いざ、癒やしの世界へ
<魔王アビス・ロードが猫屋敷によって討伐されました>
全世界アナウンスが流れた。
同時に、このゲームの最終ボスである奈落の王が光に包まれて消えていく。
もう、何千、何万回と見たこの光景。
いい加減、うんざりだった……。
世界最大のVRMMORPG――OBLIVION DUSK。
このゲームは、俺に金と名声を与えてくれた。
だが、この世界で一位を維持するには、誰よりも長時間、効率よくプレイする必要がある。折角稼いだ金も、手に入れた名声も、家から出ることの無い俺にとっては何の意味もない。
そんな生活は、俺をゆっくりと確実に追い詰めていった。
極度の運動不足による筋力低下、貧血、自律神経の乱れ、何年も鳴りっぱなしの耳鳴り、数え上げれば切りがないが……一番まずいのは常時接続がもたらす脳への負担だ。
ゲームから離れるのは年に数回のメンテナンス日だけ。
いくら二十代とは言え、こんな生活を続けていれば本当に死んでしまう。
――もう、限界だ。
その日、俺は初めてメンテナンス日以外でログアウトをした。
もしかすると、今頃どこかのネットニュースで取り上げられているかも知れない。
コントロールマスクを外し、コックピット型のゲーミングポッドから出ると、真新しいソファに倒れ込んだ。
「ふぅー……」
この部屋の天井って、こんな柄だったんだ……。
グッズやタイアップで舞い込んだ大金の使い道がわからず、勢いだけで引っ越してみた高級タワーマンション。
でも、結局俺が行動する範囲と言えば、ゲーミングポッドと台所の間くらいだった。
「久しぶりに風呂でも入るか……」
ゲームに没頭していると、こういうところが麻痺してしまう。
最後に入ったのはいつだっけ……?
徘徊するゾンビのように、ヨロヨロと風呂場に向かう。
乱暴に服を脱ぎ捨て、浴室に入りシャワーを頭から被った。
き、気持ちいい……。
何週間かぶりの風呂を堪能し尽くして、リビングに戻る。
冷蔵庫を開けてみるが、入っているのは期限の切れた牛乳、真っ黒なバナナ、いつ買ったかわからない卵、とてもじゃないが食えそうにない。
「仕方ない、UUberでも頼むか……」
スマホを手に取り画面を見ると、凄まじい数の着信履歴が表示されていた。
SNSに至っては、もう確認する気にもならなかった。
アプリを立ち上げて、ハンバーガーセットを注文。
そのままニュースアプリに目を通す。
目に入ってくる情報の全てが下世話に見えた。
まるで、久しぶりに俗世に降りた修験者になった気分だ。
汚職、援助交際、不倫、テロ、詐欺、孤独死、虐待、飛ばしても飛ばしても、目を塞ぎたくなるような……、そういう記事ばかりだった。
「世も末だな……」
画面をスクロールし続けていると、ふと、話題の癒やしゲーという記事のタイトルで目が止まった。
「モフモフ・オンライン……?」
へぇ、こんなゲームが出てるんだ。
紹介画像には、モフモフとした小さな獣人達が楽しそうに釣りをしたり、育てた野菜を収穫したりする姿が映っていた。
「ふふっ、すげー、ゆるゆるだな」
一応、モンスターも登場するらしいが、鬼畜仕様のオヴリビオン・ダスクとは違って、時間制限も無ければ、強制縛りルール発動などの罠もない。キャッチコピーには『みんなで仲良くもんすたぁーを狩ろう!』とか『なかよしになろう!』などと書かれている。
そうだよなぁ、今まで殺伐とした世界に居たから、たまにはこういう癒し系のゲームで息抜きするのも悪くないかも……。
それに、少し休んでオヴリビオン・ダスクに戻れば、少しは新鮮味が戻るかも知れない。
ストレッチで身体をほぐした後、俺はゲーミングポッドに入った。
コントロールマスクを装着すると、視界にUIが表示される。
俺のように世界一位のプレイヤーともなれば、各企業からの招待コードや、特別オファーなどがスパムレベルで毎日のように届く。恐らく『モフモフ・オンライン』も、何かお得なコードが届いてるだろう。
アカウントのメールボックスで『モフモフ・オンライン』を検索する。
すぐにヒットした。
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たいせつなおしらせ
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猫屋敷様
平素は格別のご愛顧を賜り厚くお礼申し上げますにゃ。
この度、弊社が満を持して世にはにゃつ、癒やしゲーの金字塔!
『モフモフ・オンライン』の発売が決定いたしましたにゃ!
猫屋敷様には、ぜひ遊びに来て欲しいにゃぁ~。
特別招待コード
sdg7r8q22
ログイン時にこちらのコードをお使い頂くと、スペシャルなアイテムプレゼントするにゃ!
モフモフ・オンライン 猫村長より
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あんまり大したもんじゃなさそうだが……、まあ、何も無いよりマシか。
ストアからモフモフ・オンラインをDLして、招待コードを入れる。
「あ……UUber忘れてた」
次の瞬間、俺はモフモフ・オンラインの世界へログインしていた。
――※――※――※――
「「わ~! はじめまして~!」」
突然、可愛らしい声と共にモフモフ達が駆け寄ってくる。
「な、なんだ⁉」
「わ~、おともだちになろうよぉ~!」
「お名前なんていうのかにゃぁ?」
モフモフ達は、猫に犬、羊っぽいのもいて、みんな俺の腰くらいまでの身長しかない。足元にみゃあみゃあとまとわりつき、クリンとした真っ黒な目で俺を見上げている。
「お、おい……押すなって」
心地よい風に辺りを見ると、田舎の農村みたいな風景が広がっていた。
これがモフモフ・オンラインの世界か……さすがに長閑だな。
いてて! いま誰か噛んだだろ⁉
――ん?
ていうか、何で俺、人間のまま?
無難な猫王族に設定したはずなんだが……。
不思議に思いながら、ステータスウィンドウを開く。
「なっ⁉」
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NAME:neko-yashiki
LEVEL:999
職業:超越者
HP:99999/99999
MP:99999/99999
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攻撃力:SSS
防御力:SSS
魔法攻撃力:SSS
魔法防御力:SSS
運:SSS
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「こ、このステータスは……オヴリビオン・ダスクの……?」
間違いない、世界一位のみがジョブチェンジできる唯一の職業『超越者』これを使えるのは俺だけのはず……。しかも、ストレージ内のアイテムもそのままって⁉
こんなもん俺の持ってるアイテムだけで、この世界壊せるまであるぞ⁉
おいおい、いったい何を考えてんだここの運営は……。
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