龍獅子相搏つ5
それぞれがバタバタと活動していく中、居間で一人座る忠典は不思議な感覚でそれを眺めていた。
(去年は静かなものだったのに、……けど、存外こんなのも悪くないね……)
アイシス達の話を聞く限り、自分の息子は命を懸ける戦いをしている……らしい。当然にその事には反対なのだが、どしようもなく巻き込まれ、いかようにしても襲われる立場では自衛すべく闘うほか手段がないのだ、その事には理解したつもりだ。正宗達の追い込まれた現状では、彼等の言い分は尤もであると言えたのだ。
(しかしその責任を、息子同様の年端のいかぬ少女達に押し付けるなど……いやはやなんと大人気ないことをした事か……まったくもって恥ずかしい)
自身の起こした言動に恥じ入る忠典。アイシスやエルマは自身の息子正宗とそう歳が離れているようにはみられない。フラウニに関してはさらに幼く見えるのだが、忠典は彼女等に「息子が危険な目に合う位なら貴方達が代わりに命をかけてくれ」と言い放ったのだ。大人として、同じ人間として、言っていい言葉ではなかったと猛省している自分が居る。
(だというのに彼女等は、正宗の為を思って行動してくれている……ありがたいことだ)
失礼なことを言ったのだから蔑ろにされても仕方が無い、そう思っていたのだが彼女達の心根に助けられている。
(一体どちらが大人なのかわからないな)
まぁ、彼女達の本心は正宗とアルヴァジオン頼り且つ、生活環境の確保が最優先なのだからそれもその筈ではあるのだが。その事は忠典のあずかり知らないことの為割愛する。しかしそんな忙しなさに満ちた家の中の雰囲気が嫌いではないと忠典は感じているのだ。去年まではただTVの音だけが響いていた鉄家の居間は、今、人の気配に満ちているのだから。
(暫らく……忘れていたな)
誰かが、友が、家族が居てくれる。その雰囲気、その居心地の良さの中に身を置く忠典。浸っている彼の前に、湯飲みがそっと置かれた。白く湯気を立て、暖かそうな緑茶の入った湯のみ。ふと顔を上げればそこには黒髪の犬耳を付けた青年が居た。眼が合えば、黙礼で済ませてくる青年。
「すまない、有難う」
「いえ。なにやら思いにふけっていたようでしたから、息抜きのお供にと」
そう笑顔で言われ、茶をあり難く頂く忠典。一息つくと、その心中を吐露し始めた。
「いやね、こうした騒がしさ……いやうるさいとかではなくてね。家庭の喧騒っていうのに身を置くのは久々だな……と思いまして」
そうして話し始めた内容に興味を引かれたのか、エルマとフラウニも休憩とばかりに座り聞き手に参加する。
「亡き妻との思い出を残したくてこの家を買って、その資金繰りのために海外を飛び回って……、残された息子との時間なんて逆に年にこうして一週間程度しかもてなかった。それが今、こうして皆さんと過ごして家族という暖かさを感じて……私は一体何をしていたんでしょうね」
本末転倒……とでも言うのであろうか??亡き妻の思い出を護りたくて今の家族を蔑ろにしている。忠典はその在り方に、歪んでしまっている鉄家の現状に気付き自身を嘲笑していたのだ。
「失礼ですけどー、マー君のお母様はー……」
「ああ、あいつが6歳の頃病気で……ね。私が転勤族だった為に、気付けば思い出になるような出来事も家も何もなかったんですよ。転勤転勤で、アイツは友達もろくに作れなかった。ここに落ち着いたかと言えば私は海外で家の事、あの子自身の事も押しつけたままで。ただ、かつて妻が働いていたこのホテル、私と妻が出会ったここを残したいって我が儘のせいで今も多大な苦労をかけているな、と」
忠典は懐かしむように天上を仰ぐ。
「立ちゆかなくなって売りに出されていたとはいえ元がホテルでしたからね、各部屋や施設の維持に清掃、それらにかかる費用……立ち行かなくなるのは目に見えていました。けど、そしたらアイツが一人でここに住むといい始めまして。幸いにして資金面は海外への転勤でここを維持できるくらいの金も工面出来ることがわかりました」
