【嫌いな季節】
花粉症の酷い翔也には春という季節は辛い季節で間違いないのに、彼女が好きだと言うから、なんとなく翔也も好きになれる気がしていた。彼女は翔也の一つ年上の幼馴染で、家も近いことから、幼少期はずっと一緒に過ごしていた仲だった。彼女は色鮮やかに咲き誇る春の花々が好きなようで、花粉症とも縁がないようだから、そりゃあ、辛い季節になるわけないのだ。
だけど、やっぱり天敵なのはその花々が誇らしげにまき散らす花粉なので、翔也はマスクが常に外せず、息苦しい思いをしていた。暖かい季節になるんだから花も蕾を開かせたいし、子孫を残すために花粉もまき散らしたいのはわかるけれども、翔也はどうにかならないものかと悩みながらいつもの道を歩くのだった。
目的地に近づくにつれて、翔也の鼓動はドクドクドクと早くなっていく。緊張しているのだ。気になる彼女は最近どうも気難しい。なにかあったのか尋ねても、首を横に振って笑顔を見せるばかり。
しかし、この一週間学校にも来ていないようだから翔也の心配は募っていくばかりだった。
彼女の家の前まで来る頃には、翔也の気持ちは落ち着きを取り戻していて、インターホンを押すのも容易だった。出てきたのは彼女の母親で、その顔はだいぶ疲れているように見えた。
「あら……。ごめんね、翔也くん……今日も行こうとしなくて……」
「やっぱり、なにかあったんですか?」
「それが、相変わらず何も言ってくれなくて……」
「そうですか……」
「いつもいつもごめんなさいね……気にして来てもらっているのに」
「俺はいいんですよ……。詩衣羅さえ、元気になってくれれば……」
「私も、あの子が早く元気になってくれることを願っているわ……」
翔也と詩衣羅の母親との間に重苦しい風が吹き抜けた。
春の生暖かい南風が。その時、タイミングよく、近くにある中学校の予冷が鳴った。
翔也は高校一年生で、その高校は中学校の隣にあった。すぐ近くなのだが、詩衣羅の母親は翔也の方を向いて、「あらあら、翔也くんが学校に遅れたら大変! そろそろ行ったほうがいいわ」と言うと、翔也は後ろ髪を引かれる思いで学校への道を駆けていった。