第11話「それいけ!パンゴーレム──いのちのホットドッグ」
【前回までのあらすじ】
花のエキスでパワーアップした盗賊に人質に取られた男だが、男には人質としての価値は無かった。
パンゴーレムが空から降ってきた後、邪無の姿が見えないことに気がついた男達は、彼の身を心配してパン工場を探し回った。応接室、キッチン、邪無の私室、庭……しかしどこをどれほど探しても邪無は見つからなかった。さらに言えば、爆発を起こしてパンゴーレムを壊した犯人の姿も無かった。邪無はどこへ消えたのか。というか一体、何が起こっているのか……。
「あ、そう言えばお父様、今日は研究室に籠もるって……」
事態の整理がつかず、行き詰まっていた状況を打開したのは、そんなマーガレットの一言だった。曰く、パン工場の裏には地下室が存在し、邪無は普段そこで魔術研究をしているという。
それを聞いた男は、安全をとってプリンとショタにパン工場で待機するよう命じると、早速マーガレットとともに地下室へと足を運んだ──もちろん、男の狙いは邪無のパンのレシピ。彼はそんな隠された位置にある地下室にこそ、レシピが保管されていると踏んでいた──そして、その後は前回の通り。緊張感もなく地下室を訪れた男は、訳の分からぬまま人質に取られてしまったのであった。果たして彼に人質としての価値などあるのか疑問だが。
「つーかお前、昼間のカス盗賊か?パンゴーレムに焼き殺されてたけど、なんで生き返ってんの?」
「うるせぇ!部外者は黙ってろ!!」
「あぁ!?こちとら部外者なのに巻き込まれてんだよ!なんで俺を人質にしてんだよ!説明ぐらいしろやコラァ!!」
さも自分が被害者かのように逆ギレする男。実際には、彼は邪無のレシピを手に入れるという私欲の為に自ら事件に顔を突っ込んでおり、完全に自業自得の出来事であるが、そんな事はとうの昔に棚の上に放り投げている。
(なんだこの男……肝が据わってんのか、ただのバカか?いや、それとも、コイツも邪無みてぇな猛者……?)
ナイフを突きつけられているにもかかわらず全く物怖じしない男の態度が、ウォーにとっては酷く不気味に思えた。当然、ただ単に男がバカなだけなのだが、彼の目には男がとてつもない隠し玉を持っているようにも見えてしまったのである。迂闊に手は出せない……彼は男の質問に口を噤んだ。
「罪を犯した者は、相応の償いをしなければならない。その男は数年前このパン工場を襲い、妻を殺した。その男の”体質“はその償いだ」
静まり返った地下室で、最初に口を開いたのは邪無であった。すると、その言葉が癪に触ったのか、ウォーは青筋を立てて文句を叫んだ。
「"償い"だと!?それなら俺を捕まえた時に、一思いに殺せばよかったんだ!死なないのを良いことに、俺を実験台にしやがって!」
再び、地下室が沈黙に包まれた。どうやら当事者同士は理解できているのだろうが、彼らが話している出来事の背景や前提を知らない男は、何がどうなってこうなっているのか、全く理解できていなかった。男は相対する邪無とウォーの顔を交互に見つめると、やがて邪無に訊ねた。
「実験台ってなんの?」
「錬成魔法だ」
「パンの錬成に人間って必要?」
「錬成したかったのは、人間だ」邪無は男の質問に淀みなく、顔色一つ変えずに答えた。
妻の死、人体錬成、実験台……それらのキーワードを聞いて、男はすぐにピンと来た。「もしかして、コイツの身体で自分の妻を生き返らせようってこと?邪無さん、アンタキマってんな」
「他人から物を盗んだ者が罪を償うには、まず盗んだ物を返すのが筋だろう?それと同じ。命を奪った者の償いは、奪った命を返す他にない。単純な話だ」
邪無は男の発言を一笑に付すと、持っていたナイフをウォーの足元に放り投げた。
「私はその男の身体を使って研究を重ねた。パンの錬成やパンゴーレムはその研究の副産物だ。私はパン職人だった妻の意志を継ぎ、彼女のレシピを使って、パンを生み出す錬成式を完成させたのだ」そう言うと、邪無は手の平からいくつものパンを錬成して見せた。掌から溢れたパンが、邪無の足元に散らばっていく。「だが、研究は失敗だった。生命の錬成式は暴走し、その男から“死”を奪ったのだ。四肢を捥ごうが、頭を割ろうが、心臓を潰そうが、煮こうが焼こうが、その男は何度でも再生する」
「つまりは永遠の命って奴か?いいじゃん楽しそうで」その説明を聞いた男は横目にウォーを見ると、適当な感想を述べた。ナイフの柄で肩を強めに小突かれた。
