洞窟
ニャベルの案内で、俺はキラービーの洞窟の前までやって来た。
「おいおい……、ここ入るの?」
洞窟の入り口には蔦ならぬ蜂蜜のつららが垂れている。
絶対ベタベタになるのが目に見えてるんですが……。
「さ、ねこやしき、勇気をだすにゃ!」
「簡単にいうなよ……」
近づこうとすると、入り口からおはぎ大の蜂が飛び出してきた!
「うわわっ⁉」
思わずその場から離れる。
「ねこやしき……蜂は苦手にゃ?」
ニャベルはいつの間にか手に付けた蜂蜜を舐めている。
「あれがキラービーか、くそでけぇな……」
「違うにゃ、あれはベビービーにゃよ」
「ベビー…ビー……だと⁉」
あれが幼体なら、成体はどんだけでけぇんだよ!
ちょ、どうしよう……。
「ニャベル、成体はどのくらいの大きさなんだ?」
「ん~……、ボクよりはおっきいにゃ!」
そう言って、両手を広げるニャベル。
「サブクエでそんなモンスター出すなよクソが!」
「ねこやしき、時間がないにゃ……」
「は?」
見ると、どこから出したのか、ニャベルが銀色の懐中時計を持って俺を見ている。
「あと10分以内にはちみつを手に入れにゃいと……くましーが永遠の眠りにつくにゃ……」
「は? は⁉ 二回言うわ! ニャベルさん、あんた冬眠いいましたよね⁉」
「にゃ~、怖いにゃよ……」
ニャベルが眉と髭を下に向け、頭を抱えた。
【ニャベル→あなた 親密度-2%↓】
――えっ⁉ 何、その親密度って⁉
裏ステータスとかあんの⁉
てか、今の親密度はどこで確認するんだよ!
まずいな……、ここはバグったとは言え、モフモフ・オンライン。
仲良くするゲームの中で、相反する行動は控えた方がいいはずだ……。
仕方あるまい。
俺は心の底から道化に徹した。
「あは、あははは! わーいわーい、ニャンニャン、ニャッベルがだまされた~♪ じょうだんだよぉ~、さ、頑張ろうぜ! えいえいおー!」
一瞬の沈黙の後、ニャベルの顔がほころんだ。
「ねこやしきってば、ひどいにゃよ~」
【ニャベル→あなた 親密度+0.5%↑】
クッソ! 全っ然、回復しねぇ……!
まあいい、それよりも問題はキラービーだ。
何か使えそうなアイテムは……。
俺は自分のストレージから、使えそうな物がないか物色する。
「お! これいいかも!」
・せんめつ魔導師のローブ
本来は、殲滅の称号を得た魔導師が使うローブだ。
オートリフレクト(魔法反射)に、素早さ上昇が付与されている。
だが、俺が選んだ理由は、全身をすっぽりと覆えるのとペストマスク付きだからだ。
俺はその場で着替える。
猫王族になったせいで背は縮んでしまったが、だぶつきながらも着る事ができた。
「ねこやしき、かっこいいにゃ~!」
【ニャベル→あなた 憧れ+1】
「どんだけ裏ステあんだよ……」
もういい、気にしないでおこう。
要は嫌われなきゃいいんだし。
「よし、ニャベル、お前はここで待ってろ」
「え……ニャベルも行くにゃ!」
「駄目だ、お前に万一があると困る。大丈夫だ、俺を信じろ」
この仲良しゲーでともだちを死なせたりしたら、どんなペナルティがあるかわからんからな。
「ねこやしき……わかったにゃ!」
【ニャベル→あなた 憧れ+2】
おぉ! 今の結構いったな。
ニャベルは意外と正攻法が効くのか、覚えておこう。
さてと、覚悟を決めるか!
俺はそろりそろりと、入り口に近づく。
またもやベビービーが俺に向かって飛んでくる。
「ふんっ!!」
俺はラグニャロクを振りかぶり、羽子板のようにバチコーン! と、ベビービーを弾いた。
ベビービーが砕け散る!
【ベビービー→あなた 親密度-0.2%↓】
「ふふふ、見たか……現役世界一位を舐めるなよ! って、え⁉」
これってどういう事だ?
モンスターとの親密度もあるのか? しかも種族単位……?
普通に考えると、親密度が下がったモンスターには、襲われやすくなったりしそうだが……。
んー、気になるが時間が無い、先を急ごう。
「うわぁ……なんだよどこもかしこもベタベタだな……」
中は暗いのかと思いきや、洞窟全体にこびりついたはちみつが、ぼんやりと光を放っていた。
「普通に綺麗じゃん……てか、この壁に付いたはちみつを集めればいいか」
はちみつの溜まった壁際にしゃがみ込み、俺はストレージから壺を取り出した。
うん、これでいいだろう、ちゃんと蓋付きだし、黄土色だし。
ラグニャロクでかき集めた蜜を、壺に流し入れていると、地鳴りのような音が響いてきた。
「え……」
奥から無数のキラービーが向かってくるのが見えた!
