表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/54

第10話「それいけ!パンゴーレム──あの花のエキスを静脈注射して勇気が湧いてくるとき」

【前回までのあらすじ】

空から壊れたパンゴーレム

 邪無(じゃむ)の邸宅には広い地下室が存在する。そこは邪無が魔術研究の為に作った部屋。パン職人としての仕事が無い時、彼は一日の大部分をその研究室で過ごし、とある魔法の研究に費やしている。



 研究室には希少な鉱石や薬草が入ったズタ袋、調合用の大釜、乱雑に積まれた魔導書などが、整理もされずに散乱しており、妙に甘い匂いが漂っている。壁や床には、書きかけの魔法陣が刻まれており、なんとも不気味な雰囲気を醸し出している。



 そして、この日も、邪無は研究室に居た。小さなデスクに向かい、表紙に『ゴーレムの作り方』と書かれた魔導書とにらめっこをしながら書き物をしていたのだ。ふと、彼はデスクの端に置かれた蝋燭の炎が揺らめいたことに気がつくと、ため息を吐いて席を立った。



 空気が淀んでいる地下室で、炎が風に揺れるということは、即ち、誰かが部屋に入ってきたことを示していた。



「ウォー。今回は生き返るのが随分と早いな」邪無は燭台をかざし、その侵入者に話しかける。炎が地下室の入り口を塞ぐように立ちはだかる男の顔を照らし出す。



 ウォーと呼ばれたその男はボロキレのような黒い外套に身を包んでおり、手には銀色のナイフを握っていた。彼はナイフを邪無に向けると、点のような小さな瞳で彼を睨みつけた。



「ふん、決まってんだろ。お前を殺す為だよ」



「俺を殺しても、お前の命は元に戻らんぞ?」



 昼間、パンゴーレムに焼き殺されたハズの彼が何故生き返り、そして邪無の前に立ちはだかっているのか。それはどうやら邪無と関係があるようだ。「んなこたぁ、どうでもいいんだよ。お前を殺せれば結構。俺は満足だ」ウォーはナイフで自分の首を切る真似をして挑発する。



「ありえん。貴様ら盗賊は餓鬼(がき)と同じ。いくら他人から物を奪ったところで、決して満たされることなどない。欲望の渇きに延々と苦しみ続けるのだ」だが、邪無は眉一つ動かさずに淡々と反論すると、続けて盗賊に訊ねた。「ところで、パンゴーレムはどうした?『二号(ドゥ)』『三号(トロワ)』に家と地下室を警備させていたはずだが」



「ギヒッ!あの雑魚どものことか!?」ウォーは卑しく笑うと、外套の下から大きな塊を二つ、邪無の前に放り投げた。



「なッ?貴様……ッ!」彼は言葉を失った。足元に転がっているのは千切られたパンゴーレムの頭部だった。彼らは対人戦闘技術の粋を集め、邪無自らが作った最強のゴーレム。そんな彼らがウォー程度の盗賊に負けるはずがないと考えていたのだ。現に、これまで数百回パンゴーレムは盗賊と戦いを繰り広げてきたが、負けたことは一度たりとも無かった。「一体どんな手を!?」



 邪無を驚かせたことに気を良くしたのか、ウォーは腹の底から笑い声を出した。「ヒャハハ!俺は盗賊だぜ!?奪ったんだよ!!さっき生き返った時、丁度よく商人が通り掛かってな!」そして、彼は懐から一輪の花を乱暴に取り出すと、邪無に見せつけるように掲げた。「大魔道士様なら分かるよなぁ?こいつが何なのか!」



「そ、それは『湧気花(ゆうきばな)』?そんな貴重な花が何故……!」



 男の見せた花を見て邪無が狼狽するのも無理はなかった。湧気花は、人間の眠っている力を引き出し、増幅させる効果がある薬草。しかし、それは山の頂にしか咲かない幻の花でもあるのだ。そんな花を運んでいた商人とたまたま出会(でくわ)すとは、どうやらウォーという盗賊は、そうとう悪運が強いらしい。彼はこの千載一遇の機会を逃すまいと、湧気花を摂取して因縁のある邪無の家を襲ったのだった。



