最終話「あきらめない心とチャレンジ精神」
■1■城
ここは異世界のとある城。もっと言うなら、味王という王の居城のお手洗い。
水の流れる音と共にそこから出てきたのは、プリン頭の色白エルフ娘、通称プリン。その手にモップを携えた彼女は、廊下の窓を掃除している使用人の女性を見つけると、気だるげに声をかけた。
プリン「センパーイ。トイレ掃除終わりまシたー」
ホッドッ屋を辞めてから、男と味王の約束通り、彼女は味王の城の雑用として働いていた。給料は当時の5倍。仕事は金の為だと割り切っている彼女にとって、例え仕事内容がトイレ掃除係だろうが、この転職は大正解だと言っていい。
センパイ「あら、早いわね。ありがとう」先輩と呼ばれたメイドは、彼女の仕事を労うと、エプロンのポケットから小さなメモを取り出した。「えーっと、プリンちゃんは……今日はこの後お休みだっけ?」
プリン「っス。半休貰ってるんで」彼女は有給が付与されたら惜しげもなく使っていくタイプの人種であった。
センパイ「じゃあ、モップを片付けたらもうあがっていいわよ」
プリン「はい。お疲れ様っした」
踵を返して歩き出すプリン。すると、その背中越しに先輩メイドが声をかけた。
センパイ「……あの、プリンちゃん」
プリン「?……なんスか?」
センパイ「ずっと気になっているんだけど……」振り返ったプリンをじっと見つめながら、彼女はおずおずと訊ねた。「なんでジャージなの?」
彼女の前にいるエルフはどうだ。上下黒色のジャージに加え、足元は隙だらけの素足に健康サンダル。所見で彼女をメイドだと見抜ける者は居ないだろう。頭に巻いた白い三角巾だけが、僅かなメイド要素と思えなくもない。
だが、城の使用人に明確な服装規定は無いとは言え、メイドとして雇われた女性はメイド服を着ることが暗黙の了解。メイド長を始めとして、プリン以外の全ての使用人が、黒いワンピースドレスに純白のブリムとエプロンという、一分の隙もない伝統的なメイド服を纏っている。
もちろん、雇われて2年目の先輩メイドも例外ではない。故に、彼女は疑問だったのだ。何故、目の前のエルフはジャージを着ているのか。そして、今まで誰もそれを指摘していないのか。特に、ここのメイド長は伝統や規則を重視するタイプだ。
そんな彼女の疑問に、プリンは小首を傾げたまま答えた。
プリン「メイド服って動きづらくないスか?」
センパイ「たしかに」まさかの正論に、彼女は思わず頷いた。確かにジャージの機能性の高さは誰もが認めるところである。流石はエルフ、暗黙の了解などお構いなしということか。
センパイ「でも。メイド長は何も言わなかったの?」
プリン「『たしかに』って言ってまシた」
プリンはモップを片付けると、その足で城門へと向かう。すると、その道中で同じく城門に向かうベルと出会った。
プリン「ベルも修行終わったんだ」
ベル「うん、師匠が、今日の修行は早めに終わりにしてくれたから」
二人が城門に着くと、そこには既にベルの師匠……高級料理店『サンサーラ』の女オーナーが居た。いつもきっちり身嗜みを整えている彼女ではあるが、今日はいつにもまして輝いてみえる。具体的には顔の白粉が三割増しだ。
オーナー「……本当に準備は良いか?」プリンのジャージ姿を見た彼女は、少し困ったような顔でそう訊ねる。だが、「特に何も持っていく物とか無いですシ」と答えるプリン。そうか、と言葉を濁すと、ベルと一緒に馬車に乗るよう促した。「よし、後は味王様が来たら出発だ」
プリン「王様ってなんでこんな準備に時間かかるんスかね?」
オーナー「女も同じだろう?」
馬車の奥に身をつめながらなんとはなしに言うプリンに、オーナーは冗談めいた口ぶりで答える。
プリン「え?」
だが、その意味が掴めず、色白のエルフは小首を傾げる。オーナーはそんな彼女に対し、恨めしそうに目を細めた。「……エルフは羨ましいな」
さて、プリン達に遅れること数分後、従者の騎士を連れて味王が馬車までやって来た。「やぁ。遅れて済まないね」そう言う彼も、普段とは装いが少し違う。王宮で過ごしている時のゆったりローブの上に、フードの付いた外套を羽織っている。そして何よりプリン達の目を引いたのは、頭に載せた花の冠であった。
プリン「味王サン、それってどうしたんスか?」
それを見たプリンが訊ねると、味王は不思議そうな顔をして、「君はエルフだろう?知らぬのか?」と質問を返した。
プリン「エルフと何か関係あるんスか?」
味王「…………いや、すまない。エルフだからと十把一絡げにするのはよろしくなかったな」味王は少し驚いたように目を開いたが、すぐに平静を取り戻すと、その小さな冠を撫ぜた。「これは、恩人のエルフから貰ったものだ」
プリン「へぇー、花冠の贈り物とか可愛いことシますね、その子」
味王「そうだな。可憐な女性だった」
馬車がゆっくりと動き出した。
■2■酒場
オーナー「……しかし、まさかあの男が結婚するとはな」
今日、プリン達が街へ行く理由。それは、男とマスターの結婚パーティに参加するためだ。にわかには信じ難い話であったが、結婚報告とパーティへの招待文が書かれた手紙には男とマスターの連名で署名が記されていたので、彼女たちは信じる他無かった。
プリン「ウチは、マスターさん本人の口から聞くまでは信じられないス」
オーナー「気が合うな。実は私もだ。彼女にはじっくり話を聞かねばならん」
そんな話をしていると、いつの間にか馬車は街へと到着したようだ。結婚パーティの会場である酒場は、その大通りの途中にある。しかし、御者は酒場から少し離れた通りの角に馬車を止めた。
御者「すみません、ここからは歩きでお願いします」
オーナー「なぜ酒場の前まで行かない?」
御者「今日はなにやら人が多く、無理に馬を走らせると危険なのです」
彼の言葉にプリン達が馬車を降りると、街の大通りには沢山の人でごった返している。または、何かを目当てに行列を為しているようにも見える。
プリン「祭りでもあるんスかね?」
味王「いや、この時期に祭りなど無い」その時、味王の足元に一枚のチラシが風に乗って飛んできた。彼はそれを拾い上げ、目を細める。「……なんだコレは?」
赤と黄色の下品な色のそのチラシには、大きな文字で次のように記されていた。
【新装開店記念大出血サービス!!
