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第8話「それいけ!パンゴーレム──魔法のパンと秘密のレシピ」

【前回までのあらすじ】

①パン工場に向かう途中で盗賊に襲われた

②パンゴーレムが盗賊を焼き殺した

③パン工場に案内された

「ようこそお越し頂きましたな。私がこのパン工場の主、邪無(じゃむ)である」その壮年のパン職人は、社長椅子にふんぞり返りながら、男たちを迎えた。頭の上には丈の高いコック帽、純白のコックコートを纏っている。



 『邪無』。世界最高峰のパン職人として名高い男。彼の作ったパンには王族にもファンが居、その味は至高である。平民ではそのパンを口にするのも難しく、一般予約は1年先までいっぱいだ。その功績から、彼は別名・パンの魔術師とも呼ばれる──そんな御大層な二つ名を持つ邪無だが、実際に目の辺りにしてみると、どこにでも居そうな少しメタボ気味で白髪まじりの中年だ。



 パンゴーレムに連れられ、『工場見学』という名目でパン工場へとやってきた男たちであったが、もちろん『工場見学』などは真の目的ではない。彼らの目的は邪無のパンのレシピを手に入れること。世界最高のパンは、ホットドッグの品格を上げるのにもってこいの食材だ。



「お噂はかねがねお聞ききしている。『ホッドッ』でしたかな?なんでも、安く早く旨い、三拍子揃ったパンだとか……」顔の前で手を組み、邪無は片側の口角を上げるように笑った。「是非一度、食べてみたいものだ」



「いやはや、あなた程の方に知って頂いているとは、光栄ですね。それにしても……ここは本当に『パン工場』ですか?(かまど)とか無いですけど」



 社交辞令も程々に、男はこの工場に来てからずっと気になっていたことを訊ねた。パン工場に到着した時、男たちは一様に目を丸くした。なぜなら、そこはおおよそ食品を生産する工場とは思えない、ただの邸宅だったからだ。一応、家庭用の小さな竈やシステムキッチン、パン生地を捏ねる為の大きなテーブルはあるものの、どう見ても工場とは言えない。



「ふふっ……まぁ、そう思われるのも無理はありませんな。実際、工場見学に訪れた方々は、口を揃えてそうお訊ねになる」男の質問に、邪無は鼻を鳴らした。「しかし皆様、お忘れになられているようですな。私がパン職人である以前に、『大魔道士』であることを」邪無はそう言うと、右手の指を強く鳴らした。すると、男たちの前に焼きたてのパンが出現する。



 男は思わず目を見開いた。しかし、彼のその小さな反応は、二人のオーバリアクションにかき消される。「何もないところからパンがっ!?」「えっ、何したスか!?」突然現れたパンを前に、プリンとショタが驚きの声を上げたのだ。



 その反応に満足したのか、邪無はしてやったり顔で声の調子を上げる。「『錬成魔法』と言えば分かるかな。材料さえ近くにあれば、私はどんなパンでも作られるのだよ」邪無は続けて何度か指を鳴らす。フランスパン、ブリオッシュ、フォカッチャにブレッチェン。種々のパンが彼らの前に生成される。「どうぞ、お召し上がりください」



 邪無がそう言うと、二人は目を輝かせてテーブルの上の美味しそうなパンを食べ始める。そんな彼らを横目で見つつ、男は不敵な笑みを浮かべるパン職人に拍手を送った。「流石、パンの魔術師。大魔道士の称号は伊達ではないと言うことですね。まさか魔法でパンを作っているとは。いや、私のような凡人には思いつかない発想ですよ」



 もちろん、それは適当なおべっかだ。ホットドッグしか生み出せないとは言え、男も邪無と同じような事をしている。彼がパンを魔法で生み出した時でさえ、全く驚かなかった。むしろパンが現れただけで歓喜するプリンとショタにびっくりだ。「しかし、何故わざわざパンを作るのに、大層な魔法を?」



 男がそう質問するのには訳がある。確かに魔法を使えば、機材が無くとも短時間でパンを生み出すことは可能だが、相応の魔力を消費する。それは、一人の人間にとっては軽くない精神的ストレスであり、平均的な魔法使いの寿命は一般人より10年は短いとも言われている。故に、日々大量のパンを作っている邪無の精神にも相当な量の負荷が掛かっているはず。言い換えれば、邪無は命を削ってパンを作っているのだ。たかがパンを作るためだけに、その労力は割に合わないだろう。



 だが、そんなことは十分承知の上なのだろう、邪無は貼り付けた笑顔を崩さずに答えた。「もちろん、魔法にはそれを使う上で様々な制約が課される……だが、それを踏まえても、魔法でパンを作ることは、私にメリットを与えてくれるのだ」そこまで言って、邪無は指を三つ立てた。「一つ目は、先程お見せしたように、パン作りに時間を消費しないこと」



 言葉を区切って、彼は一つ指を下げる。「二つ目は、一度術式にレシピを組みこんでおけば、同じ最高品質のパンが量産できること。このパンは私の人生そのものと言っても良い。そのレシピを使って質の低いパンや失敗作を作ってしまうことが耐えられないのだ。それもあって、このパン工場には私と助手である娘しか居ない」



