始まりの物語10
「知らなかったんですっ!!卵が爆発するなんて聞いてませんっ!!」
アイシスは蹲りながら泣きわめいている。レンジの惨状は酷いもので、その内部を卵まみれに染めていた。
「このヘッポコ貴族っ!!お前がやらかしたんだからお前も片づけろよっ!!」
「っ!!エルマっ!!言っちゃったのですかっ!!」
「えー??何か問題ありますかー??」
あたふたするアイシスを余所に正宗とエルマが清掃を進めていく。一通り終えると正宗は溜息を吐いた。
「……ハァ。卵なんかの殻のあるもの、イカ等の膜や皮のあるもの、あとは金属関係は電子レンジに入れちゃ駄目なんだ。……異世界人のお前にはちゃんと言ってなかった、一方的に怒鳴って悪かったよ」
落ち込んでいるアイシスにしっかりと頭を下げる正宗。自身の知っている事だからと言って、相手も知っていると考えてはいけない。
「うう……私の方こそすみませんでした。何でも暖められる便利な機械と思ってました。やはり勝手はわからないものは注意しないといけませんね」
正宗とて単身外国に赴いたとしたのなら、なにかしらやらかしたに違いない。風習や習慣が違うのだから間違いを犯すのは仕方がない事なのだ。それに対し、自身の常識外だからと一方的に怒るのは確かに間違っている。正宗はアイシスに怒鳴りつけた事を猛省し──、
「え??電子レンジについては睡眠学習でちゃんと習いましたよー??」
「わっ!!馬鹿正直に言っちゃ駄目ですよエルマっ!!そこは……」
「…………」
正宗の刺すような目線から急ぎ逃れようとするアイシス。もうすぐ昼となる。日曜と言う事でのんびりする……というわけにも行かないのが鉄家の話である。今までは溜まった分を日曜に掃除していたりしたわけであるが、エルマ達のおかげでそれも最小となっていた。二階の掃除などエルマが率先してやってくれるからだ。実に有能な家政婦……いや、お姫様である。対して戦闘要員である貴族のご令嬢は食っちゃ寝し、その合間にトレーニングをこなすという私生活であったのだ。といってもアイシスの頭はまだボサボサ髪でセットすらされていない。ご令嬢は実にマイペースなのだ。
「ちょっとまつポ。……何おかしいポよ」
そんな中ポッコルが机の上から飛び降り、床を走って窓枠へと飛び上がる。まるでゲームのように高低差をぐいぐい進むぬいぐるみの姿は実に気持ち悪い。ポッコルに続きアイシスも窓へと走り寄り外を眺めている。
「……これは……」
アイシスがそう囁いた瞬間、明確な違和感が走り抜けた。眩暈のような、耳鳴りのような、平衡感覚が狂ったような……まどろみを含む衝動を叩き付けられたのだ。
「これって??」
「間違いないポよ!!まもなく因夢空間に突入するポよーっ!!」
正宗の問いかけにポッコルが声を荒げる。同じくして外を眺めていたアイシスが玄関へと走っていった。慌てて続くエルマとポッコル、それに正宗も続く。数度の経験をへて正宗も世界の寝落ちの瞬間を知覚でき始めているのだ。家の前の駐車場へと出れば、確かに外の空気が一変していた。空にはモザイクが奔り、雲も風も徐々にその動きを止めていく。青空という天球儀にうっすらと現れる時計模様の星座。空を覆い尽くすその時計の内部の歯車が、ムーブメント達が震え……回転を留めていくのだ。──それは世界が見る夢の中。飛ぶ鳥が、走る車が、全てが制止し夢幻の世界へと移り行く。
「なんだっ!?」
遠くから響く轟音に目を向ければ、駅方面の都市部で豪快な黒煙が昇っていた。鉄家駐車場前は木々も切り開かれており、街を一望できるちょっとした展望台のようになっている。眼を凝らしてみれば、紛れもないピンク色した巨体が街を豪快に破壊していた。
「アレが……」
「金導──」
「金剛魔導夢想兵装です、黙ってなさいクソ妖精っ!!」
ポッコルの言葉を遮ってアイシスが欄干に足を掛けた。
「早速駆除、封印に入りますっ!!エルマはサポートよろしく!!鉄君はここを動かないように!!」
「もちろんですよー」
「わかった」
返事を返しながら正宗は燃え上がる街を見下ろす。それはまさしく巨大兵器であった。いや、わかりやすく言えば巨大ロボットだ。鋼鉄のピンク色した二足歩行の豚型メカが張り手や鉄山靠でビル群を破壊しまくっているのだ……調子に乗ってハイパー頭突きまでかましてやがる。
(……というか何がしたいんだあの豚野郎は??)