本日酒場にご来店のお客様は"無料"でホッドッをプレゼント!!】
オーナー「頭が悪いチラシだな」
プリン「どう考えても店長ッスね……まぁとりあえず、酒場に行きまスか」
人混みをかき分け、彼女たちは酒場へ向かった。すると、何故か酒場の入り口はしまっており、「CLOSE」と閉店の示す看板には「→ホッドッ欲しい人は広場へ」と貼り紙がされていた。
オーナー「どういうことだ?たしかに結婚パーティの会場はこの酒場では?」オーナーは眉間に皺を寄せながら、プリンに訊ねる。
プリン「分かりません。マスターに話を聞きましょう」
オーナー「なぜ店に居ると分かる?」
プリン「マスターはいつだって店に居るんでスよ」
プリンはそう言って酒場の扉を開ける。カランカランと鳴る鐘。
がらがらの店内で彼女達は、当然のようにカウンターに座り、なんとはなしに寛いでいるマスターを見つけた。
マスター「おや、皆様お揃いで」店内に入ってきたプリン達の姿を見た彼女は、紅茶を一啜りすると言った。「どうぞ、お好きな席で寛いで下さい」
オーナー「会って早々悪いが……マスター、この馬鹿げたチラシはなんだ。あの男はどこに居る?」
のんきに紅茶を嗜む彼女に、オーナーは少し苛立ちながら訊ねる。すると、彼女は残念そうにため息を吐いた。
マスター「昨日、『パーティなんて客が多けりゃ多い方が良いだろ』とかほざいた後、その紙切れを街中にばら撒いた結果、今朝から店に数千の客が押し寄せる結果となったので、急遽広場に配布場所を変え、半日経っても未だホッドッを配り続けています」
オーナー「正真正銘の馬鹿だな」
プリン「結局パーティ出来てないし」
マスター「そのパーティですが、彼の招待でお城から参加するのは貴方達三人でよろしかったですかね?」
オーナー「三人……?いや違うぞ、四人だ。私とプリン、ベルと……」
プリン「あれ、味王サンは?」
ベル「『ホッドッを頂いてくる』って言って外に行っちゃった」
オーナー「勝手なコトを……まぁいい、パーティまでには戻ってくるだろう。というより、こんな状態でパーティなんて出来るのか?」
マスター「無理ですね。紅茶でも飲んで、彼がホッドッを配り切るのをのんびり待っていましょう」
そう言われ、テーブルに座るプリン達。紅茶とケーキを運んできたマスターに、そう言えば、結婚を祝っていなかった事に気がついた彼女達は口々に祝いの言葉を伝えた。「おめでとうございまス、マスターさん」
すると、彼女は少し困ったような顔をして「お店に来る皆様は一様にそう仰いますが、別に祝われるようなこともないのですよ」と少し早口に言った。
オーナー「いや、結婚したんだろう?」
マスター「それは法律上の話であって、実情は異なります。皆様に言っているのですが、これは私と彼の共同経営なんですよ。酒場の昼営業を止めたので、その時間帯を彼に使わせてあげることにしたんです。いわば契約、そう私と彼は極めてビジネスライクな関係なのです。そのような話の中で、あちらが一々酒場に通うのも面倒だと言ってきたので、まぁそれならば私としましては一緒に暮らすことも吝かでは無いと……」
プリン「照れてまス?」
マスター「……」
プリン「……」
マスター「…………」
ベル「……」
マスター「……………………」
オーナー「……」
マスター「とんでもない。私は事実を述べているだけですよ?」
プリン「じゃあ、隠し事無しで事実を全部話シて下さい」
マスター「何をでしょうか?」
プリン「決まってるじゃないでスか。理由でスよ理由」そう言うと、プリンはマスターの手を引いて、彼女を自分とオーナーの間の席に座らせた。「マスターがあの店長と結婚した理由でス」
マスター「えぇ……いや、私は別に……」強引に迫るプリンから目を逸して、彼女は助けを求めるようにオーナーの方に顔を向ける。しかし……。
オーナー「プリンの言う通り、あの男のどこがそんなに気に入ったのか、是非お聞かせ願いたい」
既にオーナーに逃げ道は無かった。ここには、好奇心に駆られ他人の色話を根掘り葉掘り聞こうとする女二人と、難しいことは何も知らずにケーキを頬張る男児しか居ない。
