貴方は知らないけど私は知っています
「ふみかぁ〜〜!お昼食べよぉ〜!!」
「うん〜!」
お昼休み。私はいつものように学校で仲良しの友達2人と机をくっつけてお昼にする。カバンから取り出したお母さん特製弁当を開けると、茶色と黄色の二色そぼろご飯があらわれた。
「ねぇねぇ〜〜!昨日のジャングリラ見たー??平川くん超カッコ良すぎたよね、ほんとヤバイ!!」
「見た見た!本当ヤバかった!!しかも平川くん、新しい曲の衣装すごく似合ってたよねぇ〜〜!」
「そうなんだよ!!!流石〜わかってらっしゃるっ!!ねぇ、ふみかも見た?」
「え、あ。うん見たよ。」
「ねぇ!!何で、ちょっと反応悪いの!?見たんでしょ!!」
「う、うん見たよ。平川くん勿論すごくカッコよかったんだけど、でも私はどっちかていうと黄色の衣装の人もカッコいいなぁ〜て…」
「え、?!黄色!?かーくんのことかぁ〜。ふみかは、かーくんみたいなのがタイプなんだ〜!」
「うん〜、タイプていうか…なんか頑張ってる感じがいいなぁ〜て…」
「まぁ、確かにかーくん目立たないけど、努力家だし意外とイケメンだよね〜!私は平川くんがやっぱり1番だけどね。」
「私もだよ〜!てかさ、もう来週で平川くんのドラマ終わっちゃうよね!?…」
私がもくもくと二色ご飯を食べ進める間、2人は興奮したように平川くんが主演ドラマについて話している。ジャングリラとはいま世間の女子という女子すべてに流行っている男性アイドルグループ。そのセンターを務める平川くんが恋愛ドラマでも主演をしていて、それも毎回高視聴率らしい。世間も勿論だけど、うちの学校でも友達の間でも大流行りだ。仲良しの2人も平川くんに夢中で、最近はこんな会話ばかり…。私も流行に遅れないようにしてるけど、確かに2人の言う通り平川くんの顔かっこいいもんな〜。
「でもさ、平川くんに本当に一ノ瀬くん似てるよね!!」
「うそ!?そうかな?私は正直平川くんよりカッコイイと思う、、あ、噂をすれば一ノ瀬くんだっ!!」
「えっ、嘘!?ヤバイ!!」
そう言う2人の視線の先にある、教室の引き戸の方を見るとB組の一ノ瀬宗輔君がいた。一ノ瀬君は迷いなく、違うクラスである私達の教室に入ってくる。彼の目的は分かっている。
「…佐井川さん、話があるんだ。一緒に来てくれない?」
「ぃ、一ノ瀬!?!だからクラスには来ないでて何度も…」
「本当にごめんね、ちょっと佐井川さんのこと借りていくね!」
「はい!!!全然どうぞぉ!!」
「えぇええ!?みきちゃぁあんっ!!!!」
一ノ瀬君は佐井川さんとお昼をする友人に一声かけると笑顔で佐井川さんの襟を掴んだ。そして、ズサァアアと効果音がしそうなくらいに一ノ瀬君は華麗に佐井川さんを引きずって外に出ていった。私達は教室の後ろの方から、そんな2人の様子を見ていた。
「一ノ瀬君ちょーカッコイイ!!!いつ見てもイイわ!!!確かに平川君よりカッコイイかも…」
「てか佐井川さんて何なの〜!!!一ノ瀬君と仲よすぎない?」
「わかる!ずるくない?いつも、うちらの国宝に優しく付き添われて出て行ってさぁ〜〜!!ちょっとくらい分けろっていうの。」
あれを優しくというのだろうか…。
そうして、2人の会話はいつのまにか会話はテレビの先のアイドルから我が校のアイドル 一ノ瀬君の話になっていた。一ノ瀬君は今年の春に転校してきた。娯楽はテレビくらいしかない田舎の学校に突然やってきた文武両道の王子様系イケメンに女子が夢中になるのは一瞬だった。転校初日から王子様スマイルで女子生徒のみならず女性教員達までも魅了し、一夜にして女子達の間で彼のファンクラブ、また国宝として皆近づかないようにという暗黙の協定が出来上がっていた。
今や、この学校で一ノ瀬君を知らない者はいない。
「付き合ってるのかなぁ、あの2人?」
「そうだったら辛すぎる、、私達の国宝が…後でみきちゃんに聞いてみる?」
「だね、聞こう…ふみかも絶対来てね。」
「えぇ、私も?まじで…?」
