緒の可能性すらある。
「どどどどーしましょーっ!!もー時間はないですよー!!」
「今更眷属であるユキヒョウの姿を消した所で、山狩りは必至……となりますよね??暫らくは外出禁止か安全が確認できるまで避難退去と言う事も……」
焦るエルマに冷静に状況を分析をするクロノ。確かにユキヒョウがうろちょろしている可能性があるともなればこの辺りの徹底調査と外出禁止が言い渡されるであろうことは想像に難しくない。そしてマスコミがそれを報道し、日本中の注目の的となる、それは……それは不味い。
「ユキヒョウを消してメインクーンを配置しろっ!!見間違い、勘違いでしたっ!!で済ますんだっ!!」
正宗は咄嗟に解決案を出した。異様にでかい猫が庭にいたのだ、あまりの事に近所住民が見間違いをした……コレで通すつもりだった。しかし、
「だ、駄目レオ……もう先発隊が到着しているっぽいレオ」
猫又がレオライガーを見つめ、それを受けたレオライガーが正宗へと情けない声で告げる。流石に専門家達などに目視されているとなるとそれを覆すのはなかなかに難しい。素人の見間違いでした、が通じないとなれば……、
「……書き換えろ」
搾り出した正宗の声にユメミールの者達がビクリと反応する。
「警官達の認識を書き換えろっ!!外に居たのはユキヒョウではなくたまたま預かり飼っていたメインクーンだったとなっ!!」
「不必要な認識の書き換えなどは、どう考え致しましても……」
「ユメミール法的にも世界間法的にも完全違法ポっ!!……けど、この際贅沢は言ってられないっポ!!」
フラウニが呟くもポッコルが斬って落とす、話しが決まれば直ぐに正宗はレオライガーを見た。レオライガーは無言で頷くとバチンと勢い良く指を鳴らす。途端に虚空に紋様が浮かびあがり、広がりながら消えていった。
「認識改変の準備は完了レオよっ!!」
人間や周囲への認識改変、書き換え塗りつぶしは夢生獣の十八番だ、準備の速さと効果については疑う余地もない。ニャーニャーと湧き叫ぶ猫又達。さらに車両が向かってくるようである。
「さーさーマー君は上手く誤魔化してくださいねー。それに追従する形で術式で補正をテコ入れですー。もちろんアイちゃんはマー君の補佐でー」
エルマに急かされると、正宗とアイシスは急ぎ外へと飛び出した。
「うっ……わ……」
視界に映るのは結構な数の車両、鉄家の敷地の向こうはパトカーやバンなどの車両、そして人でぎっしりだ。ただ、対象を刺激しない為か赤色灯は廻してないしサイレンなども鳴らしていない。しかし、視線を移せば猟銃を携帯している人達がいるし、専門家らしき人と警察とが意見を交わしていた。その中の一人が正宗達の姿を視認したようだ。直ぐに警察が拡声器を取ろうとしたが、他の者に静止させられる。
(正宗、何やら身振り手振りで合図してますが??)
(よくわからんがおおかた家から出るなとかそんなだろう……、ユキヒョウの方は??)
顔を動かせば確かに寝転がっているユキヒョウが3匹いる。しかし寄ってきた部外者に警戒しているのか、その顔と意識は警察達の方へと向いて動かない。
(よしっ!!とりあえず俺が誤解を解いてくる。その間にお前はユキヒョウと戯れるんだ。向こうにはデカイ猫のメインクーンと戯れているように映る筈……で、あってるよな??)
(その……筈……です。作戦は心得ました)
アイシスと頷き合うと正宗はゆっくりと笑顔で警官たちに向かって歩き出した。動物は動くモノに反応する傾向が強い、それを知ってか警官や猟友会の面子に緊張が走る。即座に射撃姿勢をとる者もおり現場は忽ちにして凄然とした空気に包まれた。しかし、同時に正宗も恐怖に襲われていた。それは向けられている猟銃の銃口。勿論照準は正宗でなくユキヒョウに向けられているのであろうが、銃口を向けられている正宗からしたらそれは誤差でしかない。
(リアルに銃口を向けられる日が来るとは思わなかったよっ!!)
銃社会ではない日本では考えられない状況である。とりあえず恐怖を押さえ込みつつ、できるだけ明るい声で声を張る。
「どーもすいません。何か勘違いがあるようですけど、アレ等はウチが今預かっているメインクーンで図体は大きいですけど猫ですよ~」
「何を言ってるっ!!体躯にあの斑点模様、どう見てもユキヒョウに……ユキヒョ……」
視認していただけに専門家らしき人物の声色が徐々に小さくなっていく。彼はユキヒョウであると確認したはずである。それが今、何故かメインクーンにしか見えないのだ。どこをどう見てもメインクーンに見えるわけだ、戸惑い言葉をなくす筈である。猟友会の面々も、狙っていた対象が急に姿形を変えたので目を擦ったり瞬きを繰り返したりしている。
「ホラホラお前達、可愛い奴等ですね~」
アイシスがユキヒョウを招き寄せグリグリと撫で始めた。ユキヒョウ達はじゃれ合う様にアイシスを舐め噛り付いていく。
「うわっ!!思ったより舌がジョリジョリしてる上に……物凄く生臭いっ!!」
ユキヒョウたちに囲まれ、さらにアイシスはその三匹にベロベロに顔を嘗め回されている。
「イ゛ッ!!イテテ……こらっ!!歯を立てない、おのれ貴様等っ!!」
遂にはグルルと唸り声を上げながらユキヒョウ達はアイシスに噛み付いているのだが、全くもってそれも気のせいだろう。
(そんなユキヒョウを殴りつけているが、気のせい気のせい……)
大型のネコ科の噛み付きでも大丈夫とかユメミール人怖い……いや、アイシスが特殊すぎるだけなのか??兎も角過激なコミュニケーションをとっているアイシスとユキヒョウを見やり視線を警官たちへと向けてみる。彼等はポカンと口をあけつつそれを空ろに眺めている。
「あ……ああ、メインクーン……メインクーンかぁ」
「なんだ……ただの……勘違いかぁ」
まるで夢を見ているみたいに目を曇らせた警官達はそのまま帰り支度を始め退去していった。最後に去っていく車両を見送り、
「な、なんとかなった……」
「庭の猛獣による警邏警戒は却下ですね、ほらっ!!お前達室内に戻りなさいっ!!」
正宗が一息ついている間にユキヒョウ達を下したアイシスが指示を出す。ユキヒョウ達はニャーと鳴き上げると渋々室内へと向かっていくのだった。