いや、しかし彼女たちを招いたということは、遅かれ早かれこうなる運命か……マスターは、観念したように口を開いた。
マスター「……はぁ。そうですね、強いて言えば──」
■3■ホットドッグ・スタンド
一方、その頃の広場では、噴水近くに居を構えたホッドッ・スタンドにはホッドを求め、津波が如く人々が押し寄せていた。
アイン「ヘルツ!お前も捌くの手伝え!」
ヘルツ「んー……ホッドッの塩気が微妙に少ないですね、味がぶれています」
男「売りもん食ってんじゃねぇよ!給料から引いとくからな!」
ヘルツ「何故です!?今日は無料なのでしょう!?」
男「限度ってもんがあるだろうが!売り子のくせに一人で100本以上食べやがって!」
そのスタンドで、朝から人々にホッドを配り続けているのは、なんとたったの三人。店長の男と、日給2万Gで雇われたアインとヘルツである。男が生み出したホッドッを二人が次々に捌いていく……一見完璧に思えるこの作戦には、まさかの落とし穴が存在していた。
鬼娘・ヘルツが食欲を我慢できずに、大好物のホッドッをつまみ食いしてしまうのだ。鬼人族にはそう言うところがある。真面目だと思っていた彼女が、働かせてみたらまさかのポンコツだった為、戦力は実質的に半減以下であった。
一向に減らない客。横でホッドッをつまみ食いしているアホ。空腹。客。結婚パーティ。頬にケチャップ付けたまま接客するアホ。客。隣のむさ苦しいアイン……多くのストレッサーに、ついに男はキレた!
男「チクショウ!誰だこんなバカな企画を考えたバカは!」
アイン「お前だよ!何だ無料って!限度ってもんがあるだろうが!」
男「嬉々としてチラシ作ったのはどこのどいつだよ!」
ヘルツ「二人とも、口を動かす前に手を動かした方がよろしいかと」
アイン&男「お前がな!!」
その時、二人の怒声に割って入るように、一人の客が注文をした。
「お取り込み中に申し訳ないが、ホッドッを1本頂けないかな?」
どこかで聞いたその声の主に男は思わず視線を向けた。フードを深く被ったその客は、男と目が合うとわずかに微笑んだ。
味王「どうも、今度こそ、お忍びで来させてもらったよ」
男「……王様の口に合うか、分かりませんけど」男はそう言うと、味王に注文通りホッドッを一つ渡した。
蒸したソーセージ、ピクルス、細長いバンズ……味王が受け取ったそれは、何の変哲もない、まさに彼が初めて出会ったホッドッであった。
味王「合うに決まっている」彼はそう言うと、その場でホッドッにかぶりついた。
ソーセージをパンごと噛み切る軽快な音。
口の中に広がる肉汁、トマトス、マスタドス──そして押し寄せる、味素によって、何倍にも増した強烈な“旨味”──。
味王は、あっという間にそれを平らげると、頬にマスタドスを付けたまま男に訊ねた。
味王「これが、貴公の"ホッドッ"か」
男「ああ」男は力強く頷いた。「下品な味かもしれないですけどね」
味王「何を言う!民が、この美味しいホッドッと共に、幸せそうに笑っているじゃないか!」
彼は手を広げ、男の視線を広場へ向けさせた。
或いは家族で、或いは友人同士で、或いは独りで。或いはベンチに座り、或いは食べ歩き、或いは家に待つ家族の為に持ち帰り……そこに在ったのは、男のホッドッを自由に美味しそうに、食べる老若男女の姿。その皆が笑顔だった。今この広場には、不幸せなものなど一切ないのだ。
味王「私の求めていたものこそ、今この日この場所にある」その光景を見た味王は、遠い目をして言った。「できることならば……これが、いつまでも続くことが理想だ」
男「そりゃ、アンタの仕事ですよ」
味王「その通りだ」率直な男の言葉に、味王は思わず声を出して笑う。「では、偉大なる先人に聞きたいのだが、貴公はどうやって私が求めていたものを形にしたのだ?」
男「そりゃ、まぁ……端的に言うなら──」
『──あきらめない心とチャレンジ精神、ですかね』
■ 何年も働いていた料理店を解雇された男は、「異能:ホットドッグ無限生成」で天を目指す!今さら「戻ってこい」と言われてももう遅い!! ■
■ 完 ■




