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作者: みや毛

「サンドリア」

「…あら、ご機嫌よう、王太子殿下。今日も賑やかですこと」

「あっ…!」


透き通る青空のもと出会った2つの集団、両者の間に流れる空気は険悪の一言だった。

一方は紅一点を交えた男達の集団、もう一方は淑女だけで固められた集団である。


男達は揃って整った顔をしているが、優れた点は容姿だけに限らない。魔法師団長の息子、王国騎士団副団長の息子、公爵家子息と次代を担う優秀な人材揃いだ。そしてその中心にいるのはこの国の第一王子にして王太子、レオンハルト・ユーディス。


対する女達は、対象的に権力を有しているのはたった1人。歴史ある侯爵家の令嬢サンドリア・カステッロ、その聡明さと美しさによってレオンハルトの婚約者に選出された少女だ。彼女の目は男達に守られるようにしている少女へと投げられた。

その名はナージャ・ノーマン、男爵家の庶子。サンドリアの美しさが磨き抜かれた宝石だとしたならこちらは春に踊る妖精の可憐さだった、平民として今までを過ごしてきた彼女が学園に上がったのは類い稀な聖属性の魔力を持っていたのを見出されたためだった。無感情ながらも鋭い眼差しにナージャの肩がびくりと震えて、それを庇うかのようにレオンハルトは手で制する。


「妙な勘ぐりをしないでくれ。前も言ったが、彼女はただの私の友人だよ」

「…それだけ側にいて、友人、ね」

「…何が言いたい?」

「何も。それでは、御前失礼します」


この状態が出来てから半年が経つ、ナージャの身分を考えない立ち振る舞いに辟易したのか、それを庇い立てするレオンハルトに失望したのか。もう話すことはないと言うようにサンドリアは一礼の後に立ち去った。

王太子とその婚約者の仲は冷え切っている、それはナージャが現れる前からも囁かれていた噂で、殆ど真実の様に受け入れられている。遠巻きに見ていた学生達もサンドリアに同情的な視線を投げることはなく、いつこの関係が終わりを告げるものかと思うばかりであった。




学園の廊下をかつかつと進むサンドリアにようやく取り巻きの1人が口を開いた、表情だけはサンドリアを気遣う様に眉を下げたりなどしているが眼の奥には苛立ちが隠せもしていない。自分よりも格下の娘が稀有な力を持ってこの学園に存在すること、そしてその存在に苦言を呈すことも嫌がらせをすることもなく看過しているサンドリアにも腹を立てているのだろう。


「サンドリア様、いつまであの男爵令嬢を好きにさせておくのですか?」

「そうです!あのように殿方に囲われて…恥知らずにも程がありますわ!」

「捨て置きなさい。火遊びもまた学びのうちです、狭量な王妃になるつもりはありませんわ」

「あぁ…!サンドリア様…なんておいたわしい…!」


こういったやり取りは定期的に起こる。不満を滲ませ上手いことサンドリアを煽って自分達の抱えるストレスを自分の手を汚さずに解消してもらおうという明け透けな魂胆である。この取り巻き達の中の何人が心からサンドリアを慕っているのだろう、権力に取り入って社交界での地位を盤石にしようと息巻く強かな娘揃いだ。もっとも、それはどこも間違えてはいない、貴族社会は常に競争なのだ。この程度で醜いと顔をしかめていては成人後直ぐ様心を病んでしまうだろう。


いつも通りその誘いを断れば、芝居掛かった仕草では隠せない落胆、失望、焦燥。背後の気配にサンドリアはいっそわかりやすく溜息をついてしまいたかったが、必死にこらえて教室へと足を進めた。


周りは少しも知らない彼女の心の内はこうである。




早く結ばれて〜〜〜〜!!

何故ずっとお友達止まりなの!?


どうしてなのかしら。私と殿下の関係が政略ってこと皆さんご存知よね?ナージャ嬢が殿下とお付き合いしたところで特別傷付くわけではないのよ?


