外伝11・レイとジョシュアのタネアカシ
「従来ならここで終わりとするが、見ていた者には疑問ばかり残る試合になっただろう。故にこれより説明を。ジョシュア・ホーネット」
団長然、としたレイの言葉にジョシュアが深々と一礼して皆の前に立つ。
「まず、団長のカードを皆さんに見せていただいてもいいでしょうか」
「ああ、俺のカードは、これだった」
そういって掲げたカードに会場の人間がざわめく。そこには、『負けました』の文字が。
「まず、ジョシュアに言った『命をかけてもいい』が俺のカードだったっていうのは嘘だ」
レイがほんのり笑みを浮かべながら言う。
「それを前提に、説明させていただきます」
ジョシュアが、同じように柔らかな笑みを浮かべながら説明を始めた。
「まず、最初に仕掛けてきたのは団長でした。この試合で一番大事なのは、カードの中身が何かを相手に悟られないこと。…話は飛びますが、団長は、ボードゲームやカードゲームで誰かに負けたことはまずありません。陛下の兄君である大宰相閣下のロベルト様でさえ、団長には勝てません。だから、ボードゲームやカードゲームをすれば、自分の理想通りに話を持っていくことが有利になるのに、それを出さなかった。逆にもし、それを出して来たら僕は即座に悟ったでしょう。言ってはいけない言葉が、勝敗に関するものなのだろうと。負ければ「負けました」。勝てば「勝ちですね」と言うでしょうから。それを悟られないために団長は全く関係のないお酒を持ち出しました」
まぁ、僕も団長のカードになんとなく気付いてから読めた考えなんですけどね、とジョシュアは照れたように言った。
「そこまで推測したか。ご名答、ジョシュア」
レイに言われ、ジョシュアが嬉しそうにはにかむ。
「そこからの会話はほとんど何の意味もない与太話です。団長が僕主導に話を持っていくように促していたので、ペラペラしゃべりすぎないか本当に気を遣いました。あの時に団長は僕のカードが何か調査していたのだと思いますけど」
「だけど、ちっともわからなかった。そのまま話を続けていてもらちが明かないからな。だからこっちから仕掛けさせてもらったんだ」
ジョシュアは頷く。
「団長が僕に尋ねました。僕の好きな人に対しての熱量がどのくらいなのかを。…正直、今まで会話は僕主導だったのにいきなり団長主導になって、一瞬疑いました。団長がこんなわかりやすく言葉を引き出すんだろうかってめちゃくちゃあの一瞬で考えて」
「一瞬顔つき変わったもんな」
レイが嬉しそうに笑う。
「で、悩んだんですけど、いくら何でも団長がそんな単純な策を使うわけないだろうと思って、素直に答えました。」
「宇宙一好きで、比較するものなんてないくらい大きくて、命をかけてもいい、だったか?」
「レイさん!!」
レイがニヤニヤしながら言って、ジョシュアが一瞬で耳を赤くさせる。アナへの想いを反芻されるのはさすがに恥ずかしいのだ。
「そしたら団長が即座に、カードが『命をかけてもいい』だったって言ったんで、本気で一瞬頭が真っ白になっちゃったんですよ僕。え?こんな単純な手に引っかかった???って」
「ふっは」
「積んだ。ああ、負けたんだと思って、『負けました』って言葉を言いそうになった時、はた、と気づいたんです。あれ?この試合のルール。…相手に望む言葉を言わせたら即座に自分のカードを提示する、じゃなかった?って。あれ?そしたらなんで団長は、カードを裏返してないんだろうって」
それで…とジョシュアは言葉を続けてサラを見た。突然視線を振られたサラはぎょっとした顔つきになる。
「確信が欲しくて、女王陛下の顔を見ました。ほら、女王陛下、人の目で相手の感情をすぐに見抜くでしょ?もし団長さんが嘘を言ってたら、『なにいってんのレイは』って顔になるし、団長が本当のことを言ってたら。…きっと悲しそうな顔をしてくれると思ったんです」
