公園の中心の噴水の所で愛を叫ぶ ①
こ、これって……
初めてみるけど、
東方の国で最上級の謝罪の時に披露するという
お作法の一つ、“土下座”というものよね!?
昨今では我が国にもこの所作を嗜む者が
増えて来たと聞くけれど、まさか自分がそれを
目の当たりにするとは思ってもみなかったわ。
でも……なぜ?
なぜワルターがわたしの目の前でそれしてるの!?
いくら人気がないとはいえ、
大の男のこんな姿を晒すわけにはいかないでしょう。
わたしは慌ててワルターを立ち上がらせようとした
が、ワルターは必死な様相で頑なに立ち上がろうとしない。
「ちょっ……ワルター!?」
「リス…リスっ!聞いてほしいっ!!
キミがもうこの事を蒸し返したくない、思い出したくもない、本当は俺の顔も見たくないほど怒っているのは知っているんだっ!!キミにこれ以上嫌われるのが怖くて……いや、キミの側にいられなくなるのを恐れて、今まで何も言えなかった!!
でも、でも聞いて欲しいっ!!
やっぱりちゃんと謝らせて欲しいんだっ!!」
「謝るって……、謝罪は要らないって
最初に言ったでしょう?」
「……今度の任務に就く事になって考えたんだ。
いや、どんな任務でも騎士である以上いつ命を落とすかわからない。もしかしたらこうやってリスに
会えるのも最後かもしれない。なのに俺は、まだ何一つ大切な事をキミに言えてない、だからどうか、どうか聞いて欲しいんだ」
ワルターは土下座をしながらも顔を上げ、
一心にわたしの事を見つめてくる。
その真剣な眼差しに気圧されながらも
わたしはとりあえず強引にぐいっと引っ張って
ワルターを立たせた。
「とりあえず立って。
そこのベンチに座りましょう」
「……うん」
わたしとワルターは噴水の側にある
ベンチに腰掛けた。
「「………」」
しばしの沈黙の後、ワルターが話し出した。
「まずは……俺が未熟だった為に魅了魔術なんかに掛かってしまってごめん。そして、それによりマリオン=コナーの言いなりになって、碌に帰らなかった事、挙句の果てに一方的に婚約を破棄した事、
本当にごめん。許されなくても当然の事をしたと、
本当はわかっているんだ……」
「……でも、あの魅了魔術は術者の体の一部を差し出して力を得る程の強力な魔術だったというのが
魔法省の見解よ。
太古の呪いレベルのね、そんな王宮魔術師でも跳ね返せるかどうかわからないほどの術を、まだ17歳だったあなたに抗えなかったのは当然よ。だからその事に関しては別に怒ってないわ」
そう、王宮魔術師と魔法省の調べで
明らかにされたのだが、
マリオン=コナーが自らの体の一部と
引き換えにして発動させた魅了魔術は
とてつもなく高度な術だった。
術式の詠唱も魔法陣も要らない。
“瞳術”と呼ばれる最高峰の魔術だった。
瞳の中に魔力を宿し、相手に自分の目を見せるだけで、または視線を送りつけるだけで術に絡め取る事が出来るらしいのだ。
マリオン=コナーの魔力量が半端なかったからこそ
発動可能な魔術であったのだが、その瞳術を手に入れる為に自らの体の一部を差し出すとは……わたしには到底理解できなかった。
「でも一方的に婚約を破棄した事実には違いない。それによってキミがどれほど苦労したか……償いたいと、謝りたいとずっと思ってた。でもキミはもう僕の事は忘れたいほど怒っているのを知っていて、会いに行ける度胸がなかった……」
まぁ忘れたいと思ってたのは事実よね。
「でも、どうしてもリスを諦めきれなくてウジウジしてた……。そんな時に再婚約の王命が下って……卑怯だとは思ってはいても、それに縋る事にしたんだ。だけどいざリスに会うとなったらやっぱり怖気付いてさ。拒絶されるのはわかってたからホント怖くて…だから王命だから仕方ないみたいな態度を取ってしまったんだ……とにかくまたなんとか繋がりたくて、心の中は必死だった。それであんな態度を取ってしまって……俺はホントに自分が情けないっ……弱虫で意気地なしだっ……!」
そう言ってワルターは両手で顔を覆った。
ワルターがそんな事を思っていたなんて……
想像もつかなかった。
わたしは魔法省に勤め出してから、
あの魅了魔術がどんなに凄いものだったかを
知る事ができたから、どこかでそれじゃあ
掛けられても仕方ないみたいな達観した答えが出ていた。
だけどワルターは魅了に掛かってわたしを
傷付けたと、わたしに苦労を強いたと、
ずっと申し訳なく思い続けて来たのか。
だからやり直してちゃんと責任を取ろうと……。
……もういいじゃない。
わたしはそう思った。
わたしはそんなに柔じゃないし、
ワルターはこれから過去の出来事に
ケリをつけるために、魔力売買の組織に
立ち向かう。
それはいずれ国のため、
人々の安寧な暮らしの為に繋がる。
それなのにわたしに対する罪の意識で
こんなにも苛まれている。
本当に、もういいじゃない。
半年を待たずして、彼がわたしから解放されてもいいじゃない、そう思った。
今日お会いしたモーガン公爵は
ワルターを本当に友人として大切に思って下さっているようだった。
早々に再婚約の辞退となっても、きっと彼がワルターを守ってくれるだろう。
「ワルター、もういいよ。
もうわかった。償いのためにわたしの人生を
引き受けようとしたその気持ちだけで充分よ。
謝罪を本心から受け入れます。だからもう、
罪滅ぼしの為のこの婚約は終わりにしましょう。
そしてお互い新たな人生を生きていきましょう。
でも婚約破棄の事はもう気にしなくてもいいけど、
ジョージおじ様の葬儀に来なかった事はちゃんとお墓参りして謝らないとダメよ」
この再婚約を命じた王様に憤りを感じたけど、
こうなってみればこれで良かったのかもしれない。
この王命がなければ、おそらくこうやって
ワルターと話し合う機会は無かったと思うから。
臆病なのは彼だけじゃない、
わたしだってこれ以上嫌な思いをしたくないと
耳を塞いできたのだから。
でもこうやって話が出来て、お互い納得して、
決別ではなく今度は穏やかな気持ちで
それぞれの道を歩んで行くことが出来る。
幼い頃から家族同様に暮らして来たんだもの。
やっぱり幸せになって欲しいと心から願っているし、
出来れば二度と会えないような関係にはなりたくない。
そもそも最初の婚約からおかしな事に
なっていたんだから、ワルターをこれ以上、
縛り付ける必要はない。
この形なら、お互いまた家族として、
幼馴染として、友人として接していけるはず。
ちょっと胸が痛いのも今さらだ。
初恋はとうに封印した。
だからこれでいい。
そう思ってわたしは
少しの寂しさを胸に感じつつも
晴れやかな気持ちでワルターへと
顔を向けた。
だけどワルターは、
絶望に近い感情を抱いていると
側から見てもわかるような表情で、
わたしの事を見ていた。




