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外伝8・アナとジョシュア

「…まさか、ジョシュア」


 サラの言葉にジョシュアはゆっくりと頷いた。

「まだギリギリ、間に合うよね?」

「間に合うけど…間に合わないわよ…もう先方はとっくにフラワニアをでて…ってああああ~~~~もう!!!!!後処理どうしてくれんの~~~!!!!」

「「「「?????」」」」

 サラが頭を抱えて唸りだしたのを見て、その場にいたジョシュアとレイとサラ以外の全員の頭の上に疑問符が出現した。


「…説明してください、お嬢様。なにがどうなっているのです?」

 マリアが困惑を隠しもせずに言葉に乗せる。サラは一つ大きなため息を吐いた。


「午後にはフラワニアの王子が到着するから悠長には出来ないんだけど、…皆座ってくれる?…これ、そもそも最初っからジョシュアの計算だったのよ…」


「「「「「「「!?!?!?!?!?!?」」」」」」」

 まさかの衝撃発言に全員の目が丸くなる。アナの目もこぼれんばかりに大きくなった。

「もう全部言っていい?あなたの気持ちも含めて。ジョシュア」

「女王陛下のご随意のままに」

「へんなとこで臣下感出さないでくれる??」

 へへ、と柔和に笑うジョシュアをサラは反目で睨む。


「その前に、確認するわよアナ。…あなた、ジョシュアが好きだって認識したの?あなたの口から聞かせて頂戴」

 突然の質問に一瞬瞠目したのち、アナは顔を引き締めて力強く頷いた。

「…はい、お母さま。お父さまも。聞いてください。…私はジョシュア・ホーネットのことが好きです。兄のような存在ではなく。一人の男性として」

 じっとアナの表情を見ていたサラだが、やがてふう、と一つ息を吐きだすと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。 


「ジョシュアはね、最初っからずっとずっとあなたを女性として好きだったのよ。アナ」

「えっ!?!?!?」

「やっぱり気付いてなかった…本当に鈍いんだから…」

「いやそれサラには言われたくないと思う」

「レイは黙ってて」


 ぴしゃり、と言われレイが肩をすくめる。

「でも、あなたは完全にジョシュアを兄として見てたわよね、アナ」

「うん、お兄ちゃんとしか見てなくて…」

「だからジョシュアは賭けに出たのよ」

「賭けって…?」


 エルグラントのうわごとのような問いかけにサラは一回頷いてから言葉を続けた。

「完全にアナの前から姿を消すこと。姿を消したことがきっかけで、アナがジョシュアに恋心を抱くかどうかの賭けに出たのよ」

「お、おう…それは、また…随分と豪快な賭けに出たな…?」


 エルグラントのみならず、マリアも驚いた顔を見せる。ジェイやハリスも同様だ。当たり前だ。そんな、あまりにも不確かすぎる賭け。勝算なんて見えない賭け。無謀すぎる。アナがたまたま恋愛感情を抱いたから良かったものの、そうでなかったらどうするつもりだったのだろうか。


 皆の困惑を感じ取ったジョシュアが口を開いた。

「勿論、アナがそういう気持ちを抱かなかったら、完全にあきらめようと思ってたよ。だから僕が今までサラさんやレイさん、父さんや母さんに説明してたことも全部本音」

「まあ、それは確かにそうなんだけど。でも、ジョシュア、あの夜の日私とレイに言ったのよ。あの夜の日って、ジョシュアがアナに決別を突き付けた日のことね」


――――――


「お願いします」

 ジョシュアはそう言って2人に深く深く頭を下げた。


「でね、お願いついでにもう1つお願いがあるんだ」

「もう1つ?」

 サラは沈痛な面持ちでジョシュアに問い返す。この子たちに幸せになってほしいのに。もうどうしてもだめなのだろうか、と頭をフル回転させながらの返事だった。


「今は、アナ、僕のことを完全に兄としてしか見てないよね?でも、もし16歳になるまで。婚約する前までに僕のことを好きになってくれたら、僕、頑張ってもいいかな?」

「16歳になるまでって後数ヵ月しかないよ?ジョシュア」

 レイの言葉はまともだ。そして今決別したというのにどうやって恋心を抱かせるというのだろう。


「アナが僕を求めてくれるんだったら、僕は死ぬ気で頑張って結婚までこじつける。誰も文句を言うことが出来ないくらいの功績だって上げて見せる。…だから、そのときは頑張ってみてもいい?最短でも24まで結婚できないかもしれないし、女児も生まれないかもしれない。でも、サラさんみたいに誰かに禅譲することだって以前よりハードルは高くない。第二、第三王女のリーネとハイネどちらかに女児が産まれたらそこから養子をとることだってできるよね?」

「ま、まあ、それは可能だけど」


 そう、実際第二、第三王女がいるというのは女王制のこの国の中ではかなり後ろ盾としては強い。

 だから、アナの次世代の後継者問題というのはあまり頭を悩ます内容でもなかったのだ。


「でも、やはりアナの気持ちがないってのは一番問題よ。反対にそこさえクリア出来たら…でも、こればっかりはアナ自身の問題だから、私から提言したりはできないわ。そして婚約者候補ももう上がってきてる。実質時間はないのよ?」

