龍獅子相搏つ3
自室に荷物を置いて居間へと戻ると非常にピリピリとした空気が流れている。緊張、不安、疑心、欺瞞、様々な感情が心の中を走り互いに相手の出方を様子見、牽制している感じである。そして上座、そこに座るのはこの鉄家の本来の主。
「……来たか正宗。まずそこに座って詳しい話をしなさい」
さっきまで簀巻きにされ芋虫となっていた中年オヤジが威厳を取り戻す為か声を低くして会話を切り出してくる。指し示された対面に座りながら、どう説明した物かと思案する正宗。結局、
「そうだな、こいつ等は居候している異世界人で、そんで今俺は世界平和の為に闘わされている」
「「「「「…………………………」」」」」」
ザックリと説明した正宗。だが、その反応は互いに似たようではあった。アイシス達はいきなりの真実暴露に固まり、中年オヤジは理解の範疇を超えた内容に眉を寄せ固まっているという意味だ。正宗はただ一人急須にお湯を入れ湯飲みにお茶を注ぐと、ゆっくり一口飲む。瞬間、中年おっさんが机を勢い良く叩いて吠えた。
「……ふざけてるんじゃないっ!!この方達は一体どういう人達なのかちゃんと説明しなさいっ!!」
怒鳴られた正宗は深く溜息をつくと手を固まる一同へ向けた。
「異世界ユメミールからいらっしゃったのがこちらの女性三人、こちらの男性はユメミールとは別の異世界ドーベルってところから来てる。で、帰る手段がないのと、この世界を含んだ平和のための闘いに身を投じている方々って感じだ。ついでに言うとこのぬいぐるみも実はぬいぐるみじゃなくて妖精と言い張っている」
帰って来た息子の珍回答にこめかみを押さえる家主。しかし正宗は動じる事無く続けた。
「アイシス、お前がさっき簀巻きにしたこのオッサンは俺の親父で鉄忠典という。まぁこの家の本当の家主だな」
「ヒィヤアッ!!先程はご無礼を致しましたっ!!私はアイシス=ニール=ダイキスッ!!若輩で文無しの身でありながらご子息様のご厚意によりご厄介になっている者ですっ!!」
忠典の横に滑り込む様に土下座で入り挨拶をするアイシス。よほど家主の機嫌を損ねて放り出されるのを恐れているらしい。忠典の方も自身の息子と同年代らしき歳格好の北欧系美女に土下座謝罪をされていたたまれず、居心地が悪そうにした後頭を上げるよう即しているではないか。
「……ちょっと正宗さん、いきなり本当のこと言って大丈夫ですの??」
「と言ってもなぁ。結局のところ誤魔化すのは限界があるし、現にこれとか居るし……もう実際いろいろ手の内見せた方が誤解を招かなくて良いだろ??」
そう言ってポッコルを顎で指す正宗。ポッコルは机の上に座っている状態で微動だにしてはいないが、ダラダラと変な汗をかき水溜まりを作っている有り様だ。
「……なぁ正宗、お前頭がおかしくなってしまったのか??父さんには彼女達が異世界から来たとしか聞こえないんだが??」
「実際そう言ったんだよ。……ほら、そこのクロノさんなんて耳と尻尾があるだろ??」
正宗に言われぺこりとお辞儀をするクロノの頭にはオオカミのような耳と、尾骨の上辺りから尾っぽが垂れておりユラユラと揺れている。実にオオカミ……というよりも犬犬しい。
「……特殊メイクや特撮じゃないのか??」
「直に触ってみろよ、体温あるから暖かいぞ。で、おいポッコル、もういい加減観念して動け」
「このクソ正宗今話しかけるんじゃないポッ!!もっとそっちの話がまとまった頃、割れ物を労るようにこっそりちょろちょろとポッコルの存在を臭わせてくれればそれでいいポッ!!」
ガッと否定するぬいぐるみ、それを見て顔を引きつらせ、その奇っ怪なぬいぐるみを指さして視線を向けてくる忠典。
「最新の……おもちゃだろ??リアルな動きだな」
残酷にも正宗は首を横に振る。当のポッコルはまだバレていない、大丈夫!!という感覚なのだろうか??再び置物のぬいぐるみのふりをし始めた。その姿をみて正宗は溜息をつきつつも、名案を閃くのだ。直ぐさま、事の成り行きを息を飲んで見守っている聖士達に顔を向けた。
「誰か変身して見せてくれよ、そうすりゃもう少しは現実味も増すだろ??」
その正宗の提案にユメミール女子三人が恐怖に駆られるっ!!ともすれば直後からもの凄い目線でのやり取りが開始され始めた。張り詰めるような緊迫感っ!!冷や汗を掻きながら彼女達の応酬は続く。それを見たクロノが正宗の横に来る。
「……正宗殿??何やら不穏な空気が流れているようですけど??」
「正直アレを堂々と人前で披露するともなると、いろいろあるんだろうよ……」
「??」
良く解っていないクロノが首を捻る。
「……何を見せてくれると??どういったものなんだ??」
「ちょっとした楽しい余興だよ」
「ほぅ……」
正宗の言葉に忠典も興味を示し眼鏡をかけ直す。正宗、忠典、クロノの視線を受ける聖士達の視線の応酬は一層の激しさを増し、三人とも無言のまま立て膝をつきながら手で取っ組み合いを初めている。会話も念話もない、ただ視線だけで意思疎通し、己の尊厳を護る為に残りの者にその醜態を晒せと押しつけ合っている。最終的に、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
