塩味はお好きですか?
新しく法務局の局長に就任されたシュザンヌ様たっての願いにより、シュザンヌ様の元婚約者であり、元王太子であり、現魔法大臣であるクリストフ・モーガン公爵の出迎えに付き合う事になったわたし……。
どんな顔して迎えたらいいのよ。
しょっぱい顔かしら?
やっぱりしょっぱい顔をして迎えたらいいのかしら?
玄関ロビーに向かう途中でシュザンヌ様は仰った。
「謝罪は受け入れたけど、あの時の私の態度は酷いものだったと思うの。そんな気まずさもあるし、一体どのように振る舞えばいいのかしら……」
わたしは少し考え、こう言った。
「シュザンヌ様、塩味はお好きですか?」
「え?……塩味?」
シュザンヌ様は要領を得ないようにキョトンとした顔をしている。
そんな顔さえ美しいなんてずるいですわ。
「わたし、ローストビーフなどもシンプルに塩で食べるのが好きなんです。シュザンヌ様はいかがですか?」
シュザンヌ様は不思議そうな顔をしながらも、わたしの質問に答えてくれた。
「私もボイルしたお野菜などはシンプルに塩でいただきますわ」
「そうなのですね、では大丈夫です。今日は塩でいきましょう」
「え?塩?ランチの話しをなさっているの?」
「いえ、今から会う人達には塩対応で充分だと思われます」
「あ、そういう意味……ぷっふふっ」
わたしの言わんとするところがわかったシュザンヌ様が可笑しそうに笑い出された。
「ありがとうシリスさん、なんだか緊張が解れました。そうね、こちらが狼狽える必要はないわよね」
「そうです。塩でいきましょう。なんなら塩を撒いて追い払ってもいいです」
わたしが軽口を続けるとシュザンヌ様はころころと鈴を転がすように笑った。
そうよね、わたしはワルターの事は半年間振り回して終わってやると気持ちに区切りをつけたけど、関係が壊れたままの再会となるとかなり不安になるわよね。
まったく……魅了オトコ共ときたら……。
そんな事を考えていると、二台の馬車が停車した。
諸々の馬車から護衛や侍従と見られる人達が降りてくる。
その中の一人にワルターの姿を見つけた。
目があって、ワルターは驚いた表情を浮かべていたけど、次の瞬間にはちょっと照れ臭そうな笑みを向けて来た。
く~!イケメンだと思って調子にのりおって……。
でも今日のわたしは塩味シリスだと決め込んでいるので、ふっと業務的な笑みを浮かべるだけに止めておいた。
そして件の大臣公爵が降りてくる。
モーガン公爵は神妙な面持ちでこちら歩みを進めて来た。
う、なんだかわたしも緊張してきた。
モーガン公爵はシュザンヌ様の前に立ち、固い表情ながらも微笑んだ。
「……お久しぶりですね。この度は法務局局長への就任、おめでとうございます。今日は貴重な時間をいただき、感謝いたします」
それに対し、シュザンヌ様が応える。
「ありがとうございます。閣下におかれましても
大臣へのご就任、誠におめでとうございます」
そう言って、シュザンヌ様はあっさりとした
笑顔を貼り付けた。
ナイスですシュザンヌ様。
見事な塩加減です。
それからモーガン公爵は隣にいるわたしに気付き、「キミは?」と尋ねてきた。
「お初にお目にかかります。法務局書士課のシリス・クレマンと申します」
わたしが名乗ると公爵は一瞬考え込まれ、そしてハッとしてワルターの方に顔を向けられた。
ワルターが頷くのを見て、公爵はわたしに向き直った。
「失礼。初めまして、ミス・クレマン。キミの話は婚約者から予々聞いているよ。
なるほどワルターが夢中になるわけだ」
ん?ムチウチ?
ごめんなさい、よく聞き取れませんでした。
ワルターがムチウチ?
わたしはワルターの方をちらりと見た。
首は大丈夫そうだ。まぁよくわからないが良かった。
「では閣下、こちらへどうぞ。ご案内致してますわ」
シュザンヌ様が公爵を建物の中へと誘った。
わたしが先ほどまでいた、局長室の応接室に今度はモーガン公爵が通される。
モーガン公爵があの高級ソファーに座った。
その後ろにワルターを含む3名の騎士と公爵の侍従が並ぶ。
対して向かいのソファーにシュザンヌ様が座り、
わたしと首席秘書官のミス・ドルクが後ろに立った。
運ばれて来た紅茶を口に含み、公爵が徐に話し出す。
「今日伺ったのは大臣就任の挨拶ともう一つ、数々の魔力取締法に違反している組織の討伐に本格的に入る事を知らせに来ました」
「本格的に……ですか?」
思いがけない言葉だったのか、シュザンヌ様はは少し驚かれた様子だった。
「前法務局長と魔術騎士団が前々から調査に当たっていたのは報告を受けています。しかしこれからはもっと深くまで潜り込んで捜査をします。」
「もっと深く、と申しますと?」
「潜入捜査です」
「潜入……彼らの居場所を特定されているのですか?」
「まぁ大凡は」
シュザンヌ様は少し困惑されたように言われる。
「危険……なのではありませんか?」
「危険は百も承知だと彼らは言っております。しかし、誰かがやらねばならない。彼らも承知の上です」
「彼ら……とは?」
シュザンヌ様が尋ねると、公爵は後ろを仰ぎ見て告げた。
「後ろのこの3名が潜入捜査に当たります。内、二名は局長もご存知の通り魅了魔術に掛けられた者です」
「……!」
「彼らと私に掛けられた魔術は、かの組織によって売買されたもの。自らの罪と落とし前を着けるために他のどの者達よりも適任だと判断しました」
ワルターが潜入捜査捜査?
え?それってかなり危ないんじゃないの?
シュザンヌ様は少し考え込み、公爵に告げた。
「承知致しました。大臣が決められた事を一局長のわたしが口を挟める事ではありませんから。かの組織の取り締まりは、魔力売買が主であるからには法務局が管轄となります。協力、バックアップは惜しみません。なんでも仰って下さい」
シュザンヌ様の言葉に公爵はほっとしたような表情を浮かべられた。
「感謝します。では早速、把握している分の魔力売買についての報告書を開示して頂きたい」
「それについてはミス・クレマンの方が詳しいでしょうね、どうですか?すぐに提示できますか?」
シュザンヌ様に尋ねられ、わたしはすぐに応える。
「はい。全て時系列順にまとめ、ファイリングしてありますので直ぐにお持ちできます」
「さすがですね、ではお願いします。書士課の課長にはミス・ドルクに連絡を入れて貰いますのでもう直接保管室に向かって下さい」
それを受け、わたしは軽く会釈をした。
「承知いたしました。量が多いのでブライス卿のお手をお借りしてもよろしいでしょうか?」
これの返答はもちろん公爵がされた。
「もちろん。こき使って下さい」
「ありがとうございます。では、ブライス卿、こちらへ」
「はい」
わたしが促すとワルターが急いで駆け寄って来た。
退室し、ドアを閉める間際に、
「ワルター、あいつ犬みたいだな、捨てられまいと必死だ」
と公爵が小さく呟かれたのは、わたしの耳には届かなかった。