「楽しいわけねぇだろボケ。再生するつっても痛てぇもんは痛てぇ。腹だって減るんだよ。なにより、俺には自由が無かった。コイツの実験台として、ずっとこの地下室に監禁されていたんだからな」
「罪を犯した人間を獄に繋ぐのは当たり前だろう?それに──」そこまで言って口ごもったかと思えば、邪無は突然、予備動作なしに光線魔法を放った。「逃げた貴様が言えたことでは無い」
光の束は男の顔を掠めてウォーに向かう。だが、それはすんでのところで空を穿った。湧気花でパワーアップしていたウォーにとって、この程度の光線魔法、不意のカウンターか、自由の利かない空中でなければ、避けることなど難しくはなかった。
しかし、魔法を躱したウォーは攻勢に転ずることはなく、男の身体を突き飛ばし、踵を返して地下室の階段を駆け上がった。つまり、逃げ出したのだ。
(クソが!こんなことなら、念には念を入れて寝首をかけばよかった!)一度目の攻撃を食らった時点で、ウォーは真正面から邪無を殺すことが不可能だと悟っていた。邪無の力は彼の想像を遥かに超えていた。湧気花を使った自分の力への過信から、安易な奇襲という手段を使ってしまったことを後悔した。(だが、幸い湧気花はあと一本残っているッ!これさえあれば……)
ウォーは湧気花を握りしめながら走った。パンゴーレム達は破壊したので、里山の警戒態勢は崩壊している。月明かりの下に出られれば、身を隠すことは容易い。今度はしっかりと計画を練り、確実に、安全な方法で邪無を暗殺してやろうと彼は誓った。
だが──彼に「今度」は来なかった。
「パンパァーンチッ!!」
「なァッ!?」
突如、月を背にパンゴーレム『一号』が現れ、渾身のパンチでウォーを階段下までふっ飛ばしたのだ。地下室に一気に逆戻りしてしまった彼は、みぞおちを抱えて叫んだ。
「なんでお前がここに居るんだ!?パンゴーレム!!」
すると、一号は階段を下りながら答えた。「戦ウ時、死亡確認スゴク大事。私、パンデ出来テル。パン交換スレバ、スグ戦エル。エルフサン、男ノ子ガ新シイ身体焼イテクレタネ。ホントアリガトダヨ」
男の前に姿を現した一号は、昼間あった時とは随分違った雰囲気だった。その大きな理由は顔だ。無理に人間に寄せたせいか、もはや不気味の谷に陥っていた顔は、プリンとショタの手によって、随分とアニメチックなものに変わっていた。勇敢さの中に優しさのある柔らかな丸顔のパン、それが新生パンゴーレム一号だった。
「邪無様。コノママ“ウォー”ヲ焼却処分シマスカ?」
パンゴーレムは、おおよそその優しげな顔に似つかわしくない残酷な言葉を口にする。だが、邪無は首を横にした。
「いや、この男は湧気の花を摂取している。お前の力では殺しきれん。このままウォーが下手な真似をしないよう拘束しておけ」邪無はパンゴーレムにそう命令すると、左手で印を結んだ。「今回は私が始末をつける。二度とこんな馬鹿な真似を企まぬようにな」
邪無の頭上に赤紫の魔法陣が浮かび上がる。禍々しい光を放つそれは、仄暗い地下室を照らし出す。すると、パンゴーレムに羽交い締めにされたウォーは顔をしかめ、苦しそうに吐息を漏らし始めた。「邪無、テメェ何を……」
「吸収魔法。身体に流れるエネルギーを奪うだけの魔法だが、30分も使い続ければ脱水と飢餓によって死に至る。貴様のような盗賊に相応しい末路だろう?」
「クソ……野郎……が……」
ウォーは邪無を罵倒する言葉を吐くも、エネルギーを奪われて力なくその場に膝をつく。徐々に衰弱していく彼を見て、邪無は嬉しそうに鼻を鳴らした。
「フフ、いいぞ。もっと苦しめ。再生したら、また同じ様に殺してやろう……」
だが、邪無がウォーの苦しむ姿に嘲笑を浮かべているその時、地下室にマーガレットの悲痛な叫びが響いた。
「もう止めて、お父様!」それは急な出来事だった。マーガレットは泣きながら邪無を抱きしめ、吸収魔法を止めるように言ったのだ。
「何故だマーガレット?お前もそこの男が憎いだろう?」
突然の娘の行動に邪無は酷く狼狽した。家族を殺した盗賊への憎しみは娘も同じ様に抱いていると彼は信じて疑っていなかった。だが、マーガレットは目に涙を浮かべながら、それを否定した。
「もう彼には哀れみしかないわ。そこに居るのは、ただゴーレムに殺され続けるだけの虚しい男よ」彼女はウォーを一瞥すると、邪無に訴えた。「お父様、もうあの男のことなんて放っておいて!」
「ダメだ。あの男をこの里山から逃してはならない。もしあの男を解き放てば、いずれまた悪事に手を染めるだろう。私達のような被害者を新たに生み出さない為にも、あの男は私の手中に置いておく必要があるのだ」