ジャンケンに負けたアイシスが心からの叫びと共に畳の上に這いつくばった。慟哭と共に自身のチョキを凝視しつつその右手を振るわせて、更にはバンバンと畳を叩いて嘆きを上げてる。エルマとフラウニは立ち上がり、感無量とばかりに両拳を天高く掲げ上げていた。
「さー、アイちゃんー!!ユメミールの聖士の本気をお父様にお見せするのですよーっ!!」
「流石はアイシスさんですわ。貴方こそナンバーワンですわっ!!」
変身を免れたエルマとフラウニは最高に嬉しそうにアイシスを煽っている。遂にアイシスは顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「あああもうっ!!やるっ!!やってやりますっ!!やればいいんですよねっ!!ポッコルッ、解錠要請っ!!」
「……本来はこんな事に許可は出せないんだポけど……、アイシス!!お前の勇気に応えるポッ!!」
満面の笑顔のポッコルに顔をしかめるアイシス。この妖精族という種族は人の嫌がる事に関してだけは嬉々として協力したがるのだ。
「聖力全開っ!!チェンジモードパラディンッ!!」
「ラブリーエナジーフルパワーっ!!ラブリーアイシスモードパラディンッポー!!」
アイシスの力を受けたポッコルが光り輝く鍵を造り出す。その鍵がアイシスの胸に光るネックレスに挿入され、部屋を覆い尽くすほどの輝きが溢れ出すっ!!光の粒子は帯となり、そして彼女を包み着飾っていく。煌びやかな衣装は乙女の戦闘服。ファンシーなリボン、洗練されたレース、全てが彼女の防具であり武器であるっ!!クルクルと回転し全てを纏った少女は光の拡散と共に女神となって降誕するっ!!
「ラブリーアイシスモードパラディン!!愛の名の下に……浄化しますっ!!」
ポーズを決める彼女の前にはニッコニコの一同達。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」
ブワッと吹き出したのは涙か心の汗か、そうして愛の名の下に彼女の魂は浄化されたのだ。
「瞬間着替えするコスプレ少女か……なかなか業の深い趣向だな」
「バッカにするなクソ共めッ!!みんな死んでしまえええっ!!」
忠典の無慈悲な一言にラブリーアイシスは呪詛を吐きながら飛び出して行ってしまった。それを見送りながら、忠典は俯きながら乾いた笑いを見せていた。
「そう、なのか。お前達の言っている事は、なんというか、本当なんだ……な??」
「ああ、残念ながら……な」
素っ頓狂な現実をなんとか理解しようとする忠則、それを後押しする正宗の言葉になんとか飲み込むしかない。そうして正宗は事の顛末を話し始めた。勿論、要所要所ではエルマとフラウニが補足を入れてくれている。しかし、話せば話すほどに忠典の顔は険しくなる。
「駄目だ駄目だっ!!子供に命なんてかけさせられるかっ!!エルマさんといったな??その、なんだ、君達で何とかならんのかっ!!」
恫喝するような忠典の物言いだがエルマ達は返答できなかった。彼女達とて既に持てる手段は無いのだから。それはこれまでの闘いから正宗は理解している。しかし忠則の、自身の子が命をかけた闘いに身を投じている……その事に憤慨しなんとかしようと努めてくれている、その想いと心もわかるつもりである。
「親父の気持ちもわかるし有り難い。けど、どうしようもないんだ……ないらしいんだ……ないんだよ」
「そんな事はないっ!!何か別の──」
「そんなのがあれば嬉しいんだけどさ、実際こっちが拒絶した所で怪物の方から寄って来るから、実際もうどうしようもねーんだよね……ハハ」
正宗は眼を覆いながら本当に、心底残念そうに、かなり諦めた極致の乾いた顔でそう告げる。そんな息子を見て視線をエルマに移す忠典、説明を求めているのだ。
「はいー。そのー……マー……いえ、正宗君のその才能と言いますかー、能力と言いますかー、兎も角それが関係するのかー、アチラ側……わたし達と敵対している存在に発見されて求められてしまってる兆候が見られるんですー」
「豚は臭いでやってきて、魚は唐突にやってきた。牛なんて眷属連れて大移動してきたんだ……」
「ぶ、豚に魚に牛か……そりゃ大変だったな……」
状況がまったくもってこれっぽっちも想像も出来ない忠典の、困惑しながら絞り出した慰めであったのだが、芯に響いたらしい正宗は大きく大きく頷いた。
「マジでっ!!マジで大変だったんだよっ!!本当は俺だってどうしても、なんとしてもこいつ等に全てを擦り付けたいんだっ!!……だけどどうもそれは叶わない願いらしい……」
俯きながら言う息子のどす黒い人でなしの部分に、横に座っている少女二人と男性一人、そしてぬいぐるみを直視できない忠典。あまりに辛辣で酷い言いように気分を害されてないかと心配したのであるが……どうやら彼女等は自分達が追い出されないか??その事の方が重要な心配事の様子である。
「つまりその……危険は無い……のか??」
「危険だよっ!!危険だらけだよっ!!ついこの間なんか一回死んだんだぞっ!!でもどうしようもないっ!!逃げ場すらないんだっ!!」
血涙を流しそうな切羽詰まった狂気の息子の顔、更に一度死んだとまで聞かされれば、父親としての意識が奮い立つっ!!
