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第6話「もう夜遅く。夜食にはホットドッグを」

【前回までのあらすじ】

①ホットドッグについて考えすぎてゲシュタルト崩壊。

②ホットドッグ作れなくなった→作れるように治った。

③ホットドッグ探しの旅に出ることになった。

「勝手に休業したと思ったら、お次は気ままな旅行か……いいご身分だな。どこへでも行けばよいだろう」



 雨夜の酒場(サルーン)。豊満な双丘をカウンターに乗せた女オーナーが、男に冷ややかな視線をおくる。



 『本当のホットドッグを見つける』などと世迷(よま)ごと(のたま)った翌日。何かを始めると決めた時、男の行動は早かった。男は少年の親に大金を積み、彼を旅へ帯同させることを快諾(かいだく)してもらうと、その足で酒場へ行きマスターに馬車と馬を借りた。プリンには酒場を辞めてもらった。そして、食糧や日用品を金に物を言わせて買い漁ると、たった一日で旅支度を終えたのであった。



 だが、男には最後に一つ、やるべきことが残っていた。出発の前日、彼はそれを果たす為、酒場に女オーナーを呼び出したのであった。とは言っても、彼女は宮廷料理人兼人気料理店シェフ。男とは違い多忙な人間だ。ようやく彼女が酒場に姿を見せたのは、夜もすっかり()け、酒場の騒ぎも落ち着いた頃。



 女オーナーは男の話を聞くと、舌打ち混じりに訊ねた。「で?そんなことを報告する為だけに、この私を呼びつけたのか?」



「もちろん違う」男は眉を上げてそう言うと、彼女の前に一枚の紙を置く。「はい、オーナーにプレゼント」



「『()』オーナーだ、気色悪い。何の真似だ?」(にが)い顔でそれを手に取った彼女の瞼がぴくりと動いた。「……コレ、お前の『ホッドッ』のレシピか?」



 男は頷いた。彼女に渡したのは、少年が書き起こしたホットドッグのレシピ。それを、さも自分が作ったかのように振る舞うのが彼らしい。だが、それを一読した女オーナーの顔は一気に神妙になった。



「貴様……どういう風の吹き回しだ?」



 料理人にとって自分の料理のレシピは命にさえ代えがたいモノ。料理店で働いた経験のある人間ならば、誰でも知っていることだ。故に、男がホットドッグのレシピを自分に見せたのは、一流の彼女には理外の出来事だった。



 男は酒を仰ぐと、真剣な瞳で彼女を見つめた。「俺が旅に出た後、オーナーに『ホッドッ』を作ってもらいたい」



 オーナーの眉間に皺が寄るが、男は臆さずに続けた。「『ホッドッ』を売り続けて数年。俺が言うのもなんだが、『ホッドッ』はこの街に無くてはならない食べ物になった。安く、早く、そしてなにより旨い。今じゃ、この街のみんなが『ホッドッ』を求めている……俺がこの街に居ない間、彼らの腹を満たして欲しいんだ」



 女オーナーは頬杖をつきながらその話を聞いていた。生意気な話だが、決して間違ってはいない。現に、男がホットドッグスタンドを休業した一月、手軽で美味しい食を失った街には明らかに活気がない。少数ながら店の再開を求めるデモ活動も起こっている──誰が呼んだか『ホッドッ飢饉(ききん)』。街は満たされぬ日々が続いていた。彼女は、鼻を鳴らして男を問い詰めた。



「お前が始めたことだ。それが分かっているのならば、自分で『ホッドッ』を作ればいい。何故、私にレシピを託してまで旅に出る?」



「俺は……」男は、この一月のことを女オーナーに話した。思うようなホットドッグが作れなくなっていたこと。ホットドッグについて考えすぎて、ゲシュタルト崩壊が起きたこと。天性の味覚を持つ少年に出会い、自分のホットドッグを思い出したこと。そして……


