外伝10・ジョシュアとレイ
机に向かい合って座るは、王婿にして現王国交渉団団長であるレイモンド・ディヴィス・ペトラ・イグレシアスと、王国交渉団初代団長と次代団長の嫡子であるジョシュア・ホーネット。
二人とも笑みを浮かべているが、部屋中にはぴり…とした空気が流れていた。
のを、気にも留めない女王であるサラとその娘であるアナは二人でこそこそと言い合っていた。
「ねえねえ、ちょっとこの絵面やばくない?ママ!」
「アナもそう思ってた???やーーーん、眼福よね!!」
「マジヤバイ。え、ちょっと曲がりなりにもうちのパパイケオジじゃん???ジョシュアなんて超美男子じゃん???その二人が腹黒い笑い浮かべて向かい合ってるぅぅ~~ねえねえ絵師連れてきちゃダメ???」
「そうしたいのはやまやまなんだけど…!!」
「「ゴホン」」
両隣からカールとヘイリーの咳払いが聞こえ、サラとアナはぴっとお口を閉じた。
「なによぉ、カールおじさまもヘイリーおじさまも。こんなときばかり真面目ぶっちゃって」
いつもおふざけばっかりのカールとヘイリーの姿を見ているアナは、口をとんがらせる。
「それはそれ、これはこれ」
「ねえさまも何一緒になってアナとはしゃいでるの。アナタ一応女王でしょ?」
カールとヘイリーに諭され、サラもアナも悪いことが見つかった子どものようにほんのちょっとだけ小さくなってしまう。
「まぁ、何はともあれ見てあげなよ。ねえさまもアナも。レイ兄とジョシュア、あんなに真剣なんだから」
カールの言葉に、二人は改めて対峙する二人を見る。口元は優しく弧を描いているけれど、その目は全然笑っていなくて、お互いに忖度する気など、譲歩する気など一切ないことが分かる。
先に口を開いたのはレイだった。
「お酒でも飲む?ジョシュア」
「この場合、団長として接したほうがいいですか?レイさんとして接したほうがいいですか?」
「自由に」
「…じゃあ、僕が注いでくるよ。レイさん。ウイスキーでいい?ストレート?」
「ジョシュアは何飲むの?」
「ウイスキーもらおうかな」
じゃあ、『俺』もそれ。とレイが言うのをサラは感慨深げに見ていた。
―――団長と、団員という立場ではなく、いつものレイとジョシュアという関係で心理戦を繰り広げて行くのね。
ジョシュアは立ち上がり、別に備えられていたテーブルの上に置いてある酒瓶を手に取り、グラスにそれを注ぎながら言う。
「ウイスキーと言えばさ、もう七年前になるけど、僕が交渉団に入団した時の母さんのお祝い何だったと思う?」
「その流れだと、ウイスキー?」
「そうそう、ダースで。信じられないよね?普通息子のお祝いってもっと、こう、さぁ?ねぇ?」
「ふっは、マリアさんらしいじゃん」
―――!!ああ。もうっ!その笑顔は禁止だってばぁぁ!
サラはレイの屈託のない笑顔にもやっとする。これを見学してる隊長格の人間の中には女性だっているのだ。さすがに女王のサラの配偶者とわかっているレイにコナを掛けるような輩はいないが、それでもハートをわしづかみにするのに充分な破壊力の笑顔なのは若い頃からだ。
「エルグラントさんは?」
「筋力増強剤」
「ぶはっ!!」
「ねぇ、うちの両親なーんかずれてるよねえ」
レイにウイスキーを手渡し、ジョシュアはもう一度レイと向かい合って座りなおす。
部屋の隅でマリアとエルグラントは笑いをかみ殺している。自分が贈った贈り物が恥ずかしいというよりも、自分の配偶者が何を贈ったのかを今知って面白すぎたのだ。
「…その時片思いだった人からも、プレゼント貰ったんだけどね」
ジョシュアの言葉にレイの眉がわずかにぴくり、と動いた。その変化に気付いたジョシュアは、視線だけで名前を出すつもりはない、ということを暗に知らせる。
この場にいる隊長格の人間たち、おおよそ十人ほどだが、その人間たちはジョシュアとアナが恋仲にあることは知らない。あくまで発表も団長という確固たる立場になってから、と約束していたからだ。
「信じられる?その子、その当時僕のこと好きでもなかったくせに自分の瞳の色のピアスくれたんだよ?」
「…そ、それはまた…なんというか」
レイが苦笑する。ここで相手を悟らせてはいけないから、謝罪の言葉もかけられないし、かといって慰めるのも変だしで、あいまいな言葉をかけることしかできない。
その場にいる全員も憐憫の目をジョシュアに向ける。片思いの相手からそんなもの送られたら誰だって期待してしまうのに、好意がないだと…!?みたいな視線だ。
「そうなの!?アナ。ジョシュアのあのいつもつけてるピアスってアナがあげたやつだったの!?」
「え…っ、あ、えっ!!??だ、ダメだったの?瞳と同じ色って…???」
こそこそとサラがアナに耳打ちし、アナはなぜ皆がそういう反応をするのかもわからずおろおろとしている。
「あんたって子は…」
はああ、とサラが頭を抱える。