「それで正宗さんがこちらで一人で暮らし、お父様が海外で勤続する形となったのですわね」
フラウニが納得いった様に頷いている。
「最初はヘルパーや同僚や知人に頼んでアイツの面倒を見て貰おうとしていたんですが、今ではすっかり全て一人で出来るようになって」
しかし忠典の表情はよくはない。
「ですが、思えばなんと情けない父親であった事か。結局アイツに甘えて、苦労を掛けてばかりで、本当に申し訳がない」
正宗が一人でアレコレとこなすのをいいことに、父親としての責務を全く果たせていなかったと恥じ入る忠典。だが、クロノはその事に関しては首を捻っている。忠典はそんなクロノが気になり視線を向ける。それに気づいたクロノは自身の考えを吐露しだした。
「そもそも私が生きてきた環境とかが違うので参考にはならないかもしれませんが、忠典殿の努力により正宗殿は何不自由なく衣食住を用意されたのですから、それだけで十分だと私には思えるのですけどね」
「そう、でしょうか??」
「私の住んでいた世界ではある程度歳を重ねたら一人で生きていく、その程度当たり前でした。独り立ちさせるべく子供には一切援助すらしない家もあります。自然界において最後に頼れるモノは己自身、人間における自然界とは人の営みそのもの。だから生きる為の道や術は自分で見つけ身につけろ、出来ない者は淘汰されて当然……そういった家庭環境の方が多かったですね」
「ドーベルは確かにそういった風潮ですねー」
「ちょっと考えただけでも、この日本は恵まれていると思いますわ。TVで見ていても、もっと幼少の頃から働かされる国も、下手すれば闘わさせられる国もこの星にはありますわよね??」
「……そう言っていただけて、少し救われる気持ちになりました」
彼女達が気遣ってくれていることは忠典も理解している。世界から見ても、子供がひとりで、女性が夜に外を歩ける日本と言う国はそれだけでも素晴らしい国なのだろう。ただ、その日本と言う国の中では、忠典は自身の役割を全う出来ていないのではないか??と恥じるのだ。父子家庭とはいえもっと違うやり方はあったであろう。
「まぁ、アイツがこの家に思い入れ、執着してくれているのはそういった事からです。アイツは私と妻との思い出を護ろうとしてくれている、我が息子ながら……なんと言うか良く出来た息子と言うか……」
そう照れる忠典へ暖かな笑顔を向けるエルマ達。
「そういえばエルマさん達は正宗とは結構長い付き合いになっているという話ですよね??実際アイツに友達とか、彼女とか浮いた話し聞いた事は無いのですか??」
忠典の切り返しにエルマとフラウニの動きがピシリと固まった。そんな話題、正宗から振られた事も感じた事もない。なんだったら正宗は学校でのこと、それこそ男友達の話すら彼女達にしないのだ。つまりは参考にする異性として相談された事もない。逆に、クラスの誰々さんはこうだとか比較され、何故か溜息をつかれ視線を外される事の方が多い。そしてそれが存外にプライドを傷つけてきていた。
「話しは聞かせてもらったポッ!!面白い話題をしてるポねっ!!」
「出ましたわね恥を知らない下衆な糞妖精っ!!」
「なんでユメミール人はこんなのと仲良くしているんですか??感性を疑いますね」
机の裏から首を飛び出させたポッコルへ、フラウニやクロノの冷めた視線が突き刺さる。
「……なんとでも言うがいいポ、ただポックル達妖精は己の快楽、欲望のために邁進するだけポッ!!」
「キリッとした顔でー、とんでもなく糞な発言してますねーこのゴミ虫達はー」
「わたくし、一度女王に妖精族との付き合い方を真剣に再考してもらうよう打診した方がいいと考えておりますの」
最後のフラウニの言葉には誰も否とは言わない。そんな事は知らぬとばかりにポッコルは机の上に降り立ち朗々と語る。
