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外伝5・ジョシュアとアナ

「遅い!」

 部屋に入るなり、開口一番不満たらたらの王女にジョシュアは笑ってしまう。

「遅いって言ったって、僕新兵だからね?最後まで雑用とか仕事はたくさんあるんだよ。無茶言うなぁ、アナは」


 王族が公務などではなく私的に使う応接室に通される。

 サラとレイ。マリアとエルグラントとハリス。ジェイといつもの顔ぶれにジョシュアはにこりとして頭を下げる。

「こんばんは、サラさん。ハリスさん、ジェイさん。お疲れさまです。父さん母さん」

 気軽なメンバーなので、敬称などは付けずに挨拶をする。こんばんは、とかお疲れ様、といった声が返ってきて、ジョシュアはもう一度アナに向かい合う。


「で、どうしたの?アナ。何を怒ってるの?」

「わかってるくせに!」

 あはは、とジョシュアは笑ってしまう。…可愛いなぁ。なんて思ってることはまあ、サラさんとか事情を知ってる父さんはわかってるかもしれない。と思いながら。


「ごめんね、アナ。でも、あの場ではあれが正解だって、聡明な君ならわかるよね?」

「…う…っ、わかって…る、けど。でも!でもでも寂しいじゃない!」

 アナの可愛い我儘に、レイさんは困ったような顔をしているけど、他の大人はにこにこと静観してくれている。

 

 自分より、頭二つ分くらい小さいアナの頭をぽんぽん、と2回宥めるように叩くと、ぷう、と頬を膨らませてジョシュアを見上げてくる。このくらいのスキンシップは小さい頃からしていたので、誰も咎めようとはしない。


 ―――ほんっと、可愛いんだから。

 ジョシュアは思わず目を細めてしまう。そうして、ゆっくりと目を閉じた。

 言わなければ、いけないから。ここではっきりと明言して、他の人たちにも証人となってもらわなきゃならない。


「アナ。僕は君のことが大好きだよ」

「うん!私もジョシュア大好き!」

 小さい頃から、アナとジョシュアはこうやって気持ちを伝えあってきた。もう習慣化したそれは挨拶のようなものだ。

 大好きという言葉に、アナの機嫌がたちまち直る。それがどれだけジョシュアの自尊心をくすぐるかなんてきっとアナは気付いていない。

 

 ―――そして、大好きの意味が違うことにも。


「大好きだってのは、忘れないでね?」

「…?何を言っているのジョシュア」


 ジョシュアは視界の端で、サラが息を呑むのに気付く。ああ、本当に聡い女王様なんだから。とジョシュアはぐっと唇をかみしめる。


「僕は、もうこうやって個人的に君と会うことはしないね、アナ。たとえ父さんや母さんがいても。次から、僕がアナと会うときは公的な場でのみだよ」


 ジョシュアの言葉に、アナはぽかん、と開いた口が塞がらない。ジョシュアはふ、と笑んだ。押し殺して、押し殺して、ただただ感情を押し殺す。

 そっと大人たちを伺うと、サラとエルグラントが思いつめた表情でこちらを見ているのに気付く。その他の大人は、ハトが豆鉄砲でも食らったような顔をしていた。

 アナの目がみるみるうちに開かれていく。首を弱弱しくふる、と横に震わせると、その細い腕がジョシュアの逞しい腕をぎゅっとつかんできた。


「なんで…!?なんでそういうこと言うの?なんで!?」

 悲痛、とも取れるアナの言葉に、心が揺れそうになるのをジョシュアは必死で堪える。


「意味が分からないわ。なんで?理由を教えてよ!」

 今にも泣き出しそうなアナにジョシュアは、優しく笑って見せる。彼女の細い肩を。体を。ぎゅっと包み込みたい衝動に耐えて耐えて耐えて、―――やっと言葉を絞り出す。


「アナ。君はこの国の次期女王だ。そして、もうすぐ君は婚約者を選ばなきゃならない。…そんなとき、平民の僕がこんな風に君の周りをうろちょろしていたら、外聞がよくないんだよ」

「平民とか関係ないでしょう?だって…!」

 マリアちゃんとエルグラントおじさまだって平民じゃない!でもママの傍にいるじゃない!