「俺は、この2年、ひたすら同じ『ホッドッ』を漫然と作り続けていた。食材、形、味。全く同じ。皆、それを望んで、俺もそれに応えた。それで皆満足していた。だが、宮廷料理人の選考に落ちて、それじゃあダメだと気づいたんだ」言っている内に感情が入ってきたのか、男は拳を握りしめる。「『ホッドッ』はもっと美味しくなる可能性を秘めている!俺は俺の(・・)……マスターやオーナー、味王、街の人間、全員が美味しいと感じる『本当のホッドッ』を作りたい!」



 店内が静まり返る。力強く大言壮語を宣った男を、マスターと女オーナーの二人は冷めたような面持ちで見守っていた。だが、やがて女オーナーは「現状では満足できんか……」とポツリと呟くと、マスターに蝋燭がないか訊ねた。



「蝋燭ですか……?少々、お待ちください」



 そうして、マスターに蝋燭を持ってこさせると、彼女は何の眉一つ動かさずにレシピの書かれた紙を()べた。レシピは勢いよく炎に包まれてゆく。



「あまり私を馬鹿にするなよ?」唖然とする男の前に、彼女は灰と化したレシピを放った。



「私の店で提供する料理に、貴様のレシピを使うなどありえん。『サンサーラ』は高級料理店。それに相応しいレシピでなければならない」女オーナーは男の瞳をじっと見据え、淡々と言葉を紡ぐ。料理人としてのプライド。他人のレシピ、それもかつて自分の店から追い出した男のレシピを使うなど、ありえないことだった。



「いらぬ心配だ。貴様が居なくなった後、言われずとも街の人々の腹は我が『サンサーラ』が満たす。だが、覚悟しておけ。この街に帰ってきた時、貴様の店に元の場所など無いと」



 どこへでも行け。彼女はぶっきらぼうにそう言って顔を背けた。男は彼女の言葉に口元が緩めた。「とりあえず、良い返事をもらえてよかったよ」



 残っていた酒を飲み干すと、男は二人分の酒代をカウンターに置いてマスターに謝った。「プリンの件、すまんな」



「いえ、元々短期アルバイトとして雇っていましたので……それよりも、馬車の調子はどうです?車輪は錆びたりしてませんか?何しろ随分使っておりませんので」



「ああ、大丈夫。全然問題ない。それと馬と車のレンタル代なんだけどさ、やっぱり最初にまとめて払っといた方がいいか?」



「後払いで構いませんよ。どうせすぐに帰ってくるでしょう?」グラスを磨きながらいつものように軽口を叩くマスター。



「そうかもな」



 男は一笑するとカウンターに背を向け、歩き出した。だが、彼がドアに手をかけた時、女オーナーが彼を呼んだ。



 足を止めた男に、彼女は訊ねる。



「もし貴様が旅から帰ってきたら……」その先に言い辛いことでもあるのだろう、彼女は言い淀んだ。しかし、やがて景気づけに酒を一気に飲むと、顔を赤くして言葉を続けた。「また、私の店に戻ってくることなど、ありえないか?」



 雨音だけが店内を包んだ。男は俯いて首を傾げると、2年前、『サンサーラ』を解雇された日も、同じような雨だったことを、思い出した。やがて、彼は背を向けたまま答えた。



「少し、言うのが遅いですよ。オーナー」



 カラン、カラン。乾いたドアベルの音とともに、男は雨の中へ消えていった。



「……『()』だと言っただろう。勝手な男だ」やがて男の姿が見えなくなると、彼女は口を曲げてボヤいた。「なぁ、マスター?」



「男って奴は、そういう人種なんですよ。後先考えずに行動するし、飽きっぽいと思いきや変なところで意地を張ったりする」マスターは彼女のグラスを片付けながら、ハハと笑った。「しかし、あの男は度が過ぎますがね」



「それだけがアイツの取り柄だ。『あきらめない心とチャレンジ精神』だったか……簡潔に言うと馬鹿だが」



 彼女の言葉にマスターは深く頷くと、何かを思い出したように手を叩いた。「あ、そうだ。彼が土産に置いていった『ホッドッ』がありますけど、食べますか?お酒の(シメ)になりますよ」



「ん、もらおうか」マスターからホットドッグを受け取り、かぶりついた女オーナー。口周りにケチャップを付けながら、彼女はため息まじりに言った。「相変わらず、塩っ気が強いな」

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