「そんな事はないっ!!絶対に方法はあるっ!!何処に匿って貰うとか、警察とか自衛隊に──」
「そこのラブリーアイシス、ちょっと世界眠らせてくれ」
忠典の声とかぶるように、正宗は外で聞き耳を立てていた少女に向かい声を上げた。
「──頼ったってい……ぃ……………………へ??」
その違和感、その激変に続ける声を失い惚ける忠典。急激に暗さを増した視界、刺す様に冷える肌。それもその筈、そこは満天の星空の下。鉄家の居間で話し合っていた彼は今、鉄邸のある山の頂に座っているのだ。山頂の岩場は鉄邸の裏にある登山道を更に昇ったところにあるあまり人気のない観光スポットの一つ。見晴らしの良い展望台のようになっており、晴れた昼などは眼下の町は勿論周囲の山や港方面の湾を一望できるのだ。夜に染まる今の時間帯では空を覆う星々のように、人々の営みの光が運河のように灯され平野へ広がっているのが美しく見える。そして忠典の眼前の岩に立つのは自分の息子の姿。その横に黒髪の男性が傅き、奇っ怪なぬいぐるみがふんぞり返っている。彼等の上には満天の星の海。その海に揺蕩うのは三人の魔法少女達。彼女等は、光の尾を引き夜の空を滑るのだ。
「…………」
あまりにも衝撃的な変化に感覚が付いてこない。ただただ、視界に映るその夢のような光景を眺めながら、話に出てきた世界の観る夢の世界の事を思い出す。そこは時も、事象も、意のまま思いのままの夢幻の世界だという。
(これは……致命的だ……)
そう、たった一瞬で、声を出しているその間に、忠典は身体ごと移動させられのだ。鉄邸から山頂まで登ろうとしたのなら、大人でも最低15分は掛かるであろう。それをまさに刹那の瞬間にやって見せたわけで……それも忠典自らに気づかれることなく。警察や自衛隊に協力を求める??そんなものは意味をなさない、そう突き付けられたのだ。正に致命的、致命傷だ。この瞬間、忠典は息子達の話に反論する全ての言葉を失ったのである。そして、そんなどうしようもできない事態に息子は巻き込まれてしまったのだと理解した……いや、させられたのだ。
「どう……やったんだ??」
正宗が上空を仰ぎ見ればエルマが空に映像を映し出す。天体スクリーン??立体映像??はたして忠典にはその手段も技術も予想が付かないでいる。ただ、そこにはクロノが固まった忠典を担ぎ登り、正宗が魔法少女達に急かされながらクロノの後を追う姿があった。ふと息子に視線を向ければ、必死で平静を装いつつも、荒い息を深呼吸で整えているのがわかった。信じ込ませる為とはいえ、闇夜の山中を走り昇るといった身体を張った息子には同情する忠典。
「なんだ、その、ホントお前いろいろ大変なんだな」
「そうなんだ、後寒いから早く帰ろう」
因夢空間は連続展開出来ない。その事に愕然しながら凍えるような寒さに耐えつつ急いで家へと帰る正宗と忠典。何故外の、しかも山頂なんかにしたのだろうか??
「後先考えず、見栄えだけで先走った結果、夜の山道を震えながら急いで下山とかっ!!優秀な息子を持って幸せだよ私はっ!!」
「考え無しでわるーございましたっ!!もっと想像力や理解力が高い親ならこんな事しなくて済んだんですけどねっ!!」
どうしようもない事は世の中にはある、その事をしみじみと噛みしめる鉄親子であった。