――――僕のアナへの想いを知ってるから。僕のことを心から応援してくれる人だから。この団長試験で団長になることを心から望んでることを知っていてくれる人だから。僕が負けるとわかったらきっと悲しそうな顔をすると思ったんだ。
言うと怒るけど、女王然としてはいても…サラさん、思ってること結構顔に出すタイプだから。ごめん。使わせてもらいました。
「確信しました。あ、団長これ嘘言ってるなって。負けました、って言いそうになる寸前で気づいて、慌てて言葉変えたんです。僕が「負け…」って言った瞬間に、レイさんの眉がピクリと上がったから、『負けました』がレイさんの持ってるカードだって即座に気付いて」
「途中で言葉を変えたから、ああ、ジョシュア俺のカードの内容に気付いたなって思ってもう負けを確信したんだ。そっからはもう、何も考えず喋ってたら、あっという間に負けが確定してた」
あははは、と笑うレイはどこか嬉しそうで。
「…おめでとう、ジョシュア。完敗だよ」
「ありがとうございます。団長…レイさん」
握手しあう二人にぱちち、ぱち、と躊躇いながらも拍手が送られる。あの短時間の間にそんな心理戦が繰り広げられてただなんて、ちっともわからなかったからだ。
「でもさ、ジョシュア。…それだけじゃないでしょ。あと一つ、仕掛けてたでしょ?」
レイはジョシュアにそっと言うと、サラの方を見た。サラならきっと目を見るだけで自分の言いたいことをわかってくれる。そんな願いを込めて。
案の定、レイの視線を受けて、サラは一瞬ぎょっとした顔を見せた。でも、やがてゆっくりと微笑み、そっと頷いた。そして、優雅な所作で立ち上がる。
途端、ざわついていた会場の人間がしん、と水を打ったように静まり返った。
「ここで一つ、お話したいことがあります。箝口令は布きません。見たまま。聞いたままを誰に伝えようが構いません。ジョシュア・ホーネット。前に出なさい」
「はい」
名を呼ばれたジョシュアは、言われた通りに前に出た。
「ジョシュア、あなたは先の試合で私の最愛の夫、レイモンドが初めに「団長として接するか、旧知の仲として接するか」問うた時、旧知の仲として接することを選択しましたね?それはなぜですか?」
「…」
「ジョシュア」
答えに窮しているジョシュアに、サラは優しく呼び掛ける。
「いいのです。あなたはその権利を得たのです。…すべてを説明なさい」
サラの言葉にはっと、ジョシュアの目が大きく開かれる。途端に沸き起こる、心の底からの歓び。ああ、ああ、やっと、やっとここに立てた、とどうしようもない高揚がジョシュアを包む。
「一つには、僕の持っているカードが『本当にごめん』だったことが一番の原因です。それでええと、唐突と思われるかもしれませんが、…レイモンド殿下は私の最愛の人の、お父君です」
ざわっとこの日一番のどよめきが観衆の間を走り抜けた。
ジョシュアは、アナをゆっくりと見つめる。今にも泣きだしそうな彼女の姿を目が捉え、自然と顔が綻んでしまう。
愛を囁きたい。彼女の足元に跪き、甘い甘い言葉をただただ投げかけたい。
だが、今は女王の問いに対しての説明が先だと、ジョシュアは気持ちを引き締めることにする。
「もちろんレイモンド殿下もご存じです。それで…『団長』としてではなく、私の最愛の人の『父君』として接することによって、…ずるいですが、僕に優位になるように働きかけました。『団長』としてはレイモンド殿下は決して僕に慈悲を掛けません。ましてや、『本当にごめん』なんて絶対におっしゃいません。そもそも口調が違います。ですが、『アナ殿下の』『お父君』としては、レイモンド殿下は本当に僕に優しくて、口調もとても砕けてくださいます。…こっちで接したほうが勝算が高かったんです。あと、こっちのほうが隙が出るかな…と思って。ってなんか僕めちゃくちゃいやらしいですね」
