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外伝7・アナとジョシュア

 あれから、数ヵ月。


 今朝は朝からしとしとと冷たい雨が降り、早朝ということも相まって外の空はまだまだ薄暗かった。

「そうか…アナが今日婚約の顔合わせか。フラワニアの第3王子か…うん、良い人って聞くよね。かっこいいし」

 ホーネット家は3人で朝食を摂ると決めている。マリアが淹れたホットコーヒーのいい香りが部屋中に満ちている。


「…その、悪かったな。朝からこういう話…周りから情報が入るよりは、今日だったら言っていいって嬢から言われてな」

 エルグラントがぽりぽりと頭を掻きながらジョシュアに申し訳なさそうに呟いた。

「ううん、ありがとう父さん。話してくれて」

「…無理してない?」

 マリアが心配そうにジョシュアの顔を覗き込む。

「そりゃ、悔しいし、悲しいし。決別したってのに、日に日に好きな気持ち膨らんでいくし諦めきれそうにないんだけどねぇ。無理しかしてない」

 

 あはは、と朗らかに笑うジョシュアに、マリアとエルグラントはそっと悲しそうに顔を見合わせた。

 小さい頃からそうなのだ。苦しい時ほど笑う。悲しい時ほど笑うのはジョシュアの悪癖だった。

 エルグラントと同じで思ったことをそのまま言う性格なので、今ジョシュアは相当キテるなとか、そういうことが分かるぶん、いくらかわかりやすい節はあるものの、辛いと言いながら笑う子の姿を見たい親はいない。


「結婚式は?1年後くらい?」

「…順当にいけばね」

 マリアがはぁ、と溜め息を吐き、ジョシュアは首を傾げる。

「どうしたの?母さん」

「アナが…『あれ』以来ずっと塞ぎこんでしまって。今回の婚約者もお嬢様が選びに選んだ相手なのだけど、だから人柄的にも身分的にも申し分ないのだけど…「会いたくない」の一点張りなのよ」


 『あれ』とは勿論、ジョシュアがアナに決別を告げた時のことだ。

 あの時、家に帰ってマリアにも事情を話した。終始辛そうな顔をして、ぐっとなにかを耐えていたマリアはそれでも、ジョシュアが話し終わるとその茶色の柔らかな髪を撫でて、「…辛かったわね。よく、決心したわね」と親らしい一面も見せたのだ。


「そうなんだ…僕のせいなのかな」

「ジョシュアは何一つ間違っていないし、英断だったと思うわ。17歳の男性ができることじゃない。ただ、ご自分で思っていたよりあなたの存在はアナにとって特別だったみたいなのよね」


「でも、アナの『特別』と僕の『特別』は違うから」


 ジョシュアの言葉にマリアもエルグラントも、苦い笑いを零すことしかできない。否定できないからだ。


「さて、と。僕はそろそろ準備をするね。今日も仕事だ」

「じゃあ俺も」

「ああ、私も出ないと」


「「「ごちそうさまでした」」」

 ジョシュアの鶴の一声で3人はそれぞれ立ち上がり、食器を片付けようとした。


 ―――その時だった。


 ドンドンドンドン!!!と玄関を強く叩く音が家中に響いた。おもわず3人は顔を見合わせる。こんな早朝に来るのはミルク配達か、新聞配達の人間くらいだし、仮にどちらかだとしてもこんな切羽詰まったようだ叩き方をする人間はいないからだ。


「ジョシュア!いないの!?エルおじさま!マリア!だれか!」


 その声に今度こそ3人は目を見開いて顔を見合わせる。


「アナ…!?」

 一番に玄関に向かって駆けだしたのはジョシュアだった。

 勢いよく扉を開けると、そこには目深にフードを被ってびしょびしょに濡れたアナの姿が。

「アナ!?何をしてるの?護衛は!?!!?」

「1人で来た」

 アナの手には手綱が握られていて、その先には彼女の愛馬であるリンがいた。が、どこを見渡してもいつも後ろに控えている彼女の護衛がいない。

「…ばっっ…」

 かじゃないの!?何を考えているの!?という言葉が喉元まででて、ジョシュアは言葉をひっこめた。


「アナ!?」

「姫!?」

 後ろからマリアとエルグラントも目を真ん丸にして叫んでいる。

「姫、どうした。護衛は??1人なのか?抜け出してきたのか!?」

 エルグラントの問いに、アナはしっかりと頷いた。マジか…という呻きがエルグラントの喉から漏れだす。

「エル、あなたはリンを厩舎につないでから急ぎ王宮へ。お嬢様とレイにこのことを伝えて。アナ、そのままでは風邪をひいてしまいます。中に入って下さい。お召し替えをします。ジョシュアは急いでお風呂を沸かして」