「なら、もうあの男を殺すのは止めて!私、知っているのよ。ウォーが再生する度に、お父様の寿命が削られていること。それが、暴走した錬成魔法の代償なんでしょう?」
その言葉に、邪無の顔が一気に神妙な表情に変わった。「マーガレット……まさか勝手にこの部屋に入ったのか?」
マーガレットは悪びれる様子もなく頷いた。「自分の命を犠牲にしてまで、ウォーを殺し続けることに何の意味があるというの?」
「違う。違うのだマーガレット……!奴が再生するのは、私の魔力と引き換えによるもの。故に、私の魔力が尽きれば、奴も二度と再生しなくなるのだ。だから私は……」
「それにしたって、お父様が死に急ぐ必要なんて無い。お父様はただ憎んでいるウォーが苦しむ姿が見たいだけ。それはお母様の意志でも、償いでも、断罪でもない。ただの自己満足よ。それに、こうも思っているんでしょう?『早くお母様の下に逝きたい』って……」
「そんなことは……そんなことは無い!」
「じゃあ、私はなんであんな盗賊一人に家族を二人も殺されなければいけないの!?」マーガレットはそう叫ぶと、ボロボロと涙を流し始めた。「私はもう見たくないの。ウォーの姿も、ウォーを憎しみ続けるお父様の姿も!」
「マーガレット……」その娘の姿を見て、邪無は自分の過ちに気がついた。妻の死と、その仇の存在に囚われ、彼は本当に守るべき娘の存在をないがしろにしていたのだ。守るべき娘に心配をかけ、あまつさえ泣かせてしまうとは……どれほど強い魔道士であろうが、どれほど高名なパン職人であろうが、父親としては失格だ。彼はウォーにかけていた吸収魔法を解くと、ガクリと項垂れた。「今まですまなかった……私には、お前しか居ないというのに」
「お父様……」マーガレットは目を腫らしながら少し嬉しそうに微笑むと、より強く邪無と抱擁した。
さて、一部始終を傍から眺めていた男は、邪無に攻撃の意思が無くなったことを確認すると、パンゴーレムの側に寄ると、首を傾げながら訊ねた。「一件落着っぽいけど、一件落着なの?ちょっとあの二人の関係をよく知らないからよく分かんないんだけど」
「サァ?私、心持テナイカラ、分カラナイ。ケド、邪無様モウウォー殺サナイコト分カタ」
「あっそうなの。お前は知ってんの?」
男がウォーの顔を覗き込むようにして訊ねると、彼は唾を吐いて不貞腐れたように答えた。力を奪われているので、喋るのも辛そうだ。「知らねぇし、親子の事なんて興味もない……俺にはそんな奴ら居なかったからな」
「なに、同情してほしいの?しないけど」
「んなモン……ハァ……要らねぇよ」ウォーがそう吐き捨てるように言うと同時に、彼の腹の虫がぐぅぅぅと大きく鳴いた。邪無にエレルギーを吸われていた身体が、栄養を欲したのだろう。
「なんだお前、腹減ってんのか」ウォーがお腹を空かせていることに気がついた男は、掌からホットドッグを生成すると、彼の前に差し出した。「ほれ、食え。『ホッドッ』ってんだ、旨ぇぞ。少し改良したからな」
「……なんだコレは?同情なんざ要らねぇっつっただろ」
「そんな大層なモンじゃねぇよ。腹減ってる奴には飯くらい出してやれって、昔のボスに言われた。それだけ」
そう言うと、男はパンゴーレムに拘束を解くように伝える。「分カタネ」彼はそれに素直に従ってすぐにウォーの腕を離した。
「いいのか?金なんて持ってねぇぞ?」
「サービスだ。ほんとは50Gだけどな」
ホットドッグを渡されたウォーは、しばらくそれをまじまじと見つめていたが、やがて大きな口を開けてかぶりついた。そして、ゆっくりと咀嚼しながらホットドッグをじっくりと味わうと、名残惜しそうに嚥下した。「……旨ぇ……」ホットドッグを食べたウォーは、その目にじんわりと涙が浮かべる。すると、彼の身体が次第に発光し始めた。
「何でお前光ってんの?そういう種族?」
急に光だしたウォーに対し、男は怪訝な顔で訊ねた。しかし、その声はもう彼には届いていないようだった。彼の身体は、脚の方からどんどん光の粒へ変わっていく
「あぁ、腹いっぱいだ……」
頭だけになったウォーは最後にそう言い残して完全に光の塊になると、まるでシャボン玉が弾けるように姿を消した。
──あまりにも突然の出来事に、その場に居た全員はしばらくの間、石のように言葉を失っていたが、やがて男はパチクリと目を瞬かせて呟いた。
「え、『ホッドッ』?『ホッドッ』のせい?」
ウォーが居た場所には彼の髪の毛一本すら残っておらず、ただ、食べかけのホットドッグが地面に転がっていた。