161.目が覚めたらば
次に目が覚めたのは御社殿の中だった。
「…………ぅ…………」
襲い来る痛みに呻き薄く目を開けると、心配そうに覗いている大吉さんと、額に汗しながら医療用アーティファクトに手をかざしている夕紀美さんが目に入る。
「藍華……!」
「…………大吉さん…………?」
大吉さんの肩に小さな何かが乗っている。千切れた身代わり守りをその手に持って。
「意識はしっかりあるか? 藍華」
夕紀美さんの言葉になんとか言葉を絞り出す。
「……は……ぃ……」
「よし、じゃぁ治療が終わるまではおとなしくしてるんだ」
長い夢を見ていた気がするけれど……あの心地よい暗闇は、わたしがこの痛みに耐えれるくらいまで意識を非難させてくれていたと言う事だろうか……?
痛い。
この痛みはどれくらい続くのか。きっと動けたなら、踊り出してそうなくらいは痛い。
目を閉じて、何かに気を逸らそうとするも、叶わず。わたしはただただ耐えた。
アーティファクトの怪我治療は元いた世界よりずっと早く完了する。
その分痛み止めとか麻酔とかの技術は後退したようだが…………
じっと耐えていると、額にペトっと冷たい感覚。
「あ、コラ! お前!」
冷たさに反応してふっと目が開くと、先程大吉さんの肩に乗っていた水の塊のような何かが、大吉さんの両手に捕獲されている。
「……水晶龍……?」
赤い目が印象的……龍石の記憶を見た時よりも色鮮やかなその目に釘付けになる。
それは映像で見た水晶龍と全く同じ。
青いオーロラに、赤い有色が煌めく不思議な色合いだった。
この子の目もドラゴンブレス…………?
きゅ〜んきゅ〜ん、という犬のような鳴き声で何か話しかけてきているようだった。
どこから出てんのその音?
目が……開けてられない。
体力の全部が腹部の回復に持ってかれてる気がする。
重い瞼に逆らわないで目を閉じた瞬間、今度はほっぺたにペシンっと冷たい感触。
「……大人しくしてろー!」
シャーっという今度は猫の威嚇音のような声。
「大吉さん……大丈夫…………冷たくて気持ちいいから…………」
この子が水晶龍…………
「そいつは普通の生命体じゃないからそこにいても大丈夫みたいだ。っていうかお前の手が邪魔だ。一瞬でも結界内に入れるな!」
「す……すまん…………」
ふふふ、なんだか不思議な感じ。大吉さんが怒られてる。
「藍華を水底から掬い上げてくれたんだし、敵意はないだろう」
この子がわたしを……? 龍石の首飾りが盗まれて龍の姿は取れないはずじゃ…………
龍石に聞きたかったことの謎の一つがここに。
「回復完了するまで氷枕の代わりになるから離してやれ。」
夕紀美さんの一言に、渋々従う大吉さん。
「お前はまだ触れるなよ?」
「…………わかってるよ!」
そういえば大吉さんの治療の時、なんとなく結界の外側に出たけれど……治療中の結界内に別の人間、生物が入ると治癒が遅くなる、って言ってたっけ……
治療後、お昼ご飯を食べにいった時に聞いた話を思い出す。
オデコ全体にひんやりとした感覚。時折頬にペトペトと冷たい何かが触れる。尻尾…………?
冷たく気持ちいいその感覚に疲労も相まって、わたしの記憶は再びそこでしばらく途切れた。
気がつくと、暖かい手の感触をおでこや頬に感じる。
うっすらと目を開けると、飛び込んできた心配顔の大吉さん。
「…………目ぇ覚めたか…………?」
触れられたところが何か特別な魔法がかけられたように感じるのは気のせいだけど気のせいじゃない。
「…………スミマセン……心配かけちゃいました…………?」
「……当たり前だ…………‼︎」
右手であぐらをかいた膝を力込めて握り、左手でわたしの頭を撫でながら大吉さんは、そう答えた。
「藍華、痛みはどうだ?」
反対側にいる夕紀美さんが問いかけてくる。
「……ありません……ただ体に力が入んないみたいです…………」
かろうじて目の開け閉めができるのと、首も動かせそうかな、というところ。
「傷を受けて五分くらいで治療を開始出来たとはいえ、ここまでの治癒に二十分はかかってるしな……。そんなものだ。1時間は私も藍華も体を休ませて、もう一度治療を行うぞ」
「……お手数おかけします…………」
「気にするな……。ところで、痛み止めのアーティファクト、あれは治癒も行えるのか?
藍華を治癒しようとした時、私のアーティファクトの発動とかち合って初めうまく起動しなかったんだが……」
「あ……はい。こんな大きな傷だとどこまで通用するか……わからないですが…………」
「使用者の意識がなくとも継続して動く充電式か……?」
電池式のもの以外は使用者から離れたり、使用者が眠ったりしたら、効果は無くなる。
とにかく色々試してみたくて全てのものに入れてみたのだが……今回に限っていえば失敗だったな……。
「……電池のギミックは封入してあります…………」
「クゥといい、藍華といい、嵐のような技術改革をもたらしてくれそうだな。元気になって時間が取れたら色々聞かせてくれ」
夕紀美さんと話している間中からおでこにかかった髪の毛をサワサワと弄られていて、気になってしょうがなかったのだが……
「……あの……水晶龍は…………?」
目線を反対側にいる大吉さんに移し聞いてみる。
「あいつは龍石の方に行ってるぞ」
わたしが寝かされているのは拝殿の中央あたりで、ここから本殿の方は見えない。
龍石に会いに行ったのかな……
「一緒に沈んだ人は…………」
龍石の話では逃げたと言っていたけれど…………
「……人って…………」
わたしの前髪をいじっていた手を引っ込めて膝のところに置き、力を入れてギュッと握る。
そして俯いて別の方を向く彼の表情は、わたしからは見えなかったが……少しの間のあと、大吉さんは言葉を続けた。
「逃げたよ……」
龍石の言った通りだ……。
「巨大化してた水晶龍が藍華を手に、そいつを背にのせて出てきて、泉のほとりに降りたんだ。
その直後立ち上がってコイツを俺に投げつけて逃げてった…………」
そう言いながら右手をズボンのポケットに突っ込んで何かを取り出して見せてくれる。
左手に次々と乗せられていくそれは、カボションの剥がれ落ちた台座と、砕けて三分の一ほど欠けてなくなった青いオーロラの向こうに深い赤色の揺らぐカボションの欠片だった。
「コレはもう使えないからくれてやる、って言い残して……」
「龍石と水晶龍の……揃いの首飾り…………?」
欠けてしまっているけど間違いない。この色合い、この台座……龍石の記憶の映像で見た物と一致する。
「風の刃の攻撃は効かなかったらしいな…………」
「え……わたしの攻撃より、大吉さんの攻撃の方が深傷だったらしいですよ………?」
項垂れて言う大吉さんに、わたしは伝えた。
「……?……どうしてそう言えるんだ…………?」
「龍石が…………」
まだ重く感じる瞼を、大吉さんの顔をみていたくて、なんとか開いたままそうつぶやく。
「……龍石が言ってた…………?」
水分補給をしていたらしい夕紀美さんが水の入った竹筒から口を離し、言った。
「目が覚める前……ていうんですかね…………
泉の底で意識失ったあと……なんかすごく不思議な空間にいたんですよ……意識だけ?」
わたしはその、見せてもらった龍石の記憶だというもののことを、かいつまんで二人に話した。
体力のこともあったので、ゆっくりと。