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フラカ 一話 マトの私

 空気がうっすら緑色に煌めく深い森。すこし湿っていて辺りには所々水溜まりがある。覗き込むとやはり緑色に輝いている。不気味ではあるがとても美しい森だ。そんな輝く森の奥で幼い女の子が…いやマトが、一人さ迷っていた。


「…うぅ…。こっちで合ってるのかなぁ…。もし、辿り着かなかったらどうしよう」


 魔女はより強く杖を握り締め不安な気持ちを落ち着かせようとした。眉をひそめ、今にも泣き出しそうな目で前を向き、弱々しい一歩をまた踏み出す。そして自分に言い聞かせた。


「きっと辿り着ける…。大丈夫…道は合ってる……」






 ある新月の夜。辺境の小さな村にある赤い屋根の家。その二階のベッドでぐっすり眠っていた少女だが冷たいすきま風にあてられ目を覚ました。


「えっ…」


 すると、どうしたことだろう。少女は目を擦ろうとした自分の指を見て酷く驚いた。植物の蔓のような模様が人差し指の先から腕にかけて浮かび上がり緑色に光出したのだ。さらに蔓は2つ3つと次々に分岐し範囲は広がっていった。背中にまで広がっている、少女にはそれが這う感覚があった。


「なに…これ…っ!」


 怖くなった少女は一階で寝ている両親の元へ急いだ。足がもつれて階段を勢いよく転げ落ちたが、あまり痛みを感じなかった。運が良かったのか怪我もない。しかし、そんなことは今どうでもいいとすぐに走った。


「お母さん!お父さん!開けて!助けて!」


 少女は寝室の扉を何度も何度も力一杯叩いて開けてもらおうとした。気づいた父親が扉を開けようと起き上がった。扉の方まで歩き始める。直後、


「……っ!」


 扉は魔法で吹き飛んだ。父親は怪我を負ってしまったが幸いにも死ぬような怪我ではないようだ。母親がすぐに駆けつけ応急処置をする。少女も近寄ろうとするが。


「逃げなさいフラカ!」

「お母さん、私っ!」

「分かってるわ。その髪の色…。魔女に…なってしまったのよね。今の音ですぐに村の人が集まってくるわ。そしたらあなたは殺されるかもしれない。だから、そうなる前に、逃げなさい」


 窓の外に松明の光が見える。どうやら村人はもう集まり始めているらしい。フラカは勝手口から家を飛び出し近くの森へ逃げた。別れの言葉を交わす暇もなかった。

 フラカは泣きながら必死に逃げた。松明の光が森の入り口まで来ている。どうやら見られてしまっていたらしい。森を知り尽くした村の大人達はフラカを簡単に包囲してしまった。見つかってはいない。でも、もう逃げ切ることは…。


「まずい、このままじゃ…!」


 突然、フラカは身体から力が抜けてその場にパタンと倒れてしまった。村の大人達が構築した包囲の輪はじりじりと狭まる。


「隠、れ、なきゃ…っ」


 諦めず匍匐で進もうと足掻くが力尽き気を失ってしまった。すると、何故か周りの植物が根や枝を伸ばしてフラカの身体をその葉で覆い隠した。理由は不明だが、お陰でフラカは村人に見つからずに済んだ。




 次の日。夕方、目を覚ますとそこは見知らぬ家のベッドの上だった。ぐるりと見回したが音もせず近くに家主がいる気配はなかった。そして、重要なことを確認してみた。


「…やっぱり」


 初めのように光ってはいないが腕にはあの蔓の模様が残っていた。近くにあった手鏡で自分の姿をよく見てみた。髪と目は緑色に変わっている。蔓の模様は両腕にあり、左は肘までだが右は肩や背中、右目周辺にまで届いていた。手鏡を適当なところへ置きベッドから降りた。


