〜とある異世界転生事情〜
ぐだぐだとーくしょーぷれぜんつ
〜とある異世界転生事情〜
『急募!』
異世界を満喫する簡単なお仕事です。
牛乳好き、観葉植物を育てるのが好きな方。
物真似下手優遇!
口下手な方でも優しく指導致します。
募集要項 36歳~ 男性 1名のみ。
おじさん好きな方も大募集!
おじさんを癒すそんな存在になりませんか?
弟が居なくても大丈夫。
募集要項 ~14歳 女性 1名のみ。
数多ある異世界転生所の1つ、『ハローワールド富喰支店』の受付に張り出された転生募集のお知らせ。
ここでは数え切れない魂が、ファイルを片手に次なる転生先を探している。
受付に座る妙齢の女天使に、後輩である男の天使が受付の張り紙をマジマジと眺め、溜息交じりの声をかけてくる。
「……先輩、何ですかその募集?」
「んっ、これ? 上からのお達し」
女天使は少し困った顔でこめかみにペンを当てていた。
「あー、評議会からですか?」
「もっと上よ。なまこ神からよ」
「ーーナ、ナマコ? ナマコって……あの海鼠ですよね? ナマコの神さまっているんですか?」
「あら、知らないの? 太古からいる神さまなんだよ」
男の天使は眉間に皺を寄せその姿を想像するが、あの黒くて棒状の物体しか思い浮かばない。
コリコリとした食感が思い出され、彼の中枢神経を刺激すると、妙に空腹を感じてしまう。
「しかし、なんとも中途半端な募集ですね。人気はチートに勇者、悪徳令嬢やハーレム、最強〇〇が転生して無双でしょ? 人材集まるんですか?」
「それがねぇ、意外と聞きには来るのよ。とは言っても、ただのロリコン爺いばっかりだけどね。目的がズレてるのよ」
男天使は視線を張り紙に戻して、改めて募集要項を確かめる。
「えーっと、その募集見ればそんなものかと。おじさん好きな方はどうなんですか?」
「こっちも援助交際目的よ。趣旨説明の時点で帰る娘ばっかり」
「援交って、金持ちに転生した方が余程いいじゃ無いですか。ーーって14歳以下でしょ? 犯罪ですよ!」
「人間界は荒んでるのよ。他の支店だとまだまだ酷いらしいわよ」
確かに他の支店に比べれば、ここは良識ある魂が比較的多いと聞いた事を、男天使は思い出していた。
「それでもこの募集じゃ……他に特典ないんですか?」
「どうだろうね? なまこ神直々の募集だから、気に入られれば加護ぐらいは付くんじゃない?」
「じゃあ、ナマコ神の加護付きますって追加で書けば特典に……なるのかな?」
「どうだろうねぇ?」
2人は首を傾げる。
冷静に考えれば食い付く魂は少なそうだなと。
「ナマコ神はどうしてこんな募集をかけるんでしょうね?」
「あれじゃない? 下界の映画を見て、これだ! とでも思ったんじゃない?」
神様直々の募集には、そういった例が過去に幾つも存在している。
貧乏画家と貴族の娘が客船に乗り沈没する募集然り、歌手を命懸けで守る警備員募集然り。
自分の顔を食べさせて、みんなを元気にさせるなんてトンでもないモノまであった。
いや、話は良いのだ。だが、それをリアルでやるには少々スプラッタ仕様になってしまう。
お互い顔を見合わせ苦笑していると、1つの魂が受付に近づいて来ていた。
魂と言っても火の玉の様な物ではない。
人の形をした朧気な存在。透けて見えるが、目を凝らせば年齢や性別、顔なども概ね分かる。
「……その募集」
「あぁ、こちらの転生物件ですか?」
女天使が一瞥すると、際立った美しさは無いものの、妙に陰のある魅力を持つ30歳半ば程の女性が立っていた。
紹介する以前に募集要綱の年齢に引っ掛かってしまう。
魂の年齢は死んだ時の年齢にほぼ重なる。
転生するのだから年齢は関係無いと思われがちだが、ハッキリ言ってしまえば転生させる神様の都合でしか無い。
そもそも異世界転生では前世の記憶を持つ事が当たり前の様に行われているが、全く意味は無い。ただの趣味である。
特にこの様な映画の影響を受けた場合は、その世界の価値観を持つ人間が好まれる。
記憶が残されるのはそう言った理由からだ。
故に人物像に沿った魂が募集される訳である。
30代の女性が記憶を持ったまま、意向に沿った10代前半の少女になれるのか?