 その言葉を発しないのがこの子の良いところなんだよなぁ、とジョシュアは思う。だが、問題はそこじゃない。


「…父さんと母さんは、国家最高機関の最高権力者になった二人だ。傍にいる資格は十分なんだよ。でもね、アナ。僕はなんの権力もない平民だ。ただの新兵だよ。そして婚約者もいない妙齢の独身の男性なんだよ。そんな人間が傍にいて、君のこれからできる婚約者が良い顔をすると思う?そんな男が次期女王の周りにいて、臣下は納得する?民は納得する?…しないんだよ。僕は、君の反対者が現れた時、君の弱みにつけ込める格好の餌になるんだ」

 

 一言、一言、丁寧に。伝わるようにアナの目を見てジョシュアはゆっくりと言葉を発する。

「嫌だ。聞きたくない。嫌よ!」

 だが、アナはいやいやと頭を振って話を聞こうとしない。

「アナ、聞いて」

「嫌よ!」

 ジョシュアは構わず言葉を続ける。

「僕を呼ぶ時は、ジョシュア・ホーネットと。気軽にジョシュアって呼んじゃだめだよ?」

「聞きたくない」

「今まで家族ぐるみでいろんなお祝いしてたね。…その場にも僕は来ないようにするね。僕へのプレゼントも今後は用意しちゃだめだよ」

「嫌って言ってるでしょう?もうやめてジョシュア!」


 ついにアナは泣き出した。ジョシュアに縋りつく腕がカタカタと震えている。

「…ごめんね。君を悲しませたくはなかった」

「悲しませないって言うんなら、傍にいてよ。お願い、いなくならないでよぉ…」

「それはダメだよ。今までが特殊だったんだ。本来、僕はここに居られるような人間じゃないんだから」

「ジョシュアが婚約者になればいいじゃない…」

「…それこそ無理だって君が一番わかってるだろう?アナ」

「……っ。いやぁ…っ!」


 ―――『ジョシュアが婚約者になればいいじゃない』たったその一言で生きていけそうだ、とジョシュアはそっと目を閉じる。自分に縋るこの細い腕を、細い指を、全部自分のものにできたらいいのに。

 何度も何度も考え、何度も何度も夢の中でだけ彼女を自分のものにした。

 

「アナ、手を離して?」

「嫌」

「アナ」

「嫌、絶対いや!!」

「ア」

「嫌って言ってるでしょ!?!?!?!?」


 ジョシュアは少し困ってしまう。ここまで泣かせることになるとは正直思っていなかった。「そんなこと言って、ジョシュアが私から離れられるわけないじゃない!」なんて笑いながら言われて、そのまま自分が実際にフェードアウトあたりだろうな、と思っていたからだ。


「アナ…」


「――――ジョシュア」


 突然と凛、と発せられた言葉にジョシュアは思わずびくりと肩が上がる。

 アナによく似た声だけどアナじゃない。アナは泣きじゃくっていたのだから。言葉を発したのは。


「…サラさん」

 ゆっくりと声のする方を見ると、サラがジョシュアをしっかりと見据えて、真面目な顔をしていた。

「アナ。ジョシュアの腕を離してあげなさい。マリア」

「…はい」

 サラの言葉にマリアがアナに近づき、ゆっくりとその腕をジョシュアから解いていく。いや、いや…と小さな抵抗をしていたけれど、やがてジョシュアの腕の拘束は外れた。


「…少し、話せるかしら?」

 女王とも、母親とも取れる顔つきでサラはジョシュアに言う。

「勿論です」

 ジョシュアは一も二もなく頷く。…どうあがいたってこの女王にはすべてお見通しなのだから。

「レイも。同席できる?マリア、エルグラント。あなたたちの息子だし、あなたたちには話を聞く権利があると思うのだけれど…どうか我儘を聞いてくれないかしら?私とレイとジョシュアと三人で話がしたいの」


「…承知いたしました」

「ああ」

 2人の返事に、サラは軽く頷いた。

「マリア、アナをお願い」

 サラの言葉を聞いたマリアは、未だ泣きじゃくるアナの肩をそっと抱き、エルグラント、ハリス、ジェイと共に退室していった。


 部屋にはサラ、レイ、ジョシュアの3人が残された。


ふえーん書いてて辛い

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