「ちょ⁉ でけぇし! あの数は無理!」
慌てて壺を仕舞い、逃げだそうとしたその時、つるんと足が滑りそのまま地面に突っ伏す。
「いてて……うわぁ、ベタベタじゃねぇか!」
急いで立ち上がろうとした時、背中に激痛が走った。
「わたたっ⁉」
さ、刺された!
確認する間もなく、体中にチクチクと針が刺さっているのがわかった。
「ぐわわわぁーーーっ!! いててて!」
四つん這いでひたすら外を目指す。
その間も容赦なくキラービーは襲ってきた。
てか、羽音で鼓膜が破けそうだ!
くっそこいつら……、調子に乗りやがって!
駆除だ、駆除! 絶対、いつか一匹残らず駆除してやるからなぁーーーー!!
「ぬぉおおおーーーーーーーーーりゃあああああ!!」
死に物狂いの匍匐前進をかましてスピードを上げ、ボブスレーばりに洞窟から脱出した。
一旦外に出てしまうと、キラービー達は興味を失ったように、洞窟の奥へ引き返して行った。
「た、助かった……うぅ」
せ、背中の感覚が無いぞ……見るのが怖いんだが……。
「ねこやしきっ! 大丈夫にゃ⁉」
ニャベルが慌てて駆け寄って来た。
俺はペストマスクを取り、ストレージから『すーぱーエナジー』を取り出した。
「わるい……こ、これを俺に飲ませてくれ……」
「わ、わかったニャ!」
すーぱーエナジー(正式名:スーパーエナジー)はオブリビオン・ダスクの中では、最もポピュラーな回復薬である。中盤以降は、基本これしか使わない。
ニャベルはぎこちない所作で、はちみつまみれの俺の頭をモフモフの膝に乗せると、少しずつ俺に薬を飲ませる。
傍から見れば、まるで獣コス授乳プレイみたいになっているが、そんな事はどうでも良かった。
「んぐ……♥んぐ……♥」
あぁ……助かった……効果は同じだ。
波が引くように痛みが消えてゆく。
すっかり元気になった俺は、起き上がるとニャベルに礼を言った。
「ありがとう、助かったよ」
「困ったときはお互い様にゃ!」
【ニャベル→あなた 憧れ-1 親密度+1.5%↑】
ほぅ……興味深いな。
そうか、憧れは減ったけど、逆に親近感が湧いたパターンね。
確かに、完璧な奴よりも、少し駄目なところがある方が親しみやすいもんな。
ゲーム的に親密度の方が重要そうだし……、問題ないだろう。
「しっかし、ベタベタになってしまったな……そうだ、あれ使えるかな?」
ストレージから、浄化の巻物を探す。
浄化の巻物は、その名の通り、綺麗さっぱり汚れを落としてくれる魔法の書かれた巻物だ。汚れやすい冒険には必須のアイテムである。
巻物一本につき一回使用が可能で、当然だが、俺は限界個数の9999本持っている。
「お、たぶん……これだな」
・ジョゥーカーの巻物×9999
個数的にこれしか考えられない。
何となく不安になる感はあるが……いっとけ!
巻物を一本取り出して広げる。
すると、巻物に書かれていた魔術文字が光を放ち、俺は目映い光に包まれた。
「まぶしいにゃ!」
すぐに光は収まり、俺は体中がさらさらになったのがわかった。
「お、いけたいけた! やっぱ変なのは名前だけなのか? アイテムが使えるなら怖いものなんて――」
「わ~、ねこやしき、変な格好にゃ~!!」
「え?」
さらさらになったのは良いが、いつの間にか俺は、赤いスーツに黄色いベスト、エメラルドグリーンのシャツに、極めつけはピエロメイクと緑色のオールバック……って、どう見てもジョーカーです、ありがとうございます。
「はぁ……」
俺は深いため息を吐いた。
いちいちこういう小ネタ挟んでくるなって……、普通で良いんだよ、普通で。
それに、どうせならダーク○イトの方にして欲しかった。
まあ、着替えるのも時間かかるし、ニャベルは懐中時計を俺に向けたままで圧かけて来るし、ここは先を急ごう。
こんな事くらいで取り乱すようでは、世界1位なんて務まらないからな。
何事も受け入れる、これ大事。
「よし、くましーの家に急ごう」
「おっけーにゃ!」
やっと懐中時計をしまったニャベルと俺は、来た道を戻った。
次話は明日12時に更新です。