「あれ、服が…」


 家を飛び出したときに着ていた服ではなかった。ごわごわしていてあまり良い質の生地とは言えず腕と首を通す穴があるだけぐらいの簡素な作りの服だ。


「誰か、助けてくれたのかな?」


 自分を助けてくれた人、おそらくここの家主がそうだ。人は人を助けるが魔女は助けない。逆もそうだと思う。だからきっと、家主は魔女だ。

 バタンと扉を開ける音が奥から聞こえ、驚いて咄嗟にベッドへ潜った。足音が近づいてくるのが分かる。ベッドのすぐ前まで来ている。


「まだ、寝ているかしら。物音がしたと思ったのだけど…」


 足音が遠ざかっていき、また扉の音がした。おそらく部屋を出ていったと思われる。ゆっくりと布団から顔を出し本当にいないか確認してみると。


「やっぱり起きてたのね」

「うわぁっ!」


 いつからかその女性はベッドの反対側に立っていて、突然耳元に声をかけて来たのでフラカは驚いてベッドからずり落ちてしまった。


「あらあら、ごめんなさい。そこまで驚かすつもりはなかったのだけど。大丈夫かしら?」

「いつつ…。は、はい」


 差しのべられた手を掴み立ち上がった。けれどフラカは魔女であるかもしれないこの女性の手を直ぐに放した。怯えていることに気づいた女性は優しく微笑み自己紹介を始めた。


「ふふふ。そんなに怯えなくても大丈夫よ。あなたに危害を加えようなんて思ってないわ。私はルクスラ・サーレストス・ハイン。どうぞよろしくね。あなた、森でで倒れているのを見つけてここまで運んできたのだけど覚えているかしら?」


 未だ警戒しているフラカは口を開こうとしなかった。だが、小さく頷きルクスラに合図を送った。


「そう…。何があったのか聞きたいところだけど、あの森は村の近くであなたは後天性のマトだものね。だいたい想像つくわ。まだこんなに幼いのに、大変だったわね」


 フラカの頭を優しく撫で励ますように微笑んだ。そんなルクスラにフラカは少し懐き始めていた。


「フ…ラカ」

「ん?」

「フラカ・リエンテです。助けてくれて、ありがとうございます…」

「ふふ、どういたしまして」


 それからフラカはルクスラから幼い頃に着ていたという服を貰った。これからどうするにせよあの寝間着で行動するわけにもいかないからだ。それと杖も渡された。魔法を使うための杖で必要になるだろうと、これも昔のものらしい。


「あ、ありがとうございます」

「いいのよ」

「でもあの、私、使い方が…」

「大丈夫よ。使い方はきっと身体が知っているわ」

「…?」


 身体が知っている、意味はよく分からなかったが恐らくあえて口で説明するのはとても難しいことなのかも知れない。


「あの、ルクスラさん」

「何かしら?」

「私ひ」


 言いかけたところでタイミング悪く時計が鳴った。フラカの話はそれに切られてしまった。


「あらあらもうこんな時間。待っててね、すぐごはんを作るから。お話はまた後にしましょう?」

「わ、分かりました」


 ルクスラはキッチンへ向かい手際よく食事を作り始めた。ただ、考えていたほど魔法を多用する訳ではなかった。確かに薪に火をつけるところは魔法を使用した、だがそれ以外は人間と変わらない方法で料理をしている。


「あんまり、魔法を使わないんですね」

「私はあまり魔力を持っていないの。もし、毎日の料理に魔法を使い続けていたらいつか失血死してしまうわ」

「えっ?!」

「あぁごめんなさい。マトの失血死と人間の失血死では意味が違ったわね。マトにとって魔力は人間にとっての血液のようなものなの。だから、もし魔法を使い続けて持っている魔力の1/3を使い切ると大変なの」

「そう、なんですね」


 当然、魔女の当たり前と人間の当たり前は違う。森で倒れたとき、もしかしたらフラカはいつの間にか魔力を消費していて失血死のすこし手前だったのかもしれない。そう思ったフラカは少し怖くなった。同時に、これから魔女として生きるのに知っておかなければならないことは沢山あるのだろうと思った。

 だがフラカは、とにかく今はこの美味しそうな料理の匂いを嗅いで味を想像していたいらしい。それもそうだ。意識を失って1日、それまで何も口にしていなかったのでお腹はペコペコだった。食材は山菜や茸、兎肉など森で狩りや採集をして集めただろうものばかりだった。


「さぁ、出来たわよ」

「わぁ~!いただきます!」


 机に並べられた沢山の料理。空腹も限界だったフラカは次々に平らげていった。そんなフラカを見てとても嬉しそうにルクスラは笑う。そして食事も終わってしばらく、話の続きをしようと二人は対面するようにリビングのソファーに座った。ルクスラは紅茶を一口飲み落ち着いてから話を始めた。