「娘さん?姿は見かけませんでしたが」



「この時間は犬の散歩に行っている。さて最後。これは、あなた方には関係の無い話だとは思うが……」邪無は男の瞳の奥をじっと見据え、続けて三つ目のメリットを話し出した。「つまり、レシピの流出を防ぐ為だ。至高の食べ物とも評される私のパンは、かの味王にも認められた品物でね。レシピを盗もうとする(やから)も多いのだよ。しかし、魔法で作ってしまえば、その心配もない」



 邪無の言葉は確実に男に向けられたものだった。つまり、男の浅はかな計画など邪無はお見通しだったという訳だ。プリンが不安そうに男に目配せをする。しかし、男は一切の動揺も見せず、余裕な佇まいだ。



「なるほど。邪無殿は非常に用心深い方だ。工場の周りをゴーレムにパトロールさせているようですし……いや、私も一料理人としてレシピの管理は気をつけないといけませんな。はっはっは」



 なんともわざとらしく笑う男。たしかに、このままではレシピを頂く(ぬすむ)ことはできない。だが、何もレシピの現物が無くとも、男の側には神の舌を持つショタが居る。食べた物のレシピを完全再現できる特殊能力をもったショタが。その彼は既に邪無のパンを口にしており、後でレシピに書き起こして貰えば何の問題もない。即ち、邪無がパンを出した時点で、男の計画は果たされていたのだ。



 すると、邪無は椅子から立ち上がり男に背を向けた。「パトロール……ああ、『一号』のことですか。なにしろ、この辺りは街もなく治安が悪いのでね、自衛が大切なんですよ。何か大変な事が起きては遅いですから……」出し抜かれたとは微塵も感じていない邪無は、男の口から出た言葉に引っかかったようだ。窓から外の景色を眺めながら語る彼の眉間には、少し皺が寄っていた。



「街には住まわないのですか?聞く限り、パン工場とは言っても民家のようなものですし。治安を気にするであれば、街の方がずっと良い」



「いえ……ここは、私の故郷なんですよ。それに、材料を保管しておく大きな倉庫も必要ですしね」その提案を断る邪無。色んな人からも同じことを言われ、慣れているのだろう、彼の言葉に淀みは無かった。



 男はその時、応接室の壁に飾られた一枚の写真に気がついた。家族写真だろうか、額に収められたその写真に映っていたのは、濃紺のローブを纏った男性と幼い女の子、そして、白衣姿の女性。男がその写真に気を取られていると、横からプリンが耳打ちをしてきた。



「店長。何時まで居るつもりスか?」



 その言葉に男は気を取り直す。思えば、ショタにパンを食べさせることに成功した以上、このパン工場に居座る意味は無い。そう判断したら行動は早かった。「邪無殿。パンをごちそう頂き、ありがとうございました。それでは、私達はこれで……」



「む、そうか。大したもてなしも出来ずにすまなかったな。近くの街までゴーレムに送らせようか?」



「いえ、結構。先を急ぎますので」



 さて、邪無の好意をやんわりと断った男たちは、すぐさま馬車に乗り込むと目的を果たした男たちは逃げるようにパン工場を後にした……のだが。



「あぁ!?何だってッ!?レシピが分からないぃ!?どういう意味だ!?」



「そ、それが……パンはとても美味しかったんですけど……」



 馬車に乗り、男がショタにパンのレシピについて訊ねると、返ってきたのは想定外の答えだった。パンを食べたは良いものの、いつもとは違ってレシピが全く頭に浮かんでこないのだという。



「こんなこと、初めてです……」尊敬する男の期待に応えられなかったことがショックだったのか、ショタは申し訳無さそうにうなだれる。そんな彼の頭をよしよしと撫でながら、プリンが男に一つ心当たりを伝えた。



「店長。もしかしたらコレ、魔法かもしれないスね」



「なに?また魔法?」



読心術(テレパス)っていう魔法は聞いたことあるスよね?あの、他人の心を覗き見られる魔法。実は、それを防ぐ(アンチ)魔法ってのがあるスよ」



「なんだ、つーことはアレか?邪無の野郎、自分が作ったパン一つひとつにコピーガードでも付けてるってことか?」



「この子の舌でも分からないってことは、多分そうッス」



 プリンにそう言われ、男はそこで初めて、自分たちが邪無の手のひらの上で踊っていた気がついた。いや、きっと自分たち以外にも、パンのレシピを盗まんとする者には全員、同じような対応をしているのだろう。工場見学という言葉に釣られた人間に対し、レシピを守る自分の強力な魔法を見せつけることで、レシピを盗もうという意思を喪失させようというのだ。



「それじゃ、結局アイツから直接パンのレシピを聞き出さなきゃいけねぇってことか……しょうがねぇな」



「というか店長、なんでそんなにあのパンに執着するんスか?たしかに美味しいパンだったスけど」



「さぁな。あきらめが悪いだけだよ」



 だが今回ばかりは、彼の作戦は失敗だ。男は馬車を繰り、もと来た道を猛スピードで進む。そして、パン工場のある里山の入り口まで来た時、男の目に衝撃の光景が飛び込んできた──



「キャアア!助けてぇ!」「グヘヘ。殺されたくなかったら金出しな!」



──女性が、盗賊に襲われていた。



 男は馬車を止め、呟く。



「治安悪すぎだろ……」

Tips16:パンゴーレムは三号まで存在する。


Tips17:邪無は一度手作りしたパンしか生み出せないので、『ホッドッ』は生み出せない。


Tips18:異能と魔法はちょっと違う。

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