もう一度キミと ②
魅了解術後の昏睡から目覚めた俺を
待っていたのは、
リスとの将来を自ら絶ったという
残酷な現実だった。
そしてボリスから告げられた
リスからの伝言に更に地獄へと突き落とされる。
「兄貴……シリスがもう他人になったんだから、
二度と顔を見せるな、第三者を立てる事も
手紙を書く事もするなって言ってたよ……」
「……そうか……」
謝られたくもないくらい怒っているんだな。
当然だ……。
俺はそれだけの事を彼女にしたんだ……。
ああ、本当にシリスとの縁は
断ち切れてしまったんだな……。
それをしたのは他でもない自分だ。
俺は自分が許せない。
いっそ昏睡から目覚めなければ
良かったn……「何を言っておられるのですか!
ワルター様!貴方の人生はこれからなのですぞ!」
リスを失い生きる希望を見出せず、
俯き、蹲り、消え入りそうになっていた俺に、
我が家の家令のアーチーから喝を入れられた。
老齢であるにも関わらず
今だに筋骨隆々としているアーチーの
腹の底から出ている怒号を浴びせられ、
俺は思わず背筋を伸ばした。
幼い頃から、父よりもこの家令に怒られる事を
心底恐れていた。
「アーチー……リスは……この家を出る時、
泣いていた……?」
俺はその時のシリスを想像して、
胸が潰れるような思いがした。
いきなり家を追い出されて、きっと不安な表情を
していたに違いない……。
ところがアーチーの答えは予想外なものだった。
「いいえ、まったく」
「…………………まったく?」
「はい。シリス様は新しい生活に向け、
出陣される様な勇ましい面持ちで巣立って
行かれましたぞ。
このアーチーめが太鼓判を押したナイスな
アパートで頑張っておられるようです」
「……………本当に?」
「はい。ワルター様、そんなにシリス様の事が
気になるのであれば、しばらく陰から見守って
差し上げてはいかがでしょうか?」
「しばらく……見守る?……陰から?」
「そうです。年若い女性の慣れぬ一人暮らし。
どんな危険が待ち受けているかわかりません。
それならばワルター様が陰からお守りすれば
シリス様の暮らしは安寧なものになるかと……」
「…………」
その時の俺はただ、せっかくアーチーにシリスの
アパートの場所を教えて貰ったのだから、
元気にしているのかそれだけを確認するつもりだった。
朝、アパートを出て魔法省に登省する
シリスを見守る。
久しぶりに見る彼女は信じられないくらい
綺麗になっていて、眩しくて直視出来ないほどだった。
もともと美人で落ち着いた印象だったけど
19歳になり大人びた彼女はさらに
魅力的な女性になっていた。
こ……こんなに綺麗な彼女が王都の中心街で
一人暮らし……?
き、危険だ、危険極まりない。
これは陰に日向に見守らなくては……!
彼女に辛い思いをさせた俺に出来る唯一の
罪滅ぼしなのではないかと、その時の俺は
そう思った。
それからの俺は朝の登省時から
帰宅して鍵を閉めるまでの見守りや、
近所の住人に不審な者はいないか、
周辺に怪しい人物がいないかなど
事細かにチェックして、
常に陰から彼女を見守った。
そして万が一、家に居るリスに何かあっても
すぐに駆けつけられるようにタイミング良く空いた
下の部屋を借りて住み始めた。
その時は若干、アーチーが引いていたが
シリスも守れて俺の生きる気力が戻って来たのを
見て、何も言えなかったのだそうだ。
「いずれシリス様に懺悔をせねば……」
と言っていたが。
そうやってシリスの見守りと
騎士団員としての仕事を両立させながら
暮らしていたある日の事だった。
魅了に掛かり、衆人環視の中で公爵令嬢に
婚約破棄を突き付けた責を負って、臣籍に
降りられた元王太子殿下のモーガン公爵が
俺とスミスの二人を呼び出しこう告げられた。
「お前たち二人に陛下より王命が下された。
可能であるならば直ちに破棄となった元婚約者と
再婚約を結ぶようにと……」
……………え?
サイコンヤク……再婚約っ!?
なぜ魅了解除後から一年、
俺が昏睡から目覚めて半年も経った時に
そんな下知が!?
スミスも明らかに狼狽えているようだった。
しかしスミスの元婚約者の令嬢は
すでに他の令息との婚約が結ばれた後だった。
俺は………どうする。
俺はどうしたい…………?
