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第三話 高圧蒸気滅菌器《オートクレーブ》開発プロジェクト(後編)

   

「ついでに言っておくと、あっちの世界で俺が働いていたところは、大きな部署ではなかったが、それでも高圧蒸気滅菌器オートクレーブは三台あってさあ」

 視線を戻したアダチの口調が、世間話でもしているかのような感じに変わる。

「医療機関じゃなくて研究機関だったからな。医療機関以上に、事後処理だけじゃなく、事前処理も重要だ。実験で使った病原体や器具の処理に二台、実験準備のための器具滅菌に一台。それぞれ別々にしてあった。まあ『滅菌』してしまうのだから、どちらも生物学的には『きれい』なはずだが……。一応、気分的に区別してあったのさ」

 わかるだろ、と言いたげな顔でウインクするアダチ。

 今この瞬間、彼が自分の方を向いていなくて良かった、とラドミラは思う。

「で、この『気分的に、きれい』というのが、これまた重要だ。要するに、実験準備用の方の高圧蒸気滅菌器オートクレーブは、俺たちにしてみれば、食べ物を入れても平気なくらい『きれい』という感覚で……」

 アダチの口元に、にやけ笑いが浮かぶ。

「少し話が逸れるが……。俺たちの世界に、焼きイモという料理があってなあ」

 これはまた『少し』どころではなく大きく逸れたな、と感じるラドミラ。同時に『焼きイモ』という単語から、ベイクドポテトを思い浮かべて「いかにもビール好きが好みそうな食べ物だ」と考えたのだが……。

「あ、こっちの世界で単純に『焼きイモ』と言ってしまうと、誤解されそうだな。イモはイモでも、黄褐色で丸っこいやつとは違う。やや細長い形で、皮は赤紫色で……。俺の世界じゃ『サツマイモ』って名前なんだが……」

「ああ、スイートポテトパイの材料になる方ですね!」

 ポンと手を叩いて、はしゃいだような声を挟んだのは、ペトラだった。

 やはり彼女はスイーツ好きの女子なのだろう。ラドミラは「自分は違う」と思ったが、そんなラドミラでも、ペトラの言っている『イモ』のことは理解できた。

「『紫イモ』とか『甘イモ』とかって言われてるやつでしょ?」

「そう、それだ!」

 補足したラドミラに対して、満足そうな声を上げてから、アダチは言葉を続ける。

「で、それを焼いたのが『焼きイモ』なんだが、特に加熱した石を使って焼くやつは『石焼きイモ』といって、それを売り歩く商売があるくらいで……」

 ノスタルジックに語るアダチは、おそらく今、二度と戻れない元の世界に想いを馳せているのだろう。生前の記憶を持ったまま『転生』して、新しい世界で第二の人生を送るというのは、良いことばかりではないのかもしれない。ラドミラは初めて、少し彼に同情的な気持ちになった。

「まあ家庭料理で『石焼きイモ』は難しいから、焼くどころか、蒸したり、茹でたり、電子レンジでチンしたり……」

 彼の言う『電子レンジ』が何なのか、その場の誰もわからなかった。だが「話の流れからして調理器具に違いない」と、皆スルーする。

「厳密には『焼きイモ』じゃなくて『かしイモ』なんだが、そういうのも含めて『焼きイモ』は、広く愛されてたわけだ」

 ここでアダチは、遠い目をやめて、その場の面々を見渡す。しかし続けて彼の口から出てくるのは、相変わらず元の世界の思い出話だった。

「それで、ある時、職場に大量のサツマイモを持ってきた奴がいてさあ。親戚にもらったか何かで、食べきれないから、みんなにおすそわけって感じで……。ちょうど焼きイモが美味しい季節でね。誰かが言い出したんだ、『今から焼きイモ集会パーティーをしよう』って! ちょうど、中の水分を保ったままイモを上手に加熱できる機械があったからな!」

 ここでラドミラは思い出した。そもそも、この話がどこから始まっていたのか、を。

 そう、アダチの、あの言葉だ。「この『気分的に、きれい』というのが、これまた重要」とか、「実験準備用の方の高圧蒸気滅菌器オートクレーブは、俺たちにしてみれば、食べ物を入れても平気なくらい『きれい』」とか。

「それで、サツマイモにアルミホイルを巻いて、高圧蒸気滅菌器オートクレーブに突っ込んだわけだ! すると! 甘くて美味しい焼きイモの出来上がり!」

 アダチの口元が緩む。

「さすが、高温高圧で加熱しただけのことはある。甘さがギュッと濃縮されて……。しかも湿潤条件下における加熱だから、中の水分が逃げることもない。割ればジュワァッと良い香りの湯気が出てくるし、食べればホクホク! 高圧蒸気滅菌器オートクレーブにはこんな使い道もあったのかと、俺たち感動したくらいで……」

 今にもヨダレを垂らしそうな表情のアダチ。

 思い出の味を頭に浮かべて愉悦に浸る彼とは対照的に、その場の面々は呆れ顔になっていた。あんぐりと口を大きく開ける者までいるくらいだ。

 ただ一人、ペトラだけは例外的に、アダチと一緒になって、手を叩いて喜んでいる。おそらく、彼の「甘くて美味しい」とか「甘さがギュッと濃縮」などのフレーズが、甘い物好きの心にストライクだったのだろう。

「いやはや……」

 小声で呟きながら、軽く左右に頭を振るラドミラ。ようやく、アダチの真意が見えてきたのだ。

 もしも『焼きイモ』とやらを作る目的で高圧蒸気滅菌器オートクレーブを開発しようとしても、そのための人材やスタッフを集めることは難しい。だが「異世界の医療機器」という点を前面に出しておけば、魔法士協会や職人ギルドだけではなく、王国政府だって協力してくれるはずだ。なにしろ、この世界の医学の発展に繋がりそうだと思えるのだから。

 たとえ、それがアダチの口実に過ぎないとしても。


「思い出補正もあるだろうが、ありゃあ、石焼きイモと比べても、勝るとも劣らぬ味だった! あと今にして思えば、トウモロコシだって、茹でたり蒸したりするくらいならば、むしろ高圧蒸気滅菌器オートクレーブを使って……」

 嬉々として語るアダチを見て。

 昨晩、酒場に――アダチが足繁く通う店に――立ち寄ったラドミラは、ふと想像してしまうのだった。

 せっかく完成した高圧蒸気滅菌器オートクレーブが、あの店に搬入されて、調理器具と化す日も遠くないのだろう、と。




(「異世界で作ってみようオートクレーブ ――高圧蒸気滅菌器《オートクレーブ》開発プロジェクト――」完)

   

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