「いいじゃん!友達でしょ!」
学校の女子達の間で誰も手を出さない協定までもが出来上がっていた一ノ瀬君。しかし、あろうことか最近になって一ノ瀬君に女性の影が現れたのだ。それが、うちのクラスの佐井川さんである。一ノ瀬君が何かとクラスまで佐井川さんを迎えに来て問答無用で引きずって行ったり、コソコソ空き教室隠れて話したりしているのがよく目撃されている。ただならぬ2人の様子に学校の女子達はどういう関係なのか気になって仕方ない様子なのだ。そして、かくいう私の友達も一ノ瀬君のファンクラブ会員で2人の関係を疑わしく見ている。
この感じだと、お昼ご飯食べ終わったら本当に聞きにいく感じだなぁ〜。はぁ…大して佐井川さんとも、その友達の潮田美希ちゃんとも仲良くないし、余り根掘り葉掘り聞くのは嫌だな…。と思いつつも結局付き合わされる私である。てか、そろそろ…
「大園!」
私を呼ぶ声が後ろから聞こえ、ピンと背筋が伸びてすぐ後ろを振り返る。あぁ、やっぱりと思いつつ聞く。
「た、橘くん、どうしたの……?」
「わりぃ、今日高橋と俺日直だったよな?すげぇ申し訳ないんだけど、今日どうしても外せない用事が出来ちゃって放課後教室掃除出来ないんだ。本当にごめんっ!!」
「え、あ。そうなんだ…」
「ちょっとぉ〜、橘〜!それ酷くない?また、ふみか1人に押しつけるて事でしょ?」
「いや、本当に申し訳ない。」
「そうだよ、ふみか可哀想だよ〜!橘これで何回め?てかなんで日直サボるの〜?」
「ぇ、あー。えーと、それはとても深い理由があってだな。そのつまり…」
「あんた絶対サボりじゃん!!サイテー!流石のふみかも今回は許すわけないじゃない〜!!」
「いいよ。」
「そうよっ!よく言ったわ!ふみか。いいのよ、そう…いいの、よ……?はっ!?」
「え、マジで?高橋!本当にありがとう!!このご恩はいつか絶対返すからっ!!本当いつもありがとう!!」
そう言って、橘君は私の手を握ってブンブンと大きく縦に揺らすとダッシュで教室の外に走って行った。
「ちょ、ちょっと!ふみか本当に良かったの?ふみか毎回1人で日直してるじゃん!」
「そうだよ!ここはガツンと言っても良かったんだよー!」
「でも、橘君用事があるて言ってたし。日直て1人でも出来ないことはないからね。それに橘君、いつもお礼でお菓子くれるし大丈夫だよ!」
「な、何が大丈夫なのよ。はぁぁ。お人好しすぎるよ、あんた。」
「本当それね、橘もああいうのさえ無ければイケメンで良いやつなのに…。放課後部活までは私達も手伝うよ。」
「ありがとう。」
私のことをきちんと思ってくれる優しい2人の友達にお礼を言って、またお弁当を食べ始める。
今年橘君と同じクラスになってから何回目だろうか忘れてしまったが、毎回ああやって日直をお願いされている。理由はいつも教えてはくれない。目を斜め左にウロウロさせて、笑って誤魔化される。そして、その代わりにと盛大な謝罪と和風なお菓子を大量にくれる。でも本当のところは煎餅とかアンコ系の和菓子が苦手な私にはちょっと手に余るご恩なのだ。いつも困り困って、近所のお爺ちゃん家にお土産としてあげている。
側から見れば私にはマイナスなことしかないわけだけどそれでも全然いいのだ。
だって私は実のところ知っている。
彼の外せない用事というのを。
そして、そんな苦しい言い訳をしてお願いした後に毎回走り去って行く先のことを。そこにいるはずの一ノ瀬君と佐井川さんと何をしているかも。実は全部知っているのだ。
だから、いいのだ。
なんなら橘君の好きな人も知ってる。
これも本人に教えてもらったわけじゃない。今後彼らに起こること、未来も全部分かっている。
だからこそ、私は彼に協力するのだ。
全部知っているからこそ。
けれど彼は私のことを何にも知らない。
だって、ちゃんと話したことすらないんだもん。
だから私が彼を好きだってことも全部彼は知らないのだ。
彼に話しかけられてドキドキする胸も、頬の熱さも何もね。