殿下は清廉な方だから、あくまで陛下の定めた婚約者である私を無下にしないと決めているのかしら。定期的に招待してくださるお茶会でも「君は美しい」とか「私は幸せだ」とか仰ってくださるけど、そんな社交辞令振り撒いている暇があるの?絶対にナージャ嬢に好意を抱いてらっしゃるわよね、以前中庭で微笑みながら語り合っているのを見かけたもの。こんなこと言ったら皆さんそれだけって思うかもしれないけど、殿下って私の前では微笑まれたりなさらないのよ。貼り付けた笑みというか…そう、堅いの。凄く。


あ、いいのよ。殿下のことをお慕いしているわけではないのだもの。お美しい顔をなさっていると思うのだけど…その、恥ずかしいことに、私、筋肉質な男性が好み、なのよね…。

我が侯爵家の先代の当主様、つまり私のお爺様は30年前の戦争で敵将を打ち倒した英雄的存在だったの。敵国との戦力差は5倍以上開けていたのによ?そんな事情で領地には老いてなお壮健なお爺様のしごき、もとい指導を受ける為に軍の方がやってくるのだけど、あぁ…この世の楽園はここにあるのだと思ったわ。


引き締まった肉体、幹の様な腕、日焼けした肌、殿方の身体の傷はどんな勲章より尊いものだと思うの!


だけど、殿下の婚約者に選ばれてからは長期休みでもないと領地に戻れなくなってしまったわ。王妃教育も大変だし、殿方に囲まれるのもはしたないことだって遠ざけられてしまうし。いえ、光栄なことは分かっているのよ、でも、ねぇ?がっかりしちゃった、殿下ったら身体の線が細すぎるわ。顔がいいなんて正直なところ貴族なら当たり前だし、男なら持つべきものは筋肉よ、ストレングスよ。というか私、王太子妃になったらあの枝の様な腕で抱かれるよね…うぅ、頼り甲斐がないわ。だからナージャ嬢の存在は私にとっての救いなのよ、彼女が殿下の愛を獲得してくださったら彼女が王太子妃になるかもしれないでしょう?


え?世の中そこまで甘くないって?当然分かってるわ、でもナージャ嬢は稀有な聖属性持ちなのよ!蘇生術とか会得できれば教会から聖女認定されて国の宝として崇められるわ、そうなれば王太子妃に収まることに誰だって文句言わないはずよ。


これはチャンス!私が!あっ、えっと、ナージャ嬢が!


彼女は何不自由ない立場を手に入れて美しい王子の寵愛を受ける、ええ、ロマンティックよね。そして私は婚約白紙化の傷を癒すために領地で筋…いえ、友人と触れ合うの。完璧よ、完璧だわ。私なんてちょーっと歴史ある家の生まれで、ちょーっと頭が良くて、ほんの少しだけ目立つ外見してるだけなのだから、こう、ね。彼女には頑張ってほしいわ。


あー!もう!ナージャ嬢ったら奥手な方!



サンドリアが立ち去った後、ナージャはきつく下唇を噛んで目を伏せた、周りは皆揃って恥知らずと彼女を罵るがナージャは決して性悪というわけではなかったのだ。この険悪さの理由を作っているのが自分だとしっかり理解している。


「…怒っていました、よね」

「君は気にしなくていい」

「そーだよっ!あんなキッツイ女ナージャが気にする必要ないって!」

「そ、そんなことないわ、だって私、怒られたって仕方のないことを…」

「大丈夫だ!何も悪い事はしていないんだからな」

「………そう。何かあったら、守って、あげる」


王子を筆頭に心を痛める彼女を男達が慰めはじめる、その光景に溜息を漏らすもの、蔑むものなど外野の反応は様々だ。暖かな言葉にナージャはけして微笑みを浮かべることはなく先程自分を庇ってくれた王子へと向き直った、その表情は真剣そのもので、意志の強さを感じさせる。


「…でも、一度サンドリア様とお話ししたほうがいいです、私が言えることじゃない、ですけど…」

「君の言う通りだな…私も、本当の気持ちを告げる時だ」


少女の後ろめたさの中に確かに覚悟を秘めた眼差しが、王子の気遣わしげなものと重なる。本当の気持ちというのはやはり、ナージャへの愛のためサンドリアとの関係を終わらせるという事なのか。周囲は知らずのうちに唾を飲み込んでいた。


そしてナージャの本心はといえばこうである。






はよくっつかんか〜〜い!!


