第9話「それいけ!パンゴーレム──助けた娘が工場長の娘でした」
【前回までのあらすじ】
①工場長「お前らに教えるレシピは無ェよさっさと帰れ」
②レシピなんて無くたってこっちには秘策があるもんね→無理でした
③こうなりゃ何が何でもレシピを手に入れるしか無ェ!ホッド屋の名にかけて!
「誰か、助けて下さい!」
「グェへへ……こんな山奥で助けを呼んだって、誰も助けに来やしねぇさ」
街道の脇で盗賊に襲われていたのは、飼い犬と散歩中の女性だった。彼女がリードを引く犬は盗賊を威嚇するように唸っているが、残念ながら、盗賊を怯ませるには犬の体躯は小さすぎたようだ。男は犬など無視して、構えた棍棒を振りかざしながら女性を脅していた。
「さぁ、さっさと有り金を全部出しな!」
盗賊が怒鳴り声を上げたその時だった。背後から「おーい。危ねえぞー」という気の抜けた声。
「誰だッ俺の邪魔をする奴はッ!!」盗賊は身を翻して、声の主へ棍棒を振り下す。しかし、それは空を切った。「……は?」
ドガッッ!!
間の抜けた声と同時に、盗賊の身体は道路を爆走してきた馬車に跳ね飛ばされた。
「おっと、すまねぇな~。ま、コレに懲りたら道端で遊ぶんじゃねぇぞ~」
声の主はもちろん男であった。彼は道路脇ギリギリを攻め、盗賊を轢くと同時に襲われていた女性を拾い上げたのであった。厳密に言えば、男は手綱をさばくのに必死だったので、プリンとショタが二人がかりで女性の手を取り、幌馬車の中に引き込んだのであるが。
盗賊は宙を舞い、近くの木の幹にぶつかって気を失った。だが、男は振り向きもせずに馬車を走らせ続ける。盗賊の安否など毛ほどの興味もないのだ。
「店長、なにも、轢くこと、無いじゃないスか?」女性を引っ張り上げるのに体力を使い切ったのか、エルフが息を上げながら男に訊ねる。「あと、めちゃくちゃ、疲れたんスけど……こんな重労働、久しぶり、ッス」
「追ってこられてもめんどくさいしな。まぁ、二人ともよくやった。後で何か良いもん食わせてやるよ」
「絶対ッスよ?」
プリンは余裕のない笑みを浮かべてその場にへたり込む。すると、目をパチクリさせながら男とプリンのやり取りを襲われていた女性は、ようやく自分が救出されたことに気がついた。彼女は目に涙を浮かべながら、三人に向けて深々と頭を下げた。
「助けて頂き、本当にありがとうございます!!」「わんわん!!」
胸に抱えた子犬共々、深い感謝を口にする女性は、サラサラの長い黒髪と小麦粉みたいに白い肌の、幸薄そうな娘だ。だが、美人から感謝されることに慣れていない男は、むず痒そうに首を掻いた。
「礼なんて、後で金一封でも包んでもらえれば十分よ」
「図々しいスね店長。自分は払わなかった癖に」
「要求されなかったからな。払えと言われたら払うつもりだったさ」
「どーだか」
厚かましいことを口にする男と、彼に訝しげな視線を向けるエルフ。だが、女性は首をぶんぶんと横に振る。「いいえ、構いません!命を救って頂けたのですから、そのくらいのお礼はさせてください!」
「いいねお嬢さん、話が分かる」臨時収入が確定した男は、思わず口笛を鳴らした。「名前はなんて言うんだ?」
「マーガレットです」
「マーガレット、いい名前だ。家はどこだ?ついでに送っていってやるよ。犬を連れてるくらいだから、そこまで遠くないだろ?」
「え……あ、ありがとうございます」男の提案に彼女は少し躊躇ったが、やがてそれを受け入れた。このまま馬車を下りたとしても、また盗賊に出会ってしまう危険があると考えたからだ。彼女は御者台近くまで移動すると、家までの道筋を男に伝えた。「えっと、もうすぐ行ったところにある看板を右です」
「了解、看板を右ね」男は目を凝らして、目印の看板を探した。すると、だんだんと遠くの方に木製の看板が見え始めた。「おっとアレか……あれ、アレってどこかで」
その看板がはっきりと認識できる距離まで来た頃、男は目を丸くして、馬車を止めた。
「……マジか」
その看板に書かれていたのは、『この先 パン工場→』という文字。男は振り返って、まじまじと助けた女性の顔を見ると、確信した。彼女が邪無の娘であると──