「今日は奇しくもクリスマスポッ!!この国ではこの国の文化でも宗教でもないクリスマスを取り入れ独自進化させた結果、今日クリスマスという日はカップル製造日といっても過言ではなくなっているポ。まぁ宗教関連をそこまでイベント化して愉しむ国民性もどうかとはポッコル思うポが、他宗教であろうとそれを理解する為にお祭り化して愉しめるその懐具合には正直感服するところポ」
そしてポッコルはTVを指示す。画面の中はクリスマス一色で、ザッピングしてもどの局もクリスマス、クリスマス、サスペンス劇場に、クリスマスである。イルミネーションに飾られた景色の中を、カップルが楽しそうに歩いている。それをレポーターが羨ましそうに取り上げていた。
「盛り上がるシチュエーションッ!!周囲の雰囲気に後押しされ、街をゆく二人は付き合う事が確定した約束事となる日ポッ!!そんなっ、そんな今日この日にっ!!今正宗とアイシスは二人っきりで出かけているポッ!!」
「ええ、わたしがアイちゃんにー、常にマー君の護衛をするようお願いしましたからねー」
二人一緒なのは当然と言えば当然と言えた。
「そんな二人に何かないわけがないポと??きっとあるに決まっているポッ!!」
「妙にポッコル殿は力説しておりますが、そういった気配といいますか雰囲気は、いままでお二人にあったのですか??」
クロノの疑問だが、息子の恋愛関係とあってか忠典の方も興味津々となっている。だが、エルマの顔色は決してよくない。
「あるはずも無いポッ!!あの朴念仁はアイシス達に頭から足先まであらゆる面で異世界人なのだからとまるで宇宙人扱いだったポッ!!」
「あーその、なんと言うか、息子が申し訳ない」
ポッコルの発言にクロノと忠典が視線を逸らす。言ってる内容は確かにその通りなのだが、女性に対してそれは大変に失礼に値することなので反応に困る二人。
「しかしそれも今日までポ。周囲の同調圧に押され二人がくっ付けば、ユメミールはアルヴァジオンという超パワーを手中に収めたも当然ポよっ!!そうすればそれ即ちポッコルの手柄ポッ!!」
「なんか息子の恋愛に政争が絡んできて凄い複雑なのだが??」
「しかも何か関係ない邪な私利私欲の感情が混じっておりますね」
叫びあがるポッコルを微妙な顔つきで眺める忠典とクロノ。そしてその興味から話題をエルマ達へと向けた。
「しかしもし仮にそうなったとして、ユメミールの方では大丈夫なのですか??確かアイシス嬢はかなりのご身分のお家柄だった筈では??」
そのクロノの言葉に仰天するのは忠典。
「かなりのご身分のお家柄!?一体どういう??」
「アイシスはユメミールの大貴族のご令嬢ポよ。ちなみにそこのエルマは女王の一人娘ポ」
ポッコルの発言にさらに目を剥く忠典。女王の一人娘と言われれば王女である。ヤバイ身分の方達に失礼を欠いたと身を正そうとするがエルマがそれを笑って制す。
「別にかしこまらなくとも結構ですよー、この星では戸籍無しの無職ですからー。それにですねー、多分ですけれどダイキス家の方々も何も言われないと思いますよー。何せあの聖力に戦闘力ですからねー、是非とも血縁に入れてその資質を子孫に引き継がせようとするんじゃないですかねー」
「あなた自身は正宗さんの事どう思っていらっしゃいますのエルマさん??ユメミールでの貴方を見ている限り、かなり気に入っていらっしゃるようですけど??」
「わたしですかー??わたしはマー君の事好きですよー。それこそ隅々まで調べ上げてその神秘を探り出したいほどにー」
エルマの何とも言えない、少し寒気のする物言いに視線をフラウニに向ける忠典。
「わたくしですの??わたくしと正宗さんではオネショタになってしまいますわっ!!」
少し頬を赤らめて言うフラウニに困惑する忠典。
「この子は何を言っとるんだ??」
「あー……忠典殿、実はこのフラウニ嬢が三人の中で一番ご年配なのですよ」
忠典の疑問にクロノの回答が突き刺さる。二人の頭にはフラウニの拳が突き刺さるのであった。




