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第5話「まず、ホットドッグとは何か」

【前回までのあらすじ】

①スマイルは有料。

「俺の『ホッドッ』は旨い……それは確かだ。そうじゃなきゃ、こんなにもお客さんが来てくれるはずがない。じゃあ『品』ってのは一体なんなんだ?」



 男は悩んでいた。未だ、味王の『ホッドッの味は品に欠ける』という言葉の真意を掴みかねていたのだ。味王だけでなく、女オーナーもホットドッグの味については指摘しているので、味に改良の余地があるのは確か。しかし、品の無い男には、何が問題でどこを改良すればいいのか、とんと見当がつかなかった。それに、彼らの批評に反してホットドッグの売上は好調。プリンが接客技術を覚えてからはリピーターも増えている。その事実が、男をより悩ませていた。



「客が『美味しい』って言ってくれるだけじゃ、ダメだってのか?大衆料理と宮廷料理に何の違いがあるってんだ?なぁ、もう俺お前のことが分かんねぇよ……」



 店の裏で膝を組み、ホットドッグに話しかける男。かなり精神は追い詰められているようだ。だが、当然ホットドッグは答えてくれない。男はため息をつくと、おもむろにホットドッグにかぶりついた。



「……ん?」その時、男は舌の上に確かな雑味を感じた。ねっとりとした、不快な甘味だ。いままで、そんな味は感じたことが無かった。不審に思った男は、もう一度ホットドッグを生成し、それを齧る。すると今度は、妙に塩気が尖った味が口内に広がる。


「もしかして、俺の『ホッドッ』が、『不味く』なっているのか!?」原因は全く分からないが、生み出したホットドッグの味が、以前よりも格段に落ちている。ホットドッグに対する疑心暗鬼がそれを生じさせたとでもいうのだろうか?



 その日、男は急遽、ホットドッグスタンドをしばらく休業すると告知した。もちろん、ホッドッを楽しみにしていた客は閉店に反対したし、売り子のプリンも「いきなり休みにされても困るスよ」と不満を口にした。だが、クソ不味いホットドッグを提供しようものなら、店の評判は一瞬で地に堕ちてしまうだろう。男は譲らなかった。



 だが、男も考えなしに休業を宣言した訳ではない。思えば、ホットドッグスタンドを開業してから、ほぼ無休で働き続けている。人間だろうが機械だろうが魔法術式だろうが、稼働し続けていたら不具合が起きるのは当然のこと。加えて、このところ精神的にも負荷が高い日々が続いていた。こんな時は気分転換に限る。休暇をとって疲れを癒せば、きっとまたいつもの味が生み出せるはずだ。男はそう考え、一月の休みを取った。



──さて、男のリフレッシュ方法の基本は飲む・打つ・買う。休暇中、男は堕落と享楽の限りを尽くしたのだが、それはホットドッグとは別の話、ここでは割愛する。



 そうして報知した休業期間も終わりを迎える頃、いい加減ホットドッグも美味しさを取り戻しているだろうと、男はもう一度、ホットドッグを生成してみた。だが……



「ッ!?……ペッ!なんだこりゃァ……まるで粘土だ。見た目は完璧に『ホッドッ』なのに」



 男は酷く顔を歪ませ、口に入れたソレ(・・)を吐き捨てた。(ひど)い味だ。ただ甘いだけのソース、泥を固めたような食感のソーセージ、べちゃべちゃのパン。最早ホットドッグどころか、食べ物と呼ぶのも(はばか)られる物体であった。



 眼下のホットドッグの模造品を見つめながら、男は戦慄(せんりつ)した──自分は、もうホットドッグを作れなくなってしまったのか、と──だが、彼はすぐさま、そんな弱気な思考を振り払った。



