ブライス子爵家
ブライス子爵家へ引き取られたのは
わたしが10歳の時だった。
流行り病で両親が相次いで亡くなり、
魔力持ちであり、母方の遠縁であった
ジョージ=ブライス子爵が
同じく魔力持ちのわたしを引き取ってくれたのだ。
昔は魔力持ちがうじゃうじゃしていたらしいけど、
昨今ではある一定の確率でしか生まれなくなっているという。
魔力を持つ者の養育は魔力を持つ者が。
というのは国の方針で、
魔力持ちを正しく育てる義務を魔力持ちに課した。
でも例えきっかけは義務からだったとしても
ジョージおじ様はわたしを家族の一員として
温かく迎え入れてくれた。
ジョージおじ様も数年前に奥様を
亡くされているとの事で、
新たに家族が増える事を殊の外喜んでくれた。
ブライス子爵家には三人の子息がいた。
長男のフレディ様(当時16歳)は
次期ブライス子爵として日々勉学や鍛錬に
勤しむ勤勉な方だった。
少々気弱な印象もあるが優しく穏やかな方だ。
魔術学校ではなく、普通の高等学院に通っておられた。
次男のワルター(当時13歳)は
魔術騎士になるという夢を抱いていて、勉学は
そこそこで剣術と魔術の鍛錬ばかりしてした。
脳筋なのにすらりと痩身で、見目がいいからいつも
近所の女の子たちからラブレターが届いていた。
三男のボリス(当時9歳)は
如何にもな末っ子タイプだった。
甘えん坊のくせにイタズラ好き。
わたしの方が年上なのに偉そうな態度なのが
気に食わない。
そんな三兄弟と初めて引き合わされた日の事は
今でも時々夢に見る。
フレディ様は優しく微笑んで出迎えて下さり、
「妹が出来たみたいで嬉しいよ。これからはなんでも頼って欲しい」と言ってくれた。
末っ子のボリスは挨拶もそこそこに
いきなりわたしの頭に蜘蛛を乗せてきた。
わたしは蜘蛛が苦手なのでパニックになっていると、次男のワルターが大笑いしながら蜘蛛を払ってくれた。
でもわたしの様子がよっぽど可笑しかったらしく、
その後もずっと大笑いをしていた。
わたしはホントにムカついたので
ワルターとボリスの頭の上にコップ一杯分ほどの
水を出現させて(わたしの魔力ではこの程度)、
頭から水を被せてやった。
それを見ていたジョージおじ様と家令のアーチーとメイドのマノンも大笑いして、ブライス家の居間は沢山の大きな笑い声が響き渡った。
それがわたしのブライス子爵家での
生活の始まりだった。
ジョージおじ様はわたしに充分な教育を
受けさせて下さった。
マナーやダンスなどの一般的な教養に加え、
魔法や魔術も学ばせて貰った。
今思えば、ブライス家の将来を見越しての
教育だったのだろう。
歳が近いのは末っ子のボリスだったけど、
魔法や魔術、中でもダンスレッスンはいつも
ワルターと共に受ける事になっていた。
脳筋のワルターは
ダンスや魔術のレッスンはいつも優秀だったけど、
座学になる魔法はわたしの方が成績は優秀だった。
まぁ仲は悪くなかったので
ワルターからは魔術を、わたしは魔法を教え合って、家庭教師の課題を協力してこなしていた。
ブライス家に引き取られて早2年の年月が過ぎ、
わたしは12歳、ワルターは15歳になっていた。
そして、わたしの中で人生の転機が訪れる。
ワルターが祖父である、前ブライス子爵から
魔力の継承を受けるというのだ。
この世界の魔術とはただ呪文、
術式を唱えれば扱えるというものではない。
火の魔術は火属性の魔力、水の魔術は水属性の魔力と、その魔術を扱えるようになる魔力を持って初めて用いれるようになるのだ。
魔力を持って生まれてくる者は
何かしらの属性を持って生まれてくるのだが、
(わたしは水属性)
長い年月をかけて違う属性の魔力を会得する事が出来る。
そしてその属性の魔力を他者に譲渡する事も出来るのだ。
その場合、譲った者はもう魔力は無くなってしまうが。
幼い頃から魔術騎士になりたいという
夢を持つワルターに、前ブライス子爵はご自身の
魔力を全て孫のワルターに継承させると仰ったそうだ。
それによりワルターは
地水火風、全ての属性の魔術を使えるようになるという。
それは魔術騎士としては大いに役立つ武器となる。
魔術騎士適正試験にも合格し易くなるそうだ。
でもこの国の魔法律(魔法の法律)で、
勝手な魔力の譲渡は認められていない。
魔力暴走を防いだり、
禁じられている魔力の売買を防ぐために、
きちんとした法的手続きを踏み、
その上で国が認める第三者立ち会いの下で初めて
譲渡が認められるのだ。
違反すると
牢に繋がれるか最悪の場合、
魔力没収という重い罪に問われる。
今回、立ち会い人として
魔法省から魔法書士がブライス家に来るという。
後学になるからと
フレディ様とボリス、そしてわたしも見学させて
貰う事になった。
庭に用意された大きな魔法陣の上に
前ブライス子爵とワルターが向かい合って立つ。
それを見届けた魔法書士が告げた。
「これより、魔力継承の儀式を執り行います。
立ち会い人は私、魔法省法務課、
ショーン=ハービーが務めてさせて頂きます。
ではブルーム=ブライス殿、始めて下さい」
その言葉を聞き、
前ブライス子爵はワルターの両手を自らの両手で
包んだ。
途端に魔法陣から光が立ち上がる。
魔法陣の陣形から放たれる光がワルターと
前ブライス子爵を包みこむ。
前ブライス子爵から“何か”が
ワルターに移行しているのが肌で感じる。
その“何か”が魔力なのだろう。
やがて静かに光は消えてゆき、
後には魔法陣の中で向かい合って立つ二人だけが
残された。
こ、これが魔力の継承……。
ホントに“譲る”という感じなんだ……。
そして魔法書士ショーン=ハービー氏が
高らかに宣言する。
「魔法省が定める手順に基づき、
正しく魔力の継承が成されたと認めます」
そう言ってハービー氏は
数々の書類を用意し、契約魔法と誓約魔法などを用いて書類を仕上げてゆく。
その一連の作業にわたしの目は釘付けになった。
こんな仕事があったなんて。
ワルターは自分の儀式ではなく、
魔法書士の仕事っぷりに感銘を受けたわたしを見て
気を悪くしたみたいだけど、
感動してしまったものは仕方ない。
魔法による公文書作成の一部始終を具に見たわたしは興奮し過ぎて、その夜は眠れなかった。
気になった事はとことん追求する主義で、
わたしは魔法書士についてあれこれ調べ始める。
そしていつしか、
将来は魔法書士になりたいという夢を
抱き始めた。
いつかは独り立ちして、
この家を出なければならないもの。
それなら好きな仕事に就いて
自分の力で生きて行きたい。
ジョージおじ様が、
わたしを三人の息子のうち、
誰かと婚約を結ばせようと考えている事など
思いも寄らなかった。