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第22話「さらば宗聖寺」

 出発の日は、ことさらに天気が良かった。



 羊の腸な山道を、男の繰る馬車が(ほろ)を揺らしながら下っている。もちろん、馬車にはバイトエルフのプリンとショタも乗っている。



 目的である『秘伝のソーセージのレシピ』を手に入れた彼は、さっさと仙境の僧寺・宗聖寺を()ち、新たなレシピを求めて次の街へと向かっているのだった。



「あ~あ、ホテル暮らしも終わっちゃった……もう少しくらい長く修行してもらっても良かったでスよ?」



「よろしくねぇよ!俺なんて結局ホテルに一泊もできなかったんだぞ!?」



「元はと言えば、店長の性根が腐ってたから修行する羽目になったんじゃないスか。自業自得って奴でス」横目で男を見ながら、プリンは嘲るように口角を上げた。「んで店長、修行を終えて人間的に成長しまシたか?」



「修行は疲れるだけだし、座禅は眠くなるだけだったぜ」



「一度腐った人間性は元には戻らないようでスね」



「いーや、違うな。俺が最初から真人間だっただけだよ」



「眼も腐ってんスか」



 一々つっかかるような物言いをするプリンの態度に、男は肩をすぼめ、手綱を持つ手を直した。車内に微妙な空気が流れる。どうやら、プリンは何不自由無いリゾートホテル暮らしが遂に終わってしまい、心がささくれだっているようだ。



「ま、まぁ!ソーセージのレシピは手に入れたんですよね!?なにはともあれ目的は達成しているから、店長は流石ですよ!」



 その雰囲気を察したショタは、なんとか間をもたせようとする。こうなると、三人の中でショタが一番精神的に成熟している気さえしてくる。だが、それも大した効果はなく、馬車が鳴らすガタゴトという音が三人を包むのみ。



──ボフンッ!!



──その時だった。煙と共に、プリンとショタの眼の前に、おねショタ仙人が現れたのは──



「なんじゃ、出発したばかりだと言うのに、皆お疲れのようじゃの」



「仙人!?なんでここに?」



 プリンの当然の質問に、仙人はウィンクで答えた。



「ふふっ……実はワシも主らのパーティに加わりたくなっての」



「え、いや。嫌でスけど」



「すまんが老人を雇用する気はねぇぞ」



 パーティ加入の意思表示から、わずか十秒でお祈りを食らった仙人。並大抵の人間ならばここまでバッサリ切り捨てられれば心に重大なダメージを負うだろう。しかし、おねショタ仙人はおっさんであり、仙人(ハゲ)。精神的な攻撃に対してはほぼ無敵だ。彼は何食わぬ顔で話を続けた。



「まぁ、というのはほんの冗談での。実は弟からその男に言伝(ことづて)を預かっておっての」



「弟?」



 仙人は馬車を運転する男を指差す。まさか指名されるとは思っていなかった男は驚きに少し眉を上げ、話を聞くために一度馬車を路肩に止めると、騎手台に座ったまま振り車内に振り返る。



「自分の名前を寺の名前にするような男じゃ」



「まさか……長老のことか?」



「その通り。ありゃ儂の双子の弟じゃ」



「まじか?」男は目の前の仙人に目をやりながら、宗聖寺の長老の顔を思い返す。ツルっとした頭、しわくちゃの顔面、長く伸びた白髭。「いや、でもそう言われると似てるな」



「双子なのになんで気づかなかったんスか?」



「だって(ジジィ)なんて皆似たような顔してるじゃん」



「たしかに」



「まぁ、そんな弟の頼みで儂はここまで使いに来とるというわけじゃ……さて、これは大変重要なことじゃ。心して聞くのじゃぞ」



 そう声を低くして言う仙人。馬車の空気が緊張で少し張る。一体、長老は何を伝えようというのだろうかと、男たちはゆっくりと動く仙人の口元に目を見張った。



「『秘伝のレシピのソーセージを使った料理を売る時は、"宗聖寺名物"であることを表示すること』!!」



「……あン?」



「なんでも、弟は近々このソーセージを『宗聖寺印のソーセージ』として売り出そうと考えているらしくての。今回、お主にこのレシピを教えたのは、正式販売に先立って西方で知名度を上げてもらおうと考えたからだそうじゃ」



 なんでも、長老が『秘伝のソーセージ』のレシピを男に渡したのは、何も100%の善意や厚意という訳ではなかったそうだ。宗聖寺は以前より自寺の名物を作ろうと考えており、名物候補として昔から儀礼で使っていたソーセージが挙がっていた。

 

 

 その味を知っている長老はソーセージを強く推薦していたが、秘伝のソーセージの名前は伊達ではなく、参拝者や周辺住民はおろか修行僧からの知名度すらゼロに近かった為、寺内会議では名物として相応しくないという論調が増し、彼の案は棄却寸前だった。



 そんな長老の元に一通の手紙が届く。差出人は、かつて宗聖寺の僧侶であった邪無。その内容は、『美味いソーセージを求める料理人の男に、宗聖寺秘伝のレシピを教えてやってほしい』というものだ。



 手紙を読んだ長老はすぐにピンときた。秘伝のソーセージを名物にするのではなく、『最初から名物として広めてしまえ』というものだ。そのために、男にレシピを渡したのだ。なんという綿密かつ合理的な作戦だろうか。



「うむ!ホッドッとか言う料理、儂も食べたが……中々に美味であった。あれなら『宗聖寺印のソーセージ』の名も売れるじゃろうて。いやぁ、宗聖の奴は布教(ビジネス)が上手いわい」



