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第14話「宗聖寺への道」

【前回までのあらすじ】

今度の目的は秘伝のソーセージ。何故、寺がそのレシピを持っているのかはおいおい。

「わぁ!ここが宗聖寺かぁ!」



「道中で色々噂は聞いていたけど、でっけぇ建物ッスね」



 パン工場を出発して数週間。男たちホッドッ屋一行は大陸を東へ東へと突き進み、遂に次の目的地である『宗聖寺』に到着した。駐車場に馬車を止めて大きな門を抜けると、そこに広がっていたのは、なんとも東方的(オリエンティック)で神秘的な大寺院。今にも空から龍が降りてきて、願い事を叶えてくれそうな雰囲気さえある。



「おいおい、お前ら、今日は観光しに来たんじゃねぇからな。話が分かりそうな坊さん探せ」



 さて、しかし今回の目的はそんな叶うかも分からない祈願ではなく、この寺にあるという『秘伝のソーセージ』のレシピを手に入れることである。男は懐に元パン工場の主・邪無(じゃむ)の書状を携え、プリン・ショタと共に寺の本殿へ向かっていた。



「あ、あそこで何かやってるよ!」



「ちょ、いきなり走ったら危ないスよ!」



 だが、いよいよ本殿に近づいてきた丁度その時、広い参道の脇に人だかりが出来ているのに気がついたショタが、そちらの方へ寄って行った。二人がショタの後を追うと、そこでは十人程の修行僧による演武が行われていた。



「ハッ!セイヤッ!」「ハッ!セイヤッ!」「ハッ!ハッ!セイヤッ!」「セイヤッ!セイヤッ!」



 人間ピラミッド、片手逆立ちをしながら足を使ってジャグリング、鉄板や岩盤の試割(ためしわ)り、棒術に演舞。修行僧は音楽に乗って息の合ったパフォーマンスを披露する。しかし、演武もさることながら、ひときわ目を引くのは彼らの肉体美であろう。輝くほどにたくましい胸筋、バリバリのシックスパック、隆起した僧帽筋……僧服の上からでも分かるほどに鍛え上げられた彼らの筋肉には、思わず男も「ナイスバルク!」と叫んでしまった。



「すごいなぁ、どうしたらあんなムキムキになるんだろう」僧の演武を観るショタの瞳はキラキラ輝いていた。



「別に君はそのままでも……」



 プリンがぼそっと呟いた時、誰かがいきなりショタの肩をポンと叩いた。驚いて彼が振り向くと、そこに居たのは、白い顎髭をたくわえた真面目な感じの僧侶だった。もちろんつるっつるのスキンヘッドである。



 僧は脳天を輝かせながら穏やかに微笑んだ。「それはだな、彼らが宗聖寺で日々過酷な修行に励んでいるからだよ。少年」



「修行、ですか?」



「ああ。観光地として盛況しているこの寺だが……その本質は修行の地。心と体を鍛え、真なる悟りに至ることを目的とした場所なのだ」



 男は、ショタに宗聖寺について説明しているその僧に気がつくと、軽く会釈をして訊ねた。「えっと、何かご用でしょうか?」この寺には僧侶を訪ねて来た訳だが、まさかあちらから話しかけてくるとは思ってもいなかったので、男は内心少し驚いていた。



「失敬。私はこの寺の都寺(つうす)を任されている怕無(はむ)と言う。君たちだろう?邪無(じゃむ)から紹介された客人というのは」



「え、なんでそんなこと知ってるんですか?お坊さんってそうなの?」



「アイツからは紹介状を渡されただろう?それには私にのみ分かる魔法署名(サイン)が施されていてな」怕無と名乗ったその僧が男の懐から封書を抜き取ると、それは青白く発光していた。「ま、立ち話もなんだろう。どうぞ客殿へ」



 さて、怕無に連れられ、男たちは本殿の裏にある客殿に設けられた座敷部屋に案内された。その部屋に施された装飾は、掛け軸や白磁の壺など、男たちにはあまり馴染みのないものだばかり。(いかにも旅先に来たって感じだなぁ……)男が畳に腰を下ろして休んでいると、(ふすま)を開けて湯呑と急須を持った怕無が部屋に入ってきた。



「話は邪無から聞いている。なんでも秘伝のソーセージのレシピが欲しいそうじゃないか」お茶を淹れながら、怕無は男たちにそう言った。どうやら、邪無が事前に通信魔法(テレパシー)で彼に話を通してくれたようだ。



「おお、もうご存知で?」まさか邪無がそこまでしてくれていたとは思ってもいなかった男は、その話を聞いた途端に身を翻してへりくだるように手を擦った。「あのぉ、できることなら何でもしますんで、教えていただくことってできます?」



「そんなホイホイ教えられるなら秘伝などと呼ばれておらんよ」



「その通り過ぎる」



「秘伝のレシピは宗聖寺の典座(てんぞ)が代々受け継いできたもの……都寺(つうす)の私でさえ、その詳細なレシピは明かされておらん」



 彼の言葉から察するに、どうやら秘伝のレシピというのは伊達では無いようだ。しかし、どうしたものか、このままではレシピが手に入らない。(今度こそ盗みに入るか?)男の脳裏に最後の手段が浮かぶが、すぐにそれを振り払う。恐らくレシピはこの寺の僧たちによって厳重に守られている。もしも盗みに入ったことが明るみになれば、先程演武を披露していたようなムキムキの修行僧に追われること必至。それに、邪無の顔に泥を塗ることにもなってしまう。



