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Lycoris−21gに乗せる理由−  作者: 硯朱華
「あたしは、知りたい」
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「あたしは、知りたい」


 そう言って彼女は、強い意志が宿った瞳を真っ直ぐに俺に据えた。


「あたしの無二の友人が、なぜ殺されなければならなかったのか」



 ※ ※ ※ ※



 どこもかしこも気が狂いそうなくらい真っ白な部屋にそいつ(・・・)が足を踏み込んできた瞬間、あたしは状況を忘れて思わず目を丸くした。


 真っ先に目に入ったのは、喪服のような黒服と、その腰に下げられた日本刀だった。サラリとこぼれかかる髪も黒。ネクタイも黒。両手も黒い手袋に包まれていて、唯一ジャケットの中のワイシャツだけが白い。


 ──若い。


 今すぐお葬式に出席できそうな装いの男は、気だるげに顔を上げるとあたしを見やった。こぼれかかっていた髪が重力にしたがって払われ、その下にあった瞳が露わになる。


 最近まで現役の女子高生だったあたしが言うのも何だけど、すごく若い人だった。多分、同年代くらいだろう。もっと年がいった人間が出てくるものだと思っていたあたしは、色んな意味で目を丸くする。


 ここまで白と黒だけで構成された人を初めて見た驚き。まさかの同年代の登場。……そして何より、髪の下から現れた容貌が、ちょっとやそっとじゃお目にかかれないくらい美しかったことに。


「……及川(おいかわ)美南(みなみ)、罪状は殺人が複数件」


『はー、イケメンって、ほんとに声までイケメンなんだぁー』と場違いな感想を抱くあたしの前で、声と言わず、表情と言わず、全身から気だるさを放出させながら、そいつは淡々と言葉を紡ぐ。


「現行犯逮捕されており、物証も多数。本人も容疑を認めており、掃除人(そうじにん)による片付けを希望している。……間違いは?」

「ないよ」


 その驚きを飲み込んで、あたしはそいつの……あたしを片付け(殺し)に来た掃除人の言葉に答えた。


「じゃあ、始めるか」


 あたしもあたしで大概気軽な返事をしたけども、現れた掃除人も随分言葉が軽かった。


「命の片付けを」


 ……今から(あたし)を、国家の名の下に殺すというのに。



 ※ ※ ※ ※



 

 いつから世界がこんな風になってしまったのかを、あたしは知らない。少なくとも、親の世代にはすでにこういう(・・・・)のが当たり前になっていたらしい。


 増えすぎたから、減らす。


 優秀な人材を優先して育み、不良な人材を優先的に切り捨てる。


「その前に、ひとつ、質問いーい?」


 100年くらい前、この国は少子高齢化のために存亡の危機に瀕していたらしい。だから時の政府はどーにかこーにかして人口を復活させた。


 そんな内容は現社の時間に習ったけど、具体的にどんなことをしたかまでは授業じゃ教えてもらえなかった。きっと、政府が主導でやったんならろくでもない方法だったんだろう。


 じゃなきゃ今、その反動で人口爆発が止まらない社会を、こんな『間引き』みたいな方法で解決しているはずがない。


「あたしの要望って、どこまで通るの?」


 人が人を選定し、人が人の命を選別する。


 まるで家畜のようだと、あたしは思う。


 学力的に、体力的に、一芸的に秀でている人間。社会的に有意義的に生きている人間。存在理由が重い人間。


 そういう人間を、国が選別して、優先的に生存を保証する。


 逆を返せば、学力的に、体力的に、一芸的に劣っていれば、それだけで国民は国に殺されてしまう。生体的な不良品である病人。存在理由が見出せない浮浪者。存在が許されない重罪人。そういう人間を屠殺して場所を空けて、この国は選別した人間を飼育しているんだ。


 この国だけじゃない。世界中、どこだってそう。だからみんな、この国という狭いゲージの中で必死に生きようともがいている。


『生存を許される存在理由』という椅子を、みんなで必死に取り合っている。


 なんて、滑稽。


 ……かく言うあたしだって、最近まで必死にそのデスゲームの中であっぷあっぷしていたわけなんだけども。


「……あんたが素直に片付けられる対価として望んだっていう、あの要望か?」


 あたしは、そのデスゲームから滑り落ちてしまった。……ううん、自ら滑り落ちた(・・・・・・・)


 全ては、掃除人と相まみえるため。国に『いらない』と判断された人間を片付ける、命の片付け屋に真実を問うため。


 そのためにあたしは命を懸けて……ううん、命を捨てて(・・・・・)、ここにいる。


「理解に苦しむ。もう終わってしまったことを問い質すために、あんなことをしでかしたってのか?」


 男は気だるげな表情を崩さないまま、覇気のない声で言った。


 そんな男の言葉に、あたしの目元がピクリと跳ねる。


「終わったこと、ですって?」

「事実、終わっている。片付けはとうの昔に完遂され、関係書類は完了案件棚に移動済みだ」

「ええ、書類上ではそうでしょうよ」


 入ってきたドアに背中を預けるように立った男を睨み付けて、あたしはドスの効いた声を上げた。胸の内のドロドロした感情が滴る程に乗せられた声は、あたし自身が信じられないくらい低い。きっと、声が物理的な攻撃に化けることができるならば、このひと声で目の前の男を(くび)り殺すことができただろうと思うくらいには。


「でも、あたしの中では何も終わってないのよっ!!」


 床に固定された椅子の上。両腕を後ろで椅子に固定された拘束服。


 こんな装備の中に押し込められていなかったら、今すぐ男に駆け寄って、気だるげにさらされている喉笛を噛みちぎってやったのに。


「あたしは、知りたい」


 そんな激情を押し殺して、あたしは低く地を這うような声と殺意に染まった視線を男に向ける。


「あたしの無二の友人が、なぜ殺されなければならなかったのか」


 フワリと、脳裏に可憐な笑みがよぎった。春の木漏れ日や、花がほころぶ喜びを思わせるような、この世界で一番美しくて幸せな笑みが。


花咲(はなさき)咲夜(さくや)。なぜ、彼女が片付けられなければならなかったのかを」

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