「それで、さっき何を言いかけたのかしら?」

「ルクスラさん私…、人間に、戻りたいんです」


 すこしは驚くかと思われたがそんなことはなく、ルクスラはやっぱりねと呟き先程までの穏やかな姿とは違いすこし険しい表情になった。


「あなた、人間だった頃の記憶を覚えているんでしょう?だったら、戻りたいのは当然よね」

「え、それはどういう」

「私が今までに会った後天性マトはね。あなたのように名前を覚えていた人はいないのよ。確かに記憶のある人もいたけど、それでもほんのすこし。ぼんやりとしか覚えていないの。あなたが初めてよ」

「そう…なんですか。それじゃあ人間に戻ろうとした魔女はいないんですか?」

「えぇ、私の知る限りではいないわ」

「で、でも、戻る方法は!方法は、あるんですよね?」


 焦り始めたフラカの口調は早く荒くなっていった。呼吸も乱れ心臓は心拍数を上げていく。そんなフラカとは対照にルクスラは声が小さくなる。何か言っているが聞き取れずフラカは聞き返した。そして、苦しそうに言葉を吐いた。


「…分からない」

「え…」


 フラカは一瞬、頭が真っ白になった。考えられなかった。故郷に帰ることはできず、両親にももう二度と会うことができないことが。


「私は人間に戻る方法を知らない。そもそもあるのかすらも分からないの。ごめんなさい」

「そんな…」


 それを聞いたフラカは瞬間、絶望しそうになっていた。だが、まだ終わっていないと直ぐに正気を取り戻した。


「でも、それはルクスラさんが知らないだけで、あるかも知れないんですよね!」

「そうかも知れないけど…」

「なら私、探します。必ず人間に戻って村に、家に帰りたいから!」


 正直に言えばこの時、ルクスラには結果がある程度見えていた。成功する確率はゼロに等しい、ほぼ確実に失敗する。より酷くなる可能性も当然あり得る。だが、ルクスラは信じてみることにした。この子、フラカ・リエンテの目を。


「…シカ・レルフ・ウルスアルタ。マトよりもマトに詳しい人物よ。彼に会いに行くと良いわ」

「その人なら分かるんですか」

「可能性はあるわ。彼はヒルフランドの輝く森で今は魔法の研究をしているの。すこし変わった人だけど知識は本物よ。きっとあなたの助けになるわ」

「ありがとうございます!ルクスラさん!」

「ちょっと事情があって私は行けないけど。あとで、道を書いた地図を渡すわね」


 というところで、すこしホッとしたフラカはここに来てルクスラと初めて話をしたときからずっと疑問だったあることを聞いてみた。


「あの、ところでルクスラさん」

「なにかしら?」

「ずっと気になっていたんですけど、“マト”ってなんですか?」

「そういえばフラカちゃんずっと魔女って言ってたわね。分かったわ、教えてあげる。マトっていうのは、私達のことよ」

「私達?」

「そう。人間が魔女と呼ぶ者のこと。魔女っていうのは人間がマトを表す言葉で、マトとはマトがマトを表す言葉なの」


 これを発端に、フラカはいろんなことを教わった。マトのこと、魔法のこと、周辺の状況についてなどあらゆることを。そして、簡単な魔法が使えるようになるまではルクスラの家にいるよう言われた。




 それから数日。フラカは基礎的な魔法をいくつか扱えるようになった。野宿する際に必須な焚き火のための火起こしの魔法や食料となる小動物を捕らえるため蔓の魔法で罠を作る方法など、とりあえず生きるのに必要な魔法を取得した。

 そして、ある肌寒い日の朝。フラカは目覚めてからまず顔を洗い髪を解かしたり身なりを整え、そして腕の蔓を隠すように布を巻いた。ルクスラから貰った服を着て姿見の前へ。頬の蔓を指でなぞり小さなため息を吐いた。魔法を使う毎に蔓の模様は浮き上がり本物の蔓が身体を纏うようになっていた。それは確かに皮膚から生えていて抜くことは恐らくできない。準備しておいた鞄を手に取り部屋を出ていった。


「それじゃあ、行ってきます」


 今日、フラカはシカという人物に会うためルクスラの家を離れる。およそ三日程度で着く距離だが、その間ずっと1人きりだ。幼いフラカにとってそれはかなり困難な旅になる。


「気を付けてね」

「はい!ありがとうございました!」


 そしてフラカはてくてくと元気よく軽快に歩いていった。ルクスラはそんなフラカの後ろ姿に向かって小さく呟いた。


「人間に戻れるよう祈っているわ。頑張ってね…」

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