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最後の色  作者: するめいか英明
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第5話

 私は夫と結婚してから、ずっと幸せだった。最初は喧嘩をしたことも多かったけど、それは必要なことだったと思う。身近な人にはもっと自分の思う通りでいて欲しいと願ってしまうと、気付かないうちに現実と理想の些細なズレにお互いが敏感になってしまっていた。それが原因で何度も喧嘩をしていると、現実が理想に近付くこともあれば、理想が現実に近付くこともあった。いつの間にか今の生活が当たり前になり、毎日が不満なく過ぎ去っていった。こういうことに気付いた時、「ああ、私って幸せだな」って思えた。裕福でもなければ欲しいものはいっぱいあるし、朝起きるのだってつらいけど、間違いなく幸せだった。幸せって何なのか考えたことがあるけど、それはよく分からない。きっとそういうものだと思う。


 私は花が好き。チューリップ、特に「赤い」チューリップが好き。もちろん、赤って色は知らないのだけど。でも「白い」チューリップや「青い」チューリップは、やっぱり「赤い」チューリップとは違う。「黄色い」チューリップは「赤い」チューリップと見た目が凄く似ているのだけど、私は「赤い」チューリップの方が好き。


 私は近所の花屋さんで働かせてもらっている。お店のみんなにもそれぞれ好きな花があるのだけど、チューリップが一番好きな人はいない。確かに単純すぎるというか、何かが足りないということは理解している。もっと捻ったものを一番好きになりたいという気持ちが人にはあるのかもしれない。でも私はチューリップが好き。どこが好きなのか考えてみたことはある。花びらがかわいらしいとか、茎が上品だとか、葉っぱがりりしいとか、匂いが優しいとか、昔おばあちゃんの家に咲いていたものをもらったとか、理由をつけようと思えばいくらでも浮かぶのだけど、何か違う気がした。結局は好きだから好きなのだと思った。きっとそういうものなのだと思う。そもそも私達が持つ表現がどれほどあるのか知らないけれど、私達が持つ感情はそれよりずっと多い、いや、むしろ無限に多いのだと思う。だとしたら、表現できない感情のほうが多くて当たり前なのだと思う。


 夫も花が好きだと思う。私と結婚する前に花を何度か買いに来てくれた。お店に足を運ぶ男性はあまりいなかったので、よく覚えていた。いつも長々と選んでいたので大切な人への贈り物の花だと思っていたのだけど、最初に夫のアパートに遊びに行った時そうではないことに気付いた。それほど広くないアパートの一室に花が並んでいたのだった。全てお店で買ってくれた花だった。とても丁寧に世話がされていて、私まで嬉しくなってしまった。


 あの映画は子供の頃に一度だけ見たことがある。高校生の男女が広大な花畑を見下ろしずっと眺めていたシーンがとても印象的だった。何の花畑か覚えていないけど、きっとあれも「赤い」チューリップだったのかもしれない。朝食の時に壁掛けのディスプレイに映る映画の広告を眺めていたら、夫とも一緒に見てみたくなった。もう高校生のような若々しさはないけど、2人で一緒にあの花畑を見たいと思った。そんなことを考えていたら、夫に見透かされてしまったみたい。夫はわざわざ私を驚かせようと早く帰ってきて、一帯の映画館の空席状況の確認から予約準備までとっくに済ませていたのだもの。

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