「今の俺の力は、いつもの百倍以上!もうお前なんざ怖かねぇ!」遂にウォーは地面を蹴って邪無に飛びかかった。彼は獲物を襲う時、常にその首を狙う。反撃を受けないよう、一撃で仕留める盗賊の戦い方だった。「死ねぇッ!!」



 だが、そんな戦い方など、邪無はお見通しだった。ウォーが跳ねた瞬間、邪無は人指し指から細い光線(レーザー)魔法を放ち、ナイフを持つ彼の左手と左脚を素早く狙い撃ったのだ。弾かれたナイフが床の上に落ちて音を立てる。



「……え?」意識の外側からのカウンター攻撃に、ウォーは素っ頓狂な声を漏らすと、バランスを崩して邪無の前に倒れ込む。同時に頭を強く打ち付け、額からも血が吹き出し、彼は一瞬にして血塗れとなった。



「貴様は分かっていないようだな。大魔道士がどういう存在なのか」激痛に顔をしかめるウォーを見下しながら、邪無はおもむろに口を開いた。



 魔法が得意な者ならば、少しの努力で誰でも魔道士に成れる。しかし大魔道士は別格の存在だ。千万の魔法を使いこなす魔力・新しい魔法を生み出す叡智・数多の戦場で武勲を立てる強さ。それらを兼ね備え、なおかつ功績を王に認められた者だけが名乗ることを許される称号、それこそが『大魔道士』なのである。簡単に言えば、クソ強い魔法使い。そんな大魔道士に一介の盗賊が敵うはずが無い。



「湧気花は確かに恐ろしい薬だが……地力が違うわ」邪無はそう言うと、血が噴き出しているウォーの左手を足で思い切り踏みつけた。



「ぐぁぁぁッ!!」あまりの激痛にのたうち回るウォー。邪無は表情一つ変えず、しばらくその姿をじっと見つめていたが、やがて何を思ったか、近くに落ちていた彼のナイフを拾い上げた。



「や、やめ……もう、死にたくない」



邪無の意図に気がついたウォーは、ここへ来て一転、無様にも命乞い始めた。しかし、そんな盗賊の訴えは邪無の耳には入らない。彼はナイフを振り上げると、鼻を鳴らした。



「言っただろう?貴様は決して満たされることなど無いのだ」


 

 邪無はウォーの首めがけて刃を振り下ろす──だが、その刃は彼の首に届かなかった。



「邪無さん!!大丈夫ですか!?」「お父様!」



 邪無が首を切り裂こうとした正にその時、マーガレットが男を連れて地下室に駆け込んで来、一瞬だけ手が止まったのだ。



「あれ?なにこれ、どうなってんの?」「何故、お父様が盗賊を?」



「マーガレット!?どうしてここに!?」



 突然現れた娘の姿に動揺する邪無。その隙をついて、ウォーは邪無の拘束から抜け出すと、地下室に来た二人に襲いかかった。普通の人間なら動ける状態ではないが、湧気花を摂取した彼の身体は超回復を可能にしていたようだ。


 

 彼はマーガレットと思わしき人影を捕らえると、外套に忍ばせていたナイフをその首に突き立てて声を荒らげた。「邪無!コイツがどうなってもいいのか!?」



 彼の言葉に地下室が緊張感に包まれる──やがて、邪無は眉をひそめながら答えた。



「えっと……まぁ、困るな」



「なんだその曖昧な答えは!?娘がどうなってもいいのか!?」どうにも要領を得ない邪無の言葉に苛立つウォー。しかし、邪無は困惑しながらウォーと人質を何度も交互に見た。



「あ、いや……それはマーガレットでは無いのだが」



「え?」



 それは、地下室の暗さ、流血による視力と思考力低下が招いた致命的なミス。



「邪無さん。もう少し困ってくださいよ。俺、首にナイフ当たってんスよ」



 ウォーが人質にとったのは、マーガレットではなく男だった。

Tips22:パンゴーレム『一号』:周辺パトロール 兼 ウォーぶっ殺し係


Tips23:パンゴーレム『ニ号』:パン工場警備 兼 ウォーぶっ殺し係


Tips24:パンゴーレム『三号』:研究室警備 兼 ウォーぶっ殺し係

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 湧気花!? これは勇気がリンリンと湧いてくるはずですね…w これからも不思議な冒険、楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