「違う……ッ!そんなことある訳がない!もっとイメージに集中するんだッ!!」



 男はかつての美味しいホットドッグを求め、がみしゃらにホットドッグを生み出し続けた。そして、やがて自宅がホットドッグで埋め尽くされた頃、彼はあることに気がついた。



 ホットドッグがどんな味だったのか、分からない。



──ゲシュタルト崩壊。この数ヶ月、男を苦しめていたのは(まさ)にこれが原因であった。



 ゲシュタルト崩壊とは、例えばある文字を注視し続けた時、「あれ、この文字ってホントにこの形だったっけ?」となるように、文字の形が正確に認識できなくなり、さらには文字自体への理解も失われる現象である。男の場合、ホットドッグについて考えすぎた結果、ホットドッグが何なのか分からなくなってしまった為、生み出すホットドッグも不味くなってしまったのだ。



 だが、男がその因果関係に気づくのはまだ先の話。クソ不味いホットドッグに囲まれた部屋で、彼は途方に暮れた。このままでは、スタンドを再開することなど出来ない。しぶとさだけが取り柄だったが、ついに諦める時がきてしまったのか。



 その時だ。扉を叩く音が男の耳に入る。



「店長ー。店長いまスかー?」売り子エルフのプリンの声。店が休業中なので、一時的に酒場で働いているはずの彼女が、一体なんの用だろうか。



「いや、今、休業中。なんで俺の家に来たの?」男はドア越しに質問する。



「いや、なんか店長に会いたいお客さんが居て……店が休みだからって、酒場まで探しに来たんスよ?だから私が連れてきたんでス」



「俺に、客?」思い返してみるも、全く心当たりがない彼の家に来る人間など、徴税人か借金取りくらいのものだが、今月の税金は既に払っているし、今は借金もなかった。しかし、客がどんな人物であるにせよ、プリンが案内役を買って出ているということは、危ない相手ではないだろう。男はドアノブを回した。



 そこでは、一人の少年が正座していた。まだ幼さが残る柔らかそうな顔と、クリクリと大きな目。その手のご婦人から猛烈な人気が出そうな風貌だ。男が姿を表した途端、少年は声を張り、彼に訴えた。



「ここで働かせてください!」



「は?」



「ここで働きたいんです!!」



「や、今は別にバイトの募集はしてないんだけど。つーか休業中……」



「大丈夫です!!!働かせてください!!!!」



「話を聞いて」



 どうやら少年はホットドッグスタンドで働きたい求職者のようだ。男が静止するも、彼の勢いは止まらない。



「11歳です!好きな食べ物はもちろん『ホッドッ』!長所は諦めない心とチャレンジ精神!短所は興奮すると周りが見えなくなるところです!」



「出てる。長所と短所が同時に出てるよ」



「僕、山の方に住んでいるんですけど!少し前、親の手伝いでこの街に来たんです!その時、この店で『ホッドッ』を買って食べました!衝撃でした!世の中にこんな美味しい食べ物があったなんて……それで、僕もこの店で働きたいと思ったんです!」



「っ!」



 少年の志望理由を聞いた男は、胸が疼くのを感じた。ホットドッグを好きだと言ってくれる人間が居るのに、自分はもう、かつてのように『美味しい』ホットドッグを生み出せないのだ。



「でも残念だけど、売り子はプリンちゃんが居るし、今の所人手は足りてるんだよね。だから今日のところは」



 男は嘘を吐いた。人手なんていくらあったっていい。だが、眼前の少年が真実を知れば、ホットドッグを失ったショックで心に深い傷を負うか、もしくは男の顔に唾を吐き捨て「使えねーなクズが」と言って立ち去るに違いない。前者は別にどうだって構わないが、後者は男のプライドが許さなかった。男はクズであった。



「いいえ!僕は、貴方のような料理人になりたいんです!」



「……ん?料理人?」



 男は完全に虚を突かれた。男にとって、ホットドッグとは掌から生み出すもので、『ホットドッグを料理する』という概念が全く無かったのだ。少年の言葉で、男は自分が料理人というだったということを思い出した。