トンテッキの目的がなにか知らないがあんな現実とは無縁な物体が暴れまわっている今、事はアイシス達に任せるしかない。その彼女等はなにやら揉めている。
「私だって見られたんだからっ!!それにやらないと現場に急行できないでしょうっ!!」
「いーやーでーすーっ!!」
「もう……観念するポよ……」
嫌がるエルマを押さえつけるアイシスとポッコル。
「おい、この非常時になに遊んでんだっ!!あの豚は絶賛大暴れ中なんだぞっ!!」
「いいところにきました鉄君っ!!現場に急行しようと思うんですが、それには飛んで行くのが速いんですっ!!」
取っ組み合い、エルマの手で顔を押されながらアイシスが言う。美少女のその顔も鼻や口を大きく歪めさせられ酷い状態になっているが、正宗は何も言わずに頷いて見せた。
「だけどエルマが変身したくないといい始めたポ!!正宗の前では変身したくないとわがままを言い始めたポよーっ!!」
「だってだってー!!アレ一旦全裸になるわけじゃないですかーっ!!そんなの恥ずか──」
嫌がっているエルマの顔を鷲掴みにする正宗。それを強引に捻って眼が合うように引き寄せた。捻じ切れんばかりにエルマの首が捻り上げられ、その捩れっぷりにアイシスの顔が青くなる。
「……あ、それ以上は首が……」
「他所向いてるから早くしろ??なっ??」
心配するアイシスを他所に、エルマの視線が激しく上下に動き肯定を示す。正直そんな事で揉められていては困るのだ。トンテッキは大暴れ中だというのに……この世界の危機というのにこいつ等はこの有り様だ!!
(やっぱりこいつ等、この世界を舐めてる気がする)
正宗のヘッドロックが解かれるや否や猛然とエルマは動きだした。正直微妙に首が曲がっているが見なかった事にする。
「聖力全開ー!!解錠要請ー!!……変身っ!!エルマイールっ!!」
「プリティーチャージマキシマイズ!!プリティーinエルマイールッポーっ!!」
エルマからの力を受けたポッコルがその手に鍵を造り出す。ポッコルはその鍵をエルマの首のジュエルへと差し込んだ。
「聖力全開っ!!解錠要請っ!!チェンジモードパラディンっ!!」
「ラブリーエナジーフルパワーっ!!ラブリーアイシスモードパラディンッポー!!」
同じくして叫んだアイシスの力を受け、ポッコルはアイシスのジュエルにも鍵を差し込んだ。二人の衣服が弾け飛んで光と交じり合いその身に絡みついていく。形を成した光は光彩を放つと可憐な法衣へと生まれ変わる。足、手、身体、腰、頭へと光の衣は装着され、
「プリティーエンジェルエルマイール、貴方の夢とハートをお守りしますー」
「ラブリーアイシスモードパラディン!!愛の名の下に……浄化しますっ!!」
決めポーズを執った魔法少女が二人、正宗の前に現出する。
「感無量っポ」
満足気なポッコルに対し、
「想像以上にこれは恥ずかしいですー」
「……やっぱ死にたい」
蹲る二人の魔法少女。バッチリガン見した正宗だが浸って入られなかった。
「さぁさぁ!!二人ともっ!!俺はここで応援しているからっ!!」
正宗がそう活を入れれば、ラブリーアイシスが頷き立ち上る。
「まかせて下さいっ!!即座にアイツを殲滅し、存在を再び封じて見せてやりますっ!!エルマイール、サポート宜しくっ!!」
「任せてー、ラブリーアイシス」
「変身名で呼び合うって……実際こう見るとアホらしいポね」
ポッコルが感慨深そうに余計な一言を言った。ラブリーアイシスの剣に刺され、エルマイールの拳を顔面に受けるぬいぐるみ。
「帰ってきたら会議ですっ!!エルマイール……なんとかして妖精族の悪癖を迂回できる方法を考えてください!!」
「善処はしてみますー。それではいってきまーすっ!!」
「頼んだぞっ!!」
飛び去っていくラブリーアイシスとエルマイールを応援する正宗。後は二人が頑張ってくれるのを信じるのみである。急いで自室へと戻り双眼鏡を用意する。緊急の場合も考えて、愛用の原付も準備した。
(いざとなったらこれで逃げる)
果たしてどこへ逃げればよいのか皆目見当がつかないが、それでもやれることや準備はしておくべきだろうと行動に移したのだ。その正宗の耳に、遠くからの破裂音が鳴り響く。双眼鏡越しに視線を向ければ、早くもトンテッキとアイシス達の攻防が開始されていた。




