ちびっこゆうしゃさま! 1話「あたしが勇者ぁあ?!」
深緑色の鋼鉄でできた扉。きっとなにか大事なものがしまってあるに違いない。そう睨んだとある金髪少女は鍵穴をがちゃがちゃと慣れた手つきでいじくりまわす。
「ん~。なっかなか、開かねぇな」
静かな地下廊下、その最奥から響く金属同士をぶつけるような擦らせるようなそんな音。衛兵達は自分達の鎧の音と重なって鍵穴をいじる音に気づかずにいた。
「あとちょっと、ここを、こうして。よし!」
ようやく鍵は開いた。音があまり立たないようにゆっくり静かに、それでいて力一杯に押して開いてみた。
部屋はなかなか広い。間取りは単純に丸い形をしていて柱に明かりが灯っている。中央に石の棺のようなものが置かれている。しかし、それ以外は特になにもない簡素な部屋。
「ん?なんだよこれ。棺?くそお宝じゃねーのかよ。はぁー。まー、一応開けてみっか」
棺の中身は、剣だった。ただの剣ではなく宝剣のようにいくつかの装飾が施されている。全体的に白く金色の金具で装飾され、特に鍔には裏表合わせて七つの宝石のようなものが埋め込まれている。
「おー!なんだこりゃ!こいつは高く売れそうだな!さっさとジジィんとこ持ってくか!」
さすがに今のは声が大きかった。部屋、廊下に響きその先にいる衛兵に気づかれた。衛兵達の鎧の音や走ってくる音がじわりじわり近づいてきているのが分かる。
「やべっ!逃げねーと」
宝剣を白い布でぐるぐる包みそれを背負うと金髪少女は鋼鉄扉の裏側に張り付いて息を殺した。そこへ三人の衛兵がぞろぞろと入ってきた。
「ぁあっ!聖武器が!」
「探せ!まだ近くに…?」
扉が勝手にパタリと閉じた。その上、鍵まで掛かっている。衛兵達は部屋に閉じ込められる形になった。
「隊長。扉、開きません」
「全員で棺を持て、扉を破るぞ!」
金髪少女は颯爽と駆け地下を脱した。どうやら今は夜のようだ。なんと地下出入口にたまたま居合わせた巡回中の衛兵に見つかってしまった。
「うっ!」
「ん?」
金髪少女と衛兵との間に沈黙と困惑の時間が流れた。
「うあ、えーっと」
「その背中のはいったい…」
「おらっ!」
「いぃっ!」
宝剣で衛兵の急所を思い切りぶっ叩くと金髪少女はその場をすぐに立ち去った。衛兵は叩かれた急所を両手で抑え悶絶する。
「ぁあっ。ちょっと、待ちなさいぃ」
先ほど閉じ込められていた衛兵三人が鋼鉄扉を破り地下出入口から出てきた。寄りかかり悶絶する衛兵に隊長が声をかける。
「おい!さっきの子供はどこにいったか見ていたか!」
「あ、あっちです…」
「くそっ。おい!お前はこのことを他のやつに知らせてこい。お前は俺と来い。やつを追うぞ!」
ここはシスカテル王国その王城。金髪少女はここに侵入し、かの宝剣を盗み出そうとしている。ここまではとてもうまくいっている。あと少し、侵入時に城壁に設置した縄をつたい外側へ出れればクリアだ。
「よっしゃ。これでたんまり金がぁあ!?」
城壁を登っていたら縄が途中で切れた。いや、切られてしまったらしい。
「ぁぁああああ!いてっ!…いつつ。は!」
後ろは城壁、前は衛兵達。金髪少女は完全に囲まれてしまった。引くに引けず前にも出れず。まさに、絶体絶命の状況だった。
「観念しろ!さあ!その剣を返すんだ!」
「っち。んなわけにいくかよ。宝剣でも剣は剣だ。ちょっとぐらい戦えるだろ」
「隊長あいつ、聖剣を使う気ですよ!」
「あんな子供が使えるわけない。行け!捕まえろ!」
襲いかかる王国衛兵は目を疑い足を止めた。金髪の少女は宝剣…聖剣を鞘から引き抜いていた。
「隊長、これは、どうすれば!?」
「聖剣を抜いた。だと…。全員剣を納め!」
「なっ、なんだよ!お前ら!気持ちわりぃーな」
隊長が金髪少女の前まで近づいて行くと突然ひざまづく。そして、見上げるような形で少女を見る。
「なんだよ!」
「どうか、ご同行お願いします。申し訳ありませんが、拒否はご遠慮して頂きます。どうか」
「は?!ふざけんな!なんであたしが!」
「お願いします」