 思考がフリーズしている男に、少年は懐から取り出した一枚の羊皮紙を突きつける。「これを見てください!」



「これは……?」目を凝らして紙に書かれた内容を読む男。パン、ソーセージ、トマトス、マスタドス……細かい部分はよく分からないが、それは間違いなく、ホットドッグのレシピ……それも、かなり精緻なものだった。そこには、材料の細かな分量から、作り方、男の知らない隠し味まで載っていた。



「はい!『ホッドッ』のレシピです!食べた味が忘れられなくて書き起こしました!そして、もう一つ……」今度は、懐に忍ばせていた紙袋を男に差し出すと、少年は鼻息を鳴らした。「これが、今の僕の本気です!材料が無かったから、完璧じゃないけど……」



 その紙袋に入っていたのは、ホットドッグだった。たしかに、パンズは固い黒パンで、ピクルスも入っていない。ソーセージも少し黒っぽい。だが、この食欲をそそるトマトスとマスタドスのこの匂いは紛れもないホットドッグ!クソ不味いホットドッグを食べ続けていた男に、その匂いは反則級のシロモノ!



「……んッ……まァッ!!!!!」



 意識よりも先にホットドッグにかぶりついた男の脳内に、ホットドッグの味が蘇る!そして、ホットドッグの摂取によって大量分泌された脳内物質(エンドルフィン)が、彼に『気づき』を与えた!!



──「ホットドッグ無限生成」とは即ち、脳内に存在するイメージ通りのホットドッグを生み出す異能!故に、曖昧なホットドッグしかイメージ出来ていなければ、クソ不味いホットドッグしか生み出せない。だがしかし、ホットドッグに対する理解が深ければ、どんなに美味しいホットドッグだって生み出せるのである!!



「……なるほど、これが俺の異能だったのか。今頃やっと分かったぜ」男は小さく呟くと、少年に向けてニコリと笑う。「大事なモンを思い出せた。ありがとよ、ボウズ。コレが礼だ」男は掌からホットドッグを生み出すと、少年に差し出した。



「えッ!?何もないところから『ホッドッ』が!?」



 少年は目を丸くし、彼の後ろでプリンが小さく悲鳴を上げる。しかし、男の異能は酒場のマスター以外誰も知らない企業秘密なので、それも仕方のないことだ。



「食ってみろ。お前の(・・・)『ホッドッ』だ」



「え?」少年は困惑しながらも、やがてホットドッグをパクリと食べた。すると、神妙だった顔が一転して笑顔に変わった。「美味しいです!あの時、お店で食べた味です!!」



 男は、その言葉を聞くとニヤリと広角を上げる。「……合格だ」



「え、それってもしかして……っ!?」



「君、やるじゃないスか。店長が男を雇うなんて相当なことスよ?」感動で泣き出しそうになる少年を、労るようにプリンが撫でる。「やる気が認められて良かったスね」



「うん……」照れくさそうに笑う少年の頬は、トマトみたいに赤くなっていた。



 さて、しかし、男が少年を雇ったのは、決して『少年のやる気を買った』からではなかった。その理由とはずばり、一度食べただけでホットドッグのレシピを完全再現できてしまう、彼の天才的な『舌』!男は内心、この舌を使って味王とオーナーに一杯食わせてやろうと息巻いていたのである。



「よし!それじゃあお前ら!今から重大発表がある!」



 男は大喜びしている二人に声をかける。どんな経緯でそうなったかは分からないが、いつの間にか少年はプリンにお姫様抱っこされていた。



「なんスか改まって。知ってまスよ、お店再開するんでしょ?大丈夫スよ、マスターさんにはちゃんと話しておきまスから……」



「今から旅に出るぞ!本当の『ホッドッ』を見つける旅に!」



 三人を包む時の流れが止まった。静止画に閉じ込められたような状態が、どれくらい経っただろう。真っ先に口を開いたのは、プリンだった。



「……あ?何言ってんの?」

【次回予告】

天才的な舌を持つ少年に出会って調子に乗ったのか、高らかにホットドッグ探しの旅を宣言した男!男の狙いは何なのか!?本当のホットドッグとは一体……!?そんなことよりホットドッグスタンドの営業再開はどうなる!?

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