 一晩とはいえ、流石に世話になった人に迷惑をかけるのは忍びない……頭を悩ませる男だが、ここであることに気がついた。「そういえば、怕無さんと邪無さんはどういったご関係なんですか?名前とかも似てるし」



「兄弟弟子、同じ釜の飯を食った仲だ。まぁ、アイツは魔導士になる為、寺を出てしまったがな」怕無はしみじみと邪無との昔話を語ると、男の目を見据えた。「さて、先ほどはああも言ったが、宗聖寺としては貴方達に秘伝のレシピを教示することはやぶさかではない」



「ほんとですか!?」



「邪無が世話になったそうだな。アイツはもう僧侶ではないが、色々と世話になっているのでな。その邪無たっての願いであるなら、秘伝のレシピくらい容易いものだと長老は仰っていた」



 なんと邪無は秘伝のレシピを男たちに教えるよう、事前に寺に掛け合ってくれていたという。なんという僥倖、男は神と邪無に感謝した、が──



「だがしかし、それには一つ条件がある!」しかし、怕無は胸をなでおろしている男を指差すと、白い歯を見せて叫んだ。「それは、この寺で『修行』に励んでもらうことだ!そして、見事私の出す『問い』に『答える』ことができれば、秘伝のレシピを教えてやろう!!」



「ええっ!修行だって!?」



「いくらアイツの恩人とはいえ、また、長老が認めたとはいえ、門外漢の男にやすやすと秘法を明け渡す訳にはいかんのでな!私の下で修行を積み、宗聖寺の教えが身に着いたと分かれば、教えてやろう!」



「ちょっと待てくれ!俺は努力という言葉が税金よりも嫌いなんだ!」すぐにレシピをもらえると思っていた男は、まさかの怕無の言葉に抗議する。しかし、彼から返ってきた言葉は、「先程、なんでもすると申したであろう?」という無慈悲なものだった。




「……チクショオオオオオオオオ!!!」



 哀しき咆哮が殿を揺らす。だが、怕無は男の姿に微笑み、肩を優しく叩いた。「君には『法洞(ホドウ)』という戒名を与えよう。なに、正式に僧侶になる訳では無いが、寺で生活する上では、それに倣った名前が無いと不便だからというだけだ……なにしろ、修行がいつ終わるのか分からぬからな」



 男は承諾の意志を示していないが、怕無の話を断ることも出来なかった。これを逃せば、秘伝のレシピが手に入る可能性は限りなく低くなってしまうからだ。怕無はそれを知りつつ、男にこの条件を突きつけたのであった。



「あの~~……」うなだれる男を横目で見ると、プリンは恐る恐る手を挙げて怕無に訊ねた。「もしかして、ウチらも修行しなきゃならないんスか?」



 すると、怕無は彼女に向かって丁寧に合掌すると、ゆっくりと首を横に振った。「いいえ、アナタ方は良いのだ。そもそも、この寺で女子供は修行僧になれんからな」彼はそう言うと、宗聖寺に隣接するリゾートホテルのパンフレットを二人の前に広げてみせた。「その代わり、法洞(ホドウ)が修行している間は客人として十分に饗しをしよう。東方風(オリエンタル)スイートと西方風(オクシデンタル)コンドミニアム、どっちがいいだろうか?」



「せっかくなんで東方風が良いっス」



「店長、頑張ってください!」



「わかった。今に用意させよう。ちなみに今日の夕食は高級黒毛牛のステーキだ」



 リゾートホテルに泊まれると分かったプリンとショタは、躊躇なく男を犠牲にした。思えば、金はあるくせにケチな店長のせいで、長い旅路は安宿や素朴な寺にしか泊まっていない。そろそろふかふかの布団で眠りたいし、美味しい食事を楽しみたい。温泉に浸かって疲れを取るのも悪くない。



「待てぇッ!」しかし、またしても男が異議を唱えた。「なんだこの扱いの差はァ!俺もスイートに泊まりたい!高級ステーキ食いたい!もっとおもてなししろォォッ!!あ、してくださいぃぃ!!」



 怕無の袈裟にしがみついて厚かましく懇願する男。清々しいほどに惨めな姿である。三人はそんな彼を冷ややかな目で見ていたが、やがて怕無が諭すような柔らかい声をかけた。



「法洞」



「なんスかぁッ!!?俺はスイートルームでなくても良いから!一般客室でいいから!」



「実は、お前の持ってきた紹介状には、もう一つ邪無からの依頼が記されていてな」怕無は男から預かった紹介状を開くと、それを読み始めた。



──ホッドッ屋は悪い男では無いが、パンのレシピを盗もうと心の中で企むなど、己の欲に忠実すぎるきらいがある。俗欲の権化とも言っていい。しかし、そのあきらめの悪さは目を見張るものがあり、少しばかり性格を矯正すれば、人間的に随分と成長するだろう。ぜひ一度、宗聖寺でその性根を叩き直してやって欲しい。それが彼の為でもあるだろう   大魔道士・邪無より──



「……と言うわけだ」



「…………」



男はすがるような目でプリンとショタを見るが、露骨に目を逸らされた。



体中がフルフルと小刻みに震える。そして、遂に全感情を込めて腹の底から叫んだ。



「なんッでだよぉぉぉぉぉぉぉッッッッッ!!!??」

Tips28:都寺……寺の管理人的な存在の僧侶。少なくともこの世界ではそれ。


Tips29:典座……寺のコック長的な存在の僧侶。異世界では別の意味を持つかもしれないけど、この世界ではこれ。


Tips30:リゾートホテルの経営母体は宗聖寺。ただし修行僧は宿泊不可。

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