あははっ、と笑うジョシュアを、レイ達を除く団員の皆があんぐりと口を開けて信じられないものでも見るように見つめている。
当然だ。ジョシュアと第一王女が親しいのは皆知っていたが、それでもきちんと臣下としての振舞だったし、むしろジョシュアの両親は現女王陛下の専属侍女と護衛なのだからもう少し親しげでもいいのではないかと思うものもいたほどだ。
それがいきなり最愛の人?しかもそれをレイモンド殿下も知っている???雰囲気的に女王陛下すら知っている???もう情報過多すぎて何が何やら状態というのが正直な気持ちだった。
「…アナ。貴方からも説明なさい」
「マ…母上…。…はい!」
サラの呼び掛けに、アナもまた意を決して立ち上がる。
「ジョシュア。こちらへ」
サラと並び座っていた場より一段下に降りながら、手を伸ばしながらジョシュアへ声を掛けた。今はまだジョシュアを女王と同じ場所に立たせることは出来ないからだ。
「…はい」
ジョシュアは、薄く笑ってアナの元へと一歩一歩、近づく。場を離れる瞬間、レイが背中をぽんぽんと叩いてくれたのが嬉しくて泣きそうになる。
やっと。やっとここまで来たのだ。死ぬほど勉強し、本気で血を吐きそうなほど努力した。途中何度もくじけそうになって、何度も投げ出そうとして。それでもやめられなかった。どうしたって諦められなかった。
才能に溢れる人間であったことは間違いないが、それ以上にジョシュアは努力したのだ。誰からも否と言わせないように沢山の功績も収めてきた。今では何も知らないはずの一部貴族からでさえ、「交渉団団長になればアナ王女殿下と婚姻してもらいたいほどだ」という声さえ聞こえてくるほどだった。
そうして、掴み取ったのだ。ジョシュアはアナに差し出された手を取る。
「…待たせてごめんね」
「…待った甲斐があったわ」
誰にも聞き取れないくらいの小声で二人は囁き合う。手を繋いだまま二人はゆっくりと体を回転させて、会場にいる全員に向き直った。
「…私から説明します。私は、ジョシュア・ホーネットを愛しています。それでも、最初は立場ゆえ許されざる思いでした。国益を考えれば早々と婿を迎えるべきだったことも分かっています。大国の第一王女として産まれた人間なのに、責任を放棄するような行動だったことは重々承知しています」
でも、とアナは言葉を続けた。
「どうしても、諦められなかった。どうしても、切り離せなかった。そしてその思いを私の父も母も「責任がない」と一蹴することはされなかった。その代わり女王と王婿という立場から、表立ってジョシュアを擁護することもありませんでした。今日の試験に関してもそうです。私の父がジョシュアに慮って、団長試験をクリアさせた、と邪推する人もいるでしょう。でも、それだけは王族の名に誓ってあり得ません。彼の功績をご存じの方は疑われることはないと信じています。…ジョシュアはすべて自分の力でここまで来てくれました」
アナはジョシュアを見つめる。ジョシュアもまたアナを優しい瞳で見つめている。
「…すべては、私との婚姻を可能とするため。それだけのために彼はここまで努力してきてくれたのです。正式な発表はジョシュアの団長就任式の後に行いますが、…私は彼と婚姻関係を結びます」
私からは以上です。というアナの言葉とともに、どこからともなくぱち、ぱちという拍手の音が聞こえてきた。
最初はまばらだったそれが、少しずつ厚みを帯び、熱を持って大きな音となっていった。
この場にいる誰もが、困難と試練と身分を越えてやっと結ばれた若き二人へと祝福を送っていた。
おめでとう…!!!!