──数刻後。男は再び、”パン工場“の応接室のソファに座っていた。そして、彼の前にはまたも邪無が座っていた。しかし、今回は工場見学の時とは違った。盗賊に襲われていた娘を助けたという事を邪無に伝えると、彼はコック帽を外し、先ほどとは打って変わって慇懃な態度になったのだ。
「いやはや、なんとお礼を申し上げたらよいか……娘を助けて頂き、心から感謝いたします……!」
「いえいえ。こちらこそ貴方のゴーレムに救われた身ですから、お互い様ですよ」
男は謙遜しながら、謝礼の話を切り出すタイミングを窺っていた。先程はマーガレットに金銭を要求したが、邪無が彼女の父親であれば話は別だ。ここは、なんとしても謝礼として魔法のパンのレシピを差し出して貰いたいところである。だが、ガードの固い邪無のことだ、下手に要求しても断られるだけだろう。ここは邪無の弱みにつけこみ、確実にレシピをモノにしたい。
「ところで先程、ゴーレムがパン工場の周囲をパトロールしていると伺いましたが、何故、今回はお嬢さんを助けに来なかったのでしょうか?」
「パトロールをしているのは『一号』1体だけです。たしかに彼は盗賊やならず者を見つければ直ちに懲らしめに向かいますが、身一つでは限界があるのです」邪無はそう言うと、下唇を強く噛み締めた。「……すぐに新しいパンゴーレムを作り、娘を守らせるようにしますよ。今日は久々に徹夜ですかね」
愛想笑いをする邪無の顔は歪んでいた。それは、怒りと悲しみが入り混じった哀しみを帯びていた。その怒りの矛先に居るのは、どうやら盗賊だけではないようだ。その顔を見た男は、この場では謝礼の話はしない方がいいと判断し、適当な相槌でごまかすことにした。
「さて、今日はもう遅いですし、泊まっていってください。貴方は恩人だ。礼を尽くさねばなりません」
やがて邪無はおもむろに立ち上がると、そう提案した。男にとって、それはなんともありがたい申し出だった。暗く危険な夜道を走る必要も無いし、宿代も不要、それにもてなしが付いてくるというのだから万々歳である。男は是非にと邪無の提案を快諾すると、プリンとショタの二人にこのことを伝えるため、一度応接室を出た。
二人が居たのは、邸宅のキッチンだった。ここのキッチンは、味王の城のモノとまではいかなくとも、なかなか広く良い機材が揃っているシステムキッチンだ。二人はそこでマーガレットと一緒に何か作業をしていた。
「あれ、お前ら何やってんだ?」
二人を見つけた男は、テーブルの上に敷かれた小麦粉の生地に目をやりつつ訊ねる。すると、プリンは手元の生地を捏ねながら、ため息をついた。
「見れば分かるッスよね?パン作りッスよ」
「へぇ。パンってこうやって作るんだ」
「何で知らねぇんスか」
二人が話していると、マーガレットがやって来て、男に頭を下げた。「すみません、私がお二人を誘ったのです。まさか、貴方方が昼にも父の下を訪ねていらしたとは……さぞ不快な思いをさせてしまったでしょう。『工場見学』を謳っておきながら、技術も何も見せず、果てはレシピを盗もうとする悪人扱い……」
実際、男の目的は是が非でもレシピを手に入れることであり、その為にはレシピ強奪をも視野に入れていたので、邪無が男たちを警戒したことは何ら間違いでは無かったのだが、もちろん男がそれを口に出すはずもない。
「いや、まぁ、レシピを知りたかったのは事実だしな」
「申し訳ありません、父は他人を決して信用しないのです。いや、できないんです。だから、その代わりと言ってはなんですけど……私が二人に美味しいパンの作り方を教えてあげているんです」
「え、パンの作り方って……?」男は小麦粉の生地を一つ手にとる。娘ならば、邪無のパンのレシピを知っていてもおかしくない。もしかしたら、という思いが頭に浮かんだ。
「もちろん。父が作るパンのレシピとは違いますよ?」
「あ、はい。そうですよね」
さて、そんなこんなで数十分。プリンとショタはマーガレットに手伝ってもらいながら、遂に手作りパンを焼き上げた。窯から出したばかりのパンの甘く芳ばしい香りが食欲をそそる。
