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外伝4・ジョシュアとアナ

「あ、パパー!ジョシュアー!やっほー」


 事前に触れはあったものの、滅多にお目見えすることのない王太女の登場に、交渉団の食堂がざわついた。

 慌てて全員が立ち上がり、入室と共に華を振りまいてきたこの国の王女に礼をする。

 レイは団長補佐であるマシューと、副団長になったセリナと3人で午後の尋問訓練の予定を立てていて、ジョシュアはマリアが持たせてくれたサンドイッチを同期と一緒に頬張っているところだった。

 

「アナ、公式な視察なんだからもう少し王族らしく。あと、視察はお昼からだったよね?まだ食事時だよ?」

 皆に元の姿勢に戻るように命じながらレイが軽く窘めるが、アナはケロッとして返す。

「だって早く行ったらパパとジョシュアに会えるかな、と思って」


 悪びれもしないアナの言葉にレイははぁ…とため息をついた。よく言えば天真爛漫、朗らか。悪く言えば自由人のこの娘はだが、誰からも愛される性質を持っていた。

 こういう無理を少し通したとしても、そこに打算や嫌味がないので、皆許してしまうのだ。


 まぁ、次期女王としてはこの言動は少し慎みを持ってもらわないといけないな、と思いながらも、自分の妻であるサラも似たようなものだったしな…とあまりレイは強く言えないでいた。


「ジョシュアも!お仕事がんばってねー!」

 アナのその言葉にざわめきが生じる。当たり前だが、王女なんて団員には天上人だ。しかも次期女王として正式に任命もされているこの国の第一王女が、一団員、しかも新兵に親しげに声を掛けているのである。

 もちろん、今の女王の侍女と護衛がジョシュアの両親であるということは誰もが知っている。だからそこのつながりで親しいのだろうということは誰もが判ってはいる。判ってはいても、やはり目の前の王女は雲の上の存在なのだ。

 ざわめきの中に羨望や嫉妬、興味、色々な感情が込められているのをジョシュアは肌で感じ取る。

 

 そして心の中で、ほんの少しだけ喜びを感じた。この中でレイを除いて自分は今のところアナに一番近い妙齢の男性なのだと認識するから。

 ただ、そんなことはおくびにも出さず、ジョシュアは片膝をついてアナに向かって跪く。頭を垂れ、柔らかい表情と声で静かに言葉を紡いだ。


「このような一兵卒に激励の言葉、痛み入ります。第一王女殿下。しかと受け止め、精進してまいります」

 公の場だからこそ、注意深くなければならない。アナは次期女王だ。舐められるようなことがあってはいけない。平民出身の自分と慣れ合ってるとなどという付け入れられるような火種は避けるに越したことはない。

 そう思って、ジョシュアは跪いた体勢を崩さずにいた。どれくらいそうしていただろう。


「…彼とはご存じの通り旧知の中でしたので、嬉しくなってしまい、多少、羽目を外してしまいました。皆さん、お騒がせして申し訳なかったわ。ジョシュア・ホーネット、顔を上げて?」

 急に空気が変わる。びり、とした威厳をジョシュアはその肌で感じながら、ゆっくりと顔を上げた。


 そこに、先ほどまでの少女のようなアナの顔はない。代わりにあるのは、交渉団を視察に来た、アナ・イグレシアス第一王女殿下の顔だった。でも、ジョシュアにはわかる。


 ―――わぁ、怒ってはる~…

 完璧な王女スマイルだが、目が笑っていない。あれはアナが心底腹を立てている時の顔だ。

 ジョシュアだって、鈍いわけじゃない。なんで怒っているのかくらいわかる。きっとジョシュアがいつもみたいにアナ~と呼んでくれるのを期待していたのだろうということくらいわかってる。そして、突っぱねるような態度を取ったから、怒っているんだろうなぁ…と。


 でもしょうがないじゃないか、アナ。あとからこっそり呼び出されるんだろうなぁ…と、ジョシュアは内心でため息を吐くのだった。



 案の定、仕事が終わってから。

「ジョシュア。…ちょっと来てくれるか?」

「承知しました。団長」

 レイから呼ばれ、団服から普段着に着替えたジョシュアは、すまなそうな顔で自分を手招きするレイモンドに笑いながら答えた。

 

 新兵は皆の業務が終わってから交代制で掃除をしなければならない。今日の当番はジョシュアとあと新兵の2人だった。1人で談義室を掃除しているときに、レイから声を掛けられたのだ。 

 もう人影もまばらだが、どこで誰が聞いているかわからない以上、いつものように「レイさん」と呼ぶわけにはいかない。


「ごめんね、ジョシュア。もうなんとなくわかってると思うけど」

「ははは、大丈夫ですよーレイさん。アナでしょう?」

「本当ごめんね、うちの我儘娘が、どうしても話したいって。多分、昼のことだと思うけど。…ジョシュアの対応は全然間違ってなかったよ。100%あの場ではジョシュアの方が正しいからね」

 交渉団から王宮へ向かう道の中でも人影の少ない道を選んで2人で歩きながら話す。もちろん後ろにはジェイが付いてきている。


「次期女王、ですもんね。僕もそろそろ離れなきゃいけない時期が来たのかな」

「ジョシュアがアナから離れたら、アナは普通じゃいられないくらい取り乱すと思うよ?絶対にやめてよ?」

「あはは」

 レイの言葉に、本当にそうだったらいいのにな、とジョシュアは思う。でもそれは、自分が彼女になんの思慕も抱いていないとレイが思っているからこそ成立する言葉だとジョシュアは分かっている。


 離れないと、辛くなるのは自分だから。

 『今までのように過ごすことは出来ない』と、近い将来アナに言わなければならないと思っていた。彼女が相応しい婚約者を見つける前に。でも、アナと過ごす日々が楽しくて、もう少し、もう少しと過ごすうちに言うタイミングを逃してしまった。

 だからこそ、今日の視察でアナが自分に親し気に話しかけてきたとき、「ああ、このままじゃだめだ」と感じた。


 アナはこれからこの国を背負っていく人間だ。そして、その隣にはもちろん王婿がいる。きっと国内有数の貴族の中からか、同盟国の王子から婿を取ることになるだろう。

 そんなとき、彼女に親しく名を呼ばれ、尚且つ恋愛感情を持つ自分のような人間が周りをうろうろしていたら、王婿に申し訳が立たない。それで夫婦仲が疑われ、治世に悪影響が生じるようなことがあってはならない。もちろん、完全に恋愛感情を隠すことくらい造作もない。17年間そうしてきたのだから。


 だが、だからと言って、彼女の周りで今まで通り仲良く過ごして、平静でいられる自信はなかった。彼女が夫に愛を囁く姿を、夫から愛を囁かれる姿を自分の感情を押し殺して見なければならないというのはもはや拷問だ。


 それくらい、愛しているのだ。


 ――――潮時かな。

 思わず口に出しそうになって思いとどまる。どんな小声で話しても聞き取るほど耳がいい人間が隣にいるのだから。


 ―――悲しいなぁ。…願わくば、もう少し一緒に居たかった。何もかもが思い通りにいかなかった場合、この気持ちを一生抱えて生きていくんだな、僕は。

 

 アナから貰ったピアスにそっと触れる。

 ―――大丈夫。離れることになったとしても今までアナからはたくさんの物を貰ったのだから。思い出と、思い出の品を糧に生きていける。

 

 ジョシュアは少しずつ決意を固めていく。

 もうとっぷりと日は暮れて、星が見えていた。


ああああ…この二人は切ない…けど!幸せになりますから!!!!無理矢理幸せにさせますから!

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