「うん、だから婚約する前までに、ってのは本当に婚約の儀でサインを互いにする前までにってことなんだけど…どうかな?」

「……わかったわ。アナがあなたを求めるというのであれば、そこから先は私も女王として全面的にバックアップします。でも、再三言うけど、本当にもう時間はないわよ?どうするの?」


 女王の問いかけに、ジョシュアは妖艶に笑った。ぞくりとするような色気だった。

 あ、とレイはその表情を見てジョシュアの入団試験を思い出す。誘導尋問のとき、ジョシュアはあんな風に笑っていた。ジョシュアは交渉相手との全ての会話に罠を仕掛けていた。そして望む答えをするすると見事に引き出して見せたのだった。あのとき、尋問するときの顔。

 ジョシュア、腹黒いな…なんて思ったのは団長だけの心の中にしまっておいたのだった。



「この数年間でたくさんアナの中に種は撒いておいたから。今回のことできっと開花すると思うよ」


 にっこりと不敵に笑うジョシュアに、レイもサラも思わず閉口したのだった。


―――――――


「…ってことがあって」

「…種?私そんなもの蒔かれてたの??」

「さすがに比喩的な意味だよ?アナ…」

「わ!わかってるわよそんなことぐらい!じゃなくて!種って…??」

 アナの問いかけにジョシュアは鷹揚に笑って見せた。


「考えてみてよ、アナ。君の我儘を一番に聞いてきたのは誰?どんな時でもでろでろに甘やかして、君の好きなものだけをあげて、君の望むことだけをしてきてあげたのは誰?君の悩みをいつも聞いてきたのは誰?サラさんやレイさんから怒られたとき、一番に慰めてあげてたのは誰?気付いてなかったでしょ?アナは結構僕に依存してたんだ。…そんな僕が急にいなくなる。そして君にはどこの馬の骨ともわからない婚約者が現れる。アナのことだもん。君の性格は僕が一番よく知っているんだ。十中八九僕のところに逃げ込んでくると思ってたよ。まぁ、結構ぎりぎりで、正直今朝は目論見が外れたかな?って諦めてたけど。…ってどうしたの皆そんな引いちゃって」


「いや、引くわ。自分の息子が想像以上に腹黒で粘着質で俺びっくりしてるぞ今…」

「私もエルグラントも腹黒性質はなかったはずなんだけど…エルグラントは粘着というか一途なだけだし…」

 エルグラントとマリアは完全にドン引きだ。当たり前だ。今まで温厚だと思っていた息子が実は策士だっただなんて信じられるものではない。それに加えこのアナへの執着っぷり。良く今まで本心を隠せていたなと感じているくらいなのだ。


「…嫌になった?アナ」

 うわずるい、とサラは小さく呟いた。この状況でそんな甘い顔で問いかけて、否と消せる女子がいるなら見てみたい。


 ――――あ。

 サラははた、と思い出す。

 ――――あの夜の日、三人になった時、私もレイも、会話の最後の方はどんなことを考えてた?どうにかしてジョシュアとアナがくっつく方法はないか?とまで考えてなかった???

 なんで?ちょっとまって。冷静に考えて、もしジョシュアがいきなりアナに想いを伝えて求婚でもしてたら身分差や年齢的なものから、まずは否定から入っていたに違いない。

 じゃあなんで?ジョシュアがいきなり離れるって言って、その理由もいろいろと説明されて、身を引くって自分から言いだしたものだから…あまりにもジョシュアが不憫になって…もしアナの気持ちがあるのなら、後押しするとまで言った…わよね?完全に言質とられたわ…よね???


 ――――それもすべて計算づくだとしたら???


 ――――こっっっっっっっっっわ!!!!!!ジョシュアこっっっっっっわぁあ!!!



「…嫌じゃないけど…そんな回りくどいことしなくても、きちんと好きって伝えてくれてたら…」

「うん、何千回も何万回も好き好き言ってたんだけどなぁ」

「…うぐっ…!そ、それはそうだけど、ど、どう考えても妹と兄のじゃれ合い的なものかと…」

「僕は毎回アナへの恋愛感情をこめてたけど?気付かなかったんでしょ?正攻法で行ってもアナが気付くわけないからねぇ」

「ぅぅ…」


 完全に言い負かされてる自分の娘を見ながらサラは考える。

 ―――うん、でもあるべきところに収まった…かな?少し我儘姫で素直すぎて抜けてるアナにはあれぐらい温厚で隙のない腹黒な旦那さまが合ってるのかもしれない。

 前途多難かもしれない。王族と平民では不満の声はゼロじゃないから。でも、ジョシュアなら。きっと周りが完全に納得する方法で王婿になるのだろう。もしかしたらアナより政の類は得意かもしれない。

 私だって、禅譲されたこの国史上初の女王なのだ。この目の前の若い二人が史上初の王族と平民の結婚となってもそれはそれでいいじゃない。


 ―――どうか幸せに。私の愛する子どもたちよ。

 

 いつの間にか雨は上がっていた。 

 一人の女王の優しい願いは、朝日の柔らかな日差しの中にそっと溶けていった。


『めちゃくちゃフラワニアの王子に謝り倒して、フラワニアが交易に有利になるように動いたり国王に謝ったり、謝罪の品を送ったありそのあと色々大変でした』(38歳・女性 職業:女王)

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