「プリン、これ僕が作ったパン!食べてもいいよ!」
「わぁ、美味そッスね!いいんスか?」プリンはショタの差し出した焼き立てパンを口にすると、幸せそうな顔で男に言った。「店長、もうこれで十分じゃないっスか?十分っスよね!?」
しかし、男は貰ったパンを千切って口に放り込むと、首を横に振った。「いいや、これじゃダメだ」たしかに、このパンだって十分美味しい。流石はパン職人の娘、良いものを作るし、人に教える技術もある。だが、男が求めているのはあくまで『邪無のパン』。そのレシピを本人の口から聞いてこそ、このパン工場に来た意味があるのだ。
「なぁ、マーガレットちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう?レシピは教えられませんよ。父から言われているので」
「いや、別件」男はなんとはなしを装って訊ねた。「なんで邪無は『工場見学』なんて開いてるんだ?」
邪無が工場見学に来た人々に対し、昼間のような性格の悪い態度を取る理由は既に想像がついている。だが、そもそも他人にレシピや技術を教える気も無いのであれば、何故工場見学などを開いているのか、その理由が男にはどうにも分からなかったのだ。
「それは……」
しかし、男の質問に対しマーガレットは口をつぐんだ。彼女にも知らない邪無の思惑があるのか、あるいは、どうしても言えない理由があるのか。そこで、男は質問を変えることにした。
「マーガレットちゃんのお母さんは、パン工場には居ないのか?パン職人なのに」
「えっ?何故母のことを……?」
「応接室に一枚の写真が飾ってあった。マーガレットちゃんと邪無さんと……コックスーツの女性が写った家族写真」
まるで探偵が推理を披露するように淡々と言葉を連ねる男。だが彼女は答えず、代わりに自分の家族の事を詮索する男に怪訝な顔を向けた。
もちろん、男は邪無のレシピを手に入れる為、彼の弱点を探っているだけなので、彼女が不審を抱くのは正しい反応である。だが、男はさも自分が正しいというような凛々しい表情を作ると、彼女の肩を掴んで改めて彼女に訊ねた。
「このパン工場は何なんだ?お父さんの目的は何だ?頼む、教えてくれ」
しばらくの沈黙が続いた。だが、表面上は真摯な男の態度に遂に心を開いたのか、やがてマーガレットは静かに口を開いた。
「……今日、貴方を父の下へ連れてきたパンゴーレム、『一号』が殺した盗賊を、覚えていますか?」
「ああ、俺たちを襲ったボロいフードの盗賊だろ?そいつがどうしたんだ?」
「彼こそ、全て、の、元凶なんです」そう言うマーガレットの声は微かに震えていた。よほど思い出したくないことなのだろう。彼女は言葉に詰まりながら、ゆっくりと話した。「盗賊の名前は……『ウォー』……母を殺し、父に殺された……哀れな男です」
「邪無が“殺し”?」
マーガレットの告白を男が遮ろうとした時、大きな爆発音が男たちの耳をつんざいた。爆発音は、地鳴りのような濁音ではなく、衝撃波を伴った鋭い音。それは、爆発が彼らのすぐ近くで起きたことを示していた。男は、とっさに彼女を守ろうとマーガレットに覆いかぶさった。
「キャアアアッッ!!」
「大丈夫だ。安心しろ。こんなんじゃ死にゃしねぇ」
「う“ぅ……はい……」
突然の事態に悲鳴を上げるマーガレットに男は、彼女を抱く腕に力を入れてそう言った。当然の如く根拠など無い。涙目で鼻を啜る彼女を安心させる為だけの言葉だ。
「ところで、その『ウォー』って奴の話は長いのか?」
「え?……う“ん……長い、です」
「よし、んじゃあ、それは後でいい。とりあえず、今起きた爆発を……」
バギャァァァッ!!!
その時、キッチンに居た人間は言葉を失った──煉瓦の砕ける音とともに、天井からあるものが勢いよく落下してきたのだ。それは──
「頭部損…率8…%……険域ニ突…。至…新シ…身体ニ…換……」
顔面が半壊したパンゴーレム・『一号』だったッ!!
Tips19:何がとは言わんがマーガレットはE。
Tips20:マーガレットはパンを作る時メガネをかける
Tips21:爆発があった時、もちろんショタはプリンが守りました