「え?え??」
「ジョシュアの忍耐力は相当なものだわ…あのね、アナ。自分の瞳の色の宝石を女性が男性に贈るのは、あなたの傍にいつもいたいっていう意味なのよ…?」
「えっ!?え!?」
「あとできちんと謝っておきなさい…そんなのを片思いの相手から贈られたジョシュアの気持ちを考えなさい…はー…淑女教育で習ったはずなのに…」
「い、色恋のところは恥ずかしくて飛ばしてもらってて…」
「なんですって!?!?」
「「しーー!」」
再びカールとヘイリーの制止が入り、二人は慌てて口を噤むのであった。
「その恋は実ったの?」
レイがウイスキーを口に含みながらジョシュアに問う。
「ありがたいことに」
「今でも続いてるの?」
白々しく笑いながらレイが言葉を続ける。
「うん、ありがたいことにね。僕の大好きな人なんだ」
「いいねえ。結婚は?」
「…今必死で頑張ってるところ」
「なんで?前途多難な感じなの?」
「かなりね。相手が相手だから。正式に認めてもらえるように今頑張ってる」
「そうかぁ…ねえ、ジョシュアはさ」
言いながらレイモンドは立ち上がり、ウイスキーを手に取り戻ってくる。そして再び腰かけるとジョシュアの空になったグラスにそれを注いだ。続けて自分のグラスにもそれを注ぐ。
「相手のこと、どれくらい好きなの?」
「どれくらい…?って言うと?」
「何々一とか、どれより大きい、とか、何かをかけてもいい、とか、いろいろ表現はあるけど、まあ、あえて言語化するなら、どのくらいの質量の好きなのかな?って」
レイの値踏みするような視線に、ジョシュアは一瞬その双眸を顰めた、がそれはわずかの出来事で。
ジョシュアははっきりと、レイに届くように伝える。
「あえて言うなら、宇宙一好きだし、比較するものなんかないくらい大きいし、命をかけてもいい。そのくらい好き」
…沈黙。二人はじっとにらみ合うような視線をかわし合う。なぜここで沈黙になるのかなんとなく察したのはやはり女王であるサラだけだった。
そして――――先に沈黙を破ったのは、レイだった。
「残念、ジョシュア。俺の勝ちだ」
「…え?」
レイの言葉に、ジョシュアが呆けた声を出す。アナも、ひゅ、っと息を呑んだ。
レイは、静かにジョシュアを見据えて、残念そうに、そして…苦しそうに声を絞り出す。
「『命をかけてもいい』…俺のカードだよ」
ざわ、と会場がざわつく。アナの肩が震えだすのをサラは横目で盗み見た。マリアとエルグラントも、厳しい顔をしている。
そんな空気の中、ジョシュアはふ。と諦めたように笑った。
「…そうかぁ。…ああ、負け…ダメだったんだね、僕」
「…」
「…はは、やっぱ、レイさんは強いや。全然わからなかった、誘導されてるの」
「…」
「ああ…そっかぁ…ねえ、やっぱり、…ダメだよね?」
暗にアナとのことを言葉に含ませながらジョシュアは顔をそっと両手で覆った。
レイもまた、俯きながら苦しそうに声を絞り出す。
「うん、ダメだよ。ごめん、本当にごめん…ジョシュア」
再び沈黙が流れる。なぜか重苦しい空気が流れ、隊長たちもどうしていいかわからず困惑の表情を浮かべている。勝負が決まった、はい、終わりました、とならずになぜこういう空気になっているのだろうと皆ざわざわしている。
――――その時だった。今まで顔を覆っていたジョシュアの口からこの場に一番そぐわない音が漏れ出た。
「ふっ」
「―――ああああまさかやっぱり!?!?ジョシュア?」
突然のジョシュアの笑いと、レイの慌てた声に会場全体が「??????」となる。
「ごめんね、レイさん。僕の勝ちだ。ほら」
そう言ってジョシュアは手元のカードをひっくり返す。そこには『本当にごめん』の文字が。
「あぁぁ~~~もう…ジョシュアに俺の策がバレた時点でもう負けたって思ってたんだよ…」
「へへへ、いや、正直途中まで危なかったよ~?というかサラさ…陛下がいなければ絶対負けてた」
「うわずるい!え?いつ?」
「『命をかけてもいい』俺のカードって言った時」
「うわずるい!!」
「だってこの部屋にあるものはなんだって使っていいルールでしょ?陛下だって同様だ」
なんだなんだ???と全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「セリナ」
「―――はっ」
団長の顔つきに戻ったレイが、見届け人であるセリナの名を呼び、セリナは直ちに姿勢を直した。
「勝者はジョシュア・ホーネットだ。そのように宣言を。説明はあとからする」
「は、はいっ!発表します。勝者、ジョシュア・ホーネット!これにより、団長昇格試験合格を認めます!!」
未だクエスチョンマークを頭の上に掲げながらも、そこにいた観客は必死で拍手をジョシュアに贈るのであった。
観客と同じ「?????」を味わってください。笑
次回タネ明かしです~~~~