答えはNOだ。
募集した神はそんな大人びた少女を求めていない。
女天使は少々面倒そうな顔をして説明を始めた。
「ごめんなさい。こちらの募集は14歳までの募集となってましてーー」
女天使が言い終わる前に、女性はもう一つの募集欄を指差していた。
「……こっち。私……観葉植物育てるの……好き」
「えっ? す、すいません、こちらも募集は男性の方だけなんです」
「……大丈夫」
女天使は「大丈夫って貴方が決める事では無いので」と、喉まで出かかった言葉を呑み込み、作り笑顔を浮かべる。
「分かりました。募集をかけた先方に確認を取りますので、結果が分かり次第連絡致しますね。魂番号とお名前を頂戴出来ますか?」
「……夏織。……M111232-B232-B232-S232」
「ではまたお呼びしますので」
香織と言った女はその言葉だけを聞くと、待合室の方へと去って行った。
その姿が他の魂の中で見えなくなると、男天使が呆れた顔をしていた。
「いいんですか先輩?」
「いいのいいの。ああいった人に一から十まで説明するのは疲れちゃうでしょ。その内諦めるわよ」
「そうかなぁ?」
無論、女天使も一々お伺いを立てるつもりは無かった。その内諦めると本気で思っていたのだ。
募集開始から10年が経ったが、未だに募集枠は埋まらない。
募集の紙は古みを帯び、問い合わせをしてくる魂さえもここ1年、1件もない。
女天使の頭からも忘れ去られそうになるのだが、1年に1、2回、あの夏織が「……どうなった?」と尋ねてくるので思い出してしまう。
そんなある日、1年振りに募集の質問をしてくる者が現れた。
年の頃は12、3歳といった所だろうか?
なんとも愛くるしく感じる子供であった。
「あ、あの。この募集って、まだ募集してますか?」
「えっ? これの事かな?」
「うん。そう」
視線の先にはあの張り紙だ。
半ば募集要項もうろ覚えな女天使は、碌に確認もとらずに契約書類を机の上に広げた。
「細かい規則とかは……説明しても難しいよね? えっと、簡単に言うとここにサインしたら転生は決定しちゃうけど大丈夫?」
「うん、おじさん大好きだから大丈夫だよ」
はにかむ子供に「大丈夫かな?」と感じる女天使。
この子供の言うおじさん好きと、募集しているおじさん好きとではイメージが違うと感じていた。
だが女天使はようやく机の張り紙が1つ減ると、感じた不安を軽んじる。
「じゃあ、ここにサインしてね」
ペンを受け取った子供が拙い文字でサインをすると、契約書類は微かな光を放つ。
契約完了の証である。
女天使は書類を受け取ると、愕然と目を見開き、書かれた文字を2度、3度と見返す。
「ーーちょっ、貴方もしかして男の子!?」
「はい。梨江 朋也って言います」
そう、朋也は少年であった。
注意深く観察すれば、中性的な顔立ちとは言え気付けた筈だった。
それ以前に、本来契約前には魂の履歴書を確認するのは義務であった。
女天使は自らがしでかした事を深く後悔するのであった……。
「あっ、先輩。とうとうあの夏織さん転生したらしいですね。結局何処に転生したんですかね?」
「さ、さぁね」
男天使が話題を振った途端に顔を背ける女天使。
男天使が受付を見ると募集の張り紙はもう無い。
その態度に全てを察した男天使は深く溜め息を吐くのであった。
ーーーーー
「す、すいません。ちょ、ちょっとした手違いで性別が逆になってしまいました」
女天使は朋也少年の失態に気付くと、すぐ様夏織に連絡を取り契約を結んでいた。
募集用紙を廃棄処分し、あたかも募集要項の性別が間違っていたかのようにしたのだ。
つまり契約時にミスがあったのでは無く、募集していた紙に問題があったんだと乗り切る腹積もりだ。
苦しい言い訳ではあるが、契約時のミスが露見すれば彼女は職を失う。
空中に浮かぶ黒い物体の前で、平伏し床に頭を擦り付ける。
するとお告げの如く、女天使の頭の中に直接言葉が響き渡る。
『いいんじゃない? 面白そうだし』
実に簡単な沙汰であった。
そう、神とは実にいい加減な存在であると、女天使は深く心に刻み、助かった事への安堵の息を漏らした。
『じゃ、後は上手くやってね』
「へっ?」
思わず女天使から間抜けな声が漏れる……。
とある世界で「カーリー」と名付けられた1人の女の子が産まれる。
その23年後、カーリーの住む街で「ナシェ」と名付けられた1人の男の子が産まれる。
とある神の加護を受け、少し間の抜けた女天使が見守る「寡黙な侍衛」と「心を見せない娼年」、2人の物語は……また別のお話。
えー、読んで頂きありがとうございます。
この作品は「━━ <なまこと!ξ゜⊿゜)ξ <どりるの!━━ ξ゜⊿゜)ξ <ぐだぐだとーくしょー。」で私のネタを使って頂いた時に、なまこさんの割烹にて出てきたネタを頂いております。
えっ? 知らない?
それじゃあ「なまこ」で検索して下さいませ。
ネタを頂いと申しましても、この話はエピソード0とでもいいましょうか、ネタになる前のお話です。
じゃあ本編は?
何を言ってますか、これで完結です。
それでは皆様、良いなろうライフを!