 感心したように頷く仙人とは対照的に、男はなんとも面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。それもそのはずだろう。そんな打算的な考えがあったなどとは、一言も聞いていない。なんだか騙された気分だった。



「なんだ?つーことは、俺にレシピを教えたのは金儲けの為だってのか?」



「寺院経営も色々大変なんじゃろうな。しかし、見返りは受けたんじゃろ?修行体験とリゾートホテルの宿泊セット」



「修行体験のどこが見返りなんだよ!?」



「いやいや、あそこの寺の修行体験は人気も受講料も高いぞ。それに、お主が受けたのは一人の高僧がマンツーマンでサポートしてくれるプレミアム禅体験コース。身も心も鍛えられ、悟りへの導きが得られるということで、通常なら一ヵ月100万Gはかかる。リゾートホテルよりもよっぽど高級じゃぞ?」



「100万G!?ボッタクリじゃねぇか!俺何にも得てないんだけど!」



「そりゃお主がサボっとったからじゃろ」



 一ヶ月間の厳しい苦行や禅問答の数々……秘伝のレシピを受け取ったことで報われたと思っていたのに。自分が100万G相当の貴重な体験を無駄にしたことを悟った男は、がっくりとうなだれてしまった。



「あーあ店長、ちゃんと修行しとけばよかったのに」



「ぐ……ッ、しかしだな、にはそんなしてもない約束を守る義務なんて……」



「いや、お主が持ってるレシピにちゃんと書いてあるじゃろ?」



「はぁ!??」



 男は、慌てて印奈に貰ったレシピを広げると、目を皿にしてそれを見る。すると、原材料とその使用量が記されているその下に、米粒ほどの大きさの文字が羅列されていた。



──このレシピを用いてソーセージを作った者は、そのソーセージを加工した場合も含め、販売する場合には、『ソーセージが宗聖寺名物であること』を商品包装、もしくは店頭表示に明記、もしくはそうであることが消費者に十分伝わる形で宣伝を行う義務を負う。義務者がこれを履行しない場合、または他の手段によって履行の確保が困難な場合、ソーセージの売上の5%を宗聖寺に奉納しなければならない。この契約の履行監視及び奉納は世界メフィスト契約銀行の魔法決済を用いて行い、その手数料は宗聖寺が負うものとする。なお、このレシピの受領者は、受領時点よりこの契約を締結したものとして扱う。



「なんじゃこりゃああああああああ!?聞いてねぇぞぉぉぉぉ!?」



 髪を逆立てて怒りを露わにする男。だが、その時男に電流が走ったッッ!!!



 それは、自身の脳裏に刻まれた過去の記憶を呼び覚ますに十分なものだったッ!!



【回想開始】



 それは、厨房で印奈が男に秘伝のレシピを教示した時のこと──彼は男にレシピの書かれた紙を渡しながら、確かに次のように言った。



「はい、これがレシピね……あ、そうだ。このレシピは寺の秘伝だから、書いてあることは"絶対"守ってね?」



「おう」



──「書いてあることは"絶対"守ってね?」



──『書 い て あ る こ と は 絶 対 守 っ て ね ?』



【回想終了】



「あンの生臭坊主どもがぁぁぁぁぁッ!!!レシピは手に入れたのにぃぃぃぃぃぃ!!何なんだこの敗北感はぁぁッ!?」



 哀れ男は、どこまでも長老の掌の上。その慟哭は仙境に響き渡ろうかと言わんばかりの轟き。



「結局、全部お坊さんの思惑通りってことスかね」醜態を晒す男を横目に、プリンはどこか溜飲が下りたように笑む。



「馬鹿は扱いやすいからのう……さて、そろそろ仙黄山も抜けるし、伝えることは伝えたし、最後におねショタ成分も補給したし、儂は湖に帰るかの」



「くそ……こうなりゃ仙人に貰った花を売っ払って、酒でもかっ食らうか……一ヶ月ぶりの酒だ、今日はとことん飲んでやる」



「ん?气湧花(キョンファ)のことか?ありゃそのままじゃ売れんぞ?」すると、方術で消えようとしていた仙人が、その言葉に注釈した。



「なんでだよ?まさか、100万で売れるっつうのも嘘なのか?」



「いや、それはホントじゃ。ただ、『然るべき所で売れば』という話じゃ。气湧花は高級と言っても、精製して作られた粉末しか市場には出回っておらん。適当な商人に売ろうとしても、価値は理解されんじゃろ」



「精製……こりゃまた七面倒臭(しちめんどうくせ)ぇな。ってことは、アレか?この花に詳しいやつを探さなきゃいけねぇってことか?」



 そのとおり、と仙人は頷く。「それなら、一つ心当たりがあるぞ。このまま西の方に行くと、『ガオケレナ』という樹海がある。その樹海を治めるエルフ族が、どうやら气湧花の精製技術を持っているらしい。お主らが西に帰るというならば、どうせ近くを通ることになる。そこで売ればよい」



「なるほど……とりあえずは行くアテも無ェし、そのガオケレナってとこを目指すか!」少し手間はかかるものの、100万という大金の入手方法を知った男は、たった少し前に100万Gを実質フイにしたという事実を海馬の奥にしまい込み、ニヤリと口角を上げた。



 男の言葉にショタも元気よく「おーっ」と声を張るが、プリンは何故か押し黙って、空を見上げている。



「……ん?プリン、どうした?」



「……じ……」



「じ?」



「……実家じゃん……」


 吸い込まれそうな青い空。

──次回、実家挨拶編スタートッ!!

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