少女は一歩でも近寄ろうものなら斬るぞと言わんばかり。しかし、背後に回り込ませた衛兵に少女を取り押さえさせた。
「なっ!なにしやがんだ!離しやがれ!こんの!」
「勇者様!どうか、暴れないで頂きたい」
「やめっ、え…はぁ!?あたしが、勇者ぁあ?!」
この世界は今、突如として出現した闇によって滅ぼうとしている。
ダニア魔導連合王国王都地下より沸き上がった正体不明のそれ。ダニアの王は闇の侵食を少しでも遅くするためにダニア王都ルーデルクの周囲約一キロを囲む魔法の壁、防殻を展開した。それにより一時的に侵食を遅くすることはできたが、闇を完全に閉じ込めることはできず防殻の外側に少しずつ漏れている。じわりじわりと世界を蝕んでゆく。ダニアのみならず、周辺諸国へも侵食が確認され始めた。人々は勇者が現れるのををただ願うばかりだった。
勇者。それは、古来より闇を晴らしてきたとされる聖武器を扱える者達のこと。聖武器は聖杖、聖槌、聖弓、聖槍そして聖剣の五つ存在する。聖武器でなければ闇を浄化することはできない。そして、聖武器は選ばれた者でなければ扱うことはできない。
各国は、聖武器を扱える者を探した。かの国で勇者が見つからなければ、別の国へ運ばれ再び勇者を探す。見つからなければまた別の国へ。その繰り返し。そうして一年が過ぎ、見つかった勇者は杖、槌、弓、槍の四人だった。しかし、それではまだ意味がない。聖剣がいなければならなかった。王の宿り主を討つ為には。
闇が今もなお広がり続ける理由そのもの、王の宿り主。闇が初めに侵食した存在である。それは、無尽蔵に闇を産み出し続け侵食を広げて行く元凶。つまりは闇そのものだ。王の宿り主は聖剣でのみしか倒すことはでしない。だから世界は聖剣の勇者を待ち望んでいた。
そして今。ようやく見つかったのだ。聖剣の勇者様が。
翌朝。王城、謁見の間にあのときの金髪少女の姿がそこにあった。さらに、最奥の豪華な装飾の椅子にシスカテル王国国王が鎮座している。そこからまっすぐ伸びた赤い絨毯。その両端に等間隔に整列し目の前を歩いているその人を讃えひざまづく衛兵達。
「卿が」
王は歩き出し、少女のもとへ。
「聖剣に選ばれし勇者。名をなんと申す」
「…ニーナだ」
「そうか…」
「…っ!」
そして、王は少女の前にひざまづきこう述べた。
「聖剣の勇者ニーナよ。どうか、窮地に追い込まれたこの世界をお救いください」
「やだ」
「なに…!それはなぜか訪ねてもよいか」
「だいたいなんであたしなんだよ。他にも勇者はいるんだろ?そいつらでいーじゃんかよ。塔に閉じ込めやがって、あたしはゼッテーやだかんな!さっさと解放しやがれ!」
頭を抱え立ち上がる王は困惑していた。周りの衛兵達もその難を感じ取っていた。
「質問に答えよう。聖武器に選ばれたから卿は勇者なのだ。他にも確かに勇者はおる。しかし、王の宿り主を討つためには聖剣が必要なのだ。だから卿なのだ。頼む、望む報酬をなんでも支払おう。だから」
「言ったな」
「なぬ?」
「今、望む報酬をなんでも支払うって言ったよな」
「あぁ、申した。王に二言などない」
「期待してるぜ。オーサマ!」
「それでは…」
「報酬があるなら依頼だ。盗賊として引き受けさせてもらうよ。盗んできてやる。王の宿り主、その命をな!」
「世界の命運が卿に託されておる。引き受けてくれたこと誠、感謝する。聖剣の勇者ニーナ…。ありがとう」
その後、正式な式典が行われ王から五人目の勇者に聖剣が手渡された。広場に集まった人々は聖武器を持った勇者達に拍手喝采した。式は滞りなく進行し、終了する頃にはもう夕方になっていた。勇者達は再び王城に集められた。ダニアへの出発は明後日に決まり、それまで王城でゆっくり過ごすこととなった。
勇者にそれぞれ個人の部屋が用意された。しかし、個人の部屋には誰もおらず。今は貴賓室のような部屋に集まってなにやら話している。
「あ~疲れた。一日中式典とか長すぎなんだよ。オーサマの野郎」
ソファーにだらしなく横たわるニーナ、どうやら相当疲れたらしい。
「そうっすね~。あたしも、流石にこれは堪えるっす」