そんなの決まってる。
いやでもリスは俺にはもう会いたくないと
言っていたらしいし……。
でも王命とあらば会いに行けるじゃないか!
いやしかし、そんな王命だからと開き直って
厚顔無恥に会いには行けない……。
でもこれを逃せばもう二度と
リスに会いに行けるチャンスはない。
…………よし。
もし、リスに今さらあり得ないと拒絶されても
せめてこれまでの事を詫びて終わらせよう……。
終わりたくはないが、
俺のリスへの気持ちは変わらない。
これからも陰から見守り続ければいい。
そ、そ、それだけの事だ……。
俺は決死の覚悟でリスに会いに行き、
王命により再婚約の下知が下された事を告げた。
でもやっぱり直接会って、面と向かって話を
してしまうともうダメだった。
どうしても、どうしてもリスが好きだった。
とてもじゃないが諦められない。
その時の俺は卑怯で、臆病で、情けなかった。
拒絶されるのを恐れながら
王命だから仕方ないとリスに言い聞かせ、
なんとかこの再婚約を考えて貰えるように
無理やり持って行った。
必死だった。
リスは考えさせて欲しいと言う。
取りつく島もなく拒否されるかと思っていた俺は
それに一縷の望みを懸けて待つ事にした。
何をどう考え、結論を出したのかはわからないが
その日の内にリスが再婚約を受け入れると
返事をしてくれた。
………やった……やったっ……!
でも……ごめん、リス。
本当は俺の顔を見たくないだろうに。
王命だからと仕方なく……。
……俺はもしかしてとんでもない仕打ちをリスに
しているのではないだろうか。
いや、しているよな……。
再婚約を結べて心底嬉しい気持ちと、
リスに申し訳ない気持ちが綯い交ぜになり、
俺は一週間もウジウジと悩んでしまっていた。
でもそれではいけないと自分を奮い立たせて
魔法省までリスに会いに行く。
今晩、食事に誘ってまずはこれまでの事を
謝ろう。
もしかして再び怒らせてやっぱり再婚約は
受けられないと言われてしまうのが堪らなく
恐ろしかった。
勇気を振り絞って魔法省のエントランスに
辿り着くと、前々からリスに付き纏っていた
(人の事は言えないが)同僚の男がリスの手を
強引に引き歩いていた。
俺は一瞬カッとなったが
すぐに冷静になるように自分を戒め、
その男からリスを引き離した。
以前のような距離感で側に立てた時に
ふわっと彼女の香りを感じた。
懐かしくて嬉しくて泣きそうだった。
リスにこれ以上呆れられたくなくて
努めて冷静に振る舞っていたが
大丈夫だったのだろうか……。
その後の食事で前向きにこれからの日々を
楽しもうと彼女が言ってくれた時は本当に
嬉しかった。
家に帰ってからさめざめと泣くほどに。
まさか半年後に王命を辞退する事になるだろうと
リスが思ってるなんて考えもしなかったけど。
その後はもうとにかく必死でリスの側にいた。
そしてやはりちゃんと謝ろうと決死の土下座で
許しを乞う。
謝罪と共に一番伝えたかった気持ちも告白した。
拒絶されるかもしれない恐怖が半端なかったけど、
リスに好きなのかと問われ、どんなに言葉を
尽くしても伝えきれない彼女への気持ちを
ぶち撒けた。
その後に返事の代わりにキスをして貰った時……
大袈裟かもしれないけど、
もう死んでもいいと思った。
涙が溢れて止まらなかった。
只々、その夜は幸せだった。
俺の数々の奇行が本人にバレてしまったけど、
それすら受け入れてくれて本当に、本当に
嬉しかったんだ。
リスの懐の深さに感謝してもしきれない。
こんな男を許してくれて、
受け入れてくれて、ありがとう……。
その後に潜入捜査やらで色々あり、
(直接は会えない日々でもこっそり見守っていたけど)
怒涛の日々を過ごす上ですっかり忘れていた
事がある。
とにかく再婚約の継続にばかり必死になって
頭から抜け落ちていた。
俺もリスもその事に気付いたのは
アレン兄弟の一連の事件が片付いて、
彼女の長期出張がいよいよ迫って来た時だった。
再婚約を結んだのはいいが、
結婚式をいつにするか、
俺たちは何も考えていなかった。
そしてとうとう期日になり、
リスは地方都市ローダムに出向して行った。