 冷静に分析を始めて各方向へ的確に指示を出すマリアに、男たち2人は慌てて動き出した。


―――――


「あったかい…」

 暖炉の前に毛布でぐるぐる巻きにされて、アナは温かいココアを飲んでいた。

「…久しぶりだね」

 アナの横にジョシュアもココアを持ってきて、腰を下ろした。小さい頃からよくこんな風に2人で並んで暖炉に当たりながらココアを飲んでいたな、なんてことを思い出す。

「ごめんね、仕事遅刻だね」

 アナの小さな小さなつぶやきにジョシュアは首を振る。

「今頃父さんが王宮に着いてレイさんに言ってると思うから、大丈夫だよ。どうしたの?何があったの?」


 マリアはキッチンの方でココアを飲みながら2人の話を聞いている。あの後、湯あみを終えて着替えたアナがマリアに懇願したのだ。マリアもその場にいて良いから、どうかジョシュアと話をさせて欲しい、と。


「あのね…今日ね。婚約者が決まっちゃうの」

「…そう、みたいだね。さっき聞いたよ。フラワニアの第3王子。僕は直接お会いしたことはないけれど、先輩たちの評判もなかなかいい王子だから、きっと幸せになれるよ。おめでとう」

「……」

「アナ?」


 黙り込んでしまったアナを覗き込んで、ジョシュアはぎょっとしてしまう。ぽろ、ぽろ、ぽろ、とその美しい蒼の瞳から涙がとめどなく溢れていたからだ。


 おもわず手を伸ばしかけ、理性を総動員してジョシュアはその手をひっこめた。危なかった。肩を抱き寄せようとするところだった。


「……が、い…」


 アナがしゃくりあげながら何かを呟いた。

「?どうしたの、アナ」

 肩を抱くことは出来ずとも肩をぽんぽんと叩くことは出来る。ためらいがちに2度叩くと、アナがびくりと体を震わせた。


「…、が、…い、っの」

 アナがガバリと顔を上げ、その美しい瞳でジョシュアの瞳をしっかりと捉えた。


「ジョシュアがいいの!!!!!!!」


 そして今度こそ、はっきりと、アナは叫ぶように自分の願いを口にした。

「ジョシュアと生きたいの!ジョシュアがいいの!ジョシュアが好きなの!お兄ちゃんって思ってた!ジョシュアが私にバイバイするまで、私だってお兄ちゃんだって思ってた!でも…っ!」

 えぐ、えぐ…っ、と涙の合間にアナから放たれる言葉を、嘘のような気持ちでジョシュアは聞いていた。


「嫌なの!抱っこも口づけも、それ以上のどんなことも、どう考えてもジョシュア以外とできる気がしないの!!!ここ数ヵ月何度も何度もジョシュアしか浮かばないの!王室を離脱したって良い!身分が違うって言うんだったら私が平民になる!だから…だか、ら…」

 最後の方はもう金切り声と言ったほうが近いほどの叫び声になっていた。アナの細い両腕が伸びてきて、ジョシュアのシャツの裾を必死で掴む。


「お願い…っ!!!そばに…っ、いて、よぉ…いなくなるなんて…、言わないで…っ」

 縋りつくように伸ばされたその手を振り解かなければならないのに。解くことが出来ない。ジョシュアは、自分がそれをどれだけ望んでいたかを知る。

 でも、その手を掴む前にもう一度、はっきりさせておかなきゃいけないことがある。


「…アナ。ねえ、それは君は、僕のことが好きってことで間違いない?」

「そう言ってるでしょ!?」

「…ははっ、そう、かぁ…ねえ、母さんごめん。一瞬だけ見なかったことにして」


 いうが早いか、ジョシュアは素早くアナの唇に自分の唇を押し付けた。

 

「!?!?!?!?!?!?!」

「いやいやいやいや、我が息子。それはいくら何でも」

 マリアがはぁ、と溜め息を吐いたと同時に、ホーネット家の玄関が開いた。


「アナ!!!!」

 サラとレイ、エルグラントとハリスやジェイと言ったいつものメンバーが慌てたように室内に入ってくる。

「アナ!!あなた何を考えてるの!!!皆がどれだけ心配したかわかってるの!?…って」


 アナの顔を見たサラが驚きの声を上げた。


「…なんでそんな真っ赤なの…?」


展開サクサク進めていくよ!!

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