「聖槌がなに言ってんだよ」
「聖槌だろうがなんだろうが、疲れるときは疲れるんっすよ」
聖槌、聖槍、聖剣の勇者がいるらしい。そこへ聖弓、聖杖の勇者が遅れてやってきた。
「お、来たな。聖杖と聖弓」
「おっせーぞこのやろー」
「申し訳ない」
「遅れました」
「ともかく、これで全員揃ったっすね」
実は、式典前にこれから共に戦う仲間に自己紹介をしようと勇者達は集まっていた。しかし、始めようとしたときタイミング悪く式典が始まってしまった。なので自己紹介はまた集まれるときに、となった。
「んじゃあ、あたしから。レンチュリス帝国出身、聖槌の勇者、ユリア-アイリアっす。見ての通り猫族っす。気軽にユーって呼んでくれたら嬉しいっす。次は聖槍さん、お願いするっす」
聖槌の勇者は鮮やかな赤髪と愛らしい猫耳そして尻尾を生やした猫族の女性だった。
「アレス-ユークリス、シスカテル王国出身、聖槍の勇者だ」
青髪の人間族。それ以外に特に特徴のない男、それが聖槍の勇者。
「なんか他にないんすかー?」
「他に?そうだな。…ない」
「ぶれないっすね」
「次は私で構いませんかな」
「どうぞどうぞ、聖弓さん」
「私はエミール-クレオール。アルイセルブ王国出身、聖弓の勇者です。前職は騎士をしておりました」
髪、はない。皮膚は濃い緑色をした鱗に覆われていて人間族とは異なる骨格を持っている種族。蜥蜴族だ。
「蜥蜴族の騎士さんか~。かっこいいっすね」
「ありがとうございます」
「はい!じゃ次、あたしね!」
聖剣の勇者。金髪の少女でこの五人の勇者の中で最も背が低く年も若い。人間族。
「あたしはニーナ。えっとー、出身も年も分かんねぇけど、とにかくよろしくな!」
「元気ですな」
「ったりめーよ!」
「んじゃあ最後は聖杖さんっすね」
「ふっふっふ…」
「ふっふっふ?」
黒髪の人間族で聖杖の勇者様。彼女は左目にとてもデザインの凝った眼帯を着用している。ファッションも個性的でダークなデザイン、すこし露出が多いところもある。
「ようやく、私が名乗るときが来たようですね!」
「まあ、そうっすけど…」
「我が名はメイリ-グリーツ!最悪最強の魔法使いであり聖杖に選ばれ世界を蝕む闇を晴らす者!」
「それはみんなそうっすね。最悪かどうかは知らないっすけど」
「なんか良く分かんねぇけど、よろしくな!メイリ!」
「あ、はい!よろしくです!」
「その記章、確かに最強を名乗るに相応しい力はあるようですな」
「お?そこに気づくとはなかなかですね」
よく見るとメイリの胸元には白銀の翼がついた杖のデザインのバッジがついていた。
「この記章こそ私が最強である証!我が母校、クルートブルテン賢国立ドートマルグス魔法学校を主席で卒業した者の証なのです!」
「主席!?ホントか?すごいな」
「なぁ、しゅせきって何て意味なんだ?」
「主席とは最も良い成績を修めた者のことをそう呼ぶのです」
「しゅせきかぁ。へぇ~」
「騎士さんに学生さんっすか~。ニーナちゃんはなんだったんすか?」
「あたしは、盗賊だ」
「そうだったんすか?じゃあ噂は本当だったんすね~」
「噂?なんだ、あたし噂になってんのか?」
「城に忍び込んだ盗賊が聖剣を鞘から引き抜いたって話っす」
「盗賊が勇者とか、出来の悪い冗談かと思ってたぜ」
「なぁ、ユーはなんだったんだ?」
「あたしっすか?あたしは鍛冶屋っす。だから槌の扱いは得意っすよ!」
「鍛冶屋に盗賊か、なんか戦えなそうだな」
「あ、失礼っすね。あたしはこれでもギルドに入ってるんす!冒険者として異形と戦ったりしてるっすよ!」
「そーだぜにぃちゃん失礼だ!あたしだって日々、衛兵や荒くれと戦ってるんだぞ!そーいうにぃちゃんこそ戦えんのかよ」
「俺は戦える。冒険者だからな」
それからも彼らは楽しく面白そうに話を続けた。
鍛冶屋だった聖槌の勇者、騎士だった聖弓の勇者、冒険者だった聖槍の勇者、学生だった聖杖の勇者、そして盗賊だった聖剣の勇者。この五人が世界を蝕む闇を晴らす者。
今、彼らの冒険が始まった。