なんだこのヘタレ男!つーか私に付き合ってる場合なワケ!?あっ、んー、いや、この状況って私が悪いんだよね、ごめんなさい。分かるわよ、普通に私の行動が原因だってことくらい。だけど、ちょっと説明させてほしいの、こうやってお貴族様のイケメンを侍らせてるのには事情があるの!本当に!


私に聖属性の魔力?が発現したのって実はつい最近なのよね、たまたまお祈りに教会にいったら急に体が光り出して司祭様が驚いて気絶してたわ、一番びっくりしたのはこっちだってのにね。

それでそれからは目が回る勢い、メイドとして働いていた母さんに無理やり手を出して、私を身籠ったらあっさり捨てたクソ親父に引き合わされて勝手に男爵令嬢になって学園に通うことになったわ。


勉強なんてほとんどしたことなかったし、早く母さんの家に帰りたかったからめちゃくちゃなことして追い出されてやろうと意気込んでみたんだけど…なんか入学式から意識が急に遠くなりだしたの。なんていうのかな、私じゃない誰かに乗っ取られる感覚。私が頭の隅に追いやられるみたいな…何をしてきたかは覚えているのよ、でも自分は動けないの、うっさい、馬鹿なこと言ってる自覚はあるわよ!でも本当なんだから仕方ないじゃない!


で半年経って急に身体の主導権が戻ってきたと思ったらこれよ、顔がいい男達に囲まれてたのよ!結果的には私がやってるんだから、私が言うのはお門違いなんだけど、相談に乗っただけでくっついてくるのってどうなの。ひよこか何かなの?大人になったらすぐに騙されちゃうんじゃないかしら。

でもこんなこと誰にも話せないし、そのせいで周りは私を玉の輿狙いだとかいうし、もう、本当に学園なんてくるんじゃなかった。言っとくけど、私貴族なんて信じてないわ、クソ親父みたいなのしかいないとかは思ってないけど、平民上がりをよく思ってない人間が多いことくらい分かってる、アイツらが思ってるほど頭お花畑じゃないのよ。悪うございましたね。


それに…えっと、周りの男達ね、揃って将来の地位高いじゃない、そんな奴らの嫁になってみなさいよ。私、令嬢教育なんて最近始めたばかりなのよ?確実にどこからもいい顔されないし、周りの嫌がらせとからめんどくさそうだし、貴族の嫁のマナーとかもあるわけで…あー!そんなくっだらないことに人生使ってやるもんですか!

熱出すほど勉強したってテストの点数は中の下だったわよ!それに比べてサンドリア様って王子様の婚約者は毎回3位以内に入ってるの、顔だってお美しいし、佇まいも凛としてて、完璧なレディってやつじゃない?あー、周りの取り巻きはいい性格してるけどサンドリア様は凄いわ。なのになんでこいつらは私を持ち上げたがるのよ。


特に王子、元鞘に戻れマジで。あんないい女が婚約者なんて滅多にないわ。

なんとなくサンドリア様の話題出した時は珍しく笑ってたじゃない、絶対好きでしょあの方のこと。さっきのは何?私なんか守ってんじゃないわよ!行動間違えてるのよ!


それとなくこのグループから離れようと最近は誘いを断ろうとするわけだけど…伝わらないのよね、そもそも貴族の命令に逆らったら何されるかわかんないわ!無理よ!なんでこんな詰んでるのよー!っていうか私、下町に好きな男の子いるんですけどー!?


もー!どうしろってのよ!



ナージャと別れサロンに腰を落ち着けた王子一行の話題は、結局今ここにいない少女についてだった。自由奔放な魔術師も、明るく素直な騎士も、口数の少ない次期当主も、あの可憐な少女に惹かれていた。今日はこんなことを語り合ったとか、失せ物探しに付き合ってもらったとか、勉強会をすることになったとか、自慢を交えた惚気が三者三様に飛び交っている。こうしていればこの学園ではヒエラルキーの上位ある男達がただの少年に見えた。

その様子を静かに見つめていたレオンハルトはふと窓の外へと目を向けて、悔しげに目を細める。


「はぁ…」

「ん、どうしたのさ?」

「いや、ままならないものだなと思ってな」

「殿下…」

「レオ…」


その視線の先にいたのは寮へと帰ろうとするナージャの姿だった。ままならないと、絞り出すように吐き出したのは縮まることのない王族である自分と彼女の距離を思ってのことであろうか。その苦しげな表情に今まで明るく語り合っていた3人は重苦しく押し黙った、自分達も彼女と結ばれたいと思う。しかしそれは友人である彼とおそらくは王子に惹かれているナージャへの裏切りになるのではないかとふとした瞬間に思ってしまうのだ。

確かにままならない、と思う。だが彼女はもしかすると聖女の素質を持っているかもしれないのだ、才能が開花してくれればきっと障害など容易く砕いてみせるだろう。自分達にとって大切な2人が幸せな道を歩んでくれたらと、そう夢を見ずにはいられない。


そうやって友人に見守られている王子の真の心はこうである。






さっさと想いを告げろ〜〜!!


意中の男がいるのは忍びで下町に出かけた時に偶然見かけて知っているんだ!


もしかして、まさかのまさかに本気で男好きなのか?そんなことないよな。男ならともかく女の身でそんなことをすれば体がもたないと思うんだが…。

というか私の友人達が愚かすぎる、どんな発想をすれば私がナージャを好きということになるんだ、余計な気回さなくていいから。あれは単純に聖女の器かどうか見定めるようにと父上、じゃなくて、陛下に密かに命じられただけだから。ちょくちょく自分もナージャのこと好きだけど王子が相手じゃ…みたいな顔向けるのやめてくれないかな!?


あーもう、お陰でサンドリアから今日も冷ややかな目で見られてしまった…そりゃそうだろうな。婚約者がいる身で1人の少女を集団で囲っていればな。でも仕方がないじゃないか、友人だと言っておかないと浅慮な者達が嫌がらせをしないとも限らないんだからな、庇護は大切だ。逆効果になってる感じは否めないんだが…あれ以外に上手い方法考えつかないし…。

え、集団で囲うな?私が2人っきりで守ってる方が問題じゃないか、側妃とか妾目当てとか散々言われるぞ絶対。本当なら女性に配慮してサンドリアも今のグループに引き込むつもりだったが、露骨に避けられてる。傷付く。

周りには伝わってないが、実は私は昔からサンドリア一筋だ、婚約者を選ぶための茶会で彼女に一目惚れした。何故伝わらないか?簡単な事だ。


緊張して表情筋が動かないんだよ!!


せめて言葉だけでもと彼女に会う時には好意を口にしてるんだが、まっっったく相手にされてない。分かってるぞ、こっちは無表情だからな、はははチクショウ。だが、好きとか社交辞令で言わないからな、その辺もうちょっと興味持ってほしいが、ただのお付き合いだと思われてるんだよなー。

あぁ、なんか泣きそう。嫉妬から冷たい態度取られるならまだしも上に立つものとして軽蔑されていたらなぁ。私なんならサンドリアの好きなものも知らないぞ。長期休みになると王都から逃げるように領地に帰るっていうし…嫌われてるのかな、そうだよなぁ、好きでもない男のために王妃教育させられてたら嫌にもなるよな…。

あ、待てよ、もしかして領地に好きな異性がいる、とか………。う、うわぁぁぁ、考えたくないっ、考えたくないが可能性がとてつもなく高い!ど、どうしよう!?好きな相手がいるのに引き離すような真似されたらむしろ憎まれてるんじゃ!?最低だ!!


私は一体どうすればいいんだ!?






「ねー、あのゲームもうクリアしたの?」

「んー、なんかセーブデータクラッシュしちゃってさ。今別のでやり直してるとこ」

「へー、終わったら貸してよ」

「はぁ?自分で買ってよねー」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった! けど、その後のハッピーエンドが読みたい! がんばれ、王子!
[良い点] 令嬢とヒロインと王子がまともで不憫で微笑ましいですね。 [気になる点] 令嬢の取り巻きは強かさはいいですが、上位者を矢面に立たせて個人的な鬱憤を晴らそうとする浅薄で即物的な点は微妙ですね…
[良い点]  それぞれ好みが違うというのに、周囲の期待と勘違いのせいで、立場のある三人としては身動き出来ない状態。まるで牽制し合っているような、王子レオンハルト、サンドリア、